騎兵隊
日本の夏は暑く、湿気に包まれ息をするもの億劫なほどだ。しかし、彼の相棒はそんな気候ものともせずに飼い葉を食み、落ち着いた目をしていた。それは、ここ日本で生まれた馬だったからだ。鮮やかなブロンドの鬣、熱した飴を伸ばして作ったような光沢を持つ馬体。樹齢数千年の木々にも例えられるような筋肉質の足。
この世界ではありとあらゆる兵器が存在する。その中にはもちろん軍馬も含まれた。ウイリアムは曇天の空を背にして、ゆっくりと相棒の軍馬と共に丘陵を降りていった。
彼が率いる騎兵隊は総勢二千名。その殆どがサーベル、あるいは日本刀といった接近戦闘用の武器を装備し、銃は一部の者しか携帯していなかった。
それは、軍馬の誇る武器、スピードを失うためである。銃は銃単体で使うことができず、弾とマガジンを携帯しなければいけない。その重量が最大の武器を殺してしまうのだ。
磨きあげたブーツに泥がつかないよう道を選んで歩く彼の前方に天幕が見えてきた。
一人につき一頭、予備も含めれて2500頭もの馬が一ヶ所に集められるのは、まるで美しい商品を陳列したショーケースのごとく、圧巻だった。
相棒を部下に預け、天幕の入り口をめくり上げると、ウイリアムはゆっくりとウォルナットの椅子に腰かけた。
ウイリアムが作戦会議に少し遅れたため、小隊を率いる仲間から一瞬刺すような視線が飛んだ。
「遅れてすまない。作戦会議を始めよう」
我々に大事なのは戦う場所。そしてなんのために戦うのかだ。
陛下はこの世界に存在しない。
「我々の補給線は現在困窮しています。馬に食べさせるための飼い葉もたらず、水さえ泥水を濾して飲んでいる状況です。先日、足を折った仲間の馬を弔わずに食べました。必要なのは戦果です。巨大なキャリアと交渉できるだけの武器が必要です。」
チーム大烏と交渉できるだこの武器となると、心当たりは一つだけだった。
水爆実験の同じコードネームがつけられた二つの爆弾。
(噂ではこの世界に二つしかないそれは、戦局をひっくり返してしまうほどの威力があると聞く。そして、この世界には核の抑止力などといった考えは通用しない)
空高く延びる巨大なキノコ雲をウイリアムは想像した。
「隊長、やはりここは、全軍の突撃をもって確保するのがよいと具申します。例え相手が戦車だろうと対戦者地雷を抱えて見事突っ込んでみせましょう」
自信たっぷりに口を開いたのは、黒馬に乗るロアルドという男。すでに二度戦死して、手持ちはすっからかんだろう。それを埋めたいに違いなかった。
ウイリアムは苦虫を噛み潰したような顔をした。
突撃を用いた肉弾戦で歩兵相手なら例え相手が機関銃を持っていても叩き切れるだけの自信があった。だが、相手が機動力を有した装甲車を持っていたらどうか。
金にされるのは、相手ではなくこちら側になる。それも確実に。
「なに、いざとなれば森に逃げればいいのです。デカイ車両や、倒木を越えられないバイクは足止めをくらい、飛び越えられる我ら騎兵隊だけが悠々と勝ち残るでしょう」
馬の利点は、上にまたがる人以外に馬の意思も反映されることになる。馬は目の前に壁が迫れば立ち止まるし、越えることもできる。
しかし、動物として臆病な性格でもある。軍馬は幼い頃から教育され銃声にも驚かないが、目の前に見たことの無い敵が出てくればどうなるか。
「……我らの隊長は腰抜けか」
ウイリアムの目が細められ、サーベルに手がかかる。
「どうせ死なないのですから、ドーンと行きたいと思うのです」
「装備が足りないものはどうする。全員が生き返るのに必要なだけの物資がないのだぞ?」
にやり、と不適に笑みを浮かべたその男は悪魔のような顔をしていた。