2.本当に明治かよ!
ひなびた温泉宿で寝ていたはずなのに、俺たちは見知らぬ場所で目覚めた。
そしたら妙に殺気立ったおっさんたちに囲まれていて、非常にやばげである。
しかしそんな雰囲気を、落ち着いた声が断ち切った。
「これ、お前たちもそう騒ぐでない。この者たちは眠った状態で、急に現れたのだ。おそらく状況も分かっておらんであろう」
「し、しかし陛下……」
そう言って立ち上がった人影には、不思議な威厳があった。
そして写真で見た明治天皇に、似ているような気もする。
それに気がついたのは俺だけではなく、後島と中島がそれを口に出した。
「なんか、明治天皇に似てるんですけど」
「うん、僕もそんな気がする」
その言葉が癇に障ったのだろう。
1人のおっさんが大声を上げた。
「陛下に向かって、似ているとは何事だっ! 馬鹿にしておるのかあっ!」
「「ヒイッ」」
今にも殴りかかってきそうなおっさんを、陛下?がなだめる。
「これ、大声を上げるでない。見ればまだ、子供のようではないか」
「……え、俺たち、決して子供では……」
そう思って周りを見回してみれば、仲間たちの顔が若返っていた。
それはまるで、大学に入りたての頃のようで、18歳ぐらいと言われても違和感がない。
「おい、お前たち。若返っているみたいだぞ」
「そう言うお前だって」
「マジで~」
「うひょ~、これってマジでタイムスリップとちゃう?」
「な、何を馬鹿な……」
常識ではあり得ないことだが、マジで俺たちは若返っていた。
それが本当なら、タイムスリップでさえあり得てしまう。
俺はおずおずと訊ねた。
「すいません。非常識を承知でお訊ねしますが、今は何年の何月何日でしょうか?」
「貴様――」
「待て。真剣に訊ねておるのであろう……今は明治38年 6月1日だ」
陛下?にそう言われ、また後島と中島が声をもらす。
「マジかぁ……」
「ええ、本当?」
「無礼であろうがあっ!」
「「ヒイッ」」
またまたおっさんに怒鳴られて悲鳴を上げると、陛下?がまた取りなしてくれた。
「これ、静かにせんか。どうやら、並々ならぬことが起きているようだ。せっかくだから、茶でも飲みながら、話をせんかね」
「陛下! そのようなことは――」
「よいではないか。せっかく海軍がバルチック艦隊を蹴散らして、講和の機会も巡ってきそうなのだ。もっと気を楽に持て」
「しかし……」
結局、陛下?の主張が通って、俺たちはソファに座らされる。
どうやらこの部屋は居間のようで、陛下?たちはお茶を飲もうとしていたようだ。
陛下?ともう1人の青年と向かいあうように座り、その周囲におっさんたちが立つような形になった。
人数分のお茶が出てきたところで、陛下?が話を始める。
「すでに気づいておろうが、私は今上天皇と呼ばれる身だ。そしてこちらは皇太子の嘉仁である」
「嘉仁です」
そう名乗ったのは20代なかばの青年で、おそらく大正天皇になる人なのだろう。
ここまで来ると、もう信じるしかない。
「私は大島祐一です」
「後島慎二です。後島のとうは、しまです」
「中島正三です」
「佐島四郎です。俺も佐島のとうは、しまです」
「川島健吾です」
すると陛下は、おもしろそうに笑いをこぼす。
「ホホホ、大島に後島、中島に佐島、川島か。島ばかりじゃのう」
「あ、はい。ついでに名前が1から5まで揃ってるので、周りからは五島列島って呼ばれてます」
「フハハッ、五島列島か。おもしろいのう」
「ですよね~。アハハハハ」
すかさず後島が気軽に応えて、場を和まそうとしている。
しかし周りのおっさんたちは、額に青筋を立てており、あまり成功はしていないようだ。
陛下はお茶をひと口ふくんでから、率直に訊ねてきた。
「ふむ、それで君たちは、どこから来たのかね?」
「……ちょっと信じられないかもしれませんが、私たちは未来の日本からやってきました」
「きっさま~、何を馬鹿な――」
「やめい! お前たちはしばらく黙っておれ」
俺の言葉に激昂した男を、陛下がきつく叱責する。
そして陛下は面白そうにヒゲをいじると、俺に先をうながした。
「話を続けてくれ」
「はい。具体的に言うと、私たちは西暦2021年の5月1日からやってきました。みんなで旅行をして、旅館に泊まっていたんです。そして目が覚めたらこの状態で、正直、戸惑っています」
「フハハ、それが本当なら戸惑うだろうな。しかし実際に君たちは、一瞬で我々の前に現れたのだ。私もおおいに戸惑っておる」
「ああ、そうだったんですか。ならば何か超自然的なことが起きている、ということだけは、共通の認識でよろしいでしょうか?」
「うむ、そう考えるしかないであろうの」
すると隣の皇太子殿下が、遠慮がちに問うてきた。
「西暦2021年、というと、今から116年も先になる。君たちは何か、それを証明できるものを持っているかな?」
「そうですね……これなんかどうでしょう?」
昨晩は浴衣で寝たはずが、今はなぜか普段着になっていた。
ごていねいに旅に出た時の荷物も傍らに残っており、着替えやパソコンもある。
そして胸ポケットにはスマホが入っていたので、それを見せる。
「これはなんだい?」
「え~と……電話といえば、分かりますか?」
「これが電話? 線も付いていないのにかい?」
「声を電波にして飛ばすんですよ。無線機の一種と思ってもらえれば」
「へえ……それは使えるのかい?」
「いえ、この時代にはそれを支えるインフラ……設備がありませんので、無理ですね。だけど代わりに、こんなことができます」
当然のことながら、この時代に携帯の基地局などあるはずもなく、電話は使えない。
しかし俺はスマホをいじって、適当な動画を再生してみせた。
それを見た陛下と殿下が、目を丸くする。
「……ほほう、これはたしかに、現代ではありえんシロモノだな」
「ええ、百年先の物と言われても、信じたくなるものです」
それから俺たちは、パソコンなども駆使して、俺たちがこの時代の人間でないことをアピールした。
中には怪しむ者もいたが、陛下が強引にそれを抑えてくれる。
そして陛下は、改めて俺たちに問う。
「ふ~む、実に奇妙なことが起こったものだな。なぜこんなことが起こったのか、君たちには心当たりがあるかね?」
俺たちは互いの顔を見合っていたが、やがて俺に全ての視線が集まる。
昔から俺がリーダーシップを取ることが多かったので、こういうのは俺に回ってきやすいのだ。
そこで俺は、思い切って推測を述べた。
「実は私たちは昨日の晩、日露戦争の直後に行けたら、日本の歴史が変えられる、みたいな話をしてたんです。それが実際に起こったのだとしたら、それは俺たちに歴史を変えてみろと、言ってるのかもしれません」
「それは一体、誰が?」
「それはその……神様みたいな存在、ですかね」
さすがに笑われるかと思ったが、陛下は平然としていた。
陛下は少し考えながら、さらに問う。
「君たちが変えたい歴史、というのはどんなものかな?」
俺はその問いにしばし詰まりながら、やがて答えた。
「それは……それはこの日本がアメリカと戦争になって、300万人もの死者を出す歴史です」