7.思考
まず、僕らはこの家に使い残された縄が無いことを隈なく探して確認した。そこから、2人で寛太さんが死んでいた部屋に再び戻り調査する。皆はもう部屋には居らず、ベッドに横にされている死体と、漂う腐敗臭に僕は彼の死を実感した。この部屋には彼と、縄と、倒された椅子しかなかった。縄は彼女が言った通り両端がほぐれており、無理矢理切断したようだった。
凛は寛太さんの顔に被せられた白い布をどけ、彼の死顔をまじまじと見ている。どんな神経をしているんだか知れたものじゃない。
「凄い綺麗な顔してる。」
僕があまりガン見しないように、チラッとその顔を見ると確かに安らかな顔をしていた。
「自殺だとしても苦しくて顔が歪みそうなものなのにね。」
僕が言うと彼女はその通りと言うように頷いた。その後、彼女は彼の服を退けながら全身を見て行った。彼女が手を止めて何かと思い覗き込むと寛太さんの二の腕にアザがあった。
「結構最近のものね。何があったのかしら。」
彼女がそう言い思考を巡らそうとした時、寛太さんのポケットから携帯の着信音が鳴った。
凛は死体のポケットから携帯を取り出し電話に出る。どうやら警察からの連絡らしい。昨日、拓也さんが死んだ時に渡した連絡先は寛太さんのものだったのだろう。凛は警察の話を少し聞いたあと、この事情を説明している。電話を切ると彼女は考え込んだ。
「どうやら、私の考えはあながち間違ってなかったのかもしれない。」
「何の電話だったの?」
僕が聞くと彼女は大きく深い一息をついて話し始めた。
「今日、嵐の中もう一度警察が名代家を調査したらしいんだけど、おかしなことが見つかったの。」
「おかしなこと?」
「そう。拓也さんのポケットには財布も携帯もはいっいてその携帯には幸子さんへの、『財布見つけました』メールの送信履歴があった。ここまではいいんだけど、木炭がどこにもないの。正確には拓也さんが殺された母屋とは別棟で母屋より奥にある物置小屋に積まれていたんだけど。」
今回は僕もそれが意味することが分かった。寛太さんの話によると彼は一回木炭を持って名代家を出て財布を探しに戻ったのである。その際手に持っていた木炭をわざわざ元あった物置小屋に戻すのはおかしい。僕の小さな脳に一つの疑問が浮かんだ。
「木炭は物置小屋にあったのにどうして、拓也さんは母屋に居たんだろ。」
僕が言うの彼女はまた、整理するように言う。
「まず、パターン1。拓也さんも、寛太さんも木炭の置き場を知らずにまず、母屋を捜索。そしてその後、物置小屋に行き発見し、帰ろうとするも拓也さんが財布を探しに戻る。拓也さんは自分が木炭を探すのに通ったところを探すから、母屋にも行ったはず、ここで物取りに遭遇。しかし、このパターンだと、物置小屋に木炭が置いてある理由がつかない。門や玄関に置いておくかもしくは常に持って財布を探した筈だからね。常に持っていた時、石炭は物取りに遭遇した母屋にあるはず。
次に、パターン2。拓也さんと寛太さんは直接物置小屋に行って帰り先程と同じように拓也さんが財布を取りに戻る。物置小屋もしくは物置小屋までの途中で物取りに遭遇、包丁か何かで脅され母屋の食卓に移動。そして殺害された。この場合も、木炭は母屋の食卓、もしくは物取りに遭遇した地点にあるはず。物置小屋で遭遇したとしたら木炭が物置小屋にあるのは納得がいくけど、警察が言うには木炭は綺麗に積まれていたらしい。包丁を持って脅してくる人を前にして丁寧に持っていた木炭をそこにある木炭の山に積むとは考えにくい。物置小屋に転がっていたなら説明がつくんだけど。
そして最後、パターン3。寛太さんが嘘をついている場合。拓也さんが財布を探しに戻ったというのは嘘で、寛太さんが木炭は母屋にあるはずとか言って拓也さんを母屋に連れて行き殺害。その後、彼は物置小屋に木炭を取りに行き1人で帰還。でも、このパターンも、、」
「『財布見つけました』メールと、湯沸かしポットの使用メールが送られて来た時点つまり、16時15分までは拓也さんは生きているはず。けど、寛太さんは16時にはここに帰ってきて僕らと一緒にBBQの準備をしていたというアリバイがある。」
僕も、推理に参加でき少し興奮したが推理の結果は「分からない」一色だった。
「取り敢えず、寛太さんの部屋に行ってみよう。」
そう言って歩き出した凛はすぐに立ち止まり窓際のカーペットを見ていた。
「濡れてる。」
皆が、この死体からの腐敗臭を換気するために一回窓を開けたのだろう。僕はカーペットに触れ濡れていることを確かめ外を見た。まだ、嵐は過ぎそうにない。
寛太さんの部屋に入ると薄暗い中で蒼介がヘッドホンをしながらゲームをしていた。僕らが電気をつけると、蒼介はヘッドホンを外しこちらを見た。
「驚かさないでよ。凛ちゃんと蓮くん。あんなことがあってちょっと怖いんだから。」
部屋の明かりをつけるまで僕らに気づかずゲームをしていた人から出る言葉とは思えなかった。そんなことは気にせず、凛は質問した。
「蒼介くん、昨晩、寛太さんがなんか書いているの見た?」
「いいや、見てないよ。遺書のこと?」
「そう。」
「この部屋では書いてないんじゃないかな。」
彼がやけに自信を持って言い切るので僕が問い返す。
「夜中にこっそり起きて書いていたら、蒼介気づかないだろ。」
「昨日は、眠れなくて徹夜でゲームしてたんだ。音ではヘッドホンのせいで気付かないけど、隣でごそごそしてたりしたら気付いたはずだよ。」
なる程、不健康な奴だ。と思ったものの僕と凛も昨日はほぼ徹夜だ。吊り橋の落ちた音はヘッドホンのせいで気付かなかったのだろう。
「今日の朝食が終わった後、部屋に寛太さんはいた?」
凛が刑事のような質問をする。
「いや、朝食の後、僕は隆達さんに誘われて将棋を一戦だけ打っていたんだ。終わって部屋に戻ったときには寛太さんはいなかったよ。ああ、だからその間は寛太さんがこの部屋で何か書いていても分からない。戻った後は一回も寝てないけど、寛太さんは見てないよ。」
「そっか、ありがとう。」
凛はそう言うと、彼に背を向けて寛太さんの鞄をあさり、無地のノートを取り出した。凛がペラペラとめくると、寛太さんの死体の側に置いてあった紙と同じサイズ綺麗に切り取られたページがありそれ以外は白紙だった。
「凛ちゃん達も自殺じゃなくて他殺だと疑っているの?」
意外な言葉が彼から発せられた。
「『も』って?」
凛が思わず聞き返す。
「拓也さんと寛太さん、ここの家に宿泊していた人が2人も、しかも2夜連続で死んでいるんだよ。偶然とは思えなくて。だから、凛ちゃん達もそう思って捜査しているのかと。」
「まあ、そんな感じかな。協力ありがとう。」
凛は適当に返事をして部屋を出た。
僕らは守が出払っていることを予想して僕の部屋で話すことにした。
「寛太さん死亡の他殺説がまた強くなったね。」
「遺言?」
いつも通り彼女は整理するように言う。
「部屋で遺言を書いていないとなると、どこで書いたのかな。」
「そもそも、朝食の後、将棋を打っていて部屋にいなかったなら、その時書いていたかもしれませんよ。」
僕は今気付いた重要事項を自慢げに言った。
「あれ、お母さんや咲さんが、寛太さんやお父さん研二さんに外で、庭の植木鉢とかを玄関に入れてって頼んでるの聞いてなかったの?」
「うん。全然。あの時は眠過ぎて。」
「だから、結構長い間、外の物を片付けてたみたいよ。外から帰ってきてさらにお風呂にも男達で入っていたし。」
「何でそんなことまで、、、凛も寝てたんじゃなかった?」
僕が自分の疑問を素直に聞くと
「寝てたんだけど、喉が乾いて一回下に降りたの、その時に、玄関に植木鉢とかが置いてあったから、そばにいた絵里香さんに『殿方達お仕事終わったみたいですね。』って言ったら、『今はお風呂入ってるわよ。』って教えてくれたの。で、その帰りに廊下で奥の方から来る蒼介くんとすれ違ったの。多分隆達さんとの将棋を終えて部屋に戻った時ね。つまり、寛太さんは朝食が終わってから一度も部屋に戻らずあの空き部屋に行ったってことになるね。」
寛太さんの仕事とお風呂が終わるよりも蒼介の将棋の方が早く終わり、蒼介が先に部屋に戻ったが、その後蒼介は寛太さんを見ていないから、寛太さんは部屋に戻らなかった。僕は頭を一度整理して、納得した、筋が通っている。しかしまた疑問が生まれる。
「外に出て濡れた服は?着替えなかったのかな。着替えていたとしたら一回部屋に着替えを取りに来なくちゃ。」
「寛太さんの死体が着ていた服を含め男の人たちの服は朝から寛太さんの死体を見つけた時まで変わっていなかった。多分男達が湯に浸かっている間に誰かが乾燥機にかけてそれをもう一度着たんでしょ。」
僕の疑問は即否定された。確かに父さんは朝から服が変わっていなかったことを覚えている。
「じゃあ、、、」
「うん。寛太さんは遺言を部屋では書いていない。しかし、筆記用具も紙が切り取られたであろうノートも彼の部屋の鞄の中にあった。つまり、彼は一回部屋の外に紙とペンを持ち出して遺言を書き、部屋に戻ってそれらを鞄に置いたことになる。紙を切り取ってあの空室に持って行き遺言を書いてそのまま自殺してもそこには筆記用具が残るはずだからね。」
わざわざ一度部屋を出て遺言を書く理由は僕には思い当たらなかった。書いている内容さえ見られなければ同じ部屋で書いていても蒼介に自殺の目論見がバレ、阻止されることはなかっただろう。外で何かを書いている方がよっぽど他人に内容を尋ねられそうな物だ。僕はこの不自然さを口に出そうとしたが言うには及ばなかった。
「極めて不自然ね。」
凛に先に、しかも強調まで付けて言われてしまった。
他殺なのだろうか。
他殺だとしたら一体誰が、、、