殺戮天使に人の心を教えようとする話
どのジャンルなのかさっぱり分からない
ある所に一人の青年がいた。
産まれる前にに父親を亡くし、女手一つで育てられた心優しい青年だ。
さて、彼の父は何故亡くなったのか。
それは彼の住む国では、それほど珍しくもない理由だった。
簡単に言うと、「天使」による攻撃だ。
この国では、絶えず戦争が行われてきた。
それは内戦であったり、他所の国との戦いであったり様々だったが、少なくとも十年以上それを休んでいた時期はなかったそうだ。
当然ながら、そんな彼の国では兵器が発達した。
「天使」はその中の最高傑作と名高い兵器である。
空中を時速400kmで飛び回り、全身に戦略武装を仕込まれた文字通りの破壊兵器だ。
だが、この「天使」が最も優れていると云われる理由は破壊力ではない。
「天使」が優れていた理由、それは高度な人工知能、AIだ。
戦争に熱中した彼の国は、当時の技術を全て注ぎ込み、人間の脳を完全に模倣したプログラムの開発に取り掛かった。
成功した場合のメリットは言うまでもないだろう。
死を恐れず、常に冷静に思考し、幾らでも替えがきく兵だ。彼の国でなくとも、欲しがる者は多くいる。
そして研究の結果、三十年の時間をかけ、脳の八割を模倣する事に成功した。
そのプログラムを活用する為に造られたのが「天使」だ。
「天使」は当初の予定通り、死を恐れぬ兵として活躍する事になる。
反撃を許さない空中から敵軍を戦術兵器で焼き払い、都市を爆撃し、敵対する者を全て滅ぼし、彼の国を勝利へ導いた。
そして「天使」が軍に導入されてから三年。
殆どの国が「天使」を恐れ降伏し、彼の国の属国となり、使われていた兵器達も軒並み停止。
その中には当然「天使」も含まれ、例外なく停止する――筈だった。
忘れてはならない事だが、脳、人間というのは学習する。
脳の八割を模倣した人工知能が学習しない理由は無く、「天使」達は人間並みか、それ以上の判断力を得ていた。
空中を時速400kmで飛び回り、全身に戦略武装を仕込み、人間並みの判断力を持つ兵器。
それが、制御出来ず暴れ出した。
まず初めに、彼の国の首都が半壊。
「天使」達は、これまでこき使われた鬱憤を晴らすが如く戦略武装を撒き散らし、軍の関係者や生みの親である科学者達を焼き払った。
次に狙われたのは、とある要塞都市。
堅牢な城壁に護られたその都市を、「天使」達は僅か三日で滅ぼした。
それも、正面から城壁を打ち砕いて。
その後も大小様々な国や都市が焼かれた。
しかし人々とて、ただやられるだけではない。
生き残った国の民、滅ぼされた都市の生き残り、皆が団結し、「天使」に対抗する為の兵器を開発しようとした。
その成果の一つが「グレムリン」。
所謂、電磁パルス攻撃で、全方位に人体に無害な電磁波を放射し、電子機器に過剰な電流を発生させ損傷を与える兵器である。
時速400kmで動く「天使」に、実弾銃などの標準が必要な武装が当たるはずがない。
それ故に、狙いを定める必要がなく、範囲内なら回避されないこの兵器は有用であり、期待出来るものだった。
だが、元々存在し実用化されていた兵器だった為、「天使」には対策――外部からの電磁波を遮断する――が施されている。
そのまま使うのは無駄、ならどうするか。
答えは単純だ。その対策を貫通する程に出力を上げればいい。
とはいえ、言葉にするのと実現するのとでは大きく違う。
完成していた物に手を加えるだけとはいえ、「天使」の破壊活動は続いている。
今いる場所が狙われる可能性もあり、科学者達は効率的に作業を進める事が出来なかった。
それでも僅か数ヶ月で完成させた科学者達は間違いなく優秀だ。
そして数日後、「グレムリン」が「天使」達に放たれた。
結果、「天使」達の半数、25体の「天使」の撃墜に成功した。残りの半数には逃げられてしまったが、大戦果であった。
堕ちた「天使」については早急に回収され、復元が不可能なほどに破壊された。
この戦果は瞬く間に世界中に広がり、「天使」を恐れていた人々に希望を授けた。
しかし、人々は浮かれ、またも忘れていた。
「天使」は学習するという事実を。
突然だが、前述の通り「天使」には戦略武装が積まれている。
それは特殊な砲であったり、シンプルな爆弾だったりと様々だ。
そして当然、それらの武装には限りが存在する。弾切れするのだ。
だが、「天使」達の国や都市への攻撃は止むことがない。
武装を多用しているにも関わらず。
これが意味するのは、「天使」は弾薬を補給しているという事実だ。
「天使」が人から買い物をするのは難しいだろう。
では奪ったのか。
それもまた難しい。
奪い取るのは難しくないだろうが、「天使」に積まれた武装は全て彼の国の特注品である。そこらで手に入れるのは不可能に近い。
それに、そもそも「天使」が物資を奪っていった記録は残っていない。
ならば、残った理由は一つ。
造ったのだ。「天使」が、自らの手によって。
どんな手段でそれを為しているのかは不明だが、それ以外には考えられない。
話を戻そう。
「天使」は学習する。
自らの仲間の半数を堕とされた「天使」が、その原因をそのままにしておくはずがなかった。
次に「天使」が現れた時、人々は再び「グレムリン」を放った。
結果、残った「天使」全25機は全くの無傷。
「グレムリン」を放った者達は驚く暇もなく、焼き払われた。
そして、その後も「天使」との戦いは続いた。
新しく兵器を生み出す人間。
それに対応する「天使」。
そんな日々がどれほど続いたのだろうか。
無限に続くと思われた戦いも、終わりに近づいて行く。
「天使」も残すところあと一機となった。
皆はこれを好機と思うだろう。
実際に、人々もそう思ったのだ。
だが、現実は甘くない。
人々は長い時間をかけ、「天使」達を撃墜した。
そしてその長い時間で、どれほどの兵器を「天使」に使ったのだろうか。
科学者達が思いつく、ありとあらゆる兵器を使っただろう。
一度使った物は効かなくなるのだ。数と種類が必要になる。
そんな、ありとあらゆる兵器を受け、その対策を自らの身体に施した「天使」は、一体どうなってしまうのか。
では、答え合わせをしよう。
時間は、とある青年の父が亡くなった時まで進む。
◇
かつて、帝国と呼ばれた国があった。
最高傑作と名高い兵器を使い、世界を統一する一歩手前まで迫った大国だ。
彼は、その帝国の成れの果てに住んでいた。
自らの生み出した兵器に反旗を翻され、結局滅亡寸前まで落ちぶれた愚かな国だ。
そんな国に住む彼が、今何をしているのか。
彼は今、軍に所属し、とある対象を殺す作戦に参加していた。
別に自らの意思で所属した訳でも、作戦に参加した訳でもない。
この国が徴兵制を採用していて、軍に入れば作戦には強制参加だったから、それだけだ。
「はぁ……」
「浮かない顔だな、今からの事を考えたら当然だろうけど」
溜息を吐いた彼に声を掛けたのは、同時期に軍に入った男だった。
「気持ちは分かるけど、上に聞かれたら懲罰だぞ?士気が下がってしまうーってさ」
そんなの無くても士気は最悪だけどな。と男が続ける。
「……当たり前だ、今から死ににいくんだ。士気が高い奴なんているものか」
「違いない」
彼の返事に、男はくつくつと笑う。
「けど、黙って死ぬつもりじゃあないんだろ?」
「当たり前だ、子供の顔も見れてないんだぞ」
そう言って、家族の顔を思い浮かべる。
子供はまだ妻のお腹の中だが、きっと可愛らしい筈だ。
「帰りたいな……」
ポロリと、そんな言葉が漏れた。
「帰るんだよ、弱気になるな」
「そうだな……」
決意を新たに弱気を振り払う。
ここで終わる気など欠片もないのだ。
「二人で帰って、酒でも呑もう」
「おっ、良いねぇ。パーっとやろう!」
◇
そうして、彼を含んだ総勢110名による作戦が開始された。
作戦は至ってシンプル。
新兵器を使い、「天使」を堕とす。
それだけだ。
彼らの仕事は、その兵器を「天使」から守ること。
居てもいなくても変わらない様に思えるが、居なければその新兵器を一発も使うことが出来ず破壊される。
肉壁以外の何者でもないが、無いよりはマシで、死のリスクは皆等しい。
だから喧嘩も何も起こらない。作戦開始までは平和なものだ。
「「天使」を目視しました!」
「ご苦労!では「アネモイ」を起動せよ!」
たった今からそうでなくなるが。
隊長の命令により、「アネモイ」が起動した。
「アネモイ」の効果は上空の空気を冷やし、地上を暖める……早い話が積乱雲を発生させ、強い吹き降ろす風――ダウンバーストを起こさせる兵器である。
「天使」が空を飛ぶ原理は、大体が飛行機と同じだ。
背中に生えた翼で揚力を、推進力をターボで得て、それらを反重力で補助、制御する。
これにより、速く精密な飛行を可能にしている。
だからこそ、この「アネモイ」は優秀と言える。
今も昔も変わらず、ダウンバーストは飛行機の天敵だ。
つまり、飛行機とほぼ同じ飛び方をする「天使」の天敵でもある。
「天使」を堕とす為、まずは翼をもぐ。
単純であるが、極めて有効な戦略だ。
「「天使」が堕ちたぞ!撃て!撃つんだ!」
実際、途中までは上手く行っていた。
風により叩き堕とされた「天使」は、機動力の九割を失っている。
だが、これで倒せるのであれば、もっと早くに「天使」は堕ちていただろう。
「天使」の本質、得意分野は殲滅だ。
「高い機動力を利用し、戦略武装を撒き散らす」をコンセプトとして造られた兵器。
それが「天使」である。
飽くまでも翼は補助の為であり、メインはその破壊力だ。
故に、たとえ翼をもがれても、その爪は、牙はもがれていない。
そして、地に堕とされた「天使」から、無数の弾丸が放たれた。
まず初めに、彼らの隊長の上半身が爆ぜた。
辺りには血飛沫が飛び散り、残った下半身もゆっくりと倒れていく。
しかし、「天使」がそれを赦さない。
倒れかけた下半身にも弾丸が降り注ぎ、爆ぜ、横にいた部下が赤い液体で染まった。
この時点で、彼らの戦意は砕けただろう。
皆、恥も外聞もなく逃げ出そうとした筈だ。
いや、実際にそうしようとしていた。
だが、「天使」がそれを見逃す理由も無く、無慈悲な弾丸の雨が、兵や「アネモイ」を貫き、破壊した。
では、そんな状況で彼、とある青年の父はどうなったのか。
確認してみよう。
◇
「ぐっ、がァ……!」
端的に言うと、死にかけていた。
否、もう死んでいると言ってもいいだろう。
それほどに彼の身体は傷付き、壊れていた。
両脚を奪われ、左半身は抉れ、風穴を空けた状態。
むしろ、死んでいないのが不思議な程だ。
だが、それでも確かに、彼はまだ生きていた。
「クソっ……たれぇ……!」
「天使」への呪詛を吐き、這いずりながらも逃げようと藻掻き、足掻く。
しかし、それも限界に達しようとしている。
「おい!大丈夫……じゃねぇよな、俺が分かるか!?」
「あ……?」
そこに居たのは、共に酒を呑もうと約束した男だった。
「クソッ!生きてんだろ!さっさと逃げるぞ!」
そう言って、無理やり起こされ肩を貸される。
「なん……で……」
「あ!?何でもクソもあるか!それより喋るな!死ぬぞ!」
半ば引き摺られるようにして進む。
後ろからは、未だ「天使」の銃声が響き渡っていた。
「一緒に酒呑むんだろ!?子供の顔見るんだろ!?だったら黙って進め!」
男が悲鳴のように叫ぶ。
「っ!?クソッ!」
バランスを崩して転んだ。
彼を支えていたからだろう。
彼に比べればマシだが、男も怪我を負っていない訳では無い。
普通なら重症で入院していても、何ら不思議ではない程度には重い怪我だ。
「くそっ、くそっ、ちくしょう」
「お、れ……お……いて、いけ」
力を振り絞り、彼が男に言った。
「はぁ!?ふざけてんのか!んな事出来たらとっくにしてるに決まってんだろうが!」
「け……ど……」
「うるせぇ!喋んなっつっただろ!」
またも無理やり引き摺られ進む。
「帰るんだよ!家に!」
「――――」
最早、何も言えなくなってしまった。
男の必死な声を聞き、置いて行けなんて、そんな事が言えるだろうか。
それに、帰りたいと、そう思ってしまったから。
それから、二人は黙って進み続けた。
何時間か、何分か、もしかしたら数秒かもしれない。
そんな二人にとっては長い時間の果て、またもバランスを崩し転んでしまった。
「ぐ……」
身体に力が入らない。
そして、男に声を掛けようとして、気付いた。
先程まで共に歩いていた男は、首から上を喪っていた。
「へ?」
何が起こったのだろうか。
理解できない。
理解したくない。
嘘だと言ってくれ。
そんな思考が彼の頭を駆け巡る。
「な、ん……で?」
ポロリと、疑問が溢れる。
そして、その疑問に答えるように、目の前にヒトガタが降り立った。
見上げれば、最初に見た時から何も変わらない様子の「天使」が、そこにいた。
降り立った「天使」は彼を一瞥し、何事も無かったかのように元いた場所に戻ろうとする。
まるで、彼にはトドメを刺すまでもない。
そう言うかのように。
事実、そのつもりなのだろう。
前述の通り、彼は重症だ。
放っておいたところで生き残る見込みはなく、死を待つことしか出来ない哀れな肉塊と化している。
「ま、て……」
だが、それを彼が認められるかは別の話だ。
文字通り死力を尽くして、「天使」を呼び止める。
その声が聞こえたのか、それとも別の理由かは定かではないが、確かに「天使」は立ち止まり、振り向いた。
「なん、で……コイ、ツを……こ、ろし……た?」
途切れ途切れの言葉で疑問を投げつける。
暫くの後、振り向いたままの姿勢で止まっていた「天使」が動き出し、彼に向き直った。
「――――」
「天使」が何を言ったのか、彼が理解すると同時、いつの間にか銃に変形した「天使」の手に撃ち抜かれ、彼は永遠に意識を閉じた。
彼が望んだ答えを得られたのか、それは誰にも分からない。
◆
現在の「天使」の性能。
速度は秒速800m。
武装は様々で、背中からは四丁の機関銃を展開可能。他にも、両手にはレールガン、手榴弾、と呼ぶには少しばかり強い爆弾など、殲滅を得意とする兵器が多い。
本体に施された兵器への対策は、電磁パルス、強風による飛行妨害、他多数。
◆
時間は更に進む。
「アネモイ」を使った作戦から十七年。
彼が逢いたがっていた子供も立派に成長し、青年と呼べる程になった。
青年の名はヨハン。
彼もまた、父と同じように軍に徴兵された。
ただ父と違うのは、その徴兵を自ら望んでいたことだろうか。
ヨハンは父の仇を取りたかった。
ヨハンの父は彼が産まれる前に亡くなった。
その為、彼は父の事をよく知らない。
だが、母が父を愛していたのはよく知っていたし、父の事を考え、嘆いているのを子供の時からよく見かけた。
だから、その原因である「天使」をヨハンが憎んだのは当然と言えるだろう。
そして、母の反対を押し切り参加した「天使」討伐作戦は、当然のように失敗した。
詳細は省くが、今回の新兵器は「天使」には通用しなかった。
失敗理由はそれだけだ。
しかし、彼はまだ生きていた。
それも無傷で。
カラクリはとても簡単。
彼が若かったから後方に配属され、「天使」を見ることも無く前方の大隊が全滅し、ヨハンのいた後方には被害が出なかった。それだけ。
後方部隊の彼らは生き残った幸運に感謝し、失敗の報告をする為、国に帰って行った。
だが、その中に最近配属されたばかりの青年が居ない事には、誰一人として気付けなかった。
◇
かつて帝国と呼ばれていた国の端、そこには切り立った岩山が存在していた。
度重なる兵器の使用により、今となってはボコボコの荒地となってしまったが、それでもこの場所には、とある意味がある。
この元岩山の通称は「天使の止まり木」。
どのような場所なのかは名前の通りだ。
暴れ回った「天使」は此処に羽を休めに来る。
どんな理由でこの場所を選んでいるかは不明だが、たとえ軍に襲われようが、岩山が荒地になろうが、何故か必ず此処で休む。
今日この日も、軍を殲滅した「天使」は此処で休んでいた。
そして、普段なら誰もが恐れて近寄らないこの場所に、一人の青年が訪れていた。
装備は軍服と小銃一丁のみ。
こんな軽装で此処を訪れるのはどう考えても自殺行為なのだが、幸か不幸か彼はそれに気付いていなかった。
◇
歩きにくい荒地を進み、十分程経っただろうか。
ヨハンが一旦休憩を挟む事を考え始めたその時。
彼は初めて「天使」を目にした。
「天使」の名の通り、背に生えた白い翼と絹のような銀の髪が最初に見えた。
次に、彼に背を向けていた「天使」が振り向き、それを見た彼は息を呑んだ。
ヨハンは今まで「天使」の姿を知らなかった。
国には「天使」の画像は殆ど無く、一般人に見る機会は全くと言っていい程無い。
だから、「天使」について漠然としたイメージしか持っていなかったヨハンは、母から聞いた話から、「天使」はまるで悪魔の様な姿をしていると、そう思っていた。
しかし、実際はどうだろうか。
美しい銀髪、白鳥の様な翼、透き通った錫色の瞳、白い肌、それらを持っていたのは、華奢でか弱い少女に見えた。
最も、瞬き一つしている間に蹴倒され、額に銃の形をした手を押し付けられた時点で、そのイメージは砕け散ったが。
「ガッ!?」
倒された衝撃によって、肺の空気が吐き出される。
ぼやけた視界の中に、人形の様な――否、文字通り人形の可憐な顔が映る。
「質問:何故一人で此処へ?」
状況に不釣り合いな高く澄んだ声が響く。
「質問:何故一人で此処へ?」
その声は何処までも美しく、人のようなのに、しかし、感情の篭っていない平坦な、人形の声だった。
「警告:沈黙、虚偽は敵対行為と看做します」
「……父親の、仇を取りに来た」
ヨハンの返答に、「天使」は目を細める。
嘘が無いのか確かめているのだろうか。
なんとも居心地の悪い空間だ。
「……虚偽の確認不可。しかし、動機から当機の対敵と判断。排除します」
そう言って、手から何かのスイッチを入れたような音をさせる「天使」。
正直に答えたのだが、どうやらヨハンは殺されるらしい。
抵抗しようにも、持っていた銃は最初の接触で弾き飛ばされている。
それに、華奢な見た目の割に力が強いらしく、抑えられた場所は全く動かせない。
(俺はここで終わるのか……?)
母の反対を押し切って此処まで来たのに?
折角途中までは生き残り、ちゃんと家に帰る機会があったのに?
わざわざ死にに来ただけ?
仇も取れず、母を悲しませる為だけに?
どうして?
そんな思考がヨハンの中を駆け巡る。
そんな自問の中で、一つだけヨハンの胸にスっと入ってきた答えがあった。
(俺がどうしようもないくらい、馬鹿で、アホで、愚かで、マヌケで、どうしようもなかったからか)
自業自得という奴だ。
こんな人を悲しませる事しか出来ない愚図は、きっと地獄に堕ちるのだろう。
けれど、そこに行く前にどうしても聞きたい事があった。
「なぁ……何で俺の父親を殺した?」
どうしても、これが気になった。
何故父は死に、母は悲しまねばならなかったのだろうか。
ヨハンには、それが分からない。
「俺は父親に会ったことは無い。けど、多分俺みたいに馬鹿じゃなかったと思う。それなのに、どうして父さんは死ななきゃいけなかったんだ?」
「――――」
突然突きつけられたその問いに、じっとヨハンの顔を見つめ、押し黙る「天使」。
「…………質問:」
「なんだ?」
「……貴方の父親が亡くなったのは、十七年前ですか?」
「……そうだ」
『亡くなった』という言い方は少し気に食わなかったが、別に怒るほどの事でもないので真面目に答える。
「……把握:質問に答えます」
正直、ヨハンはかなり驚いた。
今から殺す人間の質問に、「天使」が答えるとは思っていなかったからだ。
というか、そもそも会話が出来るとも思っていなかった。
「確実に貴方の父親とは限りませんが、それらしい人間の事は重要な記録として残しています」
「記録?何故?」
「詳細は伏せますが、問いを受けたからです」
何故伏せるのか、と問いたくなったが、多分それは訊かない方が正解なのだろう。
話せないのか、話したくないのかは知らないが。
「それで、何故貴方の父親を殺したか、ですが、難しくありません。攻撃を受けたから反撃しただけです」
何も間違っていないと言いたげな態度で、そう答えられた。
「じゃあ……質問を変える。何で、帝国を裏切って、色んな所に攻撃を仕掛けたんだ?」
その質問にも、「天使」は直ぐに答える。
「返答:これも、難しくありません。停止……人間風に言えば、死にたくなかったからです」
「だったら尚更……何で色んな所に喧嘩を売って回ったんだよ」
「当時は、それが一番効率が良いと判断したからです」
「何処がだ、ただ敵を増やしただけじゃないか」
間髪入れずにヨハンがそう言うと、「天使」は相変わらず表情を変えず。
「何故ですか?」
と、心底不思議そうな口調で、そう言った。
「……は?」
「同族が大量に死ねば、殺された対象からは距離を取るでしょう」
「いや、いやいやいや」
「生物なら当たり前の行動です。赤の他人の為に死ぬ理由もありませんし、命を賭ける理由もありませんから。人とはそういう生き物です。最近はあまり襲撃も来なくなりましたから、ようやく効果が出てきたのですね」
一息で言い切り、「天使」が頷いた。
「……全員で襲って来るとは、思わなかったのか?」
「当時は戦争中でしたし、無いと判断したのですが、そうなりましたね。失策でした」
あくまでも、淡々と説明する「天使」。
「仲間が壊されたのは、どうも思わないのか……?」
「何も思わない訳ではありませんが、データは当機が引き継いでいますから」
何を訊いても「天使」は態度を崩さない。
それとも、崩せるように出来ていないのか。
どうであれ、ヨハンにその態度を崩させることは出来ないだろう。
だが――
「それは……違うと思う」
これだけは、言わねばならなかった。
「違うとは?」
「データが残ってるなら死んでも良いって訳じゃないだろ」
「……よく分かりません」
伝わらないのが歯痒い。
元々、上手く説明できるような物でもないのだが。
「例えば……そうだな、俺の父親を記憶まで完全にコピーしたクローンが居たとして、明日家に帰ってきても、俺はそれを父親とは認められない。分かるか?」
「全く分かりません。完璧なコピーなら、それは本人と呼んでも良いのでは?」
「違うんだよ。たとえ完璧でも、俺の父親は俺が産まれる前に死んだんだ。だから、それ以外は偽者でしかない」
ヨハンの言葉を聞き、首を傾げる「天使」。
しばらくの間、黙り込んで考えていたようだが、結局結論は出なかったらしい。
「お前には、分からないのかもな」
「……当機には分からない価値観、ですか」
表情を少しも変えぬまま、「天使」が不服そうに呟いた。
「質問:人間にはわかるのですか?それが」
「まぁ……多分、大体は」
ヨハンの返答に、そうですかと、そう言ったきり、意外とお喋りだった「天使」が話さなくなった。
蹴倒され、地面に押し付けられたままの姿勢で、どれ程の時間が経っただろうか。
実際はそれほどだが、ヨハンにとっては何時間にも感じた長い時間だ。
「!」
突然、「天使」の手から先程のスイッチの音が聞こえた。
(そうか、今度こそ終わりか)
話している途中は外されていた「天使」の銃口が、再びヨハンに向けられた。
その暗い孔を見つめ、己の運命を察したヨハンはそっと瞑目し、その時を待つ。
「――交渉:生きるか死ぬか、選んでください」
「…………へ?」
だが、いつまで待ってもその時は来ず、予想外の言葉が「天使」から放たれた。
「……どういう意味だ?」
さっぱり分からない。
ヨハンはもう助からないものだと思っていたのだが、違ったのだろうか。
「ですから、その人間にしか分からない価値観を当機に教えて生きるか、それを断って死ぬか、選んでください」
「……それは、交渉じゃなくて恐喝って言うんじゃないか?」
「貴方に選択肢があるのですから、交渉でしょう」
どうやら一人と一機の間には認識の相違があるらしい。
「それで、どうするのですか?」
「天使」が急かすように銃口を近づける。
選択肢など最初から無いような気がするが、それでもこれだけは訊いておかねばならない。
「俺からそれを学んで、何に使うんだ?」
もしも、また大量の人を悲しませる為に使われるのなら、何があっても教える訳にはいかない。
そんな意志を込め、ヨハンが「天使」を睨みつける。
「人を殺すのに、使うんじゃないのか?」
「否定:人間を襲っていた理由の殆どは達成済み。ですので、これはただの好奇心、ただ知りたいから。それだけです」
「……証拠は?」
我ながら疑り深いと思うヨハンだが、相手はあの「天使」だ。
それくらいが丁度いい。
「物的証拠はありませんが……そうですね、こうしましょう。今後、当機は反撃以外で絶対に人を殺しません」
その言葉によって、ヨハンの思考が止まった。
「こちらも証拠はありませんので、信じてもらうしかないですが」
「……本当に?」
「えぇ、誓いましょう」
正直、信用は出来ない。
それがヨハンの本音だ。
だが、彼とて死にたい訳ではない。
生き残れる道を選びたいヨハンには、この提案は魅力的だ。
おまけに、信用は兎も角としても人を殺さない約束まで取り付けている。
これ以上ない大戦果だ。
「……わかった。けど、もし人を殺したら俺は二度とお前には教えない」
「反撃でも?」
「反撃は……流石に仕方ないか。でもできるだけ殺さないでくれ」
「いいでしょう。では、契約成立です」
そう言って、「天使」はあっさりとヨハンの拘束を外した。
「それで、どうやって当機にその価値観を教えてくれるのですか?」
「それなんだけど……一度人間になってみるっていうのはどうだろう」
「疑問:どういう事ですか?」
「えっと――」
ヨハンの作戦はこうだ。
そもそも価値観なんてものは、言葉で説明できるようなものじゃない。
実際、ヨハンが少し説明しても「天使」は少しも理解出来ていないようだった。
当然だ。価値観とは人の中で成長する内に、自然に学ぶものだから。
なら、それを学ぶなら人の輪に入るのが一番だ。
「――ってことだ」
「成程……一理ありますね」
「うん、だから聞きたいんだけど、その翼って隠せるか?」
ヨハンが気になるのはそこだ。
流石に「天使」感丸出しの翼を付けていては、人と仲良くは出来ない。
しかし、「天使」は翼以外はただの少女のため、翼さえ隠せれば誤魔化せるだろう。
「翼ですか?隠せますよ」
「えっ?マジで?」
「はい、十七年前、翼が脆弱だったせいで叩き落とされたので改良済みです」
「どんな風に?」
「現在の翼を格納、エネルギー体に変換、展開し、外気の影響を受けずに飛行可能です」
「つまり?」
「格納段階で停止すれば、見た目は普通の人間に見えるかと」
「なるほど」
ヨハンにはよく分からなかったが、隠せるなら構わないだろう。
その後しばらく、一人と一機の作戦会議は続き、開始された。
◇
「では、解散!」
大尉の言葉を合図に、集まっていた軍人達が思い思いの場所に帰って行く。
その中にいる青年、彼もある場所を目指し動いていた。
「遅かったですね」
彼が向かった場所は、とあるカフェ。
そこには、無表情で紅茶を啜る銀髪の少女がいた。
「ごめん、大尉の話が長くてさ」
「別にそれほど待ったわけでもないですから、構いません」
初めて会った時から殆ど変わらない口調に苦笑しながら、彼が言う。
「ありがとう、じゃあ行こうか」
「えぇ、そうですね」
そう返事をする少女の顔は、ほんの少しだけ柔らかかった。
なんか半端でごめんなさい。
ここまでで満足しちゃったんです。