アスピドケロンの島
◆暗黒騎士クロキ
魔王城の北西の沿岸にはオーク族の国であるノソイ王国がある。
自分は今その国に来ている。
オークはモデスの母ナルゴルにより作られた種族だ。
モデスがナルゴルを裏切った時にオーク族は2つに分かれた。
モデスに付き従う者はナルゴルに住み、モデスに従わなかった者は世界中に散らばった。
モデスに従わなかったオーク達は神の加護を失い力が弱くなり、モデスに従ったオークは発展していった。
そのためナルゴルの地の外のオークは原始的な暮らしをしているのに対して、このノソイ王国の文明レベルはこの世界の人間達に比べても引けを取らない。
オークの階層は王を頂点に戦士に神官等の上流階級、農民や職人などの中流階級、そして最後に奴隷の下層階級ある。
農民や職人は、自由民とも呼ばれ、武器の所有権や参政権がある。
奴隷には自己決定権が無いが、働き次第によっては自由民に昇格する事が出来るようだ。
オーク王の城は海に突き出たように建造され、城の物見台から多くの船が停泊しているのが見える。
ここからクラ―ケンのいる海へと行く予定だ。
ナルゴルの地は暗く、その近海もまた暗くどんよりとしている。
海水浴には向かないだろう。
「あのクロキ先生。本当に行くのですか? 船が沈んだりしないのでしょうか?」
よこにいるポレンが不安そうに自分に言う。
ポレンは行きたくなさそうだ。
自分はその表情を見て、失敗だったかなと思う。
クラ―ケンを獲る事を思いついたのはモデスとポレンを仲直りさせたかったからだ。
両者とも相手を大事だと考えているように思う。
だからこそ、これがきっかけになればと思ったのだ。
しかし、無理矢理連れて出しても、良い事にはならないと思う。
これでは余計な事をしているだけだ。
他者の気持ちも考えず、自分の考えを押し付ける事はしてはいけないと思う。
だけど、ここまで来て今更引く事は難しい。
「大丈夫ですよ、殿下。そんな簡単に沈んだりしませんよ。それにいざとなれば空を飛べば良いのですから」
自分はなるべく明るく答える。
本当はクラ―ケン漁で沈む船はあるらしい、しかし不安をあおるような事は言えない。
「あの……。私……飛翔の魔法を使えないし、泳げないのですが」
ポレンは不安そうに言う。
その目はとても泣きそうだ。
「その時は自分が抱えて飛びます。だから大丈夫ですよ殿下」
これで不安を払しょくできるかわからないが言ってみる。
これで「何、言ってんの?」とか思われたらどうしよう。
「抱えてくれるの?! 本当に?!!!!」
自分の心配とは裏腹に、突然ポレンは目を開いて大声を出す。
その顔は何かを期待しているみたいだ。
「あの……。殿下」
「よっしゃあ! 俄然やる気が出てきた! これはぜひとも船から落ちないと!!」
先程と違いポレンが元気になる。
何故かはわからないが、やる気になってくれたなら良しとしよう。
そんな事を話していると誰かがこちらにやってくる気配を感じる。
「ここにいましたか。殿下に閣下」
やって来たのはノソイの女王であるネフだ。
ネフが自分達に頭を下げる。
「港を貸して頂きありがとうございます。女王ネフ殿」
自分はネフにお礼を言う。
「いえ、いえ。これぐらいおやすい御用ですよ。それからこちらは我が娘のエザサ。此度の旅のお供に連れて行って下さい」
「エザサです。よろしくお願い致します、殿下に閣下」
エザサが頭を下げる。
「いえ、こちらこそよろしく頼みます。エザサ姫」
女王の娘という事は姫という事だ。しかし、オーク族であるため自分よりも体格が良い。そのため、姫と呼ぶ事に違和感を覚える。
そもそも、オーク族は男性よりも女性の方が強い。
有名なオークであるグレンデルも、母親には敵わなかったと聞く。
また、オークの女性は特殊なフェロモンを発していて、オークの男性はそのフェロモンを嗅ぐと逆らえなくなるらしい。
本当にオークに生まれなくて良かったと思うが、それはネフ達には黙っておこう。
「エザサ~。でかいのが来たぜ」
間の伸びた声で一匹のオークが入って来る。
かなり大きなオークだ。
「あんた! 殿下と閣下の前だよ! まずは挨拶をしな! 申し訳ございません閣下! これはあたいの夫のオスマでございます。力は我が国一なのですが、どうにも気が利かなくて……」
エザサが頭を下げる。
かなり、強そうなオークに見えるが完全にエザサの尻に敷かれている。
自分はポレンの方を見る。気にしている様子は無い。というかネフ達の方を見ていない。
さっきからプチナと何か話をしている。
ポレンが気にしていないのなら問題は無い。
「いえ、気にしないで下さい。エザサ殿。それよりもでかいのとは?もしかして?」
自分はさっきオスマが口にした事を尋ねる。
「はい。どうやら到着したようです。アスピドケロンが」
エザサの言葉で城の外を見る。
すると島が1つこちら来るのが見える。
島が来ると言うのは何かの比喩では無い。
実際にその島は動いていて、ノソイへと近づいて来ているのだ。
島に見えたのは大海獣アスピドケロンだ。
巨大な亀の姿をした海獣は甲羅部分を常に水面に出して泳ぐ。
やがて、この甲羅にはコケが生え、土が溜まり島のようになる。
そして、アスピドケロンはとても大人しい性格をしている。
モデスはこのアスピドケロンを飼いならし、甲羅の上に別荘を作っている。
自分達はこのアスピドケロンに乗って氷海の近くまで行くつもりだ。
アスピドケロンから何かが飛んで来る。
飛んで来るのは竜を人間サイズまで小さくした者だ。
「お待たせいたしました。殿下に閣下」
やって来たのは竜魔将軍リブルム。
彼はこのアスピドケロンの管理者でもある。
リブルムは有翼のリザードマン族出身である。
有翼のリザードマンは普通のリザードマンの上位種だ。
周囲の景色に溶け込む能力は失ったが、空を飛ぶ能力と強力な戦闘能力を持っている。
ただ、竜を信仰する所は同じで、竜の因子を持つ自分に対しても敬意を持って接してくれる。
「いえ、そんなに待ってはいませんよ。リブルム将軍殿。それでは殿下。行きましょう」
「はい!! クロキ先生!!」
◆白銀の魔女クーナ
小妖精のティベルの気配を感じて、屋敷の寝室で目を覚ます。
クロキを見送った後、再び寝ていたようだ。
周りを見るとグゥノ達は裸でまだ寝ている。
情けない奴らだ。
「クーナ様ぁ~。大丈夫ですか~」
クーナが起きるとティベルが騒がしく飛んで来る。
「騒がしいぞ。ティベル。大丈夫に決まっているだろう」
ティベルは何故かクーナがクロキに苦しめられていると思っている。
まあ、こいつは頭が悪いので相手にしても仕方が無い。
「そうですか~。クーナ様は一緒に行かないのですか?」
「男が外にいる時に家を守るのも妻の仕事だ。もちろん、帰って来た時には、愛情を持って出迎えるぞ」
そう言って笑う。
「なるほど~。エプロンだけを着てた時の事ですね~」
「そうだぞ。ティベル。あれをやるとクロキはすごく喜ぶ」
「さすがクーナ様ですぅ~」
ティベルが楽しそうに部屋の中を飛ぶ。
騒がしく思うが褒められるのは悪く無い。
「そんなに褒めるな。ティベル。それから何か報告があるのではないのか?」
「そうでした~。クーナ様ぁ~。勇者達はまだ、ヴェロスに来ていないようですぅ~。全く寄り道が多い奴らですぅ~」
ティベルの報告を聞いて何をやっているのだと思う。
「そうか、引き続き道化に見張らせろ。それに師匠がどう動くのかも気になる」
そう言ってクーナは蒼の森の方角を見るのだった。
◆ゴブリンの王子ゴズ
御菓子の城の大広間を歩く、白い焼き菓子の床を歩くたびに甘い匂いがする。
甘すぎる匂いを嗅ぎ過ぎて気分が悪い。
俺様は甘い物が何よりも嫌いなのだ。
大広間には赤帽子を被ったゴブリンの戦士達が整列している。
赤帽子はゴブリン達の中でも特に特殊な戦士に与えられる帽子だ。
ただ力が強いだけでは赤帽子は授けられない。
あらゆる戦闘技能を持った者だけが赤帽子を授けられる。
正直に言って敵に回したく無い奴らだ。
大広間の奥には赤帽子達の主人である母が偉そうにふんぞり返っている。
俺はその母の前まで行くと跪く。
「良く来たね。ゴズ」
心なしか顔色が悪い。
そのため醜い顔がより醜く見える。
さすがの母もあの白銀の魔女は怖いみたいだ。
白銀の魔女はとんでもない美女だが、その心は氷海の風よりも冷たい。
かなり、追い詰められているな。
精鋭の赤帽子を連れて来ているのが何よりの証拠だ。
俺は心の中で母を嘲笑う。
「母上。一体何の御用でしょうか?」
俺様はすっとぼけて聞く。
あの暗く冷たい牢獄に閉じ込められた恨みを忘れてなるものか。
「とぼけるな。ゴズ。また牢に戻りたいのかい? お前はこれから来る勇者の相手をするんだ。もし、勇者を倒す事が出来たら、これまでの事を許してやるよ」
母の方こそ、とぼけた事を言う。
これっぽっちも勝てるとは思っていないくせに。
しかし、そんな事を考えているとは当然顔には出さない。
「本当ですか母上! きっと勇者を倒してみせましょう」
俺は嬉しそうな声を無理やり出す。
絶対に隙を見て逃げ出してやる。
「ああ、必ずだよ。必ずこの母を守っておくれ……」
そういう母の顔は恐怖に歪んでいる。
「どうやら相当追い詰められているようだね。ダティエ」
突然、大広間の天井から声がする。
すると突然黒い球が現れる。
黒い球は大広間の真ん中へと降りて来る。
突然現れた黒い球に赤帽子達が武器を抜き取り囲む。
黒い球は大広間の床に降りると突然霧散する。
中から現れたのは母よりも醜い、三つ首のカエルの顔を持つ者だ。
「ヘ!!ヘルカート様っ!!!!」
母がその姿を見るなり、駆け寄って跪く。
その母の姿に驚く。
あの大柄な母が額を床にこすり付けているのだ。
赤帽子達も自分達が仕える女王の様子に驚いている。
現れたヘルカートとか言うカエル女は母に対してかなり小柄だ。
そのため、その姿は異様に見える。
何者だ?
「顔を上げな。ダティエ」
「はい……。ヘルカート様……」
顔を上げた母の顔は涙と鼻水でさらに酷くなっている。
「全く馬鹿な事を考えたもんだね。あの暗黒騎士に手を出そうだなんて。お前の色馬鹿にも飽きれるよ……。少しは押さえようとは思わないのかい?」
そう言ってヘルカートは母の側に控える人間の男共を見る。
全員美青年だ。
ただし、その瞳は虚ろである。
別に魔法や薬でそうなっているのではない。
母に無理やりされれば誰だってこうなる。
「あううう……」
母が力なく項垂れる。
「全く親子ともども飽きれるよ」
ヘルカートがこちらを見る。
その六つの目が俺を捕える。とんでもない圧力だ。
そして、どうやら俺の事も知っているようだ。
尿意が込み上げて来る。漏らしそうだ。
逃げだしたい。
しかし、逃げれば殺されるだろう。
まだ、死にたくないので我慢する。
ヴェロスの色街に行くまでは死んでなるものか!!
「良いかい? ダティエ? あの黒い嵐の暗黒騎士は可愛いモデス坊やにとって有益な存在だ。あんたよりもね。それを敵に回すようなら殺すよ」
そう言うとヘルカートの体から強力な魔力の風を感じる。
「わかってますぅ! ヘルカート様ああ! だから、助けて下さいいいいい!!!」
母が再びひれ伏し、ヘルカートの足にすりよる。
「全く調子の良い奴だね。仕方が無いね。今回だけは助けてやるさ。ゲロゲロゲロ」
ヘルカートが笑う。
その顔は母に負けず不気味だった。
忘年会のシーズン。この時期は飲み事が多いです。
普段全く飲まないので、ちょっときつかったりします。しかも先週は2日連続。
死ぬかと思った……