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緩やかな自殺  作者: あぜ道 流
9/11

安楽の天使『人』

「いらっしゃい。どうぞ、こっちに座って」

 そう言って祐香さん(・・・・)は優しい声でソファに座るよう促した。

「……どうも」

 そんな彼女の優しい態度に対して、素っ気なく返す自分はなんと可愛げのないことか。

 しかし、祐香さんはそんな僕にも柔らかな微笑みを向けると、いつものように紅茶の準備に取り掛かった。

 「(やわら)()(ゆう)()」――それが目の前にいる彼女の名前だ。

 甘栗色の長くきれいに整った髪の毛に、優し気な目元、整った鼻に淡い唇。そして、ハリのある緩やかな曲線美。まさに容姿端麗という言葉がピッタリな女性だ。

 正午の柔らかな日差しを浴びながらお茶を入れる祐香さんは、実に絵になった。白を基調としたカジュアルな服に身を包み、光の中で佇む彼女は〝天使〟と呼んでも過言ではないようなオーラを纏っていた。まぁ、人によっては本当に救いの天使に見えるのかもしれない。職業的(・・・)にも。

 そんなことを思いながら待っていると、紅茶を淹れ終えた祐香さんが両手にマグカップを持って近づいてきた。

「熱いから気をつけて」

 言って、片方のマグカップを僕に差し出す。

「ありがとうございます」

 僕はお礼を言って受け取ると、一口飲んでみた。

 多少砂糖が多いような気もしたが、甘党の僕にとっては丁度良かった。まぁ、今日は紅茶を飲みに来たわけではないので、そんな事はどうでもいいのだが。本当の目的は――


「久しぶりだね。元気してた?」

「ええ、まぁ。それなりには」


 今日僕は、安楽死のカウンセリング(・・・・・・・)を受けに来たのだ。

 『医療安楽死施設』――それが、僕が今いる施設の名前だ。そして、祐香さんはこの施設の準責任者及び僕の担当カウンセラーなのだ。

 「医療安楽死施設」というのは字面の通り、安楽死に関することを担う、平たく言えば安楽死の複合施設みたいなところだ。全国に百か所近く在り、安楽死に関する講義や、希望者のカウンセリング、安楽死の実行などを行っている。

 「医療」の名前から、最初はこの施設やスタッフに対し、病院や看護師のようなイメージを持っていた僕だったが、実際はかなり違っていた。

 施設は〝アットホーム〟がコンセプトに作られているようで、「医療安楽死施設」の立て札がなければ、一見して大きな家にしか見えない。さらに内装も病院のように白すぎることはなく、清潔感があり且つ落ち着いて過ごせるような、木目調のナチュラルなデザインで作られている。それは僕が今いるこの部屋も同じで、個室のカウンセリング室は、狭すぎず広すぎず、天井にはシーリングファンが静かに回っており、本棚やカーペットといった身近な家具がアットホームな雰囲気をより一層演出していた。また、スタッフもそのコンセプトに配慮しているのか、白衣や医療関係者が着ているような服は着ておらず、祐香さん含め基本的には私服だった。総合的に見てみると、病院というよりもサナトリウムに近いのかもしれない。

 木々囲う落ち着ける場所で、気の許せる人達と会話する。ともすれば、本当に家にいるような錯覚さえ覚えてしまいそうだった。

 しかし先にも言った通り、ここはカウンセリングを受けるためだけの場所ではない。ここでは安楽死の実行も同時に行っているのだ。どうやらカウンセリング室とは別に、安楽死を行う部屋があるらしい。とは言っても、おどろおどろしいような場所ではなく、内装的にはココとあまり大差ないとのこと。

 安楽死を行う部屋では、当人にはなるべくリラックスしてもらい、薬――確かペントバルビタール・ナトリウムという薬を投与するらしい。そして家族、或いはそれに近しい人、場合によっては担当のカウンセラーと残りの時間を過ごすらしい。そして最後はなんの苦しみもなく、眠るようにいけると祐香さんや授業では言っていた。けれど、聞いただけではいまいちイメージができないというのが本音だ。眠るようにして死ぬ、ということは眠りそのものが死と同義ではないのか? よくわからなかった。

 しかし、イメージができるできないはさて置き、実際にここで安楽死が行われていることは確かだ。

 〝生〟と〝死〟。相反する概念がこの場所で混然一体となっているというのは、なんだか不思議な気がした。


「絆輝くん、最近どうなの?」

 僕がこの施設に思いを馳せていると、僕の対面に座っている祐香さんが声をかけてきた。僕は少し遅れて「それなりには」と答えた。

「ちょっと、さっきから『それなりには』としか答えてないじゃない」

 祐香さんは笑いながらそう言った。その姿すら優美だった。

 対して僕は愛想笑いだけを返すと、カップに口をつけた。少しだけ、その笑顔から逃れるために。

「学校はどうなの? 楽しい?」

「フツー、ですかね」

「そう。普通が一番ね」

 祐香さんは微笑みを崩すことなく、僕の言葉に相槌を打った。

「彼女とかできた?」

「いえ、別にできてませんけど」

「え、そうなの? 絆輝くん結構モテそうなのに」

「そんなことありませんよ」

 祐香さんの世辞に、僕は再び愛想笑いを返した。思い返してみれば、僕に彼女という存在ができたことは一度もなかった。それは中学時代においてもそうだったし、今もそうだ。告白されたことがなかったわけではないが、結局はフッたのだ。それは、単純に好きではなかったという理由もあるのだが、それ以前に〝好き〟というものがよく分からなかったのだ。よくわからないまま「好き」という言葉には乗れない。それは相手のためでもあるし、僕のためでもある。愛を愛で返せないというのは、劣等感でしかない。

「じゃあ、何か変わったこととかあった?」

「変わったこと、ですか……」

 僕は考えた。が、あまり思いつくものはなかった。それもそうだ。安楽死を希望する者は原則として、一週間に一回(人によっては二~三回)のカウンセリングを義務付けられている。先週もカウンセリングを受けたばかりの僕に変化らしい変化など……。

「あ、ネコと会いました」

 半ば思い出すことを諦めようとしていた矢先、この間出会った猫のことを思い出した。

 正直、それが質問に対する適切な答えになりうるかは微妙な所だったが、答えないよりはマシだろう。

「へぇ、猫とあったんだ。どんな猫だったの?」

 祐香さんは猫という単語に興味を示した。もしかしたら、彼女は猫派の人間なのかもしれない。

 僕はこの間、雨の日に起こった出来事を話した。


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