4.ゴンベエを更迭せよ 2
明治38年(1905)6月1日 皇居
山本海相と長岡参謀次長の調査を提案した俺に、皇太子殿下が訊ねる。
「君の言いたいことは大体わかった。もしそれが事実なら、由々しきことだ。厳正に対処する必要があるだろう。しかし真っ先に提案するべきことでも、ないと思うのだがね」
「おっしゃることは、ごもっともです。しかしこの提案には、別の狙いがあるのです」
「ほう、それは何かな?」
そう問われた俺は、茶で喉を潤してから言葉を続けた。
「本当の狙いは、海軍の建て直しなのです。そして山本海相は、その最大の障害になります」
すると陛下も殿下も、意外そうな顔をした。
「バルチック艦隊を見事に打ち破った海軍に、問題があると言うのかい?」
「うむ、権兵衛が進めてきた海軍の強化が、ここに花開いたと言ってもよいと思うが?」
俺はそれにうなずきつつ、言葉を返す。
「ええ、東郷提督の艦隊指揮や、将兵たちの奮戦は、お見事だったと思いますよ。結果的に山本海相による艦隊の増強も、正解だったと思います。しかしこれによって帝国海軍は、その本質を見失ってしまうのです」
「それはどういうことだい?」
殿下が戸惑いがちに訊ねる。
「最大の問題は、勝ちすぎたことによる慢心ですね。これによって海軍は、従来のやり方に自信を持ち、その権力欲を満たすため、拡大の一途をたどるんです」
「それは……たしかにあると思うが、権兵衛と関係があるのかい?」
「大ありですよ。山本海相は自身の権力欲を満たすため、国難のときにも取り引きを持ち出すようなお人です。史実でも彼は艦隊の強化にのめり込み、国家予算の3割を分捕っていくんです。彼の存在は、日本のためになりません。早急に退場してもらう必要があります」
その言葉に陛下と殿下が絶句しているが、俺は構わず続ける。
「海軍の本来の使命は、味方の海上輸送路を守り、逆に敵の輸送路を破壊することです。艦隊決戦はそのための手段に過ぎません。しかし日本海軍は、日清・日露戦争で海戦に勝利したため、艦隊決戦主義にはまり込みます。30年後の連中なんて、ひどいですよ。”輸送船の護衛なんて、女子供の仕事だ。俺たちの力は、敵の艦隊を打ち破るためにあるんだ”って、平気で言うんですから」
「それは……たしかにひどいな」
殿下が苦笑いする横で、陛下が鋭い目を俺に向けてきた。
「なるほど。海軍の熱狂に水を差すため、権兵衛を利用するか?」
「はい、そのとおりです。それに山本海相も、許せませんからね。実は今日、話したようなことは、現代で一般に知られてないんですよ。どうやら海軍の悪行が、隠蔽されたようでしてね。そのおかげで、乃木将軍は無謀な突撃を繰り返させた、無能な将軍だと思われてしまっている。海軍のせいで犠牲を強いられ、息子さんまでも失った将軍がですよ。あまりにもひどいじゃないですか」
すると陛下の顔が、また悲しみに曇る。
おそらく乃木将軍に迷惑を掛けてしまったことを、深く悔やんでいるのだろう。
陛下はひとつ深呼吸をすると、話をまとめはじめた。
「君の言いたいことは、よく分かった。この件は私に預けてくれ。悪いようにはしない」
「はい、お願いします。おそらく山本海相と長岡次長は、事態を隠蔽しようとするでしょうから、慎重に進めてください。余計なことかもしれませんが」
「いや、助言は感謝する。くれぐれも気をつけよう。部屋を用意させるから、君たちも休みたまえ。長々と悪かったな」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
こうして明治天皇との会談は、ようやく終わったのだった。
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それから俺たちは、ひとつの部屋をあてがわれ、ようやく休息することができた。
ただし部屋の外には衛士が2名も控えていて、ばっちりと監視されている。
「ふあ~、つっかれたな。祐一がしゃべってばかりだったけど、俺たちも緊張したよ」
「うん、そうだね。それにしても、本当に僕たちって、明治に来ちゃったのかな?」
「俺もちょっと信じられんけど、それ以外に説明つかんやろう」
後島、中島、佐島がそんな話をする横で、川島が俺をつついた。
「祐一、なんであんなこと言ったんだ? いずれは言うにしても、みんなで相談するべきだったんじゃないか?」
そう言われ、俺は素直に謝った。
「ああ、相談しなかったのは、悪かったと思っている。だけどこの件だけは、なるべく早く片づけたかったんだ。何度も考えてきたことだからな」
「そういえば、最近はそんなことばかり妄想してるって、言ってたな」
「ああ、そうだ。おそらく大日本帝国が道を誤る、最大の転換点なんだ、ここは」
「たしかにこの後はひどいからな」
川島もそれ以上は追求せず、とりあえず言っただけという感じだ。
すると今度は後島が、今後の展開に話を移す。
「ふ~む、とりあえず初動はこれでいいとして、今後どうするかねえ」
「たしか6月1日って、日本海海戦が終わったばかりだよね。その後はえ~と…………ああ、アメリカが講和を仲介してくれるのか」
中島がパソコンのデータを確認していると、佐島がその先を続ける。
「そうや。たしかこの後、ロシアが交渉には応じるんやけど、賠償も領土割譲もせえへんって、ゴネるやんな」
「そうそう、全権大使がロシア皇帝に、”絶対に譲歩するな”って言われちゃうんだよね。それから~……日本が賠償金を惜しんで、交渉が破談しかけるのか。結局、樺太の半分割譲だけで妥協するんだよね」
そう言う中島の言葉を、俺が補足する。
「実は上手くやれば、樺太全島も分捕れたらしいな。その点はぜひ、助言しよう」
「おっ、それええな。樺太北部には油田があるからな」
俺の言葉に、すかさず佐島が反応する。
化学屋の佐島は、油田関係の情報にも詳しいのだ。
すると川島がそれに同調する。
「それだったら、満州にも油田あるよな。大慶油田だっけか」
「そうそう。たしかこの戦争で、満鉄の利権を得られるから、その開発と絡めればけっこういけるかもしれへんで」
「満鉄っていえば、桂・ハリマン協定があったよな。小村外相のせいでポシャったらしいけど」
「おお、あれは受けた方が良かったんじゃないか? アメリカが金を出してくれるんなら、こっちは大助かりだ」
「う~ん、せっかく分捕った利権を持ってかれるのは、国民が良く思わないんじゃないかなぁ?」
早くも盛り上がりつつある中で、俺は制止を掛けた。
「こらこら、待て待て待て。あまり突っ走るんじゃない。それよりも基本方針を決めないか?」
「自分が最初に突っ走ったくせに……」
「いや、確かに基本方針は必要だな。それはほら、あれだろ? どこまで介入するかとか、どこまで情報を出すかみたいな」
中島が愚痴るのを尻目に、川島が同調してくれた。
「そうそう、そんな感じ。俺たちの強みって、現代知識もあるけど、歴史を知ってることの方が大きいと思うんだ」
「だな。だからあまり大胆に介入すると、歴史が変わって、それが通じなくなる恐れがあるな」
「な~る……そういう意味では、歴史介入は最小限にして、陰でコソコソやるのがええんかもしれんな?」
後島も話に乗ってくると、佐島も加わる。
「とはいえ、戦争になっても困らないぐらい、国力を増強するんだろ? それに少々、目立っても、やるべきことはある。だったらどっかで歴史も変わるだろう」
「そうだな。コソコソやれるのは、せいぜい第1次大戦までだと思う。そこからは違う歴史になるものと思って、やるべきだろうな」
「第1次大戦か……9年後だな。それならやれることも多いか」
「せやな~。まあ、これだけ人材が揃ってるんや。なんとかなるんちゃう?」
「もう~、みんな楽観的すぎじゃない?」
そんな話をしつつ、明治最初の夜はふけていった。
ということで、まずは山本大将の排除に動いてみました。
別に彼が全て悪いとは思いませんが、軍令部も含めて彼が海軍を牛耳っていたのは事実です。
つまり海軍の不祥事は、彼の責任大ってことで、さらに海軍の改革をするにも邪魔なので、早々に消えてもらうことにしました。




