新スキルの真価
スタッフルームを抜け、物置部屋と書かれた部屋を通りすぎ、執務室をさらに抜けると開けた闘技場のような場所に出た。
「此所が二次試験の会場だ。君が得意分野において、どれだけの力を発揮するか見ることが目的だぞ。」
ボワードさんはそう言い切り、指をパチンと鳴らす。
その直後、一体の生物が向かい側にある門より姿を現した。
「あれはアイアンゴーレムという魔物だ。今から10分、あの魔物に攻撃をするための時間を与える。あれの急所を正確に射止め、動きを制することができたら合格だ。」
「……倒さなくても平気ですか?」
念には念を入れた質問だ。
俺は単身で魔物を倒すほどの攻撃力を持っていないため、再起不能が試験の合格条件だとすると確実に不合格になってしまう。
「無論だ。精密さが売りの君にそのようなことは求めん。あれの行動をある程度止めてくれればよい。」
よかった……。
単に尻餅をつかせる、転倒させるといった行動制限ならば俺にも可能だ。
「他に質問はあるか?」
「いいえ」
「よし……では、始めるぞ。3、2、1……」
カウントダウンに合わせ、俺は背中に着けた矢筒から1本、矢を取りだし、愛用の弓へと構える。
……とそこで、ふとあることに気づいた。
「すいません!ちょっと待ってください!」
「どうした?準備不足か?」
「いえ……質問が……」
「なんだ?言ってみたまえよ。」
唐突に試験開始の合図へ水を差し、妨げてしまったというのに、ボワードさんは怒る素振りすらみせない。
やっぱり全一ギルドのトップは"出来る"人なんだな。
快く疑問をぶつけるとしよう。
「俺が当てやすいよう、アイアンゴーレムに赤い丸をつけてくれたんですか?」
これが尋ねたかったこと。
大したこともないと言えば、大したこともないが……このまま試験を受けるとモヤモヤしそうなので訊いておくことにする。
ーーしかし
「……何を言っているんだ?」
ポカンとした顔でそれだけを言う。
……え?
さっきまでの真摯さは何処へいったの?
「何をって……アイアンゴーレムの体にある赤い丸ですよ。射やすいように印を描いておいてくれたんですよね?」
「……誰もそんなことはしていないし、そのような……赤い丸やらは欠片だってみえないぞ?」
「……え?」
見えない……?
いったい何の冗談だ……?
ボワードさんが動揺した様子を見せるが、それ以上に俺は激しい混乱に陥ってしまう。
ーー俺の目には確かに赤い丸が写っているのに、ボワードさんには見えない。
ボワードさんが嘘をついていなければ、俺だけが"それ"を目にしていることになる。
幽霊かよ……。
わけがわからないな……。
「ま、まあ……開始するぞ?よーい、スタート!」
ボワードさんは俺の発言を未だに飲み込めていない様子で試験開始の合図をしてしまった。
……時間的にも迷惑だろうし、赤い丸については後でじっくり考えよう。
「よし……やってやるぞ」
せっかくなので、赤い丸に狙いを定める。
俺の思う急所からは少々外れているが……まあ、よしとしよう。
アイアンゴーレムなんて今まで戦ったことないしな、うん。
『ンゴオ?』
赤い丸を射ぬくと、アイアンゴーレムがこちらへと振り向いた。
「今の今まで受験者という存在がいることなど知らなかった」といった風だ。
『ンゴゴゴゴゴッ!』
攻撃を受けたことに怒ったのか、アイアンゴーレムが唸りながら俺の方へと突進してくる。
だが、アーチャーたるもの……敵の動きに心を乱されては駄目だ。
俺はそう思い直し、1つ、2つと矢で赤い丸を射る。
赤い丸の総数は5。
そのうち、3個を射たので残りは2個だ。
『ンゴオッ!』
アイアンゴーレムが大きな拳を俺の立っている場所へと落としてきた。
俺の素早さは低いが、アイアンゴーレムの動作全体が緩慢だったことが幸いし、なんとか回避することが出来た。
「これで最後だ!」
立て続けに矢を三本放つ。
それらは赤い丸を正確に射止め、赤い丸全てがアイアンゴーレムの体表から消えた。
けれども……
「なんにも起きない!?」
アイアンゴーレムのHPを見るもさっきまでと比べて、ほんの僅かしか変わっていない。
(じゃあ、何だったんだよ……あの赤い丸は……)
努力と矢を無駄にしたことを思い、俺はひどく憔悴したような気分になる。
ーーその時だ。
『ンゴ……ゴ?』
「なんだこれ?俺の体が変だぞ?」という風ににアイアンゴーレムが首を傾げたようなポーズをとる。
その直後、アイアンゴーレムの固い鉄のような体が跡形もなく砕け散った。
「はっ!?」
咄嗟にアイアンゴーレムのHPを確認すると、数秒前までピンピンしていたにも関わらず、0になっている。
この異常な状況を前に俺の頭はどうにかして納得のいく理由を探そうとする。
……まず、開始前におかしな点は見られなかったのだし、アイアンゴーレムに変化を与えることが出来たのは俺だけだ。
そして、俺が先程からやったことと言えば、『赤い丸を射抜く』という動作のみ。
つまり……『赤い丸』のせいとでも言うのか?
「き、君は……いったい何者だ!?」
ボワードさんの驚嘆した声が耳へ届き、ハッとする。
やっと意識が現実へと引き戻された。
「じ、自分でも何がなんだか……」
「謙遜なんて要らぬ!君はまさしく天性の"アーチャー"だ!誇りをもちたまえ!」
怒濤の褒めラッシュのせいで顔が熱い。
こんなに言われた経験は生まれて初めてだよ……。
「あの……そんなに持ち上げなくてもいいですけど……」
「無理だ!持ち上げさせてくれ!こんな逸材を見つけたのだから!」
なんとか絞り出した台詞も今日一番の興奮状態のなかにあるボワードさんには届かない。
その後も俺は3時間にも渡る"賞賛"を喰らうこととなった。
次話は明日投稿予定です!
(いつもの一言)
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