目覚め
「きずき~、もう朝よ~、早く起きなさぁ~い」
一階から響く母の大声が僕の鼓膜を叩き、僕を夢の世界から現実へと引き戻した。
「…………」
僕は微睡に戻ろうとする目蓋を擦り、鉛のように重い身体をゆっくりと起こす。……また、あの夢だ。
僕は半分寝ぼけた頭で夢の内容を思い返した。最近は同じような夢を頻繁に見る。自分が誰かを刺し殺す夢。まったく、ロマンもドラマもあったもんじゃない。
そう思いながら溜息を一つ吐く。だが、今日はほんの少しだけいつもとは違っていた。
いつもは見えないはずの〝誰か〟の顔がハッキリと見えたのだ。あれは――――
「きずき~ッ‼ 早くおきなさいッ‼」
「……今行きます」
怒号に変わった母のモーニングコールが僕の回想を破壊したところで、僕は誰に言うでもなく独り呟きながら部屋を出たのだった。
「ほらさっさと食べて、遅刻しないようにしなさいよ!」
僕が一階に降りると、母は鏡と向かい合いながら、化粧の最終段階に取り掛かっている最中だった。
「…………」
四十手前の母の顔から小皺がみるみる消えていくその様は、化粧というよりもさながら魔法だった。きっと「ハリー・ポッター」もビックリすることだろう。
「なにボーっと突っ立ってんの? 早く食べなさいって」
「……はい」
僕は欠伸を噛み殺しながら、言われた通り食卓に着いた。テーブルの上には、もう僕一人分の朝食しか残っていなかった。
「母さん、佑希は?」
僕は母に弟の所在を尋ねた。
すると母は、奈落へと続くかのようなため息を一つつくと、
「とっくに学校に行ったわよ」
目元の皺を消しながらそう言った。
「佑希はあんたと違ってシャキッとしてるんだから、少しは見習いなさい?」
「……善処します」
僕は母の小言を流しつつ、目玉焼きに醤油を垂らした。
「じゃあ、私行ってくるから。戸締りよろしくね!」
言い終わらないうちに母は荷物を持つと、足早に玄関の方へと駆けて行った。
「…………」
父と離婚して早六年。母はとても忙しそうだ。
「あんまり、迷惑はかけられないな……」
僕は「いただきます」の代わりにそう呟くと、食パンを齧ったのであった。