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第一節 一話 軽トラに轢殺されるまでがテンプレ

第一節 一話 軽トラに轢殺されるまでがテンプレ


対峙する2つの刃の軋む音が会場に鳴り響く。剣鬼の間合いという結界の中で行われている死闘は今まさに決着せんとする須臾だった。



目の前には自分の身長を遥かに上回る巨漢。オリンピック出場を決する最終決戦として相応しい圧力を放って来る。だが_______


ゾーン状態に入った俺が敗北を喫することはありえない。


全ての五感が研ぎ澄まされ、自分と相手、それ以外の不要な情報が全て排除された静寂の間合いではありとあらゆる動作全てが己の理想通りとなる。

ありとあらゆる動作、それは相手の動作とて例外ではなかった。

静寂な空間を斬り壊す様に相対する大男が面を狙った急襲を放つ。

しかし、その急襲でさえ理想通り。

肩を動かす関節の鳴る微量の音、それを聴き相手の思考よりも速く動く。

面を受け流し、有効打突になるだろう一撃

を面にぶち込む。面返しだ。

それと同時に主審が旗を挙げ、一本が確定。大きな歓声が上がる。


戦いが終わり、極限の集中から醒めると、相手と会釈、そしてしっかり礼をする。礼儀に始まり礼儀に終わる。剣道以外のスポーツでも当たり前だが、剣道は特別厳しいらしい。なんでも一本を取って嬉しくなってガッツポーズを取ったら一本を取り消された、なんて事例も聞いたことがある。それほど剣道に置いて礼節は大事なのだろう。いやでも俺はガッツポーズくらい良いとは思うけどね。剣道の流儀ってめんどくせぇな。

これで後は何回負けてもオリンピックは確定しているわけだ。気持ちは楽になったが、かといって後の試合の手を抜くわけではない。巷では天才高校生なんて言われてるが実際は天才なんかじゃない。餓鬼の頃から何度も死ぬ程練習したからこその結果なんだ。今も餓鬼だから死ぬ程練習してるわけだが。


「ありがとうございました。君はすごいな、高校生でオリンピックに行けるなんて。まごうことなき天才だよ...」


対戦相手の巨漢の人だ。江藤さんとかだっけ。うろ覚えだが江藤だろう。多分。

文尾の3点リーダーから若干しょげてることが伺える。慰めるのが良いのだろうか。


「ありがとうございました、江藤さん。貴方もすごい強かったです。また機会があればフリーでよろしくお願いします!」


「僕は瀬藤なんだけど...」


瀬藤だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



その日の最後の試合までを終え、多大な疲労を抱えながら帰路に着く。息子の晴れ舞台だというのに父も母も仕事で試合を観に来れていなかったことが一番の心残りだが、最後の試合までしっかり勝ち切ったのだし、両親も大絶賛で家に帰ってくるだろう。既に家族LINEに書きまくったし、試合結果の写真も五枚も送ったし、既読を付けてくれたら今日はすぐに帰って来てくれるはず。


家までは電車を使って帰るのだが、駅まではそこそこ道があるので徒歩で進む。帰り道では報道が寄り付いてなんか訊いて来てるが全力無視してる。因みにこれは日常茶飯事である。いつも道ゆく度に色んなメディアに声を掛けられるが全力無視を貫き通せばいつも居なくなってくれる。だけど今日ばかりはなかなか消えてくれなくてウザったい。

疲れているけどメディアがウザ過ぎるので駅に向かって、尚且つ路地裏を使いつつ全力で走って逃げてみた。息が上がってしまうほど走ってしまったが、振り返ると各種メディアは追いかけては来れなかった様だ。全力無視からの全力逃走はメディアを追い払う確定コンボらしい。メモメモ。

剣道防具袋を持って街を走り抜けるのは過去の自分では地獄の様な苦行だったのだが、今はそこまでの苦はなく走れている。純粋な身体能力の向上を感じた。

路地を抜けて開けた交差点に出た。ここを突っ切れば駅が目の前だが、元より車の多い交差点だし突っ切れない。今日の俺は全てにおいて最強な気がするし突っ込んでも全部回避出来る気がするが、それは気がするだけ。アホでもやらん。

車がビュンビュンと交差する中、道路越しに知った顔があった。江...じゃなくて瀬藤さんだ。なぜ駅に行かずに交差点を眺めているのかは知らん。黄昏てんのかな。

すると唐突に瀬藤は交差点に向かって動き出す。その時の瀬藤の顔は血が通っていない様に青白かった。



瀬藤は交差点に飛び出したのだ。



一瞬、全ての思考が停止した。単純に意味がわからなかったからだ。俺に名前を間違えられたから死のうと思ったのか。それともボーッとして信号が青く見えたのか。


原因なんてどうでも良い、助けないと。

昨日の敵は今日の友。まだ一日経っていないが一緒に竹刀をぶつけ合ったのだ。自殺なんてして欲しくないし、させたくない。何よりもし原因が俺にあるとするなら、俺は何としてでも助ける義務がある。


剣道防具袋を投げ出し、咄嗟にアスファルトの地面を蹴り付け、幾つもの車両が飛び交う交差点に飛び出す。


「何考えてんだ馬鹿_______」


奇跡的に車両を掻い潜り、瀬藤の元へたどり着くと、瀬藤の襟を引っ張って強引に外へ逃げようとする。

しかし、

奇跡は二度は起こらない。全て躱して逃げるという発想が浅はかだったのだ。


蛮勇愚か。

瀬藤諸共、俺は無慈悲にも軽トラに轢かれた。


鋼鉄の重みは予想より重厚で、実は死なないんじゃないか、なんて淡い希望は、その驚異的な重みを感じると即座に消えて無くなった。生まれてこの方死なんて脳裏にチラつかせた事すらなかった。普通に生活してれば死ぬことなんて殆どありえない。16年間の記憶が此処ぞとばかりに脳に雪崩れ込んでくる。楽しかった思い出も、嫌な思い出も全て。嗚呼、これが走馬灯とかいう奴なのだろうか。本当の本当に死んでしまうのか。そんなの嫌だ、怖い、誰かたすけて、しにたくない、



だけど。

畏怖、悲壮、懇願、そして走馬灯。

死ぬのは一瞬過ぎて。

感情なんて何も浮かばなかった。



白昼堂々の晴天は、赤く、紅く、赫く、朱く、あかく_________________


染まった。


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