54.日本の戦略
昭和15年(1940年)9月 東京砲兵工廠
とうとう始まったアメリカとの戦争について、俺たちは川島から詳しい戦況を聞いていた。
「それで健吾。グアムとフィリピンはどうなったんだ?」
「ああ、すでに発表されてるように、グアムはすでに落ちた。フィリピンはマニラを占領したけど、米比軍の降伏までは、まだまだ掛かるだろうな」
「ふうん……グアムの抵抗は、激しかったのか?」
「いや、それほどでもない。飛行場がある分、厄介ではあったが、機動艦隊の攻撃でおとなしくなったからな」
グアムには史実と違い、米軍の飛行場が建設されており、数隻の軍艦と大隊規模の兵力も駐留していた。
しかし栗林中将の攻略軍に先立って、海軍の第1機動艦隊がグアムを強襲した。
攻撃に加わった艦艇の内訳は、このようなものだ。
【第1機動艦隊】
戦艦:長門、陸奥、土佐、加賀
空母:翔鶴、瑞鶴(航空機 190機)
重巡2隻、軽巡4隻、駆逐艦16隻
空母はエセックス級に相当する翔鶴型2隻で、それを守る艦艇群はすでにレーダーを備え、かなりの対空戦闘能力を有している。
これにサイパンの航空戦力を合わせて強襲した結果、グアムの航空戦力は早々に無力化された。
そのうえで栗林中将率いる攻略軍がグアムに上陸し、陸上兵力を攻撃。
アメリカ軍は数日で降伏したので、攻略軍は現在、マリアナ諸島の要塞化に取り組んでいる。
一方、フィリピンにも第2機動艦隊が派遣され、主要拠点に攻撃を加えていた。
その編成はこのようなものだった。
【第2機動艦隊】
戦艦:金剛、比叡、霧島、榛名
空母:蒼龍、飛龍、鳳翔(航空機 181機)
重巡2隻、軽巡4隻、駆逐艦16隻
こちらはヨークタウン級相当の蒼龍型2隻に鳳翔を加え、爆撃機多めで編成されている。
これで主要拠点を潰したところに、宮崎中将率いるフィリピン攻略軍が侵攻し、制圧を進めている状況だ。
しかし米軍はやはりバターン半島にこもって抵抗しているので、まだまだ時間は掛かりそうである。
ちなみにこれら以外の主力艦として、大和と武蔵がすでに竣工して、慣熟訓練に取り組んでいた。
空母の方も翔鶴型の仙鶴、天鶴が訓練中で、さらに龍鶴、鳳鶴も今年中に就役予定だ。
翔鶴型空母はさらに4隻ほど建造しており、まさに世界最強の空母艦隊を、日本は擁することになるであろう。
「そうか。まあとりあえずは、ほぼ計画どおりっちゅうことやな?」
「ああ、大きなトラブルは発生してないから、このままマリアナ諸島の要塞化、日本海、東シナ海、南シナ海の内海化を進めることになるだろうな」
「そしてマリアナ諸島で、アメリカ艦隊を待ち受けるっちゅうわけや」
「ああ、そうだ。なんとしてでも、引きずり出してやる」
そう言って川島は、獰猛に笑ってみせる。
その戦略は、俺たちがタイムスリップしてからずっと検討してきた案であり、海軍首脳とも十分に話し合ってきた。
史実の日本海軍が大きく誤った点として、国力を大きく超えるレベルで攻勢に出た事と、海上輸送路を軽視した事がある。
アメリカ国民の戦意をくじくという点では、無意味どころか逆効果だった真珠湾奇襲に始まり、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、ソロモン海戦、南太平洋海戦など、日本海軍はとにかく攻勢を続け、戦力を消耗していった。
それは前に出なければ食われるという、焦りがあったと思われるが、戦略的に見ればほとんど意味がない。
あんなことをするぐらいなら、戦前から準備されていた漸減邀撃作戦の方が、まだマシだっただろう。
まあ、それもしっかりした戦略を策定し、適切な兵力を運用する能力があったらの話だが。
それに加えて日本海軍は、後方の海上輸送路を軽視しすぎた。
おかげで最初こそ敵失によって被害は少なかったものの、開戦後3年めから被害が激増した。
開戦時638万トンあった日本の船舶量は、1945年にはその23%にまで減らされていたという。
これに対し、仮に日本が大規模な護送船団を組んでいれば、その数字は65%まで保てていたという見積もりもあるくらいだ。
やりようはいくらでもあっただろう。
しかし艦隊決戦主義にこり固まった日本海軍には、その意志も能力もなかったというのが実情だ。
そこでこの世界では、第1次大戦の戦訓を踏まえて、早期に海上護衛総司令部が設置されていた。
同司令部は20年代から、海上護衛に必要な装備・戦術の研究に取り組んできた。
そして今はその方針にのっとり、艦艇をジャンジャン造りはじめているところだ。
実際問題、早くもアメリカの潜水艦によると思われる商船の被害が、南方航路で発生していた。
史実でもそうだったが、アメリカは何の躊躇もなく、日本に無制限潜水艦作戦を仕掛けてきたのだ。
これを受けて日本は、護衛艦艇によるパトロールを実施し、護送船団方式の準備も進めている。
今後は多数の護衛空母と、千トンクラスの護衛艦を揃えて、米潜水艦に対処していく予定である。
それに加え、日本海、東シナ海、南シナ海に通じる海峡に、機雷堰を敷設し、米潜水艦の侵入を阻む策も実行中だ。
そのうえで敷設が困難なバシー海峡は、空海戦力で警戒することによって、3つの海を内海化するのだ。
もちろん、機雷堰のみで潜水艦を排除できるとも思えないので、パトロールや護送船団方式も続ける。
こうすれば、蘭印、ビルマ、清国、正統ロシアから資源や食料が輸入できて、長期戦にも対応できるだろう。
そして太平洋側では偵察と通商破壊に徹し、アメリカ艦隊を誘い出す。
そのうえで全力をもって叩き潰すのが、当面の方針だった。
「大陸方面はどうなんだ?」
「幸いにも、ソ連はまだ攻めてきてないが、時間の問題だろう。ひょっとすると中華民国も攻めてくるかもしれないが、あそこは分裂してるし、清国にはアメリカの利権もあるからな。アメリカが許さないだろう」
「そういう意味では、清国は安泰なのかな?」
「いや、アメリカの利権が集中してるのは、清の南部だからな。北部については、ソ連の侵攻もおおいにあり得る。だから国境線は、しっかりと固めてるとこだ」
この時期、ソ連はまだ中立を保っていた。
しかしスターリンがこのままおとなしくしているはずもなく、参戦してくるのは確実だ。
問題は、日英独伊側で参戦するか、米仏側で参戦するかだ。
ソ連はドイツと不可侵条約を結んでいるので、味方になる可能性もあるが、それ以上に正統ロシアを憎悪している。
本来ならソ連になったはずの極東ロシアの地を、占拠されていることが、どうしても許せないのだ。
おかげでその同盟国である日本は、敵対リストの上位に来るわけで、共闘は難しいだろう。
そもそもドイツだって、一時的に手を組んではいるものの、ソ連にとって明確な敵性国家なのだ。
つまり、ソ連は日本とドイツを叩くため、アメリカ側で参戦する可能性が高い。
今は戦争準備を整えつつ、好機をうかがっているのだろう。
それから中華民国だが、一応、蒋介石がまとめているように見えるが、その内実はバラバラだ。
史実のように各地に軍閥が乱立し、さらに北西部には共産党も地歩を築いている。
しかも最大の支援国であるアメリカは、清国に多大な利権を抱えているため、そこを攻めるのは難しいだろう。
しかしソ連は共産モンゴルも使って、清の北部に押し寄せる可能性が高い。
そこでまずは満州方面に今村大将ひきいる10個師団が入り、防衛体制を固めているところだ。
そして正統ロシアには本間大将と10個師団が入り、ロシア軍と共に戦う。
もちろん正面に立つのは清国軍と正統ロシア軍だが、数百万の兵力を持つソ連には、協力して当たらねばならない。
大陸方面でも、戦争という名の爆弾は、爆発寸前だった。




