game8 朝の図書館
昨日は思いのほかぐっすり寝られた俺って……。こういう日に限っていつもの学校までの道のりがスムーズだ。家を出て5分としないうちに悠飛と合流する。
「……はよ」
「お、おはよ!」
俺が動揺する様を怪訝そうな顔で見つめる悠飛をよそに自転車をこぐスピードを少し上げる。悠飛は朝が弱く先ほどの疑問も眠気にまぎれたようで、今日の物理の授業の宿題について話題がシフトする。
学校へ到着するころには悠飛も通常運転に切り替わる。すると校門のところにいる人影に悠飛が反応した。
「月南!」
悠飛は月南のそばへ行くと自転車を降り隣にたった。こうしてみると美男美女の文句なしカップルにしか見えない。俺は少し遅れて二人の横を自転車に乗ったまま通り過ぎようとした。
「永井君! おはよ!」
悠飛の背中からひょこっと顔を出して俺に声をかける。悠飛もこちらを見やるとまたもや怪訝そうな顔つきになる。
「果苗? もう行くのか?」
「ごめん、朝、委員会の仕事があったの忘れてて、もう行かないと」
「おう、じゃまたあとでな」
悠飛の「あとでな」はきっと根掘り葉掘り聞かれるやつだと俺は確信した。自転車を所定の場所にとめるとそそくさと図書館へと足を運んだ。
朝の図書室はしんと静まり返り窓からは朝日が差し込んでいた。カウンターに入り荷物を下ろすと、日誌を開く。当番表には「小湊ましろ」と書かれていた。今日は確か1年が当番の日だったな・・・。しかし、あたりを見回すがまだ誰の姿もなかった。俺は椅子に深く腰掛けると「ふう」と息を吐き目を閉じた。
今、頭の中を占領しているのはさっき何事もなかったように挨拶をしてきた彼女のことのみ。
あの反応は一体・・・。何事もなかったかのような振る舞いに、俺は少なからず混乱していた。海外生活を経験していることも踏まえると、まぁ挨拶程度のことくらいに思っているのか? いや、明らかに挨拶というシチュエーションではなかったはず。 ・・・何事も、なかった・・・? もしかして、月南は昨日のことをなかったことにしようとしているのか!?
「・・・い先輩! 永井先輩!」
パッと目を開けると、目の前にどこぞのアイドルグループにでも所属していそうな黒髪・長髪の可愛らしい女子の顔があった。その距離15cm。俺は慌てて後ずさると勢い余り椅子から落ちてしりもちをついていた。
「ってて!」
「大丈夫ですか!?」
そう言って俺の前に彼女がしゃがみ込み手を差し伸べる。いや、だからその距離感! そしてその体勢はまずいっしょ! 否応なしに制服からのぞく素肌に目を取られるが、なけなしの理性をフル稼働して彼女の顔へと視線を戻す。
「だ、大丈夫。ごめん」
そう言って彼女の行為は受け取らず自力で立ち上がると椅子をもとの位置へと戻した。彼女は立ち上がると制服の裾を直す。隣に立つと186cmの俺の胸くらいしかない小柄な身長に少し罪悪感を覚えた。
「永井先輩、今日は当番じゃないですよね?」
「え? あぁ、うん」
「・・・本好きなんですか?」
そういって窓を開けると、彼女の髪が風になびく。きれいな細い指や、つやつやと光を反射する髪、彼女の所作ひとつひとつに目を奪われた。
「い、いや。本はそこまで・・・。でも、図書室の雰囲気は好きかな」
「そっか、だから、図書委員なんですね」
彼女は納得したかのようにうなづくと次の窓へ移動する。
「お、俺も手伝うよ」
「ありがとうございます。さすが時期キャプテン候補ですね」
何の話か呑み込めずにいると
「バスケ部来年度で廃部? なんですよね? 私最後まで応援してますから、頑張ってください!」
廃部のことは学校中の話題になっているから気にして声をかけてくれたのか。
「小湊さん? は何部?」
「私は帰宅部です。だから打ち込めるものがある先輩がうらやましいです」
そのあとも彼女とたわいのない話をしながら図書の仕事を協力してこなしていくと、時間はあっという間に過ぎていった。予鈴がなり彼女はお礼を言って教室へ戻っていった。俺も荷物を担ぐと図書室を後にした。