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緩やかな自殺  作者: あぜ道 流
8/11

『見落とし場所』と『影の同類(とも)』

――――慣れとは不思議なものだ。


 僕はそんなことを思いながら、公園の中にある赤いドーム状の遊具の中にいた。

 あれから、僕はここに〝公園〟があることを思い出し、雨宿りができる場所がないかを探した。まぁ公園と言っても規模は小さい。住宅街の片隅にぽつりとあって、公園の真ん中にドーム遊具があり、その周囲に錆びついたシーソーやブランコ、ペンキの剝れた動物モチーフの椅子がある程度。あとはドーム遊具の後ろに申し訳程度の木や花の植物ゾーンがあるくらいだ。遊具や花壇の様子から察するに、あまり手入れはされていないのだろう。しかし、そんな廃れかけの公園でも、雨宿りくらいはできそうだった。

 ドーム遊具の中は立つことはできないものの、座るには充分な広さだったので、暫くはここのお世話になることにした、というわけだ。

「しかし、こんなところがあったんだな……」

 僕は呟きながら、ドーム遊具の入り口から見える公園を見渡した。

 普段、この公園の前の道を通学路として通っている。それも数えきれないほどたくさん。 しかし、僕は今までここに公園があることを知らなかった。いや正確に言えばあることは知っていたが、あることを自覚(・・)してはいなかった。いつも何気なく、そこはかとなく通っていたのだ。もし雨宿りすることを決めなければ、僕は公園の存在を永遠に自覚しなかっただろう。 そう考えると、何だか妙に感慨深い。

 そんな、小さな秘密を知ったような気持ちで外を見ていると、

「ん……?」

 視界の端――影の中で何かが蠢いた。最初は気のせいかと思い目を逸らそうとしたが、視線を外すよりも早く、再び影の中で何かが揺らめいた。

「……何だ?」

 流石に二回も続けば気のせいではないだろう。僕は影を注視した。しかし、薄暗いせいで満足に観ることができない。

 そこで、僕は近くに置いてあったカバンを手元に引き寄せると、中からスマートフォンを取り出した。ライトをつけて、蠢く影の正体を掴もうとしたのだ。

 慣れた手つきで画面を操作し明かりをつけると、光を影に当てた。

 するとそこから現れたのは――――

『ニャぁ~』

――猫、だった。

光の先、影の住民は脅えもせず、香箱座りでじっとこちらを見つめていた。

 僕はライトを消し、猫に近寄る。距離が縮まれば、光がなくてもその姿は視認できた。猫は影と同じような毛色をした黒猫で、見たところ成猫だった。しかし毛並みは所々粗く、右耳が少しだけ欠けている。雰囲気や風貌から察するに恐らく、ここらを根城としている野良猫の一匹だろう。雨風をしのぐためにここに避難した、といったところか。つまり――

「僕と一緒だな……」

 僕はそう言って同類(ねこ)を見つめた。

 猫も僕のことを注視していたが特に逃げるような素振りも見せず、静かに目を伏せた。

 どうやら猫から見て、僕は敵ではないらしい。僕は黒猫の隣に座った。猫は動じない。時折雨音に耳を傾けては、ピコピコと欠けた耳を震わせていた。その姿に妙な懐かしさを感じる。僕は猫に触れようと手を伸ばした。しかし触れる直前で、猫は僕の方に顔を向け、細めた目でこちら見つめた。どうやら触るのはNGらしい。僕は諦め、天井に埋め込まれている半球状の摺り汚れたアクリル板に視線を移した。

「…………」

 少しでも雨脚が弱くなれば、走って家へと帰ることができるのだが、雨はその気配すら見せない。本当に今日のお天道様は意地悪だ。

 あと何十分待てばいいのやら、とそんなことを考えていると、思い出したかのように腹の虫が鳴いた。そういえば、朝から何も食べてなかった。

「……腹減ったな」

 一度空腹を自覚するとダメだった。腹の虫が僕の意思とは関係なくコーラスを歌いはじめる。

「何か食べるもの持ってなかったっけ」

 僕は先程まで傘代わりに使っていた通学用のカバンを開けた。すると中に教科書を圧迫するようにして、弁当の箱が入っていた。

「お、丁度いい」

 僕は弁当を取り出し、蓋を開けた。

 学校をサボると決めたのだ。となれば、この弁当をいつどこで食べようが僕の勝手だ。

 弁当は二段重ねになっており、一段目が米(日の丸)、二段目が冷凍のハンバーグや野菜を敷き詰めたおかずの段だった。

 僕は手を合わせ、

「いただきます」

 そう言って、蓋の上部に入っていた箸を取り出し、米を口に入れた。

「……うまい」

 普段、あまり弁当を美味だと感じたことはなかったのだが、今日は違った。空腹も手伝ってかいつもよりおいしく感じる。おまけに学校をサボるという背徳感も弁当の美味さに拍車をかけていた。

 ハンバーグを一口齧り、米と一緒に咀嚼する。米は冷たく、ハンバーグもチープな味付けだったがそれがいい。弁当のうまさに舌鼓を打ちながら食べ進めていると、突然左腕に違和感を覚えた。

 見ると黒猫が僕の学生服に爪を立てていた。

 どうやら僕の弁当に興味があるらしい。

 よく観てみると、猫の身体は少し痩せていた。その身体が、野生の中で生きるということは常に飢えと背中合わせである、ということを雄弁に物語っていた。

「…………」

 野良猫には、基本的に餌を上げない方がいいということは知っている。もし、下手に餌を上げようものなら懐いてしまうからだ。ペットを飼うことに躊躇がない人はそれでもいいのかもしれないが、生憎、僕の家はペットNGだ。(母が動物アレルギーを持っている)

 それに人間の食べ物は、動物にとっては毒だ、といつか見たテレビでも言っていた。

 それらを踏まえて考えてみると、この猫に僕の弁当を分け与えるというのは、あまりいい考えではないのかもしれない。しかし――――

 僕はもう一度黒猫を見た。

 直観だが、コイツは餌を貰ったからといって人間には懐かないような気がする。それに、人間の食べ物が毒だろうが何だろうが、そんな事は飢えと比べれば大したことではないだろう。少しの毒より今の餌、ということだ。

 僕は少し悩んだものの、結局は自分の弁当から適当に見繕ったものを箱蓋にのせ、猫にあげた。

 猫は差し出された弁当を見ると、すぐに僕の服から爪を剥がし、ムシャムシャと食べ始めた。

「……おいしいか?」

 僕は猫に問いかけてみたが、勿論返答はない。ただ食いっぷりから察するに、弁当は美味いようだ。弁当の方も食われて悔いはあるまい。

 猫から視線を外すと、僕は僕の弁当に向き直り、再び食べ進めた。暫時、一人と一匹の間に奇妙な、だが悪くない静寂が流れた。

 そして――

「おっ?」

 弁当が残り一口だけとなった頃、まだ曇空ではあるものの、雨が止んでいた。

「これなら帰れるな」

 独り呟き、隣の黒猫に目を遣ると猫はもう自分の分を食べ終え、香箱座りで寛いでいる最中だった。

「ははは」

 その姿が、何故だか少し面白く、また懐かしかった。

 そして僕は最後の一口を食べ終えると、弁当箱を片付けた。

「じゃあな」

 僕は猫にそう挨拶をするとドームから出た。

 数歩歩いた後、黒猫の方を振り返ると、僕への返事のつもりか欠伸をひとつ向けてくれた。

 僕はそんな猫に、妙な感慨を覚えつつ、帰路へと急いだのだった。


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