シンディアーナ 1
「……シン…、シンディ…、…シンディアーナ様!」
大きな声にびっくりして本から目を上げると、ものすごく近い場所に怒りで真っ赤になっているメイドの顔があった。
「聞こえているわ、リリー。どうしたの?」
実際は聞こえていなかったのだが、そんな事は噯にもださずコテっと首を傾げて笑い掛ける。この仕草に弱いリリーであれば、許してくれるだろう。
リリーはため息を吐きつつ、
「また本の世界に入り込んでいましたね。刺繍は終わりましたか?終わらないと、またデニス様に嫌味言われますよ。」
「何をやってもお義母様は叱るのですから、少し現実逃避しているだけです。リリーが少しだけ手伝ってくれたら、頑張れるのですけど…。」
「先日バレて叱られたのですから、本当に少しだけですよ、シンディ様。」
少しだけと言いつつ、私に甘いリリーは大半を仕上げてしまったので、先程の続きを読もうと本を取ってもらった。少しずつ周りの音が聞こえなくなる前に、コンコンと扉が叩かれ意識を戻す。
「デニス様です。」
リリーが固い声で告げてくれる。
「ご機嫌様、お義母様」
ドレスを摘んで淑女の挨拶をしたのだが、お義母様にはお気に召さなかったらしい。
「シンディアーナ、また角度が間違っています。あと動かない。挨拶は基本なのですから、教えた通りにやって欲しいわ。」
「ごめんなさい、お義母様。気を付けます。」
うっすら涙が溜まる目で見上げると、明日もう一度練習させると溜息混じりに言われてしまった。
「言っておいた刺繍は終わったの?イザベルまでとは言わないから、ゾフィーぐらいのレベルにならないと学園には通えませんよ。」
「お義姉様達はお義母様が幼い頃から教えていたのでしょう?最近教えて頂いている私では、まだまだそのレベルには遠いですわ。」
言い返すつもりはなかったが、義姉達を引き合いに出されムッとした気持ちを込めて言ってしまった。お義母様は机上にあるハンカチを見つめると、私でなくリリーに向かって、冷たい笑顔で言い放つ。
「リリー、シンディアーナの手伝いをしないと言わなかったですか?シンディアーナの為にならないと、あれ程言いましたよね?理解できませんか?」
「お義母様、私が悪いんです。できない私をリリーが見かねて手伝ってくれただけです。お許しください。」
はらはらと泣きながら、シンディアーナがリリーを庇う。リリーは睨み付けながら、
「デニス様、差し出がましい様ですが、シンディ様は一生懸命頑張っておいでです。もう少し言い方を改めて頂けませんか。」
デニスもメイドに言われて頭に血が昇ったようで、
「無礼ですよ。使用人が口出す事ではありません。旦那様が戻ったら伝えますからね。」
とヒステリー気味に言ってその場を後にした。
「リリー、怖かったわね。お義母様に言ってくれてありがとう。お父様には私が取り成すわ。」
「シンディ様は頑張っておいでです。亡きシャンディナ様に似てこんなにお美しいのですもの。後妻であるデニス様は嫉妬しておいでなのでしょう。」
そう言って、シンディの頭を撫でてくれる。リリーの母はシンディの乳母なので、幼い頃から一緒なこともあり本当の姉のように慕っている。お義母様はその距離感も眉を顰めてしまうのだけれど、幼い時に母を亡くし心の支えでもあるリリーを悪く言うのだけは許せなかった。