19.金剛型戦艦を造ろう
明治42年(1909年)1月 海軍艦政本部
年が明けて1909年、俺たちは海軍の艦政本部へ来ていた。
その目的は、久しぶりに日本で建造される戦艦 金剛型の仕様を決めるためだ。
この艦は日本初の超弩級巡洋戦艦であるだけでなく、世界で初めて14インチ(35.6センチ)砲を搭載するという、重要な艦でもある。
その高速性能も相まって、就航当時は世界最強だったと言っていいだろう。
しかし日本には、いきなりそんな高性能艦を建造する実力がない。
そこで技術導入を兼ねて、イギリスに設計と製造を依頼したのだ。
するとイギリスは同盟国の戦力強化の狙いもあって、大盤振る舞いで応じてくれた。
なにしろ最新鋭の戦艦を建造するだけでなく、その設計図を供与して、同型艦の建造も許すというのだ。
さらに日本側の技術者を受け入れ、金剛の建造に立ち会わせてもくれる。
通常では考えられないような好待遇である。
もっともこれはイギリス側にも旨味があって、他国の金を使って、最新技術をテストできるのだ。
実際に英国戦艦タイガーは、金剛の経験を参考にして、途中で設計が変更されることになる。
そしてしばらく戦艦の建造を凍結されていた海軍は、並々ならぬ意気込みで、それに取り組んでいた。
しかしそんなところに、陸軍の軍属技官が顔を出したのだ。
反発を受けるのも仕方ないであろう。
「貴様ら、一体なにをしにきたぁ!」
「陸軍に軍艦のことが、分かってたまるかあっ!」
「そうだ、帰れ帰れ!」
俺たちの外見が若いのもあり、のっけから喧嘩腰である。
しかしこちらにも味方がいる。
「君たち、話も聞かずに否定してはいかんよ。彼らはそれぞれの分野で、立派な成果を出しているんだ。まずは話し合おうじゃないか」
「秋山大佐、しかし――」
「このことは東郷閣下もご承知のことだ。それでも拒否するのかい?」
「……了解、しました」
どうせこんなことだろうと、秋山大佐(1908年に昇進)についてきてもらった。
彼は俺たちの素性を知っているので、こちらもやりやすい。
そして東郷大将の権威もちらつかせて、海軍の担当者を強引に席につかせた。
「それでは、皆さんが検討している試案を見せてもらえますか?」
「くうぅ、小憎らしい」
海軍将校が、いかにも嫌そうに試案を提示する。
それらはいくつかに分かれ、主に12インチ砲搭載案と、14インチ砲搭載案に分かれていた。
俺たちはそれらを確認し、ひとつの結論に至る。
「これしかないですね」
「そうだな。魚雷発射管はいらないけど」
「ん~、そうやな。世界初の14インチ砲搭載艦で決まりや」
「楽しみだね~」
「まあ、いいんじゃないか」
そんな俺たちを見て、またもや海軍将校が激昂する。
「な、何をえらそうに。貴様らに戦艦の、何が分かるというのだっ!」
「そうだ! しかもお前、魚雷発射管はいらんとか申したな!」
「はっ、まったく。これだから素人は」
そんな罵声を、秋山さんがたしなめる。
「まあ待て。後島くん、なぜ魚雷発射管がいらないなどと言うんだね?」
「14インチ砲にするからですよ。そうなると射距離は2万メートル前後になるから、魚雷なんか役に立ちません」
「な、なんだと! 素人が偉そうに!」
「あなたの方こそ、よく考えてみてくださいよ。今までは数千メートルの距離で撃ち合うのが、当たり前だったかもしれないけど、14インチ砲にしたら、もっと遠くから撃てるんですよ。そんな状態じゃ、魚雷なんて無用の長物でしょう。これからの雷撃戦は、巡洋艦や駆逐艦に任せて、戦艦はすっぱりと魚雷を捨てるべきなんです」
「馬鹿もん! 今までの戦訓から――」
「そこまでだ!」
ヒートアップする将校を、また秋山さんが止めた。
そして彼らににらみを利かせてから、また後島に話しかける。
「たしかに君の言うことにも、一理あるとは思う。しかし今後も魚雷を使う場面は、あるんじゃないかな?」
「考え方が逆ですよ。今後の大砲は大口径、長砲身化していくんです。つまり射程距離はどんどん伸びるんだから、遠距離砲戦を前提に、作戦を立てるべきなんですよ」
「ふ~む、それはそうかもしれないが……」
「馬鹿もん! 敵に肉迫して魚雷を撃ち込む敢闘精神こそが、日本海軍の伝統だ。貴様のような軽薄な輩に、海戦を語る資格などないわ!」
そしたら将校の1人が、横から噛みついてきた。
そんな彼を白い目で見ながら、後島が黙りこむ。
これ以上、何かを言っても、ケンカになるだけだからだ。
その後も険悪な雰囲気の中で、俺たちは淡々と仕様に対する意見を述べた。
海軍将校たちは、とても納得したようには見えなかったが、とりあえず意見は記録されて、その場は終了となる。
その日の晩、俺たちはとある料亭で、東郷さん、秋山さんと酒席を囲んでいた。
「そうか、とりあえず確認はしたのだな?」
「ええ、しかし艦政本部の反発も大きく」
「フッ、まあ、そうだろうな。あちらから見たら、彼らは門外漢の若造に過ぎん」
苦笑しながら言う東郷さんに、後島が噛みつく。
「笑い事じゃないですよ。なんですか、あれ? 以前とぜんぜん変わってないじゃないですか」
「まあ、そう言うな。あれでもずいぶんとマシになったのだぞ。なにしろ、容赦なく粛清したからな」
「それであれですか? 海軍の未来は暗いですね」
そう言われて、東郷さんがまた苦笑いする。
陸海軍の統合に始まり、教育機関の改革まで実施するに当たって、東郷さんたちは相当な大ナタを振るったはずだ。
従わない者は左遷か予備役入りを強行し、かなり恨まれていると聞く。
ぶっちゃけ東郷さんも、何度か命を狙われたんだとか。
おかげで軍の風通しは、相当よくなっているはずなのだが、まだまだ手が回らない部分もあるのだろう。
そう思ったので、俺がフォローに入る。
「まあまあ、後島。軍教育の改革も始まったばかりだから、これからさ。それに俺たちの素性を知らない人たちからすれば、怪しまれたって仕方ないだろう?」
「そりゃあ、そうだけどさ……」
艦政本部の軍人とやり合った後島が、まだ不満そうな顔を見せる。
すると秋山さんも、ここぞとばかりにフォローに回った。
「まあ、君たちの助言を受けて、教育内容も大幅に変わるところだ。あと10年もすれば、それなりに雰囲気も変わるだろう」
「そうだな。それに金剛への要求仕様も、君たちの意見は最優先で反映させる。今のところは、それで勘弁してくれないか」
「……まあ、いいですけど」
その後は後島も機嫌を直し、楽しく会食をした。
東郷さんたちからは、さんざん愚痴を聞かされたが、それでもけっこう楽しそうだった。
帝国海軍という組織が、着実に変わりつつあることに、手応えを感じているようだ。
その後、金剛の仕様は要求どおりに固まり、ヴィッカース社とアームストロング社に提示された。
そして史実どおりにヴィッカースが受注し、年内に建設が始まる。
ちなみにその過程で贈賄関係に目を光らせたため、史実のシーメンス事件が回避されたのは、また別の話。
【金剛 主要諸元】
全長・全幅:214.6 x 28m
排水量 :26300トン
出力 :64000馬力
最大速力 :27.5ノット
機関 :ヤーロー缶x36基
改良パーソンズ直結タービン2基、4軸
主要兵装 :45口径14インチ(35.6センチ)連装砲x4基
50口径6インチ(15.2センチ)単装砲x16基
金剛の仕様は、基本的に史実どおりですが、魚雷発射管だけは排除した形です。
この時代ではまだ技術革新は見せたくないけど、無駄を省くぐらいはいいかなと。
ちなみに日本が世界で唯一、実用化できた酸素魚雷ですが、実際はほとんど活躍できてないんですね。
一説には、長大な航続距離があるために、遠くから撃つようになっちゃって、命中率が低下したとか。
めっちゃ高価な兵器だったのに、もったいない。(´・ω・`)




