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緩やかな自殺  作者: あぜ道 流
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『誤差の命』と『弟』

「多分僕の人生っていうのは、神様の手違いか或いは誤差なんだろうな」


 僕は誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。そのセリフがやや自傷的だった。

 別段、家庭や学校に不満があるわけではない。イジメられているわけではないし、苦しいほどの貧困を味わっているわけでもない。〝友達〟と呼べるような人間だってそれなりにはいて家族間にも軋轢はない。周りの人間から見ると〝恵まれている〟部類には入るのだろう。しかし、しかしだ。それでもなお、消えたい(・・・・)と思う自分がいることもまた確かだった。

 約十八年間生きてきて、何度目かの岐路に立たされている。中学の時は、まだこんな僕でも何者かに成れると思っていた。変われると信じていた。だが、結局今に至るまで何一つ変わっていない。そして岐路に立たされている今、これから根底から変われるとも思えない。そんな鬱屈としていた中、安楽死という選択肢が世に出てきた。生きているだけで無闇に幅を取るぐらいなら、いっそのこと自ら引いた方がいい。そもそも、親の都合で生まれてきた命だ。生きるという選択肢があるのなら、死ぬという選択肢があってもいいのではないか? 

 僕は手に持っていた書類を机の上に置くと、通学用のカバンからペンを取り出し、紙と向き合った。取り敢えず、空白は埋めなくてはならない。

 僕はボールペンをノックし、ペン先を紙に当てた。スタンドの光の代わりに、カーテンの隙間から斜陽が覗き、僕の手元を明るめる。西日に照らされた部屋の中には小さな埃が踊るように舞っていた。手元に視線を戻すと、少しだけインクが紙に滲んでいる。書かなければ……。

 そう思い、僕が自身の名前の一画目を刻んだときだった。


「兄ちゃん、帰ってるの?」


 弟の声と共に、部屋のドアがノックされた。

 僕は急いでボールペンを机の上に置き、書類を裏返す。直後ドアが開き、弟が部屋に入ってきた。

「……おかえり」

 僕は弟にそう言った。

「今日は早いな。部活は?」

 机の置き時計に目を遣ると、時刻は十八時二十分。弟が帰宅するには随分と早い時間帯だ。おまけに、いつもは部活用のジャージを着て帰ってくるのに、今日は制服姿だ。何かあったのだろうか?

 疑問に思っている僕に、弟は少し微笑みながら、

「あぁ、今日はミーティングだけだったから早く終わったんだ」

 とハニカムように言った。

 弟――佑希は去年進学した、現在高校二年生だ。だが、同じ高校生といっても僕と同じ学校というわけではなく、僕の通っている学校よりも偏差値の高い(ここらではトップクラスの)学校に弟は通っている。さらに、サッカー部に所属しているらしく、レギュラー入りは勿論のこと、エースとして部を牽引し、新入生や先輩たち、果ては教師陣からも慕われているらしい。

 またその容姿も非常に整っている。鼻高に二重瞼、整えられた清潔感のある身なりに高身長。絵に描いたようなモデル体型で、爽やかさを具現化したような容姿をしている。正直、兄である僕から見ても、贔屓目なしにイケメンだと思う。そのかいあってか、バレンタインデーには毎年、一人では持ちきれないほどのチョコレートを受け取り、その消化に手間取っている。おまけに性格も温厚柔和で、休日には小学校の頃お世話になっていたスポーツクラブに出入りしては、小学生たちにボランティアでサッカーを教えているというのだから非の打ち所がない。

 文武両道、有知高才(うちこうさい)、眉目秀麗、温厚篤実。「神は二物を与えない」とはよく言うが、弟にその定義は当てはまらないらしい。神様は一体いくつ与えたのだろうか。まさに完璧超人。 本当に、僕の弟にしては良く出来すぎている……。

 僕がその凄さを改めて感じ取っていると、弟は僕の机の上を覗き込みながら「兄ちゃんは勉強?」と問うてきた。

「……まぁ、そんな感じ、かな?」

 僕は、手をさりげなく書類の上に被せながら答えた。どうやらバレてはいないらしい。

 そんな僕に弟は、

「ふーん?」

 と、納得がいったのかいっていないのか、よくわからないような返事をした。

「なんの教科?」

「えっと……社会科」

 弟の質問に、僕はなるべく〝自然体〟を意識する。

「難しいの?」

「まぁ、ちょっと復習でもしようかなと思って」

「なるほど。兄ちゃんは偉いな」

 弟は屈託のない笑顔でそう言った。その笑顔が、今の僕には眩しく映った。

「じゃあ、あんまり兄ちゃんの邪魔はしちゃいけないね。俺はシャワーでも浴びてくるよ」

 そう言って、弟はドアに向かって歩き出した。

 しかし、僕が「よかった」と安堵するのも束の間、

「兄ちゃん」

 弟はドアの前で立ち止まった。

「なに……?」

 弟の呼びかけに僕は少しだけ背筋を伸ばした。

 すると弟は、何かものでも詰まったかのような間をとると、

「えっと……あんまり、無理しないでね」

 そう言って、部屋から出て行った。

「……うん?」

 そんな弟の行動に僕は首を傾げた。

「何か無理してるように見えたのか?」

 僕は弟の言葉を振り返ってみたが、その真意はわからなかった。

 弟が出て行って、再び静寂を取り戻した部屋の中、僕はもう一度書類に向き合った。そして気を取り直し、今度こそ自分の名前を紙に刻み込む。


――――『遠近 絆輝』と。


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