第一節 五話 留年回避大作戦(後編)
第一節 五話 留年回避大作戦(後編)
朝6時。今日は昨日よりも12時間近くも早起きだ。当たり前である。一昨日あれだけ「常識を覆す」だの「一日中練習」だの甲子園を控えた熱血野球部の顧問を彷彿とさせる熱血を語っておきながら何もしなかったのだから。正に昨日は、「明日から本気出す」状態であった。
救済追試まで残り六日。その内一日は何の成果もなかったという惨憺たる現状。今日から本気出さなければマジで留年しちゃうそうなので俺も頑張っていこう。
『うわぁーあ、おはよう』
相方が起きた。因みに昨日起きた時に知った事なのだが、睡眠は肉体は共有されずに個人の意思で起きたり寝たりしている様だった。もっと簡易的に言うならば、片方が起きていても片方が寝ている、という事が出来てしまう為、やろうと思えば順々に交代して一日中寝ずに活動する、なんて超ハイブリッドな暮らしを実現可能だったりする。そして寝ている状態で次に肉体に宿る意思は最初に起きた方。なので早起きをすれば一日分の活動の実権を奪う事が出来る。その為早起きが強要される毎日になってしまった。今日は日曜日みたいだしいつもなら11時くらい寝てたのになぁ...
「今日の予定は?その奥義とやらを習得する算段はついてんのか?」
俺自身も、件のなんちゃら流の七級奥義という物には極めて興味がある。なので留年云々関係なしに挑戦してみたかった。
『えーっと、今日は八時から剣のスペシャルアドバイザーに指導をお願いしているからあと二時間は暇。朝ご飯とか食べて待つね。』
朝っぱらから呼び出される剣のスペシャルアドバイザー様もご苦労様である。どうせ友達とかが嫌々連れてこられてやらされるんだろうけど。
『剣のスペシャルアドバイザーはかなり乗り気だったわよ。「アルナも留年に怯えてやっと剣をやる気になったの?嬉しい!」って。ちなみに私と同じように留年の危機を迎えてしまった憐れな同士の先客もいるそうね。』
読心術だろうか。嫌々連れて来るってとこを瞬時に弁解された。でも結局は友達っぽいな。こいつ友達居たのか。
それに____
「昨日家から一歩も出なかったのにどうやってスペシャルアドバイザーに連絡付けたんだ?スマホでもあんの?それか俺が寝た後外行ったとか。」
『そのスマホとかいう意味の判らない単語は兎も角、これはあんたが寝た後に通信魔法を使って頭に直接伝言を伝えただけ。所詮8級の魔法だし特に難しい事はしてないわ。』
いや俺にとっては魔法ってだけで無限に難解だから凄く難しいんですけど...
昨日の夜に魔法の概要に付いては軽く教えて貰ったのだが、魔法には概念系、顕現系、転変系、そして特異系という種類分けが存在しているらしい。詳しくは教えてもらえてないが、最初に見せてもらったあの炎を出す魔法は、実際にはそこに存在しない炎を魔力から魔法を通して顕現させるので、顕現系に含まれるらしい。知らんけど。
それに魔法には一部例外はあるが級位が割り振られているそうだ。級位の話をした後、アルナは自分が氷結1級で、他の属性魔法も大体3級以上である事をしつこく自慢してきた。そんな自慢を突然されても何がどう偉いのかは全然理解出来ない。多分、「剣が出来ないけど魔法は凄く強いぞ」と自分にも良いところがある事を誇示したかったのだろう。器が小さいなと感じた。
『さて、朝ご飯の生成に移るわ。変わって。』
早起きした俺に今日の肉体の支配権はあるはずなのだが、俺は朝ご飯なんて作れないので仕方なく変わることにする。今度絶対に料理を勉強してやろう。
朝ご飯は俺の想定の作り方とは違い、材料に多彩な魔法をかけて作られていった。本人曰く、「料理魔法が使えればある程度の料理は誰でも作れるから料理が出来ないやつなんていない」らしい。レストランとかが経営難に陥っていそうな世界だ。
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さて、私の完璧な魔法で適当に作ったベーグルエッグだが、適当に作ったとはいえ魔法でのほぼ自動料理なので味は安定している。平凡な味だが美味しい。
今回の朝ご飯を食べているのは私の意識が主体だから、この平凡に美味しい味は残念ながら悪霊トウヤの味覚には伝わっていない。食べた感覚が無いのに腹だけ膨れるのはさぞかし不思議な気持ちなんだろう。
朝ご飯を食べ終えると、洗顔や歯磨きをする為に洗面所へ向かう。
洗面所の鏡で私の顔を見る。肩まで掛かる藍色の髪とセルリアンブルーの瞳、そして世界最強クラスに整った顔立ち。これをあの悪霊畜生は自分の物だと謳っているのだ。失礼も甚だしい。
洗面所全般が終わると、次は_____
シャワー。
昨日は人に会わなかったから一昨日の制服をパジャマとして着っぱなしにした末面倒くさくなって風呂に入らず寝るという相当な不潔ムーブをかましてしまったから、流石に今日は人と会うのだしシャワーを浴びなければならなし、休みなんだし制服以外を着たい。
ただ、ここで問題となるのが、
悪霊があくまでも異性であること。
昨日も風呂を沸かそうかと思った。水流魔法に熱魔法を重ねれば直ぐに手頃なお湯を出せているのに、悪霊の対処を考えるのが面倒くさくて断腸の思いで懸念したのだ。
見るなと言ったら言う事聞くのかな。聞かなそう。男だし。ダメ元で一応事実確認。
「ねえ、今からシャワー入るけどその間何も意識しない事って出来る?」
何も意識しない事、即ちシャワー中は擬似的に寝ろっていう事。そこそこ無理難題だが、一昨日会ったばかりの身元不明の悪霊に清純な乙女の身体を晒す訳にはいかない。無理難題でも遂行は義務だと思う。
『あー、それってお前のシャワー中何も考えるなって事?なかなか難しいけど善処するよ。』
善処は怖い。善処したけど欲望には敵わなかったとか言って余裕で見てそう。それに見られたか見られていないかを識別する手段は直接訊く以外にない。訊いてもそれが真実かどうかもわからない。怖すぎる。生理的な畏怖を覚えた。
「善処はダメ、絶っっっっ対。絶対見るな。見たら殺す。十中八九殺す。」
『たかがシャワーで何で殺害予告されなきゃ行けないんだよ...まあ、見ないと思うけど。てか俺殺したらお前も死ぬだろ。』
全然信用出来ないしクソクソ怪しいしでもうシャワー入りたくない。でも入らない訳にもいかない。
恐怖で雁字搦めになった身体を奮い立たせる為、身体中にある勇気を振り絞り立ち上がる。そして浴室へと勇敢な歩みを進めた。
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あー!
シャワー気持ちよかった!
悪霊のことも忘れてスッキリした!
というわけで、シャワーは無事完遂した。途中から気持ち良すぎてトウヤに見られている可能性なんてどうでも良くなっていた。
いや、どうでも良くなっていた訳じゃあ、無い。単に考えるのが面倒臭くなっただけだ。
シャワーから上がって着替えた後にすぐにトウヤには訊いたが、本人は見てないと主張していた。全く信じてはいないけど。
さあ、スペシャルアドバイザーとのコンタクトへの時間は迫ってきた。あと10分くらいで八時。
そろそろ待ち合わせ場所に出向こう。
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部屋を出て、その待ち合わせ場所に着く。待ち合わせ場所と言っても同じ寮の生徒との待ち合わせである為、普通に寮の中である。
そして自室のある3階の寮内広場にてスペシャルアドバイザーを待つ。
そして少し経つと、
「ごめーん!待った?」「まだ八時じゃないし待ってないでしょ。」
と、両名の声が聞こえ、姿が見えた。
『二人いるけどどっちがどっち?身長高い方?』
「茶髪で身長高い方がセイラ。私と同じ留年しそう組の子。そんでもう一人の紺色の髪の方がリアソリス。通称リアちゃん。彼女が今回のスペシャルアドバイザーね。」
リアちゃんは可愛いあだ名に反して烈紅、疾閃流共に二級のバケモンである。二つの流派を二級まで持ってっている人はこの学園の中でもそういない。つまり、学園最上位クラスの化け物をスペシャルアドバイザーに連れて来られる程の人脈を持つ私も化け物なのだ。因みにリアソリスもセイラも同学年の友達である。
「何一人で喋ってるの?留年に怯え過ぎてイマジナリーフレンドでも作っちゃった?安心して。私も留年めっちゃ怖いから。別にアルナは留年したら親に殺される訳じゃないでしょ…」
親に殺される…?セイラの家族間何があったの…?
追求したい点ではあるが、人の事情に深く関わるのは失礼だし、面倒ごとには関わりたくない。六日後、無事生き残れていたら探りを入れてみよう。
そして問題なのはセイラの家族関係ではない。「何一人で喋ってるの?」という言葉。トウヤとの会話が心の中ではなく私自身が実際に喋っているならば、一昨日深夜にずっと一人で騒いでいたことになる。口を動かしている感覚は全く無かったのに…私がいちいち言葉を発さないとトウヤは聞こえないとなれば、今後はあまり好き勝手に喋ってはいけない。イマジナリーフレンドがいると勘違いされる。
「アルナが留年の恐怖で狂ったっていうのは有名だよー?一昨日の深夜帯にずっと一人で喚き散らしてたって昨日いろんなとこで噂になってたし。」
やっぱ聞こえてんじゃねーかぁぁ!
うわぁ、もう恥ずかしくなり過ぎて試験日まで生きていられるかわかんない…回りの視線が怖くて仕方がない……
『狂っただって(笑)』
「うっせ…いや何でもない…」
うっせえ死ね!クソ悪霊が!
いやもう死んでんのか、ならば成仏しろ!そして地獄へ堕ちろ!って言いたかった。
ここで声を出したら負けというのも酷である。
「兎も角、私は至って正気なんでアルナは発狂してなかったって報告しといて。いいね?」
「りょうかーい。」「拡散しとく〜。」
彼女らは普通に人が良いので、誤解はすぐ解けると信じたい。
「さて、本題に入ろっか。」
リアちゃんが広場のソファへと腰掛け会話をメインへと移す。
「アルナ考案の留年回避大作戦だけど、今日は、」
窓の外を指さすと、一日中晴れそうもない雨天だ。立夏の候も過ぎ、梅雨も終わりかけている6月下旬だと言うのに雨が多い。昨日の夕方ですら降ってたし。
「そういう訳で外では出来ないっぽいし、今日は学園の体育館をちょっと借りて来たからそこでやるよ〜。」
流石リアちゃん。仕事が速い。この雨天も予想していた訳か。
この学園の体育館は無限に広い。比喩なしに無限に広い。詳しいくは知らないけどかなりすごい空間魔法で広げまくり、最終的に収集がつかないレベルで広げてしまったらしい。だから例え日曜の朝からだろうと事前に頼めば幾らでも貸して貰える。
「さっさと行って速く始めよう。」
三人は下の階へ降りる為に移動する。移動先は階段なんて使わない。この寮にはなんと自動で下の階に進める便利アイテム、エレベーターが存在するのだ!
そしてエレベーターの前に着くと、
『これってエレベーター?この世界にもあるんだな。』
なんでエレベーター知ってんのよ…でも魔法がない世界にエレベーターって矛盾してません?そこは今度問い正すけど。
早速三人でエレベーターへ入ると、セイラが装填機器に手を翳し、魔力を流し、エレベーターを起動させる。このエレベーターは最新型であるため、エレベーターを起動させる為に使う魔力が殆ど無く、何回でも移動する事が出来る。激安エレベーターに魔力が少ない人が乗ると必要魔力が足りずに動かないこともあるらしい。因みにエレベーターに魔力を注ぐのは一番最初に入った人という暗黙のマナーがある。今回セイラが装填機器に魔力を注いだのはその関係だ。
エレベーターで一階へ降り寮から出て、徒歩2分足らずで体育館には着く。外装に注目すればまるで無限の大きさを持っている様には見えない平凡な体育館の大きさだが、内装に注目すればどこまでも奥が見えない無限が存在している。空間魔法の究極系がこれだと思うと憧れる。あっ、私は空間魔法3級。(聞いてない)
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「着いたけど、なんか練習メニューは決まってるの?」
セイラが疑問を投げる。準備の良いリアちゃんなら全部決めてくれていそうだ。私考案なのにほぼリアちゃん任せになってまい申し訳ない。
「明確なメニューは特に無いよ?」
無いのかい。『無いのかい。』
悪霊野郎とツッコミが被った。なんかムカつく。
「でもまあ、取り敢えず今の実力を見たいかな。セイラは昨日見たし、アルナ、準備出来てる?」
体育館来ていきなり模擬戦か。準備運動とかしたいけど、動かすのは私の体であって私じゃないのだし、どうでも良いか。
「ほら、出番だからさっさと変わって。」
かなりボソッと言ったので二人には聞こえてないと思う。それでも悪霊には聞こえた様で、声を発して数秒足らずで私の意識は裏面へと変わった。
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「さて、やるか。ルールは?」
この世界での強者がどれ程なのか。最強への道は幾らあるのか。
それを知れる千歳一遇の好機であるこの模擬戦は最高に楽しみだ。
「ルールは、えっと、木剣で一本でも僕に入ったら勝ちで良いよ?」
「は?舐めんなよ。」
「このルールの何処が舐めると思ったの?アルナの噂は一昨日の発狂事件とは別に、面白い噂が一個あったでしょ?あれを加味した上でのこのルールだけど。本来なら少しでも僕の動きが見えたら勝ちってとこが妥当だよ。」
面白い噂ってのはあの不届き少年の件だろう。
『私の実力からすればこれでも厳しすぎる勝ち条件なのよ!あんまり刃向かわないでちょうだい。私の人脈が崩壊するから。』
あ、そういえば中の人は雑魚なんだった。忘れてしまっていた。
まあ、勝てば文句は無いだろう。
リアソリスが投げて寄越した木剣を拾い、臨戦態勢に移る。
「へえ、中々様になってるみたいだね。勉強したの?」
「御託はいらん。始めようぜ?」
長くなり過ぎて途中で切りました…時間がなく推敲もガバガバなんで後で修正をするかもしれません。