シンディアーナ 2
シンディアーナは父であるロタールが大好きだが、デニス達の前だとあまり構ってくれなくなり面白くなかった。デニス達が来る前は、いつも亡き母の話を夕食時に聞かせてくれていたのに、最近では二人きりの時しかしてくれなくなったのだ。人が増えて賑やかな夕食も、シンディアーナにとっては苦痛の時間の始まりである。
父が母以外の女性をエスコートしている姿を見るのが嫌だし、義姉のゾフィーは褒められるのに自分は皆んなの前で意地悪な義母や義姉から辱められるのだ。
「シンディアーナはまた刺繍をリリーに手伝ってもらっていたのですよ。」
「淑女のお辞儀もきちんとできないと、お茶会にも出せませんわ。」
「シンディ、刺繍は淑女の基本だよ。」
「シンディ、学園に行ったら笑われるよ。」
罵声を聞いていると食欲も湧かなくなってくる。節目がちに聞いていたが、カトラリーを置いたら涙が出てきた。涙が流れ落ちないようにグッと我慢していると、控えていた乳母のアンナが声を上げた。
「デニス様、ゾフィー様、シンディアーナ様は頑張っておいでです。ロタール様の前で後継であるシンディアーナ様を侮蔑する事は不敬ですよ。」
使用人が女主人に物申す事は考えられない事だが、アンナは伯爵家ではなく元侯爵令嬢であるシャンディナの両親の使用人なのだ。侯爵夫妻は早世した末娘のシャンディナを大層可愛がっており、孫であるシンディアーナを溺愛していた。後妻が入ってきた為、シンディアーナの肩身が狭くならない様にロタールへ無理言って雇主を変更し、発言権を与えて守っていたのだった。
「アンナ、デニスは悪気があった訳ではない。シンディのためを思っての発言だ。」
女性のバチバチと火花が散りそうな状況に、ロタールがゆっくりと口を開いた。デニスを庇った発言に、シンディアーナもアンナも悔しそうに眉を寄せる。
「シンディ、頑張っているのは認めるが学園に入るまでに完璧な淑女にならなくてはいけない。その為には、苦手な事も頑張らないといけないよ。デニスは王女様も認めた教育係だ。鋭意努力しなさい。」
ロタールは優しくシンディアーナを向いて話しかけているが、デニスを庇ったことでシンディアーナには冷たく突き放されたように聞こえた。
「お父様は私でなく、お義母様やお義姉様が大事なのですね。部屋に戻ります。」
何にも考えたくなくて、誰の言葉も耳に入れる事なくアンナに付き添ってもらい部屋に戻った。
「侯爵夫妻に報告致しますね。ロタール様もあんな馬の骨の戯言を毎回毎回鵜呑みにして。シャンディナ様も嘆いておられるでしょう。」
ゆっくり休ませるようリリーに言い付けて、アンナは部屋から出て行った。寝台の上で本を広げる。この本はリリーが私の状況に似てる物語だと、取り寄せてくれた物だ。意地悪な義母や義姉から、王子様が救いに来てくれて幸せになる話だ。私もいつか王子様が迎えに来てくれる。それまで頑張ろう。この本のお陰で嫌な事があっても頑張れるのだ。
幼い頃から王子様と結婚すると言ったら、父と母は微笑んで頑張りなさいと応援してくれた。意地悪な義母と義姉は現実が見えないのねと鼻で笑うのだ。嫌な事は忘れて王子様の幸せな夢をみよう。本を読みながら意識が沈んでいった。