game7 港町
俺は自宅の浴槽で、今しがた起きた出来事を何度も反芻している。
部活の帰り道、月南と話をしていた。なんだか昔のことを思い出し感情が高ぶってしまった俺は、あろうことか彼女を抱きしめていた。あの頃は月南の方が少し背も高く、一緒にバスケをしている仲間程度で異性という感覚は持ち合わせていなかったのだ。
しかし、先ほどまで俺の腕の中にいたのは間違いなく「女子」で、胸のあたりで身じろぎし俺の名前を呼んだのは高校2年生の「鴻上月南」だった。
やばい絶対ひかれた! 名前を呼ばれた俺は我に返り彼女を開放する。少しうつむき恥ずかしそうにしている彼女を目の前にしてことの重大さにようやく気付く。周りを確認するとすでに月南の自宅付近だった。閑静な住宅街ということもあり、辺りには人の通りはなく夜風が俺のほほをかすめた。
「まじでごめん!」
そういうと踵を返し海岸へと続く一本道を自転車で駆け降りる。心臓は今にも口から飛び出るんじゃないかと思うほどに早鐘を打つ。どんどん上がるスピードに息が苦しくなった。眼下には灯台の光が遠くを航行する漁船を照らすのが見える。いつも見ている光景なのに、今はなぜか光を反射する波が一層きらきらと輝いて見えた。
「何やってんだよ、俺!」
堤防に腰掛け灯台が照らす景色を、心臓が落ち着くまで眺めた。こうゆうとき波の音は一定のリズムを刻み、俺の心を静めてくれるのだ。15年間そうやってこの町で暮らしてきた。なのにどうして、今俺の心臓は静まるどころか先ほどの出来事を思い出しては心臓をあおる。
俺は後ろ髪をひかれつつも、自宅へと引き返した。
「ぶくぶくぶくぶく……」
「兄ちゃーん! 風呂まだー!?」
無造作に開かれた扉から、今年中学生になった弟の遥夏が顔をのぞかせた。
「……兄ちゃん、鼻血出てる」
「うお! まじか!!」
慌てて鼻を抑えたがすでに湯舟は真っ赤に染まっていた。その光景を見た遥夏はジトーとした視線を向けると浴室を後にした。
「母さーん! 兄ちゃんが鼻血出して風呂でやらしいことしてる!!」
「おい、違うって! マジでやめろ!!」
相変わらず騒がしいわね。と母親に笑われいたたまれない俺は自室のベットで横になる。先ほどから早鐘を打ち続けた俺の心臓もようやく平常運転に戻っていた。ぼーっと天井を見つめながら、明日のことを考えた。
「まじで顔合わせずら……」
今日は部活もハードだったし、無駄に遠回りしたし、なんたって月南とあんなこと……心身ともに疲れはピークに達していた。外では電車の走行音と潮の香りがかすかに漂っている。いつもの日常を全身で感じるとともに、いつの間にか意識が遠くなっていった。