game.4 玉子焼きと全国
カチカチカチカチカチカチカチカチ……!!
「ちょっと! 授業中に気が散るんだけど!」
小声で猛抗議しているのは隣の席の北浦わかばだ。教科書を盾にして俺を睨んでいる。気づくと俺はボールペンをひたすらノックしていた。
「わ、悪りぃ」
謝ると北浦が心配そうに俺を見る。
「……何かあったの?」
どこから話していいのか、自分は今何を悩んでいるのか説明するのも面倒でまたまた曖昧な返事でその場をやり過ごす。
話なら聞くくらいできるから。と言うと北浦は授業に意識を戻した。俺はその後も集中できず授業とゆう特殊な空気の中を漂い続けた。
チャイムが昼の時間を告げると、俺は教室を後にする。各々教室で弁当を開く者もあれば、うちの高校は購買や学食も充実しておりテラスで昼食を済ます者も多かった。ま、悩んだときの定番と言えば……
ガチャと少し錆びたノブを回すと春の風に乗って桜の花びらが舞い込んできた。暗がりから急に明るいところに出たこともあり目が眩んだ。
「永井くん?」
光の中のシルエットが俺の名前を呼んだ。姿形では識別出来なかったが、この声は紛れもなく月南だった。
「……月南?」
少しずつ視界も戻り月南がはっきりと俺の視界に入った。
「珍しいね。屋上なんて」
「あぁ、今日はちょっと悩み事。高いところから色々見たら俺の悩みも『ちっぽけ』で片付くかと思って」
ガシャ。フェンスに寄りかかると広い空と眼下に広がる住宅地、その先に見える大海原をボーっと眺めた。昔から変わらない水瀬の町だった。
「もしかして、廃部の件?」
いや、と言いかけたが本当のことを月南には話せないことが頭をよぎり話を合わせた。
「うん、まぁそんなとこ」
「何かビックリなんだけど、水瀬のバスケ部って言ったらひと昔前まで全国常連だったって聞いたよ」
『聞いたよ』の件から、何となく夏目が思い浮かび頭の中から妄想を追い出す。
「まぁ、今は郡ベスト4がいいとこだし。少子化で学校自体合併になるって話も出てたくらいだから、部活の一つや二つ無くなるのは至極当たり前な気はするけど……」
フェンスに背を向け座り込むと、さっき購買で購入したフルーツオレを開ける。
「まさか! 永井くんお昼それだけ!?」
「いや、その何か考え事してて昼買うの忘れてた」
月南は自分の小さなお弁当を広げると、卵焼きを箸でつかみ俺に向けた。
「ほら、ダメだよ! スポーツしてるんだからちゃんと栄養バランス考えなきゃ」
まさかとは思うがこれは、この箸から卵焼きを食えとゆう事なのか!? じっと箸の先の卵焼きを見つめる。
「もしかして卵焼きは自分の家のしか食べない派だった?」
何なんだその流派は!? そんなわけあるか! この状況、付き合ってもいない男女がさすがに『あーん』はないだろ!? 月南は俺の様子を伺うと、そっかと何か閃いたように卵焼きを戻すとアスパラの肉巻きをつかんだ。
いや、そうゆう事では……!! でもこれ以上月南に恥をかかせるわけにはいかない。覚悟を決めると俺は月南の箸からアスパラの肉巻きを食べた。美味しいか聞かれたがそれどころではなく、うなづくしかできなかった。
「ご馳走さま。あとで購買でパンかなんか買って食うわ!」
「悩み事あってもちゃんと食べなきゃダメだよ! そんなんじゃ全国なんて狙えないからね!」
俺たちの代が卒業とともに廃部になるバスケ部は3年生6人、2年生7人、兼部する条件の下1年生が3人、計16人のチームだ。そして廃部を宣告された2年の春休みにチームで全国大会出場を目標に掲げたのだった。
実際、この前の練習試合も郡内のチームに僅差ではあるが負けてしまった。このままいけば全国なんて狙えない。そんな大切な試合に俺は私情を挟んでしまったのだ。
月南に礼を言って屋上を後にする。こんな中途半端な気持ちじゃダメだ。と自分を鼓舞すると月南のことは考えないようにした。