少年と世界
バッドエンドっぽい
聖女が悪魔に挑んでから長い年月の過ぎたある日。
湖に、ある少年が近づいて来ました。
少年は土や泥、更には血などで体を汚し、ボロ切れと言える布を纏っていました。
元々白く綺麗であったと思われる髪は、土などで黄土色になり、血がこべり付き、一部だけ赤黒く変わっていました。
少年は湖のほとりで祈りました。
「悪魔様、悪魔様。どうか、自分の前に姿を現してください」
その祈りに湖は応え、青く光り輝きました。
その湖の中心から、出て来た悪魔は、蝙蝠の羽を生やし、牛のようなツノを持つ恐ろしい見た目でした。
そしてそれは、少年が亡き母から聞いた伝承通りだったのです。
ある時は雨を降らし、ある時は雷を起こし、討伐に来た聖女を返り討ちにし、世界をも滅ぼせるという伝説の存在。
湖の悪魔。
その存在が今、少年の目の前にあるのです。
悪魔は言いました。
「さあ、願いを言え」
悪魔の態度は、昔少年が一度だけ見たことのある傲慢な貴族のように、自分が偉いと信じて疑わないものでした。
少しだけ嫌な思い出が頭の中に浮かんでしまい、少年は苦虫を潰したような表情を浮かべてしまいました。
ですが、悪魔に願いを叶えてもらおうとしているため、すぐに表情を戻しました。
そして、少年は言いました。
「世界を、世界を滅ぼしてください。悪魔様なら、それができると聞きました」
「何故だ?」
悪魔はすぐに問いました。
そして、少年の口から出たのは、怨嗟の声。憎悪の声。人が聞くだけでトラウマになるような地獄の内容でした。
「––––だから、世界を滅ぼしてください。世界に、平等に、滅びを」
最後に少年は、そう言いました。
悪魔が答えたのは一言。
「そうか」
それだけでした。
悪魔は、少年に同情などしていませんでした。
仮にも悪魔です。そんな感情など殆どありません。
悪魔は言いました。
「では、魂をもらおう。前払いだ」
「えっ!?」
少年は驚きました。
伝え聞いた話では、魂を取られるのは決まって最後であったからです。
だからこそ、少年は戸惑いました。
「あ、悪魔様。願いを叶えた後ではダメでしょうか?私は、世界が滅ぶのを見届けたいのです」
その言葉に、悪魔は答えました。
「ダメだ」
完全な拒絶。
地の底から響いてるような声で、悪魔は答えました。
ですが、少年も簡単には引き下がれません。
何しろ自分の魂です。
少しとはいえ、寿命の長さが決まるのです。
だから少年は悪魔に問いました。
「な、何故ですか!!」
「では、お前は願いを叶えなくて良いのか? 世界を滅ぼさないで良いのか?」
そう、悪魔に言われて仕舞えば少年にはどうにもできませんでした。
そして少年は諦め、言いました。
「わかりました。魂は今渡します。ですが!必ず、世界を滅ぼしてください」
少年のその意思に、悪魔ですら、いや、それを見たことのない悪魔だからこそ、引き込まれてしまいそうでした。
「ああ、約束しよう」
悪魔はそう言い、呪文を唱え始めました。
そして少年は魂を取られる直前、言いました。
「約束、ですよ」
その言葉に、悪魔は答えませんでした。
少年の体は支えを失ったように倒れ、動かなくなりました。
悪魔はその少年を見下ろし、空を一度見上げ–––––––
––––––––––湖の中に帰って行きました。
「これで百個目。やっと試験クリアだ〜」
悪魔と思えぬ軽い声で最後に言い残して。
〜おしまい〜