gentle suicide
是非読んでみてください。
『死ね』――――最初の感覚はそれだった。
黄金色の月、雲ひとつない夜空、周りには剃刀を血で濡らしたかのような曼殊沙華。その中心に僕はいた。
「またか……」と思う。「また、これだ」
僕は視線を下に向けた。そこには〝誰か〟がいた。僕はその誰かに馬乗りになるようにして座っている。
「…………」
誰かは死人のように動かず、また死人のように白く薄い面布で顔を隠していた。
〝誰か〟からは体温を感じない。ぞっとするような冷たさだけを感じる。
〝誰か〟からは呼吸も感じない。顔を隠す面布は動かず、動く様子もなかった。
しかし、僕はコイツが生きているということを知っている。根拠はない。が、こいつは 確かに生きているのだ。そして、僕は僕がこれからしなければならないことも同時に知っていた。
「…………」
僕は自身の右腕に視線を動かす。
そこには、身体の一部と思えるほど自然に手に馴染んだ、一振りのナイフが握られていた。飾り気など一切ない、ただ刺すだけの形状をしたナイフが、僕の手には握られている。
僕は視線を〝誰か〟に戻した。
「…………」
僕は〝誰か〟が誰なのかを知らない。……いや、本当は知っている。ただ脳がそれを知ることを拒否しているのだ。それを知ってしまえば最後、後戻りができないと、心のどこかで感じているから。
「…………」
僕は顔を〝誰か〟に近づけた。鼻の先が布地に軽く触れる。それでも呼吸は感じない。けれど、コイツは確かに生きている。
僕は〝誰か〟から顔を遠ざけ、右手をゆっくりと振り上げた。鈍色の刃に月夜の光がよく映える。そして――――
「――――ッ‼」
僕は勢いよく、ナイフを振り下ろした。鋭く尖った切っ先が〝誰か〟の胸に深々と突き刺さる。〝誰か〟は一度だけ大きく跳ねて、また動かなくなった。
そして、面布が地面にハラリと落ちる。
「………………」
――――殺した誰かは〝僕〟だった。