6.探偵
どうやら僕たちはショッキングな出来事を皆に伝えるという役割を神から授かったらしい。僕らの前で皆の顔が青ざめるのは2回目だ。朝起きてきた人達に嵐によって橋が落ちて村から隔離された事を伝える。そう、僕らは隔離されたのだ前も話した通りあの橋はこの邸宅に来る唯一の道。沢に降りてまた上がればいいかも知れないが、沢は今では濁流らしい。一回足を掬われたらもう助からないだろう。拓也さんの死、外界からの隔離僕らの空気は朝から最悪だ。小さな英雄が現れるまでは。
「こーゆーときこそ、飯を食え!ってジャスミンマンが言ってたよー!ご飯食べたい。」
守だった。ここに来て彼の大声に皆が救われ、それに呼応するように自身らを鼓舞し、朝食の準備に取り掛かる。幸い、食糧は昨日の買い出しや元々用意していた分で大量にあった。ジャスミンマン、一昨日の夜、守から聞いたような名前だから、戦隊ヒーローなのだろう。その名前がおかしいのも、どこかでみんなを明るくしているのかも知れない。
「いただきます。」
皆が敢えて声を大きくしているのが分かった。拓也さんが座っていた空席が嫌でも僕らに現実を突きつける。それを受け入れることはまだできないようだ、皆気づかないふりをしているようだった。大きな声で話したり、嵐が止んだら何をするかなどの話をしている。誰も昨晩の話はしない。
「昼食は12時30分だからみんな降りてきてね。」
咲さんの言葉でお開きになった。僕や凛は徹夜になったので、昼食まで部屋で休憩し、他の皆んなも、外が嵐で何か特別なことができるわけでもないので各々、自分の時間を過ごしたようだ。
夢を見た。
周りのみんなが僕を哀れんだ目で見ている。隣では父さんが放心状態。目の前には母親の死体があった。腹部にはナイフが刺さったままで、母は、美しい顔を歪めている。彼女の手は温かい。泣いていると彼女はどんどんと白くなり、終いには雪のように溶けていった。僕は地面に広がる液体が、自分の涙なのか、彼女が溶けた水なのか、分からなかった。
突然、頭部に衝撃が走り目を覚ますと目の前に坊主頭がある。どうやら、また僕は守に起こされたらしい。
「もう12時25分だ。行くぞ。」
こいつに、五分前行動の習性があるとは思ってもいなかった。2人で一階に降りると、既に中々の人数がいたが、凛と寛太さんの姿が見当たらなかった。着席し、真希や佳奈と軽く話していると、12時35分になるが、まだ2人は姿を現さない。
「ちょっと様子見てくるわ。」
咲がそう言って立つので僕も凛の様子を見に立ち上がった。2人で二階に上がると、廊下は、不気味なように静まり返っていた。雨の音がやけにうるさい。まるで昨晩の名代家のように。僕は不安になって凛の部屋の前に走り、ドアを勢いよく開けた。
「きゃあ!ちょっと蓮!」
ドアの向こうには恐らく部屋着であろうラフなTシャツ姿の凛が着替えようとしていた。
「どうして、女の子の部屋にノック無しで入れるの?あと少しで上脱いでたんだよ。」
慌てて閉めたドアの向こうから説教が聞こえる。廊下の向こう側では咲さんが、貫太さん・蒼介部屋をノックしていた。彼女は流石に冷静だな、と思っていると、部屋から白くて清楚なワンピース姿の凛が出てきた。
「ごめん、寝坊しちゃった。」
「別にTシャツのままでもいいのに。」
「私が嫌なの。」
彼女を女性だと改めて認識させられた。
「寛太さんもまだ来てないんだ。」
僕と凛が寛太さんの部屋の前にいる咲さんのところへ行く。まだ、彼から返事が来ないようだ。
「入っちゃいますか。」
僕が先頭になってからの部屋に入ると部屋は蛻の殻だった。
「トイレですかね?僕、下見てきます。」
この建物にトイレは一階の一つしかない。夜起きてトイレに行く時は、一階下に降りなければならないのだ。僕は走ってトイレを見に行くが個室にも誰もいなかった。階段を降り途中の2人にこのことを伝えると、2人は首を傾げた。
「どこに行っているのかしら、この天気で外にも行かないでしょうし。」
咲さんが少し心配そうに言うが、隣で凛がまだ眠そうに口に手を当てているので緊迫感は全く無かった。
「一応みんなの部屋も見てみます?」
僕は望みの薄い提案をしたが、また二階に来て探すのは面倒だから二階は1度3人で全部探すことになった。僕が男部屋、凛と咲さんが手分けをして女部屋を探すが見当たらず、階段前で集まった。
「まだ探していないのはそこの倉庫と僕の部屋の隣の空き部屋とそのお向かいの空き部屋ですね。」
3人ですぐ近くにある階段の前の倉庫を見て誰もいないことを確認すると、廊下の奥に行き空き部屋を開ける。咲さんが僕の部屋の隣の空き部屋に入るや否や、絹を裂くような悲鳴を上げた。お向かいの部屋を見てた僕と凛が振り返ると、天井のランプに縄が通してあり、それに静野寛太さんが首を吊り死んでいた。急いで咲さんが駆け寄った身体の側には、首を吊るのに使ったのであろう椅子が転がっている。僕と凛も駆け寄り3人で身体を下ろすも、寛太さんはもう既に死んでいた。咲さんの悲鳴を聞いて皆がドアの開いているこの部屋に集まってきた。
「何があったの?」
幸子さんが、焦るような声で聞く。
「主人が、、、死にました。」
咲さんが号泣し嗚咽しながら言う。僕はその姿を見て何も言えなかった。恐らく、何も言わないのが正解なのだろう。
「自殺、、、。」
顔を上げると凛が机の上に置いてあった紙を見て言った。僕もその紙を覗き込む。
拓也さんが死んだ。もう俺は駄目だ。この家に来て1番仲良くしてくれていた人が死んだ。俺が一緒に戻って財布を探していたら泥棒も撃退できたかもしれないのに。耐えられない。俺は自殺します。咲、守、令香ごめんな。
その文面を読み終え、咲さんに黙って渡した。最後の「静野寛太」という署名は死への恐怖からか少し震えていた。凛は黙って、廊下に出た。僕が彼女についていくと、彼女は倉庫に入って辺りを探し回る。
「何を探しているの?」
「縄。」
彼女はそれだけ言って、さらに倉庫の奥まで探し始める。
「やっぱり、無いや。」
隅々まで探したあと、彼女が深刻そうな顔をして言う。またまた、僕は彼女の行動の意図が見えない。
「ここに縄がないと、何か大変なの?」
「大問題だよ。あの遺書によると、寛太さんは拓也さんの死を受けて突発的に自殺したんだよね。だとしたら、寛太さんは縄を元々用意していたことなんかあり得ない。そうするとあの縄は昨晩から彼が死ぬまでの間に外界から閉ざされたこの邸宅で用意したものということなるよね。」
確かに、その通りだ。
「じゃあここで、蓮に質問。縄って普通どういう状態で保存してある?」
質問の意味が完全に理解できなかった。
「どういうって?」
「だーかーら、普段どのくらいの長さで保管されてる?」
「それは、グルグル巻きでかなり長く。短く分けちゃっていたらそれより長い縄が必要なとき困るから。セロハンテープみたいに。」
そこまで言うと、彼女は大きく頷いた。
「そう、この家に縄があるとしたらこの倉庫なのにここには、寛太さんが使い残した縄がないんだよ。もし寛太さんがここで縄を調達したとしたら残りの縄がグルグルに置いてあるはずでしょ?それがないってことはつまりこの家にはもともと縄なんてない。つまり、寛太さんが使えた縄はここには無い。」
「ちょっと待って。寛太さんが倉庫に来た時には、もう縄は少ししか無くて、寛太さんが使い切ったっていうのは?」
僕は必死に彼女に反論した、彼女がこの先に出す結論が怖かったのだろう。
「首を吊るしていたロープはどっちも切断面がほぐれていた。最後に使い切ったならどちらかの切断面は綺麗なんじゃないかな。綺麗だったものを寛太さんが死ぬ前にほぐす理由もないし。」
「と言うことは、、、どうなるの?」
僕はついに彼女に結論を話す許可を与えてしまった。
「寛太さんが何らかの理由で遺書で嘘をついた。もともと死ぬ予定で、縄を持ってきており自殺した。もしくは、誰かが寛太さんを殺すために縄を準備して来て、寛太さんを殺す直前に彼を脅して遺書を書かせ殺害。最後の署名が震えていたのが脅されている恐怖とも考えられなくはない。」
彼女は自分自身の考えを整理するように言った。僕は、戸惑いを隠さずに
「えぇ。」
と情けない声を出してしまった。
「じゃあ、皆に伝えに行こうよ。」
僕が凛の手を引くと
「いや、それは、、、。まだ、他殺と決まったわけでもないし。もしかしたら縄が違う場所にあるかも知れないしね。外界から閉ざされている今、この中に殺人者がいるなんて言ったら皆パニックになる。それに犯人がもしいるとしたら、皆が自殺だと思い込んでくれている方が油断してボロを出してくれそうだし。」
彼女は冷静だった、人の死体を見た直後にこの判断力を発揮できるのは、僕には考えられないことだった。
「分かった。でも、なんで僕には言ったの?」
「勝手についてきてたから仕方なく。」
彼女は冷たく言うと倉庫のドアを開けた。僕が苦笑いしているとその探偵は振り返り意地悪そうな笑顔で言った。
「嘘。蓮だからだよ。協力して、犯人探し。」