17.軍教育を見直そう
明治41年(1908年)6月 皇居
俺たちは久しぶりに皇居へ呼び出され、元老たちと会談していた。
「久しぶりだな。いろいろとやってくれてるそうじゃないか」
「お久しぶりです、伊藤閣下。皆さんの後押しもあって、なんとかやれてますよ」
「フハハ、そう謙遜せんでもよい」
「いえいえ」
開始早々、伊藤さんから上機嫌に話しかけられた。
たしかに俺たちは成果を出しつつあるが、それも陛下や元老と、陸海軍の重鎮のおかげが大きい。
普通だったら、20歳そこそこの人間の言うことなんて、あまり聞いてもらえないからだ。
しかし俺たちはしばしば、元老たちの援護射撃をもらっていた。
おかげで、”あいつらは元老の関係者なんだろう”、と思われてるようで、軍人や官僚に対する発言権が大きくなっている。
これによって自動車、製鉄、発電、石油関係の行政に対し、口出しができていた。
なにしろ俺たちが提案した案件は、予算が付きやすいってのがある。
それを早々に嗅ぎつけた少壮官僚や軍人が、俺たちの提案に相乗りする形で、行政が進むようになった。
やっぱり肩書きとか後ろ盾って、大きいんだなと思う。
ちなみにそれなりに成果も出していることもあって、階級も少尉相当から大尉相当に上がっていた。
実際の軍人でも最速の出世スピードである。
そういう指示が出ているのかは知らないが、影響力が上がるのはいいことだと思って、受け入れている。
伊藤さんに続いて、井上さんも楽しそうに話す。
「君に紹介された吉田式自動車。なかなか良いな。決して輸入車にもひけを取っていない」
「ありがとうございます。皆さんが買ってくれたので、東京自動車製作所もなんとかやっていけそうですよ」
「フハハ、自動車は国力の増強に欠かせんというからな。そのためであれば、何ほどのこともない。むしろ家内が喜んでおるよ」
「うむ、壊れてもすぐに修理してくれるしな」
「おお、あの対応は見事だったな。アフターサービスというやつか」
「うんうん、よもやこんなに早く、国産のクルマに乗れるとはな」
5元老の皆さんには、それぞれ1台ずつ買ってもらっている。
どうやら性能やサービスには満足してもらっているようで、なによりだ。
ちなみに皇室や軍でも何台か買ってくれていて、都内で乗り回されている。
その宣伝効果もあって、東京自動車製作所には継続的な注文が舞いこんでいた。
史実では初年度に17台を売ったものの、2年目以降は年に2、3台しか売れなくなったのとは大違いだ。
この状況は国産自動車の技術レベル向上と、技術者の養成に役立つであろう。
そんな世間話を経て、やがて本題に移った。
「それで今日の本題なんだが、軍の改革も進んだので、今度は教育・研究機関の再編に着手しようと思う」
「いよいよですか。本当に今まで、ご苦労さまでした」
「うむ、ここまで来るのは大変だった……」
そう言って遠い目をするのは、山縣さんだ。
海軍代表として招かれている、東郷さんもしきりにうなずいている。
なにしろ日露戦争が終結した翌年の1906年から、さまざまな改革に取り組んできたのだ。
それは軍縮に始まり、陸海軍を兵部省の下に統合したり、大本営を常設にして、統合幕僚長職を置いたのだ。
そして統帥権は首相ないし内閣の輔弼により行使される、と憲法に明記した。
さらに兵部大臣には、予備役、後備役、退役軍人も就任できるよう、制度も整えている。
当然ながら、ものすごい反発があった。
ギャアギャアわめくぐらいならまだマシな方で、”天誅~!”とか言って要人の暗殺を謀るヤツまでいる。
おかげで要人警護の必要性が高まって、早くも日本版SP的な組織が新設されている。
そんな状況を経て、ようやく軍部も落ち着いてきたらしい。
そこで先延ばしにされていた、陸海軍の教育・研究機関の再編に、手を付けるのだ。
「すでに君たちの意見を参考にして、採用していることもある。しかしそれでも君たちは、軍教育を統合するべきだと言うんだね?」
「ええ、もちろんです。効率が悪いのはもちろんですが、このままでは陸海の溝が埋まりませんから」
「う~む、本当にそうなのかのう」
そう疑問を呈するのは児玉さんだ。
史実ではすでに亡くなっている人だが、この世界ではいまだ健在である。
どうやら陸軍大学の校長になって心労を減らしたのが、かなり有効だったようだ。
「たしかにそれぞれ専門的な部分はありますけど、共通化するべき部分も多いですよ。逆に陸海がそれぞれの事情も知っておかないと、互いに連携できません。教育機関統合の最大の狙いは、陸海軍の力を合わせて、来たるべき悲劇を回避することなんですから」
「う~ん、今までに見せてもらった証拠からすると、やはり必要なのか……よし、とりあえず私の方でまとめてきた案について、意見をもらえるかな」
「ええ、もちろんです」
こうして児玉さんの方から、軍の教育改革案が提示された。
それは俺たちと話し合ったうえで、軍大学や士官学校の人たちに検討してもらったものだ。
その内容は、おおむねこんなものである。
・幼年学校、士官学校、軍大学、軍医学校は、陸海で分けずに統合する
・幼年学校の教育内容は、全国で共通とする
・士官学校、軍大学は基礎学科を共通で受講しつつ、それぞれの専門学科を選択受講する
・士官学校には兵站、経理、技術学校も統合し、極力、陸海での共通化を図る
こうしてみると士官学校が飛び抜けて肥大化するが、もちろん校舎などは全国に分散している。
そのうえで教育内容については、全国で統一する形だ。
その内容はおおむね俺たちの希望に沿っており、修正部分は少なかった。
しかし打ち合わせが終わった時点で、元老や将軍たちが、ため息をつく。
「はぁ……これで中身は固まったとはいうものの、実行するのは並大抵ではないな」
「うむ、激しい抵抗があるだろう」
「ハハハハ、ようやく落ち着いてきたというのにな」
「しかしなんとしても、これはやり遂げねばならん」
「ですな。しかしこれでまた……アイタタ、胃が……」
元老たちが悲壮感のただよう顔で、愚痴をこぼす。
しかしここはなんとしてでも、やってもらわねばならない。
「大変だと思いますが、なんとしてもやり遂げてください。これには日本の未来が掛かっているのです」
「うむ、それは分かっているつもりなのだがな……」
「まあ、ここで愚痴っていても仕方ない。一歩一歩、やっていこうではないか」
「うむ、そうじゃな」
そんな感じで、今日の主題は終わったので、みんなでお茶を飲みながら、気楽に話しはじめた。
「しかしまあ、本当におぬしたちの言うとおりになっとるのう」
「ええ、今のところは、さほど歴史を変えてませんから」
「儂はまだ生きとるがな」
児玉さんが楽しそうに言うと、大山さんと乃木さんが応じる。
「児玉どんには、もっと長生きしてもらわんとのう」
「そうそう、やることはいっぱいありますからな」
「やれやれ、あまり無理はしない方が、いいんですがな」
児玉さんが肩をすくめると、誰からともなく笑いが巻き起こる。
陛下も楽しそうに、それを眺めていた。




