母と娘
バッドエンドかも
それは、とある少女が雨を降らせて貰ってから長い年月の経ったある日の事。
ある娘が湖へとやって来ました。
娘は目に涙を浮かべ、悲しみを振りまきながら走って来ました。
娘は言いました。
「あ、悪魔様、悪魔様、私の願いを聞いてください」
その願いに応えるように湖は光り輝き、湖の中心から、悪魔が出て来ました。
悪魔は湖から出て来たのにまるで濡れておらず。光を全て吸い込むかのような真っ黒な肌と羽、ツノを持っていました。
その姿に娘は気圧され、動けなくなりました。
「悪魔は我だ。さあ、願いを言え」
悪魔はそう言いました。
その仕草はとても尊大で、全ては自分のためにあると思い込んでいるようでした。
ですが、その声はこの世のものとは思えないほど低く、恐ろしい声でした。
娘はしばらく放心し、口は半開きのまま固定されていました。
その様子を、悪魔は空中に座り、じっと見つめていました。
娘が放心状態から回復し、気が付いた時も、悪魔はじっと娘の目を見つめていました。
悪魔は娘が戻って来たとわかると、言いました。
「さあ、汝の願いを言え」
とても低く、地獄の怪物のようなその声は、娘を怯えさせるのに十分でした。
ですが、娘は意志を強く持ち、言いました。
「お、おか・・・・・・いえ、母を、消してください」
娘は姿勢を正し、手を重ねて願いました。
「それが願いか?」
悪魔は聞きました。
「はい」
答えた娘の表情には、怒りが多く彩られていました。
ですが、憎しみの表情には、どうしても見えません。
それでも悪魔は言いました。
「分かった。では、願いを叶えた後、魂をもらおう」
「えっ・・・っと、で、出来れば、少し、少しの間だけ、生かしては、もらえませんか?」
娘は怯えながら、言いました。
相手は悪魔。人間には到底かなわない者です。そんな存在の言葉に逆らうのですから怯えるのは当然です。
今すぐ殺されるのではないか。
娘はそう考えながらも、死にたくはありませんでした。
鼓動が早くなりながら、じっと待つ娘は生きた心地がしませんでした。時間がとても長く感じました。
例えそれがほんの数瞬であってもです。
「そうか。では、魂を取られて良いと思えばここに来い。いつでもとってやる」
悪魔はそう言って呪文を唱え始めました。
娘はホッと息を吐き、体を必死に正します。
悪魔が呪文を唱え終わり、指を鳴らしました。
すると悪魔の指から光が生まれ、娘の住む集落へと向かって行きました。
「これで願いは叶った。先ほども言ったが、魂を取られても良いと思ったら来い」
悪魔はそう言うと湖に消えて行きました。
「ありがとうございます!悪魔様!」
娘は感謝を伝えようと、必死に頭を下げ続けました。
そして悪魔が完全に消えた事を見た娘は、笑顔で自分の家へと走って行きました。
娘が次に悪魔の湖に来たのは、5日後のことでした。
その日は大きな嵐で、風が木をなぎ倒し、雷が草を焼き、雨が土砂を崩すような。
そんな天気でした。
当然、娘もずぶ濡れです。
来ていた服は雨のおかげで体に張り付き、顔にかかっている水は、最早涙や鼻水と判断がつかなくなっていました。
娘は死んだ魚のような瞳で言いました。
「悪魔様、悪魔様、お願いです。出て来てください。出て来て私の魂をもらってください」
それは、深い深い底から聞こえる、とても平坦な声でした。ただただ、言っているだけ。そこに感情の波などないような、そんな声でした。
悪魔はそんな声に応え、光り輝く湖から出て来ました。
「悪魔様。私の魂を貰ってください」
娘は繰り返し言いました。
悪魔はその言葉に頷き、呪文を唱え始めました。
魂を取られる娘の顔は、生きているとは言いがたく、生きながらに死んでいる。それが、最も合う表現でした。
その日の天気は、雷が鳴り続け、どんどん嵐が強くなっていきました。
〜おしまい〜