game10 昔話
ゴォン、ゴォン、ゴォン…
22時を少し回った頃、俺は何故だか月南と一緒に近所のコインランドリーにいた。
室内はローカル局のラジオDJが最近のマイブームを語っていた。
「なんかごめん、つき合わせちゃって」
離れた椅子から月南が申し訳なさそうに話す。
「いや、俺も用があったし…あと10分くらいだろ?」
俺は月南をちらりと見るとガラスの外に視線を戻す。外は先程までの通り雨のせいで草木がみずみずしく、月明かりに照らされていた。
ふとガラスに映った自分を見ると上下グレーのスエットにサンダル、髪はボサボサで一段と冴えない。手櫛で整えようとするも一度ついた寝癖はそうやすやすと直ってはくれなかった。
母親に頼まれコインランドリーに洗濯物を取りにくると、たまたま同じ状況だった月南がいた。
「ありがとう。相変わらず優しいね」
「…いや、そんなこと…」
「ふふふ、昔は満面の笑みで応えてくれたんだけどな!」
昔って! 小学生のときのことだろ! と心の中でつっこむ。
「…そうだっけ?」
「そうなの」
と言う声と同時に月南の足音が近づいて来た。
「こんな風にさ」
俺の隣に丸椅子を置くとそこに座り足をバタバタさせる。
「よく、港の堤防でさ、暗くなるまでバスケの話とかしたでしょ? あの頃は永井くんも無邪気な少年だったってこと…今は…」
不意に俺の方を覗き込む。その表情は笑顔なのにどこか寂しげでもあった。ドキッとして身体をのけぞる。
「…はぁ、どこかよそよそしい!」
と心底残念そうな声を出す。少年の心もまだまだ持ち合わせているが、俺は高校2年生の健全な男子なんだ! 気になる可愛い女子がいて意識しないわけないだろー!! と思っていても口に出せない。
「その点、夏目くんは逆にオープンな感じになってて少し驚いた」
確かに月南がいたときはまだメガネかけた、絵に描いたような真面目な感じだったな。中学で少し? 荒れてそれ以来、見た目も雰囲気もガラリと変わった。学校では俺と一緒にいたし、バスケもしてたけど、あの頃は寝る暇もなく遊び呆けてたって周りの奴らから聞いた。
「きっと私がいなかった間に色々あったんだよね。一緒にいられなかったのがすごく残念。…で、永井くんは?」
「俺? 俺のことなんて聞いても楽しくないって」
「いいでしょ、学校のこととか部活のこととか、彼女のこととか…」
学校? 部活? 彼女? 俺の記憶をたどっても大して大きなイベントもなく普通のスクールライフしか送ってない。一度告白されてなんとなく付き合った子がいたけど、結局俺が部活ばっかで自然消滅。いつの間にか向こうに彼氏が出来ていたとゆう黒歴史ならあるが…
「普通に学校行って、毎日部活やって、たまに彼女と会ってって感じの中学時代かな」
彼女の部分だけ少し脚色しているが、まぁあながち間違いではないだろう。
「へー、永井くんもちゃんと男子してたんだ。バスケばっかだと思ってた! どんな彼女だった?」
バスケばっか…で自然消滅だったということは伏せておこう。彼女…確か、黒髪で目がぱっちりしていて…
「…小湊ましろ…」
ん? いや、昔の彼女を思い出していたのに何故彼女が頭をよぎったのか…確かに面影は似ていて、でも元カノの名前は『ゆうあ』だったような…3年前の一週間程度の記憶ってこんなもんか? ぐるぐると考えを巡らせる。
「小湊ましろさん? 元カノの名前?」
「あ、いや、元カノじゃなくて、今図書委員で一緒の…」
「…そっか、ずっと付き合ってる彼女がいるんだ。永井くんらしいね」
まずい、何か誤解された? なんて言えば伝わる? 否定しようとした瞬間『ピーピーピー』と乾燥の終わるアラームが鳴った。
月南は乾燥の終わった衣類をカゴに入れると『じゃあ、また明日』と言ってコインランドリーから出ようとした。
「月南!」
俺はさっきの話の誤解を解こうと月南を呼び止めた。月南は足を止めたが振り向かずに答えた。
「この前みたいなこと、彼女がいるのに軽々しくしない方がいいよ。彼女だっていい気はしないし、私は少年永井くんを知ってるから大丈夫だけど、勘違いしちゃう女の子だっているんだからね」
月南はそう言うと俺の声も聞かずコインランドリーを後にした。俺は呆然と立ち尽くししばらくの間、何も考えられなかった。