雨中の兆し
「くそッ……」
次の日、僕は完全に寝坊した。目が覚めた時には母の姿も弟の姿もなく、時計の針は僕が家を出なければならない時間を大幅に過ぎた場所を指していた。
あまりの非現実さに一瞬夢の中かと思ったが、頬をつねると痛かったので夢ではないことを悟った。それに、夢は夢で別に見ていた。例の――僕が僕を刺し殺す夢を。
ともあれ、恐らく自分の高校生活の中でもトップクラスの寝坊をしてしまった僕は、学校に向かうべく、通学路を走っているのだった。
しかし、僕が空前絶後の寝坊をしたというのに、お天道様はそんな僕にも容赦がない。
家を出る時には小降りだったはずの雨は、いつの間にか大雨へと変貌し、僕の身体を濡らしていた。
本来なら傘を持ってくるべきだったのだろうが、僕は傘を取り出す時間すら惜しみ外へ出たため、現在雨に打たれているというわけだ。今思えば、傘を取り出したところで大した時間のロスにはならなかっただろうに。
まったく、焦りというものは思考力を根っから奪うからよくない。
そんな後悔をしながら走り続けていたが、遂に限界が来てしまった。
「はあ……はあ……はあ……」
僕は足を止め、その場に立ち止まった。その間にも雨は僕の身体を濡らし続け、体温も同時に奪っていく。
このままでは風邪を引くと感じた僕は、近くに雨宿りができる場所がないかを探した。この時には既に、僕の思考はいかに遅刻せずに学校へ行くかではなく、いかに学校をサボるかにシフトチェンジしていた。どうせ今行ったところで体育教師の説教からは逃れられないだろう。
僕は潔く現実を受け入れ、サボる決意を固めると、辺りを見渡した。
僕が今いる場所は住宅街の一本道で、残念ながら雨宿りに使えそうな場所はない。一応、数メートル先に肉屋の軒先があるのだが、客でもないのに雨宿りだけをするというのは些かバツが悪い。
また、このまま帰るという選択肢もないわけではないが、僕が今いる場所は丁度家と学校の中間地点のような場所で、帰るにせよ時間がかかってしまう。それにこの大雨の中、これ以上濡れてしまえば確実に風邪をひいてしまうだろう。それは御免被りたい。
どうしたものか、と悩んでいた折り、
「ん……?」
ふと先を見ると、一本道を少し折れたところに別の道があった。
――アレは一体……
僕は頭を働かせて、あそこに何があるのかを思い出そうとした。いつも歩いている通学路だ。思い出せないはずがない。確かあそこには……
「あッ……」
思い出した。
「行くか」
その場所に活路を見出した僕は、足早に雨の中を駆けていった。