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週末戦争  作者: アルミ爆
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プロローグ

 山口啓介は、かつて鬱だった。


 山口は普通の仕事をするサラリーマンだった。鬱なんて、心の弱いやつがなる病気だと思っていたし、自分の身近でさえそれになる人などいなかった。 だからまさか自分もなるとは思いもしなかった。


中立地帯、高層ビル群A-82


 ひび割れたソファーの上に横になった山口は、泥の付いたジャングルブーツをそのまま机の上に投げ出した。日本での生活は遠い夢のようだ。ズボンの裾に引っかかっていた空薬莢が鈴の様な音を立てて床に転がり、二徹明けの曖昧な脳みそを掻きまわした。そんな糞みたいな休憩時間を引き裂くようにひしゃげた軍用無線が通信を拾った。


「こちら荒鷲、どうぞ」


 今すぐ飛び立たねばいけないようだ。


 今、ここから40キロほど北で民間トラックにm2を固定したピックアップが無差別に人を殺しまわっている。さらに随伴する歩兵が味方のブラボーチームを包囲しつつあり、航空支援を必要としている。敵の主力武装はAK47突撃小銃、対車両用ロケットランチャーRPG7。


 山口は無骨なタラップをよじ登って操縦席に腰を下ろした。この飛行機は、戦略爆撃機B52。史上最も強力で恐れられた飛行機だ。人を大量に殺すために作られたB52がベトナム戦争で行った絨毯爆撃は、第二次大戦で日本がこうむった被害を軽く超える。そんなバケモノの腹に抱えられているのは通常爆弾。その数は100発を越える。そんな死の鳥の行方には、今まさに戦争の興奮と純度の高いアドレナリンを摂取している敵がいる。


「ロックンロールの時間だ」


 顔に酸素マスクの締め付け跡の残るコパイロットがコクコクと頷いた。

 死の鳥はゆっくりと滑走路を走り始めた。

 出力18000ポンドのターボプロップエンジンが黒煙を上げる。高層ビルを横たえたように長い主翼は8発のジェットエンジンの重さゆえ、地面すれすれまでしなっている。これがこの飛行機の”普通”だ。

 コックピットの窓から、透き通るような青空を見る。直援の飛行機は一昔前のジェット戦闘機F14がついた。山口はこの飛行機が好きだ。


 空には、地上の理は通用しない。時速400km巡行で、攻撃地点まで6分しかかからない。


 現場は深いブッシュに囲まれた山岳地帯だった。

 そこで戦闘が起きている。それを示すように白煙が上がっていた。

「こちら荒鷲、到着した。位置を知らせ」

「了解。攻撃地点は赤い煙の西側」

「了解」

「ゴーゴーゴー!!」


 山口はB52の翼を振ってバンクした。緑色の絵の具をぶちまけたような下界から、スモークグレネードの赤い煙を視認する。

 空からアンブッシュした敵の姿は見えない。

 爆撃地点を示す赤煙を再度確認して、山口は爆弾槽を開いた。ちょうど車が二台は入ろうかという空間に、鈴なりに吊り下げられた爆弾が綺麗な風切り音を奏でた。死を運ぶ口笛だ。


「投下!投下!投下!!」


 山口は投下スイッチを押した。B52が爆弾の重さを失って数メートル上に上昇する。

 下部カメラには、落下傘を開いた爆弾がゆっくり減速して木々の中に吸い込まれるのが映された。ゆっくりと言っても時速数十キロで鉄の塊が降ってくるのだ。そして贈り物は敵の頭上で爆破される。最大効果域で爆発した弾頭は、樹齢二十年近い樹木をまるで発泡スチロールの塊のように粉砕した。


「タリホー!!命中だ!!!再度爆撃されたし!」


 無線機からサンダーボルトを介してブラボー1の歓声が聞こえた。

 山口は機首を振って一度爆撃地点を離れた。

 巨大なB52が再び同地点を爆撃する為には大回りをして再び機首を向けなければいけない。

 その機体があげる悲鳴のような轟音を、再び聞かされた敵に戦う勇気は残っていなかった。



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