第3話 逃走
「そう言ってもらえると思いましたよ。あとは任せます」
「あ、おい!まて!」
席を立ち、満足気に警察署を後にしようとする新井に反して、悟はまだ話足りないといった様子だ。
「我々も全てを把握しているわけではないんです。細かい事を調べていくのは貴方達の得意分野でしょう」
新井はそう言い残すと、面談室のドアに手を掛けようとした。
が、その時、扉が一人でに開いたかと思うと、GINメンバーの一人、『武井和也』が姿を現した。
和也はサングラスを掛けた金髪の男で、まるでホストのような風貌だが、正真正銘の警察官である。
「悪いが、ここを通すわけにはいかねぇんだわ、chameleonさんよ」
新井は一瞬驚いたような様子を見せたが、相変わらずその表情から笑みは消えない。
「まぁ、こうなる事は予想していましたよ」
両手を上げて「降参」の意思を和也に示す新井。
この面談室が戦場に化すことを予想していた和也は、新井の拍子抜けするほどあっさりとした行動に、不気味な感覚を覚える。
「何を企んでる?」
「さぁ。それは、」
事実、不利な状況である筈の新井が浮かべる笑みは、
「すぐにわかりますよ」
異様な威圧感を放っていた。
プルルルルル‥
途端、佐々木潤の元に電話が掛かった。
睨み合う悟達から目を離さぬよう、視線はずらさずに手探りで取り敢えず電話に出る。
「俺だ、どうした」
しかし、その返答は取り敢えずでは済まされない内容だった。
「潤さん!chameleonと名乗る男と女が1人ずつ、計2人!署内に乗り込んできました!!」
「なにっ?!」
そして次の瞬間、爆発音に近い轟音と共に警察署全体が謎の揺れに襲われた。
面談室内の悟と和也、更に潤は急な揺れに思わず膝をついてしまう。
肝心の新井は爆発を予期していたかのように、平然とその場に立ったままだ。
和也達が危険を察知したのも束の間、
「捕まるわけにはいかないんですよ」
新井は自分を挟むように立つ和也と悟に対して掌を向けた。
「破弾」
『破弾‥"魔力"を弾丸のように打ち出す技』
「まずい!硬化ァ!!」
すぐに"武力"によって身体の筋肉を極限にまで硬直させる"硬化"を用いて、両腕で身体を隠すことで防御の体制を取ったのものの、新井から和也と悟目掛けて放たれた破弾は、和也達が立っていた場所で大爆発を起こした。
面談室との間を遮っていたブラックミラーは爆発の衝撃で粉々に砕け、隣室にいた潤にまでその衝撃波が届く。
予想外の威力と衝撃に、潤の身体は背後の壁に叩きつけられた。
「ぐっ、なんて威力だ‥。悟!和也!生きてるか!」
辺りは黒煙に包まれており、そこら中で火災報知器が鳴り響いている。
周りの状況が視認できない潤は、近距離で攻撃を受けてしまった和也と悟の身を心配した。
「なんとか」
「硬化が間に合わなかったらヤバかったぜ」
「無事だったか」
姿は視認できないものの、二人の声が聞こえる事から身の安全が確認でき、潤は安堵の息をつく。
あらゆる修羅場を乗り越えてきた二人は、新井が何かしらの攻撃を仕掛けてくることを読んでいたため、ほぼゼロ距離での攻撃にギリギリで対応できていたのだ。
しかし、新井の破弾が強力であるのと、距離があまりに近すぎたことから、それぞれ多少の傷を負ってしまう。
「おい悟!!新井拓人の姿は見えるか!?」
「いや、見失った」
黒煙が薄れ、視界が晴れてきた時には既に新井拓人の姿は見当たらず、代わりに面談室"だった"部屋周辺が粉々に吹き飛んでいる様子が明らかになっていく。
「最初から全部あいつらの目論み通りだったってことか」
悟は多少痛みを感じながらも、衝撃で倒れていた体を起こし、辺りを見回す。
火災報知器が鳴り響き、緊急アナウンスがそこかしこで流れているだけでなく、警察職員の叫び声が聞こえる。
そして、初めの轟音と大きな揺れから、悟は新井以外の何者かがこの警察署内に侵入した事を予想した。
「和也!動けそうか!」
未だに横たわったままの和也に声を掛ける悟。
和也はその声に反応して体を起こすと、グッドサインで返事をする。
「他が不安だ、行くぞ」
「おうよ」
勢いよく廊下に飛び出した悟達は目の前の光景に驚愕する。
面談室は警察署の一階にあり、廊下を出るとすぐにエントランスホールが見えるのだが、そのエントランスホールが瓦礫に埋れてしまっていたのだ。
どうやら天井が崩れてきたようで、警察署の外へ繋がる入り口は瓦礫の山で封鎖されてしまっている。
「最初の音と揺れはこいつが原因か」
「こりゃあ派手にやりやがったなぁ」
「‥まてよ」
悟はこの光景を見てすぐに疑問に思った事があった。
天井が崩れ落ちている事から音と揺れの原因は間違いなくこれだろう。
しかし、もしそうなら、
新井は一体どこへ消えた?
勿論、この警察署には他にも幾つか裏口のようなものがあることはあるのだが、基本的に今回のような予期せぬ来客の侵入、脱走を防ぐ為に厳重に鍵が掛けられている事が殆どだ。
更に裏口は全て何かしらの部屋と繋がっており、そう簡単に出入りできるものではない。
ならば一番大きなメインエントランス、つまりエントランスホールと繋がったこの入り口から出て行ったと考えるのが普通なのだが、肝心の入り口は瓦礫の下だ。
「あいつはどうやって外に行ったんだ‥」
「裏口から出て行ってねーか見て来る」
悟にそれだけ言い残すと、和也は警察署内に存在する裏口を確認するため、その場から立ち去った。
対して悟は外へ出る手段がないのであれば、まだこの警察署内に潜んでいる可能性を考慮して、監視カメラの確認が可能なモニタールームに向かう事にする。
「新井の神能は割れてる。やつの神能で外に出たのなら何かしら形跡があるはずだ。」
モニタールームの扉を開いた悟は一瞬驚いた後、目の前を睨みつけた。
目の前に立つ、"新井拓人"を。
「貴方なら必ずここに来ると思っていましたよ。話の続きをしましょう、西村悟さん。」
「俺と二人っきりで話す状況を作るためにここまでしたってか。一体何の話だ。さっきので終わりじゃなかったのか?」
「黒の組織以外にもう一つ。問題の人物が浮上しています」
そう発言した新井の表情からは笑みが消えていた。
真剣な眼差しで悟を見つめる新井に、思わず悟は唾を飲む。
「問題の人物?」
新井は頷くと、顔の前で指を一本だけ立ててみせた。
「今から話す情報は、警察署内では必ず貴方"一人"だけの秘密にしてください。さもないと、警察団体は奴に潰されます」
「なんだと?」
「いいですね?」
面談室で話していた時の常時笑みを浮かべていた新井に比べて、今の新井はまるで別人だ。
面談室で適当に話していたように見えた、というわけではないが、今この場で話される内容はよほど重要なものなのだろう。
いや、重要でないはずがない。
「あぁ、分かった」
「隻眼‥そう、隻眼の男を見かけたら絶対に戦わず、逃げるようにしていただきたい。」
「隻眼?」
「えぇ。隻眼です。いいですね?この情報は人に話さない、見かけてしまった場合は何も考えずに逃げること。これらを絶対に忘れないようにしてください」
悟は一瞬悩んだ。
隻眼の男に注意しろ、というのならば、その警告を自分のチームメンバーに話しておくほうが安全なのではないか?、新井は断じて話す事は許されないと悟に警鐘を鳴らしたが、その通りに行動することが本当に最善策なのか?、と。
新井は恐らく嘘をついてはいない。
確証は持てないが、これほど真剣な眼差しと威圧感を放つ中で見知らぬ人間に情報を提供する男が、嘘をついているようには思えない。
しかし、だからといってこの男の話す事全てを信用するわけにはいかない。
と、あれこれ考えていると、そんな悟の様子を察したのか、いつのまにか距離を縮めていた新井は悟の肩に手を置く。
「いいですか、悟さん。我々は完全な協力関係にないにしても、黒という組織を壊滅しせなければいけないという同様の目的を持つ者同士。黒1人でも厄介なのにも関わらず、そこに厄介な部外者に入り込まれると、それこそ本当の終わりなんですよ」
その言葉に悟はハッとすると、すぐ横にいる新井を凝視した。
新井はいつのまにかその表情に笑みが戻っており、悟の背中を押すように再度肩を叩くと、そのままモニタールームを後にしようとした。
悟はそんな新井を追いかける事はしなかった。
が、最後に一つ質問を投げかける。
「おい、お前らchameleonは何がしたいんだ?」
新井は途中で足を止めると、一言だけ言い残した。
「私達は貴方の味方ではありませんが、敵でもないんですよ」