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13.商会を立ち上げよう

明治39年(1906年)7月 砲兵工廠


 元老、海軍、陸軍の重鎮との会談を終えると、日本は大きく動きだした。

 まず海軍が、当面の戦艦建造を取りやめると公表した。

 当然ながら、それに先立って、東郷さんと秋山さんが海軍内で根回しをしていた。

 当面は建造を凍結するが、それを国内投資に回すだけで、10年以内に世界最強の戦艦を造る、と言って。


 しかしその程度で、海軍内部の強硬派、軍拡派の連中が黙るはずもない。

 ”ロシアにも勝利した我が皇軍は、英米にも迫る艦隊を整備して、世界に覇を唱えるのだ”、なんて狂ったような主張を掲げ、ごねるヤツが出た。

 その内実のほとんどは、”俺たちが苦労して勝利したんだから、もっと軍拡してポスト増やそうぜ”、みたいな私欲でしかないくせに。


 そのあまりのひどさに直面した東郷さんたちは、ある時点で見切りをつけた。

 最低限の要所に話をつけると、軍縮の公表に踏み切ったのだ。

 そしてそれに反対する将校たちを、バッサリと整理した。


 良くて左遷、ひどいのは即時予備役入りという、大ナタを振るったのだ。

 これによって海軍内は、大混乱に陥ったものの、皇族の力も動員して乗りきった。

 海軍には有栖川宮威仁ありすがわのみやたけひと親王や、東伏見宮依仁ひがしふしみのみやよりひと親王という皇族軍人がいて、それぞれ大将と大佐を務めている。


 彼らにも未来の話をして、陛下が協力をあおいだのだ。

 その支援を受けた東郷さんたちが、海軍上層部を説得した。

 さらに陛下の、”海軍の改革を頼もしく思う”、というお言葉の後押しもあり、バリバリと粛清が進む。

 左遷、予備役入りにあった軍人の、怨嗟えんさの声があふれはしたものの、なんとか乗り切った。



 これに少し遅れ、陸軍の軍縮もはじまる。

 日露戦争で追加された4個師団を解体し、さらにゆくゆくは2個師団の削減も検討する、という発表に不満の声が上がった。

 しかしこちらも山縣元帥、大山元帥、乃木大将に加え、伏見宮貞愛ふしみのみやさだなる親王(大将)、閑院宮載仁かんいんのみやことひと親王(少将)の後押しもあって、軍内の説得が進んだ。

 もちろん言うことを聞かないヤツは、左遷か予備役入りだ。


 この未曾有の軍縮を支えるために、政府も動いた。

 史実どおりの1906年1月に、第1次 西園寺内閣が成立。

 陛下から、特に財政再建と憲法改正を指示されたうえで、元老が全面的にバックアップする。

 おかげでかつてない安定感を誇るほどの、強力な内閣となった。


 内閣は陸海軍の軍縮方針を歓迎すると共に、退役将兵の受け皿を作るため、大々的なインフラ投資を公表する。

 まず幹線道路の整備・舗装化に、主要鉄道路線の国有化、そして改軌・複線化だ。

 さらに国内の製鉄所や発電所の増強、油田の開発を進めると、ぶち上げたのだ。


 この景気のいい話に、国内世論は大喜び。

 政権の支持率もうなぎのぼりだった。

 結局、この政府の後押しもあって、軍縮への反発は急速に治まっていく。


 しかし次に問題になったのは、軍の再編と憲法改正だ。

 なにしろ兵部省を復活させて、陸軍と海軍をその下に置こうというのだ。

 元々、長州閥と薩摩閥の要望で、陸軍省と海軍省に分かれたような経緯がある。


 それをまたひとつにしようとすれば、その反発の大きさは想像に難くない。

 ついでに陸軍と海軍の給与格差にも、メスが入れられた。

 実はこの時代、海軍将兵は陸軍将兵の、倍以上の給料を取っていたのだ。


 例えば大将なら月に陸軍250円、海軍500円、少尉なら陸軍15円、海軍37円などとなる。

 海軍は陸軍に対して人数が少ないから、成り立っていた状況だ。

 しかし同じ兵部省下になるんだから、これも合わせねばならない。

 そこで段階を踏んで、徐々に是正されることになった。


 もちろん海軍を下げる方向でだ。

 しかしこれで収まらないのが海軍だ。

 ”それじゃあ生活できない”とか、”海軍は少数精鋭なのだから、高くて当然だ”とか言ってゴネた。


 しかしここでも陸海軍の重鎮は、がんばってくれた。

 ”これからの国防は、陸海がいがみ合っていては、とても実行できない。それが分からない者は、軍から去れ”

 という論調で反対者を切りまくった。


 おかげで兵部省復活の道筋は立ったものの、危険な雰囲気も高まる。

 先の軍縮も含め、軍の高官や政治家に恨みを抱くものが、凶行におよぶ事件が発生したのだ。

 これによって要人警護の意識が高まり、日本版SPに相当する警護課が、警察機構の下に作られた。

 今は多くの要人に、護衛が付けられるようになっている。


 そして陸海の統合に合わせ、大本営を常設としたうえで、統合幕僚長職が設置される。

 これによって一旦は分裂した統帥権も、また一元的に運用されることとなる。

 さらに統帥権は首相ないし内閣の輔弼により行使される、と憲法に明記することも決まっている。


 そして兵部大臣には、現役軍人のみならず、予備役、後備役、退役軍人も就任できるようにした。

 これは軍部大臣現役武官制への対策である。

 この制度は軍への政治介入を拒むため、陸海軍の大臣を現役の中将、大将のみに限定する制度で、1900年から実施されていた。

 しかしこれだと、政策が気に入らない軍部が大臣を辞めさせ、後任を出さないことで内閣を倒すことが可能になってしまう。


 実際に史実で何回も倒閣が実行され、そのたびに新たな首相が、組閣に苦労してきたのだ。

 しかしこれが予備役や退役者でもいいとなれば、その選択肢は格段に広くなる。

 ここまでやって初めて、軍が政府の指揮下に入ったと言えるのだ。


 これらの施策がやっとまとまり、現状は組織再編に動いている状況だ。

 本当は軍大学や士官学校など、教育機関も統合するのだが、それはまた時間を置いてとなっている。

 まずは動きだしたことを、喜ぶべきなのだろう。

 なんにしろ、元老の皆さんに、東郷さん、乃木さん、ご苦労さま。




 そして俺たちの方だが、こちらも忙しく働いていた。


「久しぶりに、みんな揃ったな」

「うん、あちこち飛び回ってたからね」

「いや~、それにしても、やることだらけで、メッチャ忙しいわ」

「ほんま、貧乏暇なしやで」

「だな。まずは、乾杯といこうや」

「「「かんぱ~い!」」」


 俺たちは砲兵工廠内の住居で、久しぶりに勢揃いしていた。

 それぞれ、国内の視察に出かけることが多く、家を空けがちだったのだ。

 そんな状況も一段落つき、ようやく集まることができた。


「ふう~、それにしても、この時代の工業力って、本当に貧弱だよな」

「ほんとほんと、その一言に尽きるって。製鉄能力なんか、ぜんぜん足りてねえんだぜ」

「発電所も、超貧弱だよ。需要の伸びに、供給が追いついてないね」

「そんなのまだマシやん。化学業界なんて、ほとんど形もないねんで」

「アハハ、それだけに、投資のネタには困らないけどな」


 みんなが愚痴るなかで、川島だけは余裕の表情だ。

 なにしろ彼は商会を立ち上げ、そこで投資を始めているからだ。

 この当時、成長しそうな企業に接触して、投資を持ちかけるのだ。


 普通なら怪しまれるとこだが、伏見宮貞愛ふしみのみやさだなる親王を看板にして、一等地に看板を掲げている。

 大々的に発表してあるので、店まで来てもらえば、信じてくれるらしい。

 今年の主な投資先としては、日本初のドライクリーニングを開発するとことか、ビール製造業が合併した企業が挙がっている。


 その他にも、聞いたこともないような企業を見つけ出してきて、投資を持ちかけてるそうだ。

 未来知識、恐るべしである。


 ちなみに商会の名前は、”愛国商会”。

 親王殿下のお名前から、1字もらったそうだ。


「それで、自動車の方はどうなんだよ?」

「う~ん、ようやく輸入が始まったような状況だからな。フォードT型はまだだし」

「だよな~。でも国産の車だって、造ろうとしてるんでしょ?」

「ああ、実は今、準国産車を造ってる人たちがいるんだ。来年にはモノになるはずなんだけど、川島の方で投資を検討してくれないかな?」

「でもたしか、潰れちゃう会社だよね。今はうちも、そんなに余裕ないからなぁ」

「そっか……でも俺がアドバイスをすれば、伸びるかもしれないぜ」

「う~ん、ちょっと考えてみるから、後で情報を教えて」

「了解」


 この時代、吉田真太郎と内山駒之助という2人が、準国産車の製作に取り組んでいた。

 来年にはタクリー号という車ができてきて、販売も始まるはずだ。

 しかしこの車、性能的には輸入車に負けていないにもかかわらず、売れなくなるのだ。


 どうもこの時代の主要ユーザーである、富裕層に受けなかったらしい。

 その辺をアドバイスすれば、どうにかなるんじゃなかろうか。

 あとは陸軍にも購入させて、使い方を研究すればいいし。


 そんなことをおいおい検討していくつもりだが、はたしてどこまでできるやら。

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