第一節 六話 常識を覆す力
第一節 六話 常識を覆す力
「念のためルール確認。アルナは僕の何処でも良いから一発でも剣が通ったら勝ちね。僕の勝ち条件はないから無理そうなら頃合いを見て辞める。あと当たり前だけど魔法は禁止で。あ、もう始まってるから好きな時に攻撃して来て良いよ?」
舐められ過ぎだ。中の人は絶望的に弱いらしいが本当にここまで差のある物なのだろうか。赤子の手を捻る様に俺を倒すと言っている様な言動だが、二級はそこまで次元が違うのか。
そんな事、全ては手合わせすればわかる。
「行くぞ!」
いつもなら開始直後の無謀な突撃などする訳も理由も無いのだが、挑発され過ぎた今回ばかりは一気に勝負を決めて度肝を抜いてやりたかった。
その余裕綽々の態度、一瞬で崩してやる。
高速の踏み込みで自分の木剣の間合いまで一気に詰め切る。そして間髪入れずに腹部への一発。何の障害もなく間合いの内に入れてしまっている時点で、もう実力の度合いが知れている。其方が油断しているのが悪い。残念ながら初撃でお終いだ。
入った。それを確信した一刀だった。
しかし、それが腹部に到達するより速くに此方の一撃はあっさりと相手の木剣で受けられていた。その受けの動きは全く肉眼で捉えられなかった。速すぎる。
だが、一撃が抑えられたのならば二撃目がある。それで決めれば問題はない。腹部への狙いを諦め、地に着いた足首を回し、透かさず背後へと回り込み肩へと斜めに斬り込む。だが、それも対応された。リアソリスは此方の回転に合わせて回り、正面から受け止めしっかりと防御する。
「チッ、」
先手の二撃をあっさりと対応され、反撃を貰うまいと間合いの外へ後退する。
攻めきれなかった。たった二撃とはいえそれを完璧に見切られたのだ。舐めて掛かったのは彼方ではない。俺の方である。明らかにリアソリスの実力を履き違えていた。この前の不届き野郎とは比べ物にならない。振るう剣の速度のレベルが違う。
どう攻めるべきか、何も思いつかない。先の無謀な二撃は何の意味もなさなかった事から考えなしの突撃は無意味。少し考えなけれ_______
次の瞬間、俺の顎に痛烈な木剣のアッパーが当たっていた。無論リアソリスの攻撃だ。
強く顎が揺らされ一瞬意識が飛びかける。だがたった一撃でやられたくはない。なんとか意地で意識を保ち、逃げる様に更に数歩、後退する。
「思ったより強いね。これで九級は試験官が働いてないっぽい。楽に六は超えてる。」
思ったより強いってのはこっちの台詞だ。
どうしようもなく速い。そしてどうしようもなく重い。ただ顎が揺れただけで脳震盪を起こしかけるのは威力が高すぎるだろ。これをどうしろと。
さて困った。勝てるビジョンが一気に狭まった。
「どうする?もう辞めとく?ある程度実力がわかったし終わりでも良いよ。」
「ふざけんな。終わるわけねえだろ。此処からだ。此処から勝つ。」
根拠のない自信だ。
しかし俺はこんな逆境は数えきれない程乗り越えて来た。今回はただの模擬戦だから逆境かどうかはわからんが、それでもこの実力差の戦いは十分逆境と言えるだろう。
この差を埋めるのではない。覆す。
“常識を覆す”それが最後の目標だ。
ならばこんな目前の常識はさっさと壊して進まなければそんな目標はたかが知れてる。
自分の一番出来る事で勝負をして、勝つ。それが現状を打破する策だ。
俺が最も得意な形は、反撃の、カウンターの形である。公式戦でもいつもカウンターに嵌めて勝ってきた。それを行うにはまずは自分の領域に引き摺り込む事が必要。
そして、
深呼吸。
領域に引き摺り込んだ後の動きは全てゾーンに入った俺に任せる。その為の精神統一だ。この刹那を真剣での殺し合いだと思え。剣道は信念と信念の屠り合いだ。今をその時に擬えろ。
少しが経ち、集中が頂点で安定する。
ゾーンに入った。
後は待つだけ。俺からは攻めない。勝負はカウンターに賭ける。全身から爪先までの全神経を集中させ、敵を凝視する。瞬きすればその要因で死ぬ。絶対に目を離すな。
「攻めは無理と判断して次は受け?中々面白いね。そんな挑戦みたいな動きされたら入ってみたくなっちゃうじゃん!」
簡単に突っ込んできた。
その身の軽やかさはまるで風の様だが、弾丸の様な力強さも感じる。先程の俺の突撃は隙だらけだったが、彼方の突撃は真逆、一分の隙もない計算された突撃だった。それでも攻撃を入れなければ勝てない。その為に隙を作る。
先程までなら見えなかったその動きだが、今の俺には見えた。ハッキリと。
剣で剣を弾こうと迎え撃つ。
木剣が重なり合うが、そう簡単には弾き返せない。重すぎる。改めて感じたその感想だが、刀が交わる事で更なる強大さを感じた。木剣なのに鉛を彷彿とさせる銃弾の様な一撃。それを力いっぱいに弾こうと力む。が、思うように力が出ない。そう。これは俺の体ではない。女性の体。必然的に筋肉量が違っていた。
返せない。そう判断して力の入れ方を変化させ、受け流す方向へとベクトルをずらす。しかしその受け流しは敢えなく対応され、逆方向へ切り返される。対する俺はその切り返しに対応できずに体勢が斜に崩れてしまった。
そして、次の瞬間には体勢が崩れ無防備になった俺に向けての一撃が、今にも剣が振り下ろされんと待っている。
・・・だが、そこまでは理想通り。力で負かされた時点である程度は読んでいた。
押し返せなかった時の手段は決まっていた。受け流しを対応されるのも予想が付いていた。受け流した後の行動も予測はしている。切り返して姿勢的有利を取った相手からすてば今は絶対的な攻撃チャンスなのだ。
そんな好機を俺が放置しておくとでも思ったか。
斜にズレた体を敢えて立て直そうとせずに、そのまま倒れ込み、剣を持たない左手で真横に力一杯に押し動かし、リアソリスの攻撃を間一髪で躱す。
今の攻撃を躱されたのは流石に驚いたのか、リアソリスの動きが屈んだ状態でほんの数秒鈍る。
それが此処まで布石を立てて作った一分の隙だ。一分も無いかもしれない。でもそれで十分だ。
一発。それが勝利条件。
今度こそ、今度こそ勝利を確信した一撃だ。
取った________
「少し真面目にやった方が良さそう。セイラはちょっと離れた方が良いかも。“疾閃八級奥義 離奏”」
奥義は、覆した常識を更にもう一度覆し、元に戻す力を持っていた。
あり得ない位置、あり得ない速度が目の前に現れる。決まった筈の一撃を止められたのだ。嘘だ。あんな完全な一撃が覆る筈がない。それに今度の守りはまた見えなくなった。
俺とリアソリスに合ったはずの距離が音速で詰められたのだ。音の速度なんて見切れる訳もない。
「まだッ、まだ終わってない!」
諦めたらダメだ。負けたわけじゃない!
一撃がしくじったなら二撃目があるんだよ!
負けじと木剣を振るう速度を上げ、もう一撃を狙う。
「“疾閃四級奥義 裏鏡淵”」
二撃目を振るった其処に形は無かった。間違いなく当たったのに、当たった感覚はない。そこに影はあるのに。
背後ッ...
本物のリアソリスは裏に潜んでいた。先程の影は幻覚だろうか、今見ればその幻影は見えなくなっていた。
これがその奥義なのだろうか。相手に幻覚を見せる奥義なんてインチキ臭いが、今はそんな事言っている暇はない。
背後にいる事がわかったのだ。ならば意地でも、もう一撃、
剣は確かに振るっていた。だが、三撃目は永遠に当たることは無かった。何故なら、剣柄より先の木の刃が跡形もなく消え、見るに耐えない姿に変貌していたからだ。
「“烈紅八級奥義 越刃”」
俺の木剣は、リアソリスの奥義によって吹き飛ばされていたのだ。
剣が無い。これじゃあ勝ち条件を達成出来ない。クソ、負けざるを得ないじゃないか。
「降参だ。」
武器が無いんじゃあどうしようもない。
完全に諦めて両手を挙げる。
『フルボッコにされたわね。』
ああ、こんなにやられるとは思ってもいなかった。これが異世界の洗礼だろうか。
正直、嬉しい。この世界の剣は無限の深みがありそうだ。最強を目指すならば、目指し甲斐のある最強が良い。そういう観点ではこの模擬戦は最高だった。本気でやったのにボコボコにされると一周回って清々しくなる物である。
「大丈夫〜?ごめん、アルナが強すぎてついつい嬉しくなっちゃって少し本気気味で戦っちゃった。」
これで本気“気味”なのか。意味わからん。
どんだけバケモンなんだコイツ。
「どんだけ暴れてんのよ!てかなんでアルナそんな強いの!?」
体育館の端に避難していたセイラが戻って来た。なんで強いかと言うと俺が動かしてるからだ。格ゲーでも上手い人が使う弱キャラは強いだろ?でも所詮上手い人が使う強キャラには敵わないんだがな...
それをしみじみ痛感した。
「いやー、一体何したの?新手のドッキリ企画?僕の想像のアルナは剣を持とうとすると重くて体勢を崩す見たいなイメージだってんだけど。確実に四級レベルはあるよ。それにわざわざ撃剣流で立ち向かうとは...これなら一週間なんて必要とせずに奥義習得は終わりそうだね。」
『剣を持とうとすると重くて体勢を崩すってのは言い過ぎじゃない!?もうちょい筋肉あるよ!?』
一週間も掛からずに奥義習得が出来る、か。
この調子なら留年回避は容易そうだ。
それでも油断は出来ない。この世界はそんなに都合よく物事は運ばない。気を抜かずに、出来る事を全力でこなすまでだ。
明日から。やっぱり明日から本気出そう。撃剣流の概要は後で訊くとする。
今日は疲れたから帰るとしよう。もう死にそうだし。
「よーし!そうと決まればさっさと奥義習得しちゃうぞ!」
リアソリスは戦いが終わった後なのにめちゃくちゃ元気だ。
だから俺は死ぬほど疲れたって言ってるだろ。ちょっとは休憩させてくれ。
自分の体じゃ無い分従来より疲れが溜まりやすい為疲労の感覚がいつもより大きいのだ。てかぶっちゃけコイツ俺より体重重いだろ。胸ないくせに。
『あ゛?』
ヒエッ、読心術やめて...
怒らないで頑張った俺を寧ろ褒めてくれ。
俺は褒めて伸びるタイプなんだ。
「リアちゃん、アルナ、3人で一緒に頑張ってこー!」
「おー!」「おー...」
二人目のやる気のない返事は俺だ。声出す気力も無ぇ...
・・・こうして、残り六日間での奥義習得の為の地獄(?)の特訓が幕を開けた。
バトルシーンが長すぎてなかなか進まねぇ…