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第一節 四話 留年回避大作戦(中編)

第一節 四話 留年回避大作戦(中編)


「ねえ、私の体に憑きたかったら私の留年を阻止してくれない?」


もし、この悪霊が剣の達人であり、レストを叩きのめした正体ならば。

もし、こいつが私の体を乗っ取れば私は剣を使えるという事実を作り出せるならば。


付け焼き刃な策ではあるが、もうこれに賭けるしか道はなかった。留年をしなければならないならばこいつの力を借りるしかない。そう決意をする。自分の力で合格しなかったら意味がないのは承知の上。それでも留年は、留年だけは避けなきゃいけない事情がある。


『いや、意味がわからない。まず体返してからにして欲しいんだけど?』


そうだ、確かに体をこいつに憑かせるにはどうすれば良いのだろう。それがわかんないと私が今パッと思い付いた留年回避大作戦が全部パーになってしまう。

考えるに恐らく、この悪霊は自分から取り憑く事が出来ないのかもしれない。最終試験時での私の体を操作していた筈の時間では私の意識がない状態であった。そして今は私が体の乗っ取りを根絶している事により乗っ取る事が出来ていない。と思う。今と最終試験時との相違点はそれくらいだろう。

以上から雑な考察ではあるが、私が意識的に許可を出せばこいつは取り憑きを成立させ、私を動かせるのではないだろうか。

んー、まあ憶測に過ぎないから試してみようか。


「じゃあ一回私の体を乗っ取ろうとしてみてくれない?』


うわ、喋ってる途中なのに乗っ取られた。




* * * * * * * * * * * * * * * *




「乗っ取るとか人聞きが悪いな。これは俺の体。オーケー?因みにどうやって体を変えられたんだ?」


さっきから取り戻そうと善処していたのに唐突に奪い返せた。何故なのか。


『まだ一応憶測の段階なんだけど、これは本人の意識で切り替えてると思うの。試しにもっかい体返してみてくれない?』


えー、何故漸く帰ってきた俺の体を返さないとならないんだよ...しかしまだわからない事しかないし、従っておくのが良さそうだ。こいつが何をするか分かったもんじゃない。


「一応返すけどすぐ戻せよ。あくまで俺の体だからな。」




* * * * * * * * * * * * * * * *




「ふう、帰ってきたわ。」


これで意識による制限が発生すると言う考察は当たってたという証明が出来た。かといって100%その通りになるかどうかは判らない。イレギュラーの発生には細心の注意を払わなければ。


『おい!さっさと返せって!』


私の中の悪霊サマがご立腹の様子だ。ではさっさと留年回避大作戦への協力を持ちかけよう。


「まずは私の話を聞いて。私はアルナ・データルード・ローム。訳あってこの学校を留年しそうな魔法剣士志望の女子高生よ。私は絶望的に剣“だけ”出来ないの。そして剣が出来なさ過ぎるが故に、今私は留年の危機に晒されている。しかしそこで何の因果か判らないけど貴方が出現した。これは何かの縁だと思うのよ。そこで貴方には私の留年を回避する算段に協力して貰いたいの。」


『だーかーらー、魔法って何なの?』


「はいこれ」


私は手を開くと、ポンっと右手から室内で飛び火しない程度の炎を掌から出して見せる。明かりの灯らないこの部屋を緋色に暖かく照らすその揺らめく炎は、汎用火炎7級魔法、空間発火だ。


「他に質問は?」


『いや魔法に関しては全然納得出来ないんだが...じゃあ何で剣が出来ないんだ?真面目に練習してないとかそういうだけだろう?どうせ。』


中々に心を抉ってくる発言だ。腹が立つ。練習をしていない件に関しては剣術の授業の時は救護室に逃走している為反論は出来ない。だがそれはこの年齢になるまでずうううっと剣を振り続けたのに一向に成長しない事による半ば諦めな様な物だった。


「仕方ないでしょ!私だって一般人の10倍は練習したつもりよ。でも、センスが全くと言っていい程無かった。それだけ。それだけで全く何も出来ないの!センスが無いのよ!寧ろ剣が下手なセンスがあるの!」


センスが無い。私は剣以外なら大抵なんでも出来た。言い換えるなら他の全てにセンスがあったのだ。だからセンスが無かった剣に対してはとても苛立ちを覚えた。何度やっても上手くいかないと。魔法や勉強だったら努力は結果になって帰って来たのに。剣だけは努力しても努力しても前に進まなかった。剣のセンスが一ミリも無いというコンプレックスは私の心を常に蝕んでいた。



『センスが無い、か。それは仕方ない。この世界はセンスが人よりある何かを見つけて、それに全力で取り組む事が出来て初めて、頂点への挑戦権を得られるみたいなシビアな世界だからな。1%の才能と99%の努力。お前は1%の才能がない代わりに−1%才能があるんだろ。マイナスになってる分は努力だけでは取り返せない。結局才能が必要不可欠なんだ。』


意外だった。どうせまだまだ努力が足りないとか、才能の所為にするなとか、そんな風に反駁されるんだろうと思ってた。けど「−1%の才能がある。」か。端的に冷酷で現実味のある答えだ。


『うーん、どうせお前の体を使う許可を得られないと俺は何も出来ないからなぁ...疑問はまだまだあるけど、しょうがないしその留年を回避する算段とやらには付き合ってやるよ。でも交換条件として、計画が成功したら俺が言ったらすぐに変わるって約束しろ。』


「あっそう。協力ありがとう。どうせこうするしか道は無いと思っていたけどね。交換条件は後ろ向きに検討しておくわ。」


『前向きに検討しろ。やっぱり協力取り消すぞ。』


ツッコミが素早い。


「その反射的なツッコミに免じて前向きに検討してあげるわ。貴方の名前は?どっからこんなとこに来たの?」


どっからここに来た、というのは何処で死んだのか、という意図である。大方魔法を知らないと言っていた為、魔法の概念が行き届いてない余程の田舎で生まれて死んでしまったのだろう。


『俺の名前は忉谷。東京でトラックに轢かれて此処に来た。どうやって此処に来たかは知らん。起きたら此処に居た。』


とうきょう?名前はトウヤという事は分かったのだが、トウキョウという地名は聞いた事がない。冬狂?狂った冬?どんな漢字が使われてるのかな。いや地名なら東峡とかそっちの線が強そうだ。何にしろ一文字目には東が使われてそう。ならば東の辺境にそんな地名が使われている可能性が高い。後で調べよう。そしてトラックだ。英語で追跡という意味を持つ単語だが、追跡に轢かれたという言葉をそのまま考察すると、悪の刺客とかそんな奴らに暗殺された〜とかだろう。轢かれて死んだってとこまでは考察が行き届かない。まさか、惹かれて死んだ?色仕掛けでやられたのだろうか。そう考えるだけで剣なんて実際は全く出来ない小物なんじゃないかと疑ってしまう。


「東峡?track?こっちもこっちで未聴の言葉だらけね。まさか違う世界からやって来たとか?流石にそれはありえないか。」


悪霊に取り憑かれている時点で十分超常現象なのだが、異世界転移なんてまた馬鹿げた事はありえないだろう。流石に。前例が無さ過ぎる。


「じゃあ名前を聞いた事だし、早速私考案の留年回避大作戦の概要について解説させて頂くわね。前置きとして、今まで私は1、2、最終と全ての試験で、進級に必要な単位を落とした。そして今から丁度一週間後に行われる救済追試っていう試験を欠席した生徒向けに行われる再試験と追試を兼ね合わせた試験があるの。そこでも単位を落とせば留年が確定するわ。だから貴方には試験時に私と変わって追試を突破して欲しいの。」


『具体的には何をすれば合格になるんだ?』


「烈紅流、及び疾閃流の七級奥義の発動ね。貴方のレベルならもう余裕で出せるんじゃないの?」


こいつは疾閃六級持ちを一方的に嬲ったと聞く。ならば四、五級程度なら死ぬ前に取得していてもおかしくはない。

そう思っていたのに。予想外の返答が私を戰慄させた。


『一体烈紅流、疾閃流、そして七級奥義とはなんだ?』


「・・・ん?え?・・・はあああ!?剣術の達人って言ってたじゃん!嘘ついたの?ふざけんなぁ!ふざけんなぁ...私の最後の希望を返せぇ〜...」


嗚呼、もう終わりだ。悪霊なんて所詮悪霊。悪い霊であって、それ以上でもそれ以下でもない。剣がすごい悪霊なんて理想に過ぎなかったようだ。やっぱり色仕掛けで殺された小物だった。今すぐ魔法で八つ裂きにしたいけど相手は幽霊。ならば今度霊園に行った時は目一杯悪霊退散して貰おう。ついでに悪魔払いもして貰おう。


『別に嘘ついた訳じゃない。確かに俺は16で世界レベルには立った。だから嘘を言っている訳では無い。そこは弁解する。だが、俺はそのなんちゃら流とかは俺の住んでた所では聞いたことも見たこともない。魔法もそうだ。此処は俺がトラックに轢かれるまでに住んでいた場所とは根本が違う匂いがする。俺はこんな世界に住んで無かった。』


「こんな世界に住んで無かった、と言いますと、じゃあそのトラックとやらに惹かれる事でこの世界に移動したって言いたいの?」


トラックに惹かれた事よる別世界への転移。考える線としてはその色目を使った相手が最高位の移動魔法の使い手であり、仕事を終えた後にこいつを別世界への流刑に処した。とか。そのトラックに非常に興味がある。私も惹かれて来てしまった。


『トラックに轢かれて転移した...轢かれてからありとあらゆる景色が変わってしまったんだ。そうとしか言いようがない。』


本人がそういうのならばこれは異世界転移という超常現象である可能性も見えてくる。転移というより憑依の方が当てはまっていると思うけど。


「で?結局協力出来ないんでしょ?協力を持ち掛けて置いて悪いけど速くどっかに行ってくれる?」


異世界からやって来たただの能無しなら要らない。邪魔でしか無い。それに留年してもうどうしようも無くなる私について来ても時間を無駄にするだけだ。どちらにも利点がない。


『いや、やると言ったからには意地でも合格してやる。協力すると言ったからには裏切る訳にはいかない。』


「でも貴方は剣術も魔法も何もわかんないんでしょ?じゃあ邪魔!」


『いや、お前が試験に挑むよりは受かる確率は高いと思うぞ。お前が努力するよりは今から俺が努力した方が希望は見える。だから俺にやらせろ。こっちの世界の剣の真髄にも興味があるからな。』


実際に元の世界で剣の天才だったのなら、私よりは剣術のポテンシャルは遥かに高い筈だ。確かにそれが努力すれば私よりは強くはなる可能性は少なくない。しかし、


「一週間しか無いのよ!たった一週間で私が16年努力した分を超えられる訳ないでしょ?貴方の世界の剣術は私の世界では多少の応用は効くのかも知れないけど、奥義発動は全然違う存在なのよ!一週間じゃ出来るわけ____」


言葉が遮られるように頭に声が込み上げる。


『時間がないだと?その程度で諦めるのか。お前は剣が出来ないのに魔法剣士志望なんだろ?その選択をしたって事は、何か魔法剣士に絶対になりたい理由があるんだろ。それも捨ててまで諦めるのか。確かに顔も合わせた事のない声だけの俺は信じられないと思う。だが俺はこの世界でこそは最強になりたいんだ。その為に努力は惜しまない。元の世界でもそうだった。死ぬほど努力して、やっと辿り着く舞台があるんだ。奥義の発動は難しいんだろ?俺はそれに挑戦したいんだ。前の世界で成し遂げられなかった目標を、この世界だからこそもう一度やってみたいんだ。』


釈然としないが、こいつの言う通りで私には確かに魔法剣士に絶対ならなきゃいけない理由がある。本当なら諦めたくない夢だ。だからといって、こんな突然現れて勝手に自分の体を乗っ取ろうとする輩を信用しろと。無理な話だ。あり得ない。


あり得ないけど。

彼の、トウヤの目標には何故か親近感が湧く。私も最終的には最強の魔法剣士になりたい。私が魔法剣士として名を馳せればお父さんがもう一度姿を見せてくれるかも知れないし。




はっきり言って、信用は出来ない。

けど、利用は、出来る。

信用が無いからこその利用。



やっぱり、諦められない。魔法剣士になりたい。私だって負けたく無い。




「はぁ...」


大きな溜息をついた。

諦める事を諦めた溜息だ。




「そこまで言うなら仕方ない。手伝わせて上げる。でもこの一週間で七級奥義を二つ取得するのは常識的に無理な話よ。だから常識を覆す。これが協力させる条件よ。」





『常識を覆す...良い響きだ。了解した。・・・・・・いや何で俺が協力させろって頼んだんだよ!立場逆だっただろ!』



「御託は要らない。特訓は明日から。明日と明後日は学校が休みだから一日中練習するわよ!」



意見は纏まり計画は決まった。

あとはトウヤ次第。私も出来る事は全てするつもりだ。

最後の戦いに向けての時間は今ですら刻一刻と迫っている。だから今日は速く寝て体力を回復しなければ。ずっと喋りっぱなしでもう朝日が登り出しそうな時間帯だった。


あれ?でもこれ寝たら意識乗っ取られるんじゃ無いの?じゃあ寝られないの?

うわぁぁぁ!!!眠い!!!けど眠ったら意識がジャックされてしまう!!!


どう...す...れば...



次に目を覚ました時間は18:00頃。そのまま何もすること無く丸一日潰してしまった。


結果として救済追試まで残り6日となった。

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