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夏に降る雪  作者: 傘部蘭
8/15

8.殺人者

「ごめん、ちょっと1人で考えてくる。」

 そう言って凛は僕の部屋を出て自分の部屋へと去った。寛太さんが他殺だとしたらこの閉ざされた環境で、犯人はこの邸宅にいる両家の誰かということになる。それを追及するには各々が犯行が行われていたであろう時間に何をしていたかを知らないといけないのに、皆に殺人者の存在を気取らせてはいけないのだ。面倒なことになってきているのを実感した。そんなことをうだうだと部屋で考えた後、下に降りると、びしょ濡れになりながら家に入ってきた父さんにばったり会った。

「どうしたの?父さん?」

 僕が聞くと濡れた髪を触りながら答える。

「ちょっと吊り橋の方にな、対岸から呼びかけていたりしないかと思って。まぁこんな嵐の中わざわざ他人である俺らを心配してきているやつなんかいる訳なかったよ。それよりお前、俺に何か報告することあるだろ。」

 父さんは叱るような口調でこちらにグッと顔を寄せてきた。

「え?」

「え?じゃない。寛太さんが亡くなっているのを見た後、一階でみんなで落ち着いていこうという話にをした。その時に警察に連絡した方がいいんじゃないかって話になって俺が連絡したんだ。そしたら『寛太さんの携帯に昨日の事件について連絡したところ女性がでて事情を説明してくれましたよ』だってよ。これ凛とお前だろ。どうしてすぐに言いに来なかったんだ。」

 確かに皆に伝えに行くのが筋だった。しかし完全に忘れていたのだ。

「ごめん。忘れてた。父さんは警察から話を聞いたの?」

 僕が聞くと彼は小声で返事をした。

「あぁ、木炭の話だろ。皆が混乱しそうだからまだ他人には伝えてないけどな。」

「そっか。」

 僕は少し安心すると共に父さんに頼りづよさを感じた。

「あの後、もう一度あの空き部屋に行ったってことは凛とお前は何か腑に落ちない点でもあったのか?」

「いや別に、、、」

「まあ、どうでもいいが、危険なことと、皆に迷惑をかけるようなことだけはするなよ。凛だけじゃなくてお前もだ。」

 最後に父親らしい言葉を残して彼は風呂場に向かった。本日2回目のシャワータイムだろう。壁の時計を見ると14時になっていた。

 食堂で話し声が聞こえたので向かってみると佳奈、真希、ばあちゃん、幸子さん、絵里香さん、結菜さんで話しをしており、僕が入り口に立つとばあちゃんが気づき声をかけてきた。

「あら、蓮ちゃん。どうしたの?凛ちゃんと一緒じゃないの?」

「うん、まぁ」

 僕がそう返すと、手前の端に座っていた結菜さんが隣の席をひいて招いてくれた。いつもだったら「ふられたのかー」とか真希が言いそうなものだが、流石に今はそういう気分ではないのだろう。

「すみません、会話の邪魔しちゃって。何の話をしていたんですか?」

「真希ちゃんの彼氏の話よ。こんな時は明るい話題をと思って、話してもらってるの。」

 ばあちゃんが答えると真希は恥ずかしそうに言う。

「私ばっかは嫌だから誰か次話して下さい。あ、おばあちゃん、お母さんとお父さんの若い頃ってどんなだったの?」

「勝己と絵里香さんの若い頃ねぇ。」

 質問を受けた幸子さんは昔を懐かしむような笑みを浮かべた。

「ちょっと真希、そんなこと聞かなくていいの。」

 絵里香さんがそう言う横で幸子さんは話し出す。

「勝己はとんでもなく馬鹿な息子でね。いつも遊び歩いていたのよ。そんな勝己が女ができたなんて言うから、どんなだらしない女だろうって撥ねつける気満々で絵里香さんと顔を合わせたの。そしたら、もう本当にいい子で、しっかりしててびっくりしたわ。絵里香さんと付き合っているとどんどん竜太が変わっていくの。まず、遊び歩くのをやめ、仕事に精を出しどんどんとしっかりとしたいい男になっていくのよ。今ではもう絵里香さんには感謝してもしきれないくらいよ。」

 絵里香さんは恥ずかしそうに話を聞いていた。あのしっかりとした勝己さんがそのようにして作られたとは意外だった。

「お母さんとお父さんどこで出会ったの?」

 佳奈が絵里香さんに聞く。

「渋谷に用があって歩いてたら声を掛けられたのよ。お母さん、ナンパなんてされるの初めてだったから怖くて連絡先教えちゃったのよ。」

「えー!ナンパ?」

 真希は目を見開いていた。別にショックとかではなく、単純に驚いているようだった。

「結菜さんと竜太さんは?」

「私?」

 佳奈が聞くと結菜さんは少し驚いたようなそぶりを見せ話し出した。

「私と主人は、主人がトレーナーをやってるジムに私が通ってて、私が一目惚れしちゃってアプローチしたの。」

「え!結菜さんからなの。」

 真希が大きな声を出した。しかし、これには僕も少し驚いた。大人しいイメージの結菜さんからアプローチしていたとは。

「2人の若い頃はそれはもうお似合いの美女美男夫婦だったわよ。」

 ばあちゃんが言うと、真希と佳奈が結菜さんに写真をねだり、最初は断っていた結菜さんもとうとう携帯を開き若い頃の2人の写真を見せてくれた。

「結菜さん、かっわいいー」

 真希と佳奈が声を合わせて言う。僕もそれには全く異論がない。もし、目の前に現れたら思わず声を掛けてしまうくらいだ。掛かれる勇気が僕にあればだが。竜太さんの方もジムのトレーナーというだけあって、筋骨隆々な体つきで、顔も爽やかな男前フェイスだった。

「やめてよ。」

 結菜さんは恥ずかしがりながらもどこか嬉しそうだった。

「結菜さんも、看護師さんで、周りには医者とかの竜太より全然いい人がいただろうに、ここに来てくれて助かるわ。料理もうまいし、気が効くし、本当にうちの竜太には勿体ないわ。」

 幸子が、結菜さんにも感謝を述べる。鹿野家には、嫁と姑の戦争は存在しなかったみたいだ。話はそこから、佳奈の振られた彼氏への愚痴へと移った。僕がその話に飽きた頃隣の結菜さんをみると、竜太さんではない細身の男の写真を映した携帯を見つめていた。昔の自分と竜太さんの写真を見たついでにさらに遡って、竜太さんと出会う前の彼氏の写真でも見ているのだろう。僕は恋人の写真はその恋が終われば消す派なので彼女の気持ちはよく分からなかった。ちなみに、写真を消す派とは言ったが消す写真が出来たことはない。

 そんなことをうだうだ話しているうちに、16時ごろになり女性陣は夕食の準備に取り掛かったので、僕は邪魔をしないように二階に上がった。凛がどうしているか気になり凛の部屋をノックしても返事がなくドアを開けてみると部屋には誰もいなかった。探すほどの用は持っていなかったので自分の部屋に戻り、持ってきていた本を読んだ。2人の死について考えるには少し疲れ過ぎていた。


 19時になり夕食のために廊下に出ると階段の前で凛と会った。凛は洋服を着替えていた。

「服どうしたの?」

「頭を冷やすために外に出ていて、お風呂に入ったの。」

「頭冷やしにって、全身冷えて風邪ひくよ。」

 僕がいうと彼女は笑って「確かに。」と同意した。食事が始まると、咲さんが今まで寛太さんの死について守と令香と話し合って心を落ち着かせていたことを話し、夕飯の準備に参加できなかったことを詫びた。勿論誰も責めるものは居ない。僕の右隣には自分の右に座る涙目の令香の背中を黙って撫でる坊主頭の兄がいた。僕に妹がいたとしたら、母が死んだ時こんなに強くあれただろうか。自分の感情一切を押し殺して妹の背中を撫でることができただろうか。その後は、何事もなく食事が進み、解散となった。

「俺風呂入るんですけど、皆さんどうですか?」

 竜太さんが誘うが僕を含め他の男性は食後すぐの入浴に抵抗を示し、竜太さんは1人で風呂場に向かった。僕と父さんと蒼介、勝己さんは22時に風呂に入る約束をしてそれぞれの部屋に戻った。僕は本の続きを読んでいたが今度はあまり集中できなかった。22時になり風呂場に父さん達と向かい、話しながらお湯に浸かった。ここの風呂場は建物全体が洋風なこの邸宅で唯一和風なテイストでいわゆる旅館の小さな温泉のようなものだった。竜太さんはもうすでに上がったみたいで使用しているのは僕ら4人だけで快適だ。風呂を上がり冷蔵庫にある牛乳を飲むと4人でロビーのソファでくつろいでいた。僕はテレビ台の上に置いてある新聞紙を見つけ読む。ここ、葉室村が発行している地域紙の8月号らしい。開くと夏祭りの情報や、夏を涼しく過ごすコツなどに紛れて見覚えのある男の写真が載っていた。昼、結菜さんの携帯に映っていた細身の男だった。記事によると彼の名前は真壁治人で、25年前、この村の村役場に勤めていた彼は自殺したらしい。この記事は、25年経った今の彼の親族の話を聞いたものだった。そんな男の写真が結菜さんのカメラロールにあるなんて大した偶然もあるものだ。僕らは二階に上がり僕はまた凛の部屋を訪れたところ凛は佳奈と話していたので部屋に戻り守の戦隊ごっこに付き合っていた。23時30分頃

もう既に寝ていた守の隣の布団で本を読んでいたところ階段の方から男の大きな声と共に何かが階段から転げ落ちる音がした。僕は、守が目を覚ましていないことを確認し部屋を出て階段に走って向かう。他の部屋からも皆が駆けつけた。階段に着くとじいちゃんが踊り場で仰向けになっていた。

「じいちゃん!」

 僕が叫んで側によるとじいちゃんは僕のTシャツを掴み、「誰かに、、、押された。」とだけ言った。

「誰にだ。父さん。」

 僕の隣で聞いていた父さんが大声で聞いた。しかし彼が言葉を発することはなかった。

「まだ脈もあって呼吸も正常だ。頭部の止血をしたい。誰か応急処置セットを。」

 父さんがじいちゃんの状態を確認しながら命令すると僕と父さんの後ろに立っていた大勢から絵里香さんが走って持ってきた。父さんの応急処置により頭部からの血は止まり、じいちゃんは気を失った状態となった。

「頭への衝撃で一時的に気を失った感じだろう。部屋に運んで寝かせてやろう。念のため母さんはそばにいてくれ。」

 父さんはそう言いながら僕とじいちゃんを持ち上げ1番奥のじいちゃんの部屋まで移動した。じいちゃんをベットに寝かせるとばあちゃんがベットに駆け寄り様子を見た。

「結菜さん、あなた確か看護師でしたよね。僕の診断が間違っていたら困るので、分かる範囲でいいので父を診て貰えないでしょうか。」

 父が頼むと結菜さんは慣れた手つきで脈や呼吸、目の状態を見て答えた。

「研二さんの言った通りだと思います。恐らく目を覚ますときは来ると思います。」

 彼女のその言葉に後ろに立っていた人たちの緊張が少し解けたのが分かった。令香と手を繋いでいる咲さんが、僕の肩を叩き聞いてきた。

「守まだ寝てる?」

「ええ、今日はやっぱり疲れちゃったみたいでぐっすり寝てました。部屋を出る前に確認したので間違いないです。」

「そっか、よかった。」

 彼女は僕の言葉にほっと胸を撫で下ろした。


「お父さんがいない。」

 聞き慣れた女の声が響いた。凛だった。確かに竜太さんの姿が見当たらない。

「竜太さんなら部屋にはいなかったぞ。」

 父さんが言う。

「寝てたわけじゃないなら、あんな大きな音して気付かないはずなくない?」

 咲さんが言うと、僕らは手分けして二階の部屋を空き部屋含めて探していったがどこにも見当たらなかった。一階に降りトイレや食堂キッチンを見ても誰もいない。

「風呂か?でも、飯の直後に入っていたよな?」

 そう言いながら僕と父さんを先頭に女性を含めた皆で男湯の暖簾をくぐる。更衣室の棚に竜太さんの着替えがあった。

「なんだ、本当に風呂か。二回も風呂ってどんだけ風呂好きなんだ。」

 後ろでそう言う勝己さんを無視して僕らはお風呂場に入る。竜太さんは浴槽に入り俯いていた。僕らが声をかけても返事をしない。走って駆け寄ると彼の胸にはナイフが刺さっていた。後から入ってきた、凛が甲高い声を上げる。


「お父さん!」

 彼の胸から出る血液は浴槽の水により薄まっていた。




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