沼地の大魔女
◆暗黒騎士クロキ
「うう……。うまくいかないです。クロキ先生……」
ポレンが地面に四つん這いになって嘆く。
どうやらポレンは自分と同じように不器用みたいだ。
「殿下。落ち込まないで下さいのさ。道具はまた用意すれば良いのさ」
ポレンのおならからようやく回復したプチナがポレンを慰める。
「うう~。ぷーちゃん・・・」
ポレンは用意していた練習道具を全て破壊してしまった。
これでは剣の修行ができない。
しかし、それにしてもすごいパワーだ。
ポレンが木剣を振るうたびに地面に大穴が開く。
剣の才能はともかくパワーだけなら最強クラスだろう。
しかし、そのために木剣が振るたびに無くなってしまう。
ポレンはその事を気にして落ち込んでいる。
「殿下! 落ち込まないで下さい! 最初からうまく出来る者等いません!!」
しれっと嘘を吐く。
話によるとレイジは最初から何でも出来る奴だったそうだ。
だから、最初からうまく出来る者もいたりするのですよ、ちくしょーめ。と心の中で涙を流しながら励ます。
「本当ですか……?」
励ますとポレンは涙目になりながら自分を見る。
「はい、自分も最初はうまくできませんでした。何度も練習していくうちにうまくできるようになったのです」
これは本当だ。
自分は最初から何でもできるタイプではなかった。
一時は自分なんかが頑張っても無意味だと、やさぐれた事もある。
だけど、落ち込んでいては何も変わらない。
人間は平等では無いのだ。
持っているカードで勝負するしかない。それがブタであってもだ。
「だから、殿下もきっとうまくできるようになります」
そう言ってポレンの手を取って引き起こす。
かなり重い。
ポレンは自分よりかなり小さい。
しかし、体重は自分の何倍も有るような気がする。
「はい! 頑張ります!!」
ポレンが自分の手を握り、力強く言う。
まずい……。手がつぶれそう。
「はい。頑張りましょう」
しかし、何でも無いように答える。
「中々、面白い組み合わせじゃないかい」
声を掛けられる。
自分とポレンは声の主を見る。
今は魔王の子であるポレンが修練場を使っている。ここには誰も近づかないはずだ。
「げえっ! おばば様!!」
「ヘ! ヘルカート様ぁ!!」
ポレンとプチナが声のする方を見て慌てる。
「これはヘルカート殿。お久しぶりです」
自分は声を掛けて来た者に礼をする。
声の主は沼地の大魔女と呼ばれるヘルカート。
三つの頭を持った直立したカエルのような姿をしている。
彼女はルーガスと同じく魔王モデスに従属する神族である。
立場的には自分と同じ魔王に次ぐ地位であり、同格の存在だ。
ちなみにモデスの養育係であり、モデスも彼女には頭が上がらなかったりする。
魔王ですら頭が上がらない相手であるためか彼女を怖れる者は多い。
「あの~。おばば様。どうしてここに?東の沼地にいるはずじゃ……」
ポレンの顔から冷や汗が出ている。
モデスの養育係だった彼女はポレンの養育係でもある。モデスと同じようにポレンもヘルカートに頭が上がらないようだ。
ヘルカートは普段、魔王城の遥か東にある毒の沼地に住んでいて、めったに出て来る事は無い。
自分も過去に一度会った事があるくらいだ。
だから、彼女がここにいるのは大変珍しい。
「あの引き籠りが久しぶり出て来ると雌蟷螂達から聞いてね、様子を見に来たのさ。ゲロゲロゲロゲロ」
ヘルカートがカエルのように笑い出す。
「うう~。余計な事を~」
雌蟷螂達はヘルカートの眷属だ。彼女達を通じて、ヘルカートは魔王城の様子を知る事ができる。
「ヘルカート殿。この度はクーナがお世話になりました」
自分はお礼を言う。
ヘルカートは女性に限り弟子を取る事がある。
クーナも強くなるためにヘルカートの元で学んだ事があった。
彼女は医学や薬草学に通じていて。その分野においては知識の神であるルーガスも敵わない。
エリオスの医と薬草の女神であるファナケアの力も彼女から学んだらしい。
もっとも、ファナケアの母である結婚と出産の女神フェリアとは仲が悪かったと聞く。
そしてモデスがエリオスから離れた後、交流は無いそうだ。
「ああ。別に構わないよ。黒い嵐。中々教えがいのある子だったからね」
ヘルカートは手を振って気にするなと言う。
「そうですか、それは良かった」
実はクーナをヘルカートの元へ修行に行かせるのは不安だったのだ。
自分も一緒に行きたかったが、ヘルカートは基本女性しか弟子にしない。だから、自分は一緒に行けなかった。
だから、それを聞いてほっとする。
「だけど、目を離すと何をするかわからない所がある。お前さんも大変だね。そうだね、折角ここまで来たんだ。あの子にも会いに行くとしよう。構わないね?」
「はい。自分は構いません」
「あの、何の話をしているのですか?」
クーナの事を知らないポレンが首を傾げる。
「ゲロゲロゲロ。なあに、こっちの話さ。それよりも昼時だね。久しぶりに一緒に食事にしようじゃないかい」
◆魔界の姫ポレン
星雲の間は魔王城の食堂だ。
ただ、魔王であるお父様が食事をする暗黒孔の間と違い、食事をするのは配下の暗黒騎士達等である。
しかし、今は私達しかいない。
理由は私に遠慮したからだ。
黒大理石の天井には様々な星を彩った宝石がはめ込まれ、星雲を表している。
宝石は自ら輝き、この部屋は常に明るくなっている。
大きな食卓にはおばば様の大好物の虫料理が並んでいる。
虫はナルゴルの南にある暗黒の森で獲られた新鮮な物だ。
私は大好物の巨大蝗の揚げ物を口に入れる。
香ばしい味に極上の油が絡み、とても美味しい。
ふとクロキ先生の方を見る。
食事が進んでいない。
私の20分の1も食べていないような気がする。
腐乱蠅の煮物が大好きなおばば様や、蜂の子の詰まった巣を頬張っているぷーちゃんよりも食べていない。
「どうしたのですか? 先生?あまり食事が進んでいないようですが?」
「いえ、ポレン殿下。気になさらないで下さい。自分は普段から、あまり食べないのです」
先生は料理に供えられた野菜ばかり食べている。
「そう言えば閣下は肉よりも野菜や果物の方が好きなのさ。それにすごい小食なのさ」
ぷーちゃんが説明する。
「それはもったいないです。こんなにおいしいのに」
私はそう言って小型ワームの甘辛煮を口いっぱいに詰め込む。
「ポレンや。お前さんは少し食べすぎだよ。肉がつきまくっているから。剣がうまくふれないんだよ」
「うっ!!」
おばば様が私を窘める。
実は私自身もそうじゃないかなと思っていたのだ。
剣を振る時に関節の肉が邪魔をして、うまく振る事が出来ないのだ。確かに痩せるべきかもしれない。
だけど、大好きな御菓子を我慢なんてしたくない。
寝転んで、大好きな闇にんにくの薄切り揚げを食べるのは至福だ。
それを、やめるなんてとんでもない。
だから話題を変える事にする。
「そういえば、お父様と一緒に食事をしてないなあ……。ぶひひひひ」
笑ってごまかして、何とか話題を変えようとする。
「全く、お前さんは子供の頃から変わってないね。すぐ都合が悪くなると話題をそらして」
おばば様が溜息を吐く。
だけど、おばば様にはお見通しのようだ。
「殿下。どうしてモデ……、いえ陛下と一緒に食事をされないのですか?」
先生が心配そうに聞く。
すごく真面目な表情だ。
そんな目で見られるとドキドキしてしまう。
「えーっと。それは……ですね。一度喧嘩してまってから、何というか……顔を合わせにくくて……」
言いながら心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「なるほど……。そうだ、殿下。陛下の好物は何かありますか?」
先生が少し考え込んだ後、突然お父様の好物を聞く。
何かを思いついたようだ。
何だろう?わからない。でも一応答えておこう。
「えーっと。お父様は確かクラ―ケン料理が好きだったような……」
昔の事を思い出しながら言う。
クラ―ケンを使った料理を食べながら、よくお酒を飲んでいたような気がする。
「そうですか。それでは殿下。クラ―ケンを獲りに行きませんか?」
「せ、先生?! 急にどうしたのですか?!!」
私は慌てる。
クラ―ケンは北海に住む大海獣だ。
獲りに行くのはかなり面倒くさいと聞く。引き籠りの私には難易度が高すぎる。
「クラ―ケンを陛下に贈り、一緒に食事をするのです。それをきっかけに仲直りをするというのはどうでしょう?」
先生がうんうんと頷きながら満面の笑みで言う。
それは、とても爽やかだった。
◆白銀の魔女クーナ
ナルゴルのクロキの屋敷にクーナ達はいる。
この屋敷には女騎士のグゥノ達もいるから密談には向かない。
しかし、御菓子の城が無い以上は、ここで報告を受けるしかない。
グゥノ達には部屋に近づかないように言っている。
だから、しばらくは大丈夫だろう。
「勇者達の動きが遅い。どういう事だ、ザンド?」
「う~ん。わからないよ、クーナ様ぁ~。でも、向かっているのは確かなだよ~」
道化のザンドが身をくねらせる。
その様子にさらにイライラしてしまう。
勇者達が御菓子の城に向かっているのは確からしいが、その動きがあまりにも遅いのである。
クーナはクロキ以外に待たされるのは嫌いだ。
何をしているのだ、勇者は?
実はお馬鹿なダティエがどう勇者達に立ち向かうのか見物だと思っているのだ。
「ザンド。クーナは待たされるのは嫌いだ。調べに行け。もし可能なら勇者達を急がせろ」
「は~い。クーナ様ぁ~」
そう言って道化は消える。
「全く何をしているのだ」
クーナは部屋から出る。
さてクロキが帰って来るまでに時間がある。どうやって時間を潰そう。
「クーナ様! クーナ様ぁー!!」
しばらく、考えていると闇小妖精のティベルが慌てた声で飛んで来る。
「どうしたティベル? 何を騒いでいる?」
いつも五月蠅いが、この慌て方は異常だ。
「クーナ様ぁ! 大変! 大変! 大ガエルが来ちゃったよ~!!」
「何?!!」
その言葉にクーナも慌てる。
ティベルが大ガエルと呼ぶ者はただ一名、沼地の大魔女ヘルカートだ。
ティベル達、フェアリーにとってヘルカートの配下のである雌蟷螂やトードマンは天敵だ。もっとも来て欲しくない相手だろう。
耳を澄ませると、この屋敷に勝手に住み着いているフェアリー達が慌てているのがわかる。
「騒がしいぞ、ティベル。会うのが嫌なら下がっていろ」
そう言ってクーナは応接室へと行く。
ここでヘルカートと会うつもりだ。
「お邪魔するよ。それにしても何だか騒がしい屋敷だね」
女デイモンのグゥノに案内されてヘルカートが入って来る。
沼地の大魔女ヘルカートは魔王ですら一目置く相手。グゥノ程度では追い返す事はできない。
だから、屋敷の中へと案内する。
「ヘルカート……。何をしに来たのだ?」
クーナは応接室の椅子に腰かけて応対する。
本来は主人であるクロキが座るべき席だ。だけど、今クロキはいない。
だから、女主人であるクーナがこの席に座る。
「師匠と呼びな。白銀の。全くモーナといい。造られた女神は全員歪むのかねえ。やはり、あの秘術は使うべきじゃないわな。モデス坊やにも忠告しておくかねえ」
ヘルカートはやれやれと首を振って対面の席へと座る。
クーナは前にヘルカートに弟子入りしていた事があった。
この女は好きになれないが、その知識はルーガスに匹敵する。一部の分野では超えるだろう。
この魔女のおかげで蟲使いとしての能力が上がったのは確かだ。少しは礼儀を持って接してやろう。
「それでは師匠。何をしに来た?」
全力で鋭く冷たい瞳を向ける。
しかし、この魔女は平然としている。
「そう警戒しなさんな。白銀。ゲロゲロゲロ。単純に様子を見に来たのさ。黒い嵐の暗黒騎士にも了解をとっているよ」
ヘルカートの言う黒い嵐とはクロキの事だ。
クロキには悪いが出来れば断って欲しかった。
「そうか、様子を見たのなら、もう良いだろう。帰ったらどうだ。師匠」
「そうは、いかないねえ。ゲロゲロゲロ。お前さん隠れて何をしているんだい?」
ヘルカートの六つの目がクーナを捕える。口は笑っているが、目は笑っていないのがわかる。
「別に隠し事等ないぞ」
クーナは真正面からヘルカートの目を睨み返す。
「隠していない。言ってないだけと言うつもりかね」
「何の事だ?」
「蒼の森の事さ。勇者達が向かっているらしいね。黒い嵐に報告しなくて良いのかい?」
「!!」
正直驚く。
全く、この魔女は油断ならない。
現在、勇者達の事は情報収集も含めて全てクロキが対処する事になっている。
もっとも、クロキには情報収集する能力が無いから、全てクーナが行っている。
だから、本来なら勇者が近づいて来ている事はクロキに知らせなければならない。
そのクロキに伝えていない情報を何故ヘルカートは知っているのだろう?
「まあ、知ったのは今しがただよ。小妖精はお喋りだからね。ちょっと魔法で耳を澄ませて盗み聞きすれば簡単さ。ゲロゲロゲロ」
ヘルカートはそう言うとにんまりと笑う。
「ふん。クロキに報告する必要は無い。ダティエには自業自得だ」
ダティエはクロキを騙そうとした自業自得だ。
だけど、優しいクロキはそんなダティエを許すだろう。
だからこそクロキには伝えたく無い。
「まあ、確かにそうだね。あの色狂いには良い薬かもしれないね。だけど、そんな馬鹿でもこの婆の弟子でもあるのさ。少し助けに行っても構わないだろ?白銀の?」
ダティエもかつてはヘルカートの弟子だった。
だからこそ、媚薬の作り方を知っていたのだ。
ヘルカートはダティエを助けにいくつもりらしい。
「ふん、構わないぞ、師匠。だが、勇者は強い。師匠よりもな」
話によると前に勇者達が攻めて来た時はヘルカートが戦う前にクロキが退散させたから、戦っていない。
だけど、間違いなく勇者の方がヘルカートよりも強いだろう。
ヘルカートも強いが、勝てるとは思えない。
そもそも勇者に勝てるのはクロキか魔王ぐらいだ。
「確かにそうみたいだね。まあ危なくなったら逃げるさ。それぐらいの力はあるつもりだよ。ゲロゲロゲロ」
そう言ってヘルカートは笑うのだった。
土日しか書く暇がない……
土曜の夜から書き始めて日曜の夜に発表する。もう少し練った方が良いか迷いどころです。
とりあえずダティエさんに救いの女神が登場です。
そして、待望のクラ―ケンを書く事できそうですヾ(@⌒▽⌒@)ノ




