#003.夕食とスキル変化
「ところで翔、スキル変化とはどのようなものなんだ?」
話が落ち着いたところで、聖陽さんがそう聞いてきた。
「それは、俺も良く知らないんですが、今夜の12時に変わるってさっきリーファ様が言ってたので、その時になればわかるんじゃないか、と思います。」
「そうか。では、ついでにもう1つ聞こう。何か食べられないものはあるか?」
「イナゴです。」
俺は正直に言っただけなのだが、聖陽さんは目を丸くしていた。
「……もう1度言ってくれ。」
「イナゴです。」
「……聞き間違いか?」
「イナゴです。」
「……イナゴが食べられない、その認識でいいんだな?」
「はい。昔祖母がよく佃煮を作っていたんですが、ビジュアル的にどうしても食べられなくて。その形そのものだと、ああ、命を奪ってしまったんだな、って感じが強くなってしまって。」
「ふむ、そっちでか。てっきり外見が気持ち悪いから、などなのかと思ったが。」
「別に外見は気にしませんよ。そのものズバリの形じゃなければ食べますし。ところで、何で食べられないものを?」
「ああ、夕食時だからな。何か作ろうと思ったのだが、翔が食べられないものを入れる訳にはいかないと思ったんだ。まあ、杞憂だったようだが。そもそもこの世界にイナゴはいないしな。」
聖陽さんは苦笑い。
「夕食まで頂いていいんですか?」
「何も食べなければ人間は10日で餓死する。朝昼夜の三食、場合によっては夜食もサービスだ。それに、私は……」
「お節介、なんですよね。じゃあお言葉に甘えさせて頂きます。」
俺はこの世界初めての出会いが聖陽さんだったことにつくづく感謝するのだった。
「口に合うか分からないが、これでいいか?」
「十分です。異世界初日は草でも食べることを覚悟していたので。」
聖陽さんが作った夕食は、白米と味噌汁、それに焼き魚とほうれん草の煮浸し、そして大根の漬物だった。典型的な一汁三菜の日本食、異世界で世界無形文化遺産に巡り合えるとは思っていなかったので、これには感動する。
「この世界にも稲ってあったんですね。」
「ああ、それは私も驚いたよ。稲も麦も稗も粟も穀類は地球と大差ないんだ。五穀米が最近はブームになっている。」
アジのような魚の小骨を抜きながら聖陽さんは答える。
「ところで翔、君は警戒心が薄くないか? 私が言うのもなんだが、もう少し警戒すべきだろう。他人を信用しすぎると危険だぞ。」
「そう自分から言う人は警戒すべき人じゃないです。仮に警戒すべき人だったとしても、俺は聖陽さんに殺されたところで文句は言いません。それに、あのリーファ様の親友から転生させて貰った聖陽さんなら信用できます。」
平然と俺が言うと、聖陽さんは溜息を吐いた。
「信用されているなら別に構わない。もとより毒を盛る気も寝ている所を刺すつもりも更々ないしな。だが、冒険者になるんだったら少しは人を疑うということも覚えるんだぞ?」
「お父さんみたいなことを言いますね。俺と歳2つくらいしか離れてなさそうですけど。因みに俺は20歳です。」
「私は2年前に転生し、その時に2歳若返って20歳になった。ということで、今は22歳だ。」
「やっぱり俺の2歳上じゃないですか。年齢的に父親っていうより兄ですね。」
「兄だと思って貰っても構わないが。」
「それは遠慮しておきます。」
俺たちは談笑しながら夕食を食べ進めた。
「ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末様でした。じゃあ、私は皿洗いをするから翔はゆっくりしていてくれ。」
「え? 俺も手伝いますよ。これでも高校生のとき3年間中華料理屋で皿洗いのバイトしてましたから、洗うのには自信があるんです。」
「それでも客に手伝わせる訳にはいかない。それに、皿洗いの腕なら私だって相当なものだ。」
それだけ言うと聖陽さんはさっさと皿洗いを始めた。かなり手際が良く、5分もかけずに全部洗い、拭き終え、食器棚にしまう。
「早いですね。」
「2年もやっていれば自然とこうなるものだよ。それより翔、君の守護神のリーファ様が言っていた『本』というのは何なんだ?」
「ああ、これです。」
俺がそう言って本を取り出した時、急に俺の横に光の粒子が出現し、そこにリーファ様が出現した。まだ幼女状態だ。
「あれ? リーファ様、俺は呼んでないですよ?」
『あ、勝手に来ました。守護神デリバリーサービスです♪ お仕事の一環ですよ。』
「でも、もう夜ですよ。9時5時じゃないんですか?」
『残業代が欲しいから残業してました。』
「カラオケに行く約束はどうしたんですか?」
『イフィクスも残業してますから心配しないでいいですよ。』
「そうですか……まあ、それは兎も角、何でこのタイミングで来たんですか?」
『その本について注意をしに来ました。』
「これですか?」
『……というのは建前で、実際は暇だったからですけど、本に対する注意をし忘れていたのは事実です。』
……何か調子が狂うな。リーファ様との会話で主導権は握れないっぽい。
「本の注意っていうのは何ですか?」
『その本、清森さん以外が触ることはできません。私が来なかったら清森さん、きっと寺尾さんに持たせてましたよね?』
「そうですけど……」
『その本には私の神力が籠もっています。ですから、それを触れるのは私が守護をしていて、私の加護を受けている清森さんだけなんです。寺尾さんの守護神はイフィクスですので、これを触ったら相反する神の力を受けたことになり、呪いを受けます。』
「それはどんな?」
『私は係長なので、そんなに重いのじゃないですよ。嘔吐を繰り返し、段々衰弱し、3日後には必ず死に至るという程度の軽い呪いです。』
「死ぬんじゃ軽いって言えないような気がしますが……」
『神を謀ろうとしたということになりますので、命を失うのは決定事項ですよ。まあ、寺尾さんはまた別の世界に転生ってことになりますけど。兎に角、その本を触れるのは清森さんだけです。だから、いざってときにはその本を投げて相手にぶつければ神の呪いの力で倒せます。でも、大量虐殺とかしちゃダメですよ? 生命管理課のお仕事が大変になっちゃいますから。』
ニコニコ笑って言う幼女リーファ様。謀るだの大虐殺だの言っているもんだから、顔とのギャップが半端ない。
「大丈夫ですよ。俺はそんなことしません。」
『でしょうね。典型的な『善い人』の清森さんはそんなことしないって分かってますよ。言ってみただけです。まあ、兎に角、仲良くなった人にも触らせちゃダメです。』
リーファ様は厳かな調子でそう告げた。すると、その時、本がパアアアッと光を放ち、俺の脳内にはリーファ様に似た、しかしどこか機械的な声が聞こえてきた。
【スキルチェンジ! 【守護神召喚】は【スキル変化】効果により、【常識理解】へと変化しました。】
「常識理解?」
『ああ、スキル変化ですね。』
「まだ12時じゃないですよね?」
『時を早めました。もう12時ですよ。』
そう言われて時計を見ると、確かに夜12時になっていた。本を開けると、所持可能スキル一覧はこうなっていた。
所持可能スキル一覧
【スキル変化】毎日スキルが変化するスキル
【守護神召喚】守護神である女神リーファを召喚できるスキル
【常識理解】ソードマジックの一般常識が全て理解できるスキル(NEW!)
『これからも変化する時はそんな感じです。』
「そうなんですか。」
『そうです。では、これにサインをお願いします。』
リーファ様は一枚の紙を差し出してきた。
「サインですか?」
『はい。清森翔って書いてください。出張証明書です。』
「これに俺がサインしないと残業の出張代が出ないんですね?」
『察しが良いですね、清森さん。その通りです。』
ニコニコ笑顔のままリーファ様は俺にボールペンを渡してきた。俺はサラサラとサインをする。リーファ様はそれを確認すると、紙を丸め、
『ではまた来ます。いつでも呼んでくださいね、清森さん♪』
と言うと天界へと帰って行った。
「聖陽さん、間一髪でしたね。」
「ああ、そうだな。リーファ様がいなかったら今頃私はまた転生していたのだな……まあ、助かったのだから良しとしよう。それより、もう夜中になってしまった。布団を敷くから、もう寝よう。」
「そうですね。何から何までありがとうございます。」
「なに、私がやりたくてしていることだ。礼はいらないよ。」
聖陽さんは布団を敷いてくれた。
「じゃあ、お休み、翔。ゆっくり休んでくれ。」
「はい、おやすみなさい、聖陽さん。」
聖陽さんが部屋から出ていったのを確認すると、俺は布団に入った。思った以上に疲れていたらしく、俺はすぐに眠りに就く。こうして、俺の異世界初日は終わるのだった。
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