5.軍縮をしよう
明治38年(1905年)6月中旬 皇居
陛下に山本海相と長岡次長の調査を頼んで、10日あまり。
俺たちは今後、歴史にどのように干渉していくか、などといったことを議論しつつ、日々を過ごしていた。
監視つきではあったが、皇居内の庭に出ることも許され、それなりに快適な日々である。
そのうえで毎日、陛下と殿下から呼ばれ、1時間ほど話をしていた。
そこでは俺たちの干渉方針を話したり、現代の生活を紹介することもあった。
陛下たちはまるでおとぎ話を聞くように、俺たちの話に耳を傾けてくれたものだ。
そうこうするうちに、頼んでいた調査も終わり、その結果について知らされる。
「即時、更迭のうえ、予備役編入ですか。免官じゃないだけ、温情なんですかね」
「うむ、2人ともそれなりに、功績があるからな」
調査の結果、やはり2人は黒だった。
俺の言ったとおり、海軍は旅順攻略への陸軍参加を拒んでいたし、203高地の攻略を認めさせるため、御前会議で虚偽の報告をしていたのだ。
どうやら昨年の7月以降、バルチック艦隊来航の噂が海軍内に広まり、山本海相や軍令部は、突き上げを食らっていたらしい。
冷静に考えれば、まだまだ時間はあるにもかからわず、パニック気味に騒ぐ者が多かったようだ。
権兵衛さんは海相として、それらをていねいに説得するべきだったのに、楽な道を選んだ。
旅順攻略をせっつくだけでなく、陸軍の作戦に干渉して、203高地への攻撃を強要したのだ。
この企みに協力したのが、長岡参謀次長だ。
彼は大した戦略眼も持たない軍人官僚で、己の立場を有利にしようと画策した小物である。
そんな長岡にとって前線への干渉話は、絶好の機会に見えたのだろう。
長岡は海軍の尻馬に乗り、ありもしない203高地攻略の必要性を説いて、御前会議の決定まで勝ち取った。
もちろん後で責任を取らされないよう、巧みに言葉を取りつくろってはいたが、どう見ても情報を正しく整理できていない。
本来、彼は海軍の出した情報を、厳しく精査するべき立場なのに。
結局、職務怠慢をとがめられ、参謀次長を罷免のうえ、予備役編入となった。
海軍の方はさらに重罪である。
陸軍の参戦を拒んで、いたずらに被害を広げただけに留まらず、バルチック艦隊の来航を1ヶ月も過早に見積もり、御前で報告したのだ。
おかげで乃木将軍の第3軍は、早急な攻略を求められ、そのために無用な犠牲を出した。
それはつまり、陛下に対する虚偽報告であり、国に対する明確な背信行為だ。
これによって山本海相のみならず、伊東軍令部部長、伊集院軍令部次長が、それぞれ更迭のうえ、予備役編入となった。
ちなみに御前会議に出席していた山縣総参謀長、桂首相、寺内陸相にも、陛下からきつい叱責がくだったそうだ。
彼らは主導こそしていないものの、海軍の虚偽報告に乗じて、前線への干渉を繰り返した。
おかげで乃木将軍が、満州軍総司令部と大本営の板挟みになり、どれだけ苦しんだことか。
さすがにすぐには更迭されないものの、いずれ交替させられると共に、日露戦争の論功行賞を辞退することになっている。
こうして山本、長岡らの処分が決まった翌日、俺たちは5元老と顔合わせをした。
5元老とは、伊藤博文、山縣有朋、大山巌、松方正義、井上馨の5人である。
ただし大山巌は満州軍総司令として大陸にいるので、集まったのは4人だけだ。
彼ら5元老は、明治の前半において天皇をよく補佐し、宮中の意思決定機関として機能していた。
しかしこの頃になるとその足並みも乱れ、適切に国家方針を定めることが難しくなっていたらしい。
結局、児玉源太郎がその不備を補い、1人奮闘することで、日露戦争を乗り切ったという流れがあった。
児玉さんこそ日本の至宝であり、救世主と言っていいだろう。
そんなことを考えながら、おとなしくしていると、伊藤さんが口火を切った。
「君たちが未来から来たという少年か。正直言って信じがたいのだが、その証拠を見せてもらえるかね?」
「はい、それではこの画面を見てもらえますか?」
すかさず後島がパソコンを取り出し、説明を始める。
今回は彼が説明をするよう、事前に決めておいた結果だ。
後島は流暢な説明で、俺たちがここへ来た経緯と、今後の歴史を語る。
元老たちはしばしば驚き、口をはさみつつも説明は終了した。
「信じられん。300万以上もの国民が、犠牲になるとは……」
「うむ、我らの子孫が、そこまで愚かだと思いたくないものだが……」
「我が国が、アメリカと戦争をするだと……」
「何を間違ったら、そんなことになるのか……」
4者4様に驚いているが、伊藤さんが最初に立ち直った。
「それにしても陛下。彼らの言っていることは、真実なのでしょうか? 何かたちの悪い、ペテンにでも引っかかっているのではないかと、疑ってしまいます」
「いや。彼らの予言どおり、6月9日に米国大使から、講和勧告書が届けられた。ここから1歩も出ない者が、ピタリと言い当てたのだぞ。その信憑性は高いであろう」
「う~む、なるほど……」
これはあらかじめ陛下に伝えてあったことで、それを確認するために、今日まで時間が掛かったこともある。
それはささやかな予言だったが、最低限の信頼はこれで得られた。
伊藤さんは少し考えてから、また口を開いた。
「まだ完全には信用できんが、とりあえずはよしとしよう。そのうえで君たちは、悲惨な未来を変えたいと言うが、具体的にどんなことを考えているのかね?」
「そうですね……いろいろありますが、まずは統帥権の正常化と、軍の建て直しが主でしょうか」
「統帥権の正常化? 君は今の状態が、異常だと言うのかね?」
陸軍の重鎮である山縣さんが、さっそく噛みついてきた。
「それは閣下の方こそ、よくご存知でしょう。一昨年の戦時大本営条例の改訂により、陸海の統帥権は並列対等とされたのです。これでは戦時にも海軍が勝手に動いてしまい、国家としての一体感は失われてしまいますよ」
「ほう……さすが、未来から来たというだけあるな。しかし私も、それを放置するつもりはない。幸いにも権兵衛は現役を退いたので、元に戻すための交渉を始めようじゃないか」
「それだけでは不十分と考えます。せっかくですから兵部省を復活させ、陸海軍を統合しましょう。そして大本営に統合幕僚本部を新設し、統合幕僚長職を置きます。さらに統帥権は首相ないし内閣の輔弼により行使されると、憲法に明記する必要がありますね」
「貴様っ! 陛下の大権を、政治屋どもに渡せと言うのか?!」
すると山縣さんはすっくと立ち上がり、大声を上げた。
山縣さんといえば、議会・政党に強い不信感を持っている人物として有名だ。
そんな彼にとっては、我慢ならない提案だったのだろう。
しかし予想はしていたので、俺は冷静に彼をなだめに掛かる。
「落ち着いてください、山縣閣下。そうでもしないと、今後の戦争は戦えないのです。閣下はこの日露戦争に、どれだけの弾薬が消費されたと思いますか?」
「それは……おそらく膨大な量であろう」
「そうです。一説には日本だけで、銃弾2700万発、砲弾35万発とも言われます。そして10年後の戦争では、たった1度の会戦だけで、その全てが消費されるようになるんですよ」
「に、にせんななひゃくまん、だと?」
山縣さんがその数字に肝をつぶしていると、陛下が口を開いた。
「にわかには信じられんほどの、恐ろしい数字だ。まさに国家総力戦よな。しかし実際に時代の流れは加速しておる。それは今回の戦争で、おぬしも思い知ったであろう」
「は、それはそうかもしれませんが……」
「うむ、だからな、我々も変わらねばならんのだ。そのためにはおぬしらの力が必要なのだが、手伝ってはくれんか?」
「……しかし、いくらなんでも、政治屋に軍の手綱を渡すなど……」
なおも渋る山縣さんを、今度は伊藤さんがなだめる。
「よいではないか、狂介。国としては、そちらの方が一体感が取れると思うぞ」
「くっ、お前は政党政治に前向きだから、そう言えるのだ。しかし連中は信用できん」
「その辺は、おいおい話そう……それで大島くん。軍の建て直しというのは、どんなことをするのだ?」
山縣さんを適当にあしらいながら、伊藤さんは話題を転換する。
俺もここで細かい話をするつもりはないので、それに乗った。
「端的に言えば、軍縮と機械化の推進ですね。それと教育方針を改めて、将来の総力戦に備えます」
「ほほう、もっと具体的に頼む」
伊藤さんは興味深そうに身を乗り出す。
「まず陸軍の方は、師団数の削減。そして海軍の方は、戦艦の新規建造の一時停止です」
「ふむ、まあ先ほど聞いたように、戦争が終わるのなら軍縮は必要だろうな。しかし軍部の不満は高まるぞ。特に戦艦の新造停止など、海軍は激怒するのではないか?」
「ええ、怒るでしょうね。でも現実問題として、来年にはイギリスで画期的な戦艦が発表されるため、今計画してるような船は、一気に旧式化しちゃうんですよ」
「なんと、真か?」
伊藤さんたちが驚いているが、これは事実である。
1906年の12月には、世界を驚愕させる”ドレッドノート”が、イギリスで登場するのだから。
この”単一巨砲搭載艦”であり、蒸気タービンで高速を発揮する戦艦は、世界中に衝撃を与える。
これによって従来型の戦艦は、その戦力価値を大きく下げられてしまうのだ。
「ええ、本当です。それぐらいだったら、建造中のモノも含めて戦艦建造をやめたら、ものすごい額の予算が浮きますよね。具体的に言うと、8隻はキャンセルできます」
その対象は、今年起工された筑波(1月)、生駒(3月)、薩摩(5月)に加え、今後起工予定の安芸、河内、摂津、鞍馬、伊吹である。
1896年竣工の富士型が、1隻1千万円ぐらいだから、少なくとも8千万円は浮く計算だ。
明治の1円は、見方によっては現代の2万円に相当するというから、1兆6千億円ぐらいになる可能性がある。
実際、この当時の国家予算が3億円ぐらいだから、その3割弱にも相当する大金である。
これをやらない手はないだろう。
「おお、それはいい。ぜひやろう!」
「うむ、そのお金を国内に還元すれば、もっといい使い道がある。今回の賠償金と合わせれば、大きな力になるはずだ」
そんな話に元大蔵大臣の松方さんと井上さんが、食いついてきた。
しかし俺はすかさず、その甘い考えに水を差す。
「あ、賠償金は諦めた方がいいですよ」
某国営放送の大河ドラマにもなった有名小説で、乃木将軍と伊地知参謀長がボロクソにこき下ろされているのを、ご存知でしょうか?
そう、坂の上のアレです。
しかしあれ、不適切な資料をうのみにした作者の、勘違いみたいですね。
実際には乃木さんと伊地知さんは優秀な軍人で、むしろ彼らだったからこそ、あの期間で旅順を攻略できた可能性もあるとか。
私もその不適切な資料ってやつに目を通してみましたが、アンチ伊地知派の視点が主で、とても公平とは思えないシロモノでした。
だけど有名な作家に書かれると、そちらが正だと思われちゃう不条理。
歴史小説って怖い。




