21.勃発、第1次大戦!
大正3年(1914年)8月4日 皇居
欧州で緊張が高まる中、俺たちはまた皇居に呼び出された。
この時すでに、欧州ではサラエボ事件が発生。
これを受けてオーストリア・ハンガリー帝国が、セルビアに最後通牒を突きつけ、連鎖的に世界大戦へと動きはじめていたのだ。
「本当に君たちの言うようになっているな」
「ええ、今日中にはイギリスも、ドイツに宣戦布告しますよ」
「ドイツがベルギーに侵攻したのだから、そうなるだろうな……」
伊藤さんと話しているように、史実でも8月4日にイギリスは、ドイツに宣戦布告している。
なぜならベルギーは永世中立国として各国から承認されており、その中立を破るような蛮行は、近隣列強として座視できないからだ。
しかしドイツは、この重大な欠陥を持つシュリーフェン・プランに従い、戦争を始めてしまった。
もしもシュリーフェンがこの点をもっと考慮していれば、第1次大戦は大きく違うものになっていたであろう。
「問題は、日本がどう対応するかだな」
「うむ、大島くんたちの言うとおりなら陸軍、さらには海軍の派遣要請がくることになる」
「しかし今までの実績からして、そのとおりになるでしょう」
「でしょうな」
山縣さん、井上さん、松方さん、そして大山さんが、それぞれ憂いを顔に浮かべている。
ちなみに史実では1909年に暗殺された伊藤さんだが、韓国と距離を置いたので、まだまだ元気である。
すると陛下(大正天皇)が、口を開いた。
「大島くんたちの考えでは、派兵すべきとのことだが、国民の命を危険にさらすほどの価値があるのだろうか? 聞けば、相当に激しい戦いになるのであろう?」
「ええ、1千万人以上が命を落とすという、ひどい状況に陥ります。史実で日本は、欧州への陸軍派遣は断り、小規模な艦隊の派遣のみにとどめます。それはそれでありだとは思うんですが、私はあえて派兵を勧めます」
「それはなぜだね?」
「まず第一に、日本は列強の一角として、血を流す覚悟と能力があることを、示すためです。そして第二に、最先端の装備や戦術を含んだ、戦訓を得るためです。さらに言えば、多くの日本人に欧州の空気を感じさせることで、日本人の意識を変革することも、期待できますね」
「ふ~む、言われてみれば、それなりに利点はありそうだな。今後のことを考えれば、多少の犠牲は受け入れるべきか……」
そう言って陛下が、乃木さんと東郷さんに目を向けると、彼らも口を開く。
「おっしゃるとおりです。陸軍はより良い日本の未来のため、血を流す覚悟があります」
「海軍も同様です。最新鋭の金剛型戦艦でさえ、出してみせましょう」
するとそこへ児玉さんが口をはさむ。
「うむ、私もそれには賛成だ。問題は、どのタイミングでどれだけ出すかだな。その辺、大島くんはどう考えている?」
「そうですね……大戦は4年後の、1918年11月に終結します。そして17年の4月にアメリカが参戦しますから、その前が望ましいですね。より高く恩を売れますから」
「フハハ、あまり早すぎもせず、遅すぎずもせずといったところか。そうすると、15年中に編成して16年には欧州へ送らねばならんな。派兵規模は……」
「最初は3個師団とか言われますが、とてもそれでは足りないでしょう。最低でも10個師団は送らないと、存在感は示せないんじゃないかと」
「10個師団……20万人か。それは凄いな。しかしそれではまた、借金が膨らむぞ」
「その辺は呼んだ国に、ある程度もってもらいましょう。残りは列強として認められるための、必要経費として割り切るべきかと。それに戦争に勝てば、ドイツの優秀な機械や技術などで、多少は取り戻せますよ」
「なるほど。単純な損得勘定ではないわけか」
「ええ、それから海軍は、戦艦を送るなら16年の5月までにやるべきです。5月末に大きな海戦があるんですよ」
「うむ、例のやつだな。また後で、詳しく教えてほしい」
「ええ、もちろんです」
すでにユトランド沖海戦について聞いている東郷さんが、大きくうなずいている。
すると陛下がその場をまとめるように、声をかけた。
「どうやら結論は出たようだな。各自、出兵する方向で、計画を立ててくれ」
「「「御意」」」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大正4年(1915年)12月 東京砲兵工廠
その後、史実どおりにイギリスが対独参戦し、本格的な世界大戦が始まった。
そしてやはり塹壕戦に突入し、西部戦線は膠着する。
この時点で連合軍の各国からは、日本への派兵要請が相次いだ。
そこでとりあえずドイツに宣戦布告し、山東省や南洋諸島のドイツ権益の接収には動いたものの、欧州派兵については言葉を濁した。
”欧州ははるかに遠く、日本には兵を派遣するほどの国力がない”、と言って。
代わりにインド洋やアメリカ西海岸に艦隊を派遣し、通商路の保護に積極的に動いている。
しかし欧州ではその間にもバカスカと人が死に、状況がどんどん切迫していく。
やがてせっぱ詰まった英仏が、”物資はこちらで持つし、その他の戦費も半分は出すから派兵して”、と言って泣きついてきた。
さすがにこれは断りづらく、元々、派兵するつもりもあったので、御前会議で欧州派兵が決定される。
その内容は、陸軍は10個師団、海軍は巡洋戦艦2隻、巡洋艦4隻、駆逐艦20隻という、大部隊だった。
しかし陸軍の10個師団20万人は、日本としては大兵力ではあるものの、欧州ではそれほどインパクトはない。
なにしろ大戦全体では、7千万人が動員されたのだから。
それでも日露戦争の経験を持つ、わりと近代的な軍隊の加勢は、それなりに喜ばれた。
そして何よりも喜ばれたのは、世界最強クラスの巡洋戦艦2隻を含む艦隊の派遣だ。
なにしろ金剛と比叡は、14インチ砲を8門も持ち、27ノット以上を叩きだす駿馬である。
さらにはUボートの脅威も知れ渡ってきたところへ、駆逐艦が20隻も投入されるのだ。
実はこの樺型駆逐艦は、戦前から設計を進めており、造船所にも投資を行っていた。
おかげで史実の倍の隻数を早期に建造し、欧州へ送り込むことが可能になったのだ。
それを知った連合軍首脳からは、一刻も早く送ってくれと、猛烈なラブコールを受けた。
ちなみにこの樺型駆逐艦は現地で大活躍し、後にフランスから12隻もの発注を受けることになる。
そんな欧州派遣軍は続々と編成され、欧州へと旅立っていった。
そして俺たちは砲兵工廠で、今後に思いをはせる。
「派遣軍は今、どの辺かなぁ」
「早いとこは、もう着いてるんじゃないか?」
「だな。海軍なんか、もう活躍してるらしいぞ」
「そっか。それにしても、ユトランド沖の海戦とか、どうなるかな?」
「う~ん、史実よりは有利だろうけど、どうなるかは分からないな。金剛型はなんだかんだいって、弱点かかえてるから」
「そうやんなぁ。さすがに戦艦の装甲にまでは、口出せへんかったからな」
「それは仕方ないよね。だけど1人でも多くの人たちが、帰ってこれるといいね」
「そうは言っても、実際はひどいことになるだろうな」
「だよね~……ほんと、なんで戦争なんかするんだろ?」
中島がせつなそうに言うと、みんな黙りこんだ。
「まあ、人間は馬鹿だからな。馬鹿なりに、やってくしかないさ。とりあえず俺たちは俺たちで、できることをやろうぜ」
「ああ、そうだな」
「賛成~」
「それしかないわなぁ」
「まったくだ」
この時代に来て11年めの年は、こうして暮れていった。
改めて調べてみると、伊藤博文は韓国の併合に反対なだけでなく、満州への進出にも反対してたんですよね。
彼がもっと生きていれば、日本の将来は遥かにマシになっていた可能性があります。
おのれ、テロリストめ。




