3.線香花火
「起きろーーーー!」
大きな声とともにお腹に大きな衝撃が走った。目を開けると守が僕の腹をぶん殴っている。子供だから仕方ないと言う読者勘違いしてはいけない。彼はもう小学生6年生、来年には中学生だ。彼の将来を心配しながら起きると、彼は、全力の笑顔で言う。
「メシッ!」
窓の外を見るとすっかり日が暮れていた。どうやら、夕飯の時間になり呼びに来てくれたらしい。
「早く来いよ。」
そう言って走って部屋を出て行く。
この滞在中にあの口の悪さをどうにかできないかと思索しながら部屋を出て、階段を降りると凛がこっちを見て立っていた。
「寝てたの?」
「うん、あの後ちょっと横になったらぐっすりと。」
食堂に向かいながら2人で歩いていると後ろから甲高い声が聞こえた。
「ちょっと、今年もレンリンは見せつけてくれるねー。」
この、地元のおばさん感溢れるコメントをしたのは真希だった。
「ちょっとやめてよ真希ちゃん、どうしてそうなるの?こんな寝坊助と。」
凛が真希の方へ話に行ったので会話相手が居なくなった僕は1人で食堂に入った。
「寝てたのか?」
凛と同じ質問をして来たのは父だった。
「うん、少し。父さんは?」
「俺は鹿野家の人たちに少し挨拶してから、ロビーで竜太さん達と話してた。」
食堂を見ると女性陣が、セカセカと食事を運んでいる中、竜太さん、拓也さん、勝己さん、寛太さんが机の奥の方で話していた。何やら拓也さんがいつ結婚するのかと言う話らしい。内容が聞こえずとも拓也さんの怪訝そうな顔でわかる。
手前の方では勝己さんの息子の蒼介が1人でゲーム機と戯れていた。僕は父と分かれて蒼介の隣に座った。
「久しぶり。今年は全員集まれたね。」
「そうだね。」
僕の話題提供に完璧なスルーを見せ、ゲームに夢中になる。
「蒼介、折角蓮が話しかけて来てくれてるんだからもっと気の利いた返事しなさいよ。本当無愛想ね。」
後ろからきつめの言葉を掛けたのは勝己さんのところの長女佳奈だった。
「蓮、今年は守と部屋一緒だって?頑張ってね。」
唯一僕と同年代の男である蒼介が小さい頃から寡黙なので、僕はこの佳奈や、真希、凛と一緒に遊ぶのが毎年の慣しだった。
「なんでオレと同じ部屋だと頑張んないといけないの?」
食堂を走り回っていた坊主頭がこちらを睨んでいた。
「あんたが馬鹿だからよ。」
佳奈はそう言って蒼介の前に座った。その後、守が佳奈に文句を言いながら、僕の隣に座り、遅れて入ってきた真希と凛が僕と守の前に座った。食事の準備が済んだようだ。咲さんが令香を凛の隣に座らせ自分もその隣に座った。
「今年もうまそうだなー。」
老人特有の大きな声でじいちゃんと善治さんが入ってきて、食事が始まる。
「蓮彼女とかいんの?」
真希がサラダを頬張りながら聞いてきた。
「いないよ。紹介して欲しいくらい。」
「嘘でしょ。花の男子高校生だよ。普通に学校通ってたら1人や2人はいるでしょ。まさか本当に凛を狙ってるとか?」
その普通とはなんなのだろうか。いたらここには来ていない。今頃夜の暗い海を2人で眺めて愛を語っているだろう。
「花がつくのは男子高校生じゃなくて女子高生だろ?真希には彼氏がいるってこと?」
なかなかに良い切り返しができたという余裕は一瞬で崩れ去った。
「いるよ。」
蔑むような目でこちらを見る真希。どうやらこのことを自慢したいがために僕に話を振ったらしい。軽率過ぎる自分が嫌になった。
「え、真希ちゃん凄い。どんな彼氏?」
凛が食事の手を止め聞くと、したり顔で話し出そうとする真希を制して佳奈が説明した。
「同じ高校のバレー部だって。今年同じクラスになって、始業式の次の日に告白されたらしいよ。そんで、この真希はそれにホイホイついっていったって訳。」
「彼氏にフラれたばかりだからって僻みはやめてよお姉ちゃん。」
佳奈が冗談っぽく顔をムッとさせた。
「えー、佳奈、フラれたのー!」
到着当日に聞き飽きた大声で守が言うと周囲に笑いが起こった。
「うるさいチビ。」
佳奈は笑いながら守の頭を小突く真似をした。
「みんな、この後毎年恒例の花火があるけどやらない人いる?」
凛の母親である結菜さんがみんなに聞くと、蒼介が手を挙げた。
「僕はパスで」
それに釣られるように拓也が手を挙げて
「俺も今年パスかな。寛太さんと将棋を打つ約束をしているんだ。」
「と言うことで、僕もパスです。」
寛太が申し訳なさそうに手を挙げた。
その後、この後も酒を飲み続けたいという理由で、じいちゃん、父、善治さん、勝己さんが辞退し結局、女性陣と子供達で行われることになった。
食事後、全員で片付けを済ますとゾロゾロと広い裏庭にでた。各々数本ずつ手持ち花火を持つと、奥様方は固まってそこに令香と守が入りばあちゃんと幸子さんは真希佳奈姉妹と話していたので、また、凛と2人っきりになった。
「今年はなんか起こるかもね。」
凛が手に持っている花火を見ながら言った。
「何が?」
彼女の言う意味が分からなかった僕は適当に聞きかえした。
「何かが。」
彼女には何かが見えているらしい。
「彼女いないって本当?」
「残念ながら。」
彼女は微笑みながら僕の花火から火を奪っていった。その微笑みと行為が僕を馬鹿にしたものなのか、それとも他の何かなのか。また、僕は分からずじまいだった。その後の線香花火対決では安定の守がビリで結菜さんが1番最後まで閃光を散らしていた。その後は各自解散して風呂に入り部屋で守と戦隊アニメの話を少しして寝た。
「何か」とは何なのだろうか。そんなことは1mmも考えていなかった。