地平線の大地
その町はどこもかしこも人の声が絶えない。一度入ってしまえば、人の波にのまれ二度と戻って来られなくなってしまうと思うくらいに人の密度が高かった。
この辺りは主に各地を移動する商人たち、いわゆるキャラバンが町から町へと移動している。ここはその中継的な場所であり、物流が盛んな町だった。物が集まれば同時に人が集まり、結果、このような活気あふれる町が完成したわけである。
これより内側――センターに近い――の町は馬車などが増え、他の町との繋がりが強くなり、人の出入りが多くなる。その中には、ジル達のように旅をする人もいるだろう。
町に訪れた二人は、その人の多さに圧倒されていた。ここに比べれば、今まで訪れた町が墓地に見えてしまうほどだ。まず家や宿よりも、物を売る店が目立つ。主な仕事が畑仕事くらいだった生活の二人からしてみれば、食べ物はどこで作るのか、もしかして作物を全部売っているのだろうか、次育てるための種などは保管しているのかなど、彼らのやっていることは今後の生活を自らの手で潰すようなものだった。
ここまで移動してきた距離ほどの価値観の隔たりがある町に入るのは難しく、さらに人生で初めてのカルチャーショックを受けた二人は、キャラバンが駐屯するという町のはずれで一日を過ごすことにした。
日の光が消え、夜になった。夜になると、外からきた商人たちが町の中で働く商人と商売についての話を始めるようで、窓からオレンジの光が漏れる。
彼ら商人を待つ間、キャラバンは同業者と火を囲んで談笑していた。彼らはジルとアウラーについて話していた。年端もいかない二人が、見たこともない乗り物でここまで来た。彼らも同じく、二人の存在に衝撃を受けていた。
その内の一人がジルに話しかける。銀色に輝くバイクが気になったようで、その動く金属の塊をどうやって手に入れたのか質問した。
「それは元々は別の人の物なんです。村を出る時に譲り受けました」
「噂程度なら聞いたことがある。動物を使わずに動く乗り物がここより内側にはあるとか。君たちはかなり内側の場所からここまで来たんだね」
「いえ、僕達は外側から来ました。その人が内側の出身なんですよ。内側から旅をして遠い僕の村まで来たらしいです」
ジルは流れるようにここまでの旅の経緯を説明していく。そして今までの旅のことを話すうちに、気づけば周囲を大人達に囲まれていた。
ジルは、キャラバンがいったいどうやって町から町へ移動しているのか質問した。きょとんとした顔を見せた彼らだが、一人が二人のことを説明するとすぐに顔を緩ませた。
彼らは主に町と町を繋ぐ道に沿って移動している。馬車の登場により長距離の移動ができるようになったおかげで、遠くの町に行けるようになった。どこにあるかもわからない場所へ行く危険な行為だが、それでも進み続けた人達が、何度も何度も移動を繰り返した結果、別の町への道筋ができたと言う。
それを聞いて、ジルは興奮した。自分と同じようなことをした人間が、ここにもいたのだと知って嬉しくなった。そしてジルも、これからセンターに行こうとしていると伝えると、周りは笑顔で応援してくれた。
「それで、この町を出たら次はどこへ行くんだ?」
「ほぼ真っ直ぐセンターへ向かっているので、あっちへ行こうと思ってます」
指差す方向を見た彼らは急に厳しい目つきになる。そして一人の大人が、そこを避けて遠回りした方がいいと言った。あの先には広い平原があり、見晴らしがよく、はるか彼方まで見渡せるほどだという。
「空と地の境目、『地平線』とかいう、かなり珍しいものが見られる場所でね。一目見ようとあそこに行く人は多い」
そして、辺り一面の地平線を見ようと奥へと進んでいこうとした人達もいる。太陽を目印にすれば簡単に戻れるので、朝に出て夕方に帰る人が多いらしい。
しかし、それより内側へ行こうとした人間はいないと言う。町の間の道を切り開いた昔の人達も、あそこを通ったきり帰ってこなくなったらしい。
「こことは別に内側と交流がある町がある。同行してくれる人もいるから、そこを通れば安全に行ける。向こうに何があるのか分からないけれど、やめておくことをおすすめする」
一人の大人の答えに、周りにいた大人たち全員がうなずく。
不満げな顔で、ジルは返事をした。
「……わかりました」
ちょうど商人たちが戻ってきたので話も終わり、彼らは元の場所に戻っていった。
「ねえ、本当に行かないの?」
「いいや。何が何でもあそこを通る」
それは何故と、アウラーが聞く。
「知りたいからだよ。そこに何があるか、何故行ったらいけないのか。世界の果てと同じなんだ。僕の旅は、そういうことに目を向けないといけないんだと思う」
今度はジルが、着いてきて大丈夫なのかと聞く。
「はい。ジルと一緒に旅に行くと私は言いました。それに、危ないところにあえて行くのってワクワクしますよね!」
「アウラーも大概だね」
明日に備え、二人は寝る準備を始めた。