クロキ先生の蜂蜜授業
◆暗黒騎士クロキ
魔王城にある庭園は別名ランパスの庭と呼ばれている。庭には樹が多く茂り、沢山の綺麗な花が咲いている。
自分が最初に召喚された時にお茶を飲んだのがここだ。
お茶を飲んだ場所は庭の一部であり、庭はもっと広い。
魔王城もかなり大きい事もあって、庭も広い。はっきり言って森と言って良いだろう。
ちなみに、この森を管理しているのは闇エルフ達である。
樹の精霊と仲が良い彼女達は庭師としてとても優秀である。
自分はそのランパスの庭に呼び出される。
庭園の一角には卓と椅子がありそこに自分とモデスが座る。
「どうぞ、閣下」
闇エルフの女王メンティアがお茶を淹れてくれる。
メンティアは妖魔将軍シャーリの母だ。
闇エルフでもっとも長く生きているのにも関わらず、その姿はシャーリよりも若く見える。
一応自分の方が上位だけど、まさか、女王自らお茶を淹れてくれるとは思わなかった。
ナルゴルには上王であるモデスの下に多くの王達がいる。
ダティエを初めとした7匹のゴブリン王や13匹のオーク王がそうだ。
しかし、闇エルフ王はメンティアだけだ。
ナルゴルで最上位の種族であるデイモン族でもロードは三名。デイモン族相当とされる堕天使族を含めると四名である。
それにくらべると、闇エルフの王は希少といえる。
「ありがとうございますメンティア女王」
お礼を言うとメンティアはにこりと微笑みそのまま下がる。
そして、そのまま闇エルフのメイド達と共に側に控える。
自分は前を向き、モデスと対峙する。
目の前には木苺を使ったタルトのような可愛らしい茶菓子が添えられている。
モデスの大好物らしい。それを共にいただく事にする。
「えーっと。ポレン殿下に剣を教えて欲しいと?」
自分はモデスから聞いた用件を切り出す。
「そうだ、クロキ。何故かポレンが剣を学びたいと言い出してな……。理由は良くわからない」
ポレンとは先日廊下でぶつかった。
その姿を改めて思い出すと、すごくモデスに似ている。
そして、そのパワーも凄まじかった。
何とかとっさに受け流したが、手が痺れてしまった。さすが、モデスの子だ。
そのポレンとはたった一回しか会っていない。その自分から剣を学びたいとはどういう事だろう?
「申し訳無いけどモデス。自分もまた修行中の身。誰かに何か教える程の技量はないよ……」
自分は首を振る。
「そう言わないでくれクロキ。卿はこのナルゴルで最強の剣士だ。そなたが駄目なら誰が剣を教えられよう。それに、ずっと引きこもっていたポレンが外に出る気になったのだ。すまないが引き受けてはくれないか?」
モデスが自分に頭を下げる。
困った。これでは断りにくい。
ポレンの事はここに来る前に聞いている。
ポレンは自らの容姿を嫌い引き籠った。
原因が自身の遺伝のためか、モデスとしてはどうして良いかわからず、嘆くばかりのようだ。
また、父親の容姿を嫌ったためか、モデスを愛するモーナとの仲も悪くなってしまったと聞いている。
結果親子関係は冷え込んでしまった。
だが、それでもモデスにとってポレンは可愛い我が子である。
何とかして引き籠りの状態をやめさせたいと思っているみたいだ。
「しかし、そんな事言われても……」
「頼むこの通りだ!!クロキ!!」
モデスは必死になって自分に頼む。
自分は悩む。
はっきり言って他者に指導するような力は無い。
ましてやお姫様である。女の子を相手にするのは苦手だ。
クーナは別にしてもシロネ以外の女の子と話しが合った記憶が無い。
もしかすると、ますます引き籠らせてしまうかもしれない。
しかし、これほど頼まれたのなら引き受けざるを得ないだろう。
「わかりました。自分で良ければ……」
自分は渋々承諾するのだった。
◆魔界の姫ポレン
「よろしく、お願いします先生!!」
「よろしくなのさ。閣下」
魔王城の近くにある修練場で私はクロキ先生と会う。
ここはオークの兵士達が修練する場である。
本来なら、オークの兵士達が多くいるはずだが、今は誰もいない。
理由は引き籠りの私が練習するためだ。
だから、兵士達が近づかないようにしたのである。
修練場は広く。屋根が無い。そのためナルゴルの暗い空が良く見える。
ぷーちゃんが一緒にいるのは少し不安だったからだ。
私は何とかクロキ先生と話がしてみたかった。
お父様の仲間の神族でありながらエリオスの神族に負けない容姿を持つ。それに、とても優しそうだ。
だから、もう一度会って見たかったのである。
どうすれば良いか、ぷーちゃんに相談した結果。
剣を教えてもらう事を口実にお近づきになれば良いという結論になった。
「こちらこそ、よろしくお願いしますポレン殿下」
クロキ先生はニコリと笑う。
思った通りとても優しそうだ。
ディハルトと名乗っているのは自分の本当の名前を知られたくないという事情があったそうだ。
「自分から剣を習いたいとの事ですが、殿下は剣を握った事はありますか?」
クロキ先生が尋ねると私は首を振る。
「いえ。無いです」
「そうですか、まずは剣を持つ所から始めましょう」
そう言って木剣を渡される。
「それでは振ってみて下さい」
「はっ! はい!! とりゃ――――!!」
私はおもいっきり力を込めて木剣を振る。
力を込めて振りすぎたせいで、木剣が地面にあたる。
ドゴ―ン!!
轟音が鳴り響く。
見ると手に持っていた木剣は粉々になり、地面には大穴が開いている。
「あの……。殿下……。力を入れ過ぎです」
その顔は明らかに退いている。
「ごめんなさい。先生。剣を台無しにしてしまいました」
折角用意してくれた木剣を無くしてしまった。
「い!いえ! 殿下! 代わりの木剣は持って来ています! こちらを使いましょう」
そう言ってクロキ先生は再び木剣を渡してくれる。
私がしょんぼりしたためか、何だか慌てている。
それにしても、たった一振りで粉々になるなんて、この木剣は脆すぎるのではないだろうか?
「それでは、殿下。剣を握ってください」
「はっ!はい!!」
私は再び木剣を握る。
「まず、強く握ってはいけません。右手と左手を離して持って下さい」
そう言ってクロキ先生が私の手を触る。
近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!近い!!
クロキ先生が顔を寄せて来るので、心臓の鼓動が速くなる。
「ぶひひひひひひひひひひひ――――!!」
思わず変な声を上げる。
「あの……? 殿下どうしました?」
クロキ先生が怪訝な表情をして離れる。
しまった!!興奮しすぎた!!
「いえ! 全然! 何でもありません! ぶひ!!」
私は首をぶんぶんと振る。
「それでは、今度は力を込めずに振ってみて下さい」
「はっ! はい! えい!!!!」
私は力を込めずに剣を振る。
すると木剣がすっぽ抜けて飛んでいく。
木剣はそのまま遠くへと空を飛んで見えなくなる。
私達はその木剣が空の彼方へと消えていくのを呆けた表情で眺める。
「また、木剣が無くなったのさ……」
ぷーちゃんが呟く。
「ごめんなさい先生……」
「い!!いえ! 気にしないで下さい! 殿下! 木剣はまた用意させます! ……まさか軽く振っただけで……さすがは魔王の子……」
クロキ先生が慌てて手を振る。最後の方で何か呟いているみたいだけどそれは聞こえなかった。
「それでは、今度は自分が手本を見せます」
クロキ先生が剣を抜く。
黒い剣身に血のような紅い紋様が入った剣だ。おそらく、強力な魔剣なのだろう。
「まず、握りはこうです。そして、力を抜いて剣を振ります。そして斬る瞬間に力を込めるのです。見ていて下さい」
そう言ってクロキ先生は剣を振る。
ヒュン!!!!
私の時とは違い空を斬る音が聞こえる。
軽く振っているように見えるのに、どんな物でも斬れてしまいそうだ。
その剣を振る姿は、全く無駄がなく綺麗である。
「おおおお!!」
「すごく、綺麗なのさ……」
私とぷーちゃんは思わず見惚れてしまう。
「それでは殿下。これが最後の木剣です。握って下さい」
クロキ先生が再び木剣を握らせる。
再び顔が近くに寄って来るが、今度は変な声が出ないように我慢する。
「そして、手と肩の力を抜いて振り上げて下さい」
「はい!!」
そんな、事を言われても力が入ってしまう。
「殿下。力の入れ過ぎです。息を吐いて力を抜いて下さい」
「はい! ふう――――!!」
息を吐いて何とか力を抜く。
「そのまま、ゆっくり振って下さい。そしてここで手に力を入れて下さい」
クロキ先生が私の手を触りながら、剣を振る姿勢を指導してくれる。
それを、何度か行う。
「今度は自身だけでやって見て下さい」
クロキ先生が離れる。チッ!!!
心の中で舌打ちをする。
しかし、これほど丁寧に教えてくれるのだ。応えないわけにはいかない。
私は木剣を握る。
確か、最初は力を入れてはいけないのだったよね?
息を吐いて脱力する。
そして、木剣を振り上げる。
このまま、剣を振り、斬る瞬間に力を込めれば良いはずだ。
「ハッ!!!」
剣を振る。
ぶおおおおおう!!!
力を込めた時だった。
盛大におならが出てしまう。
すごく、格好悪い。
「あっ、御免なさい! 出ちゃった! あははははは」
私は気マズそうに笑いながら振り返る。
「えっ?! ちょ! ちょっと! ぷーちゃん! 大丈夫!!」
私の真後ろにいたぷーちゃんが口から泡を吹いて倒れている。
「殿下のおなら……。強烈なのさ……」
そう呟くとガクッと動かなくなる。
側にいるクロキ先生も膝を付き、口を押えている。
「自分は毒の耐性があるはずなのに……。そんな馬鹿な……」
そして、苦しそうに呻く。
「ちょっと――――――! 大丈夫ぅ―――――! 誰か――――!!!」
私の助けを呼ぶ声が修練場に鳴り響いた。
◆白銀の魔女クーナ
「クーナ様ぁ~。勇者達が動きましたよ~」
道化の面を被ったザンドが気持ち悪い声でクーナに報告する。
クーナは今御菓子の城いる。
クロキはいない。
何でも魔王の子供に剣を教えるそうだ。
魔王の子供がどんな奴か知らないが、きっと親に似て醜いブタみたいな外見をしているのだろう。
そのため、魔王の城へと行っている。
クロキがいないのは不満だが、何時でもナルゴルの屋敷に戻る事が出来るから問題は無い。
それに、この薄汚い道化をクロキに見せるわけにはいかない。
しかし、この道化は意外と役に立つ。
こいつのお陰で勇者の情報を手に入れる事が出来た。
プシュケアの蝶はクーナからあまり離れて活動はできない。だから、別の者に見張らせる必要がある。
そのためザンドは役に立つ。
「そうか、ザンド。勇者達の目的は何だ?ナルゴルに来るのか?」
クーナは透き通った飴細工の玉座に背を預けて言う。
「いえいえん。違うみたいだよ~。多分ここだね~。どうしますぅ~。にひひひひひ」
「なるほど、狙いはクーナか?」
「だと思いますぅ~」
ザンドは楽しそうに玉座の間を飛びながら言う。
何というか落ち着きのない奴だ。
こいつほど道化の姿が似合う者はいないだろう。
「大変! 大変! クーナ様! クロキ様に知らせないと!!」
横で闇小妖精のティベルが騒がしく言う。
ティベルは七色に輝く揚羽蝶の羽を持つフェアリーだ。
クーナを女神と崇め、エーディンの園から付いて来た騒がしい奴だ。
フェアリーは蝶の羽を持つ少女の様な外見で、大きさは手の平に乗るぐらい小さい。
しかし、ティベルは少女のような外見をしているが立派な成虫である。
ティベルの種族は子供時程醜く老いた顔を持ち、芋虫のような外見をしている。
「うるさいぞ。ティベル。クロキに知らせる必要は無い。ようはこの城を捨てれば済む話だ」
馬鹿馬鹿しい騒ぐ必要は無い。
この城を捨てて撤退すれば良いだけの話だ。
そもそも、この城に固執する理由は無い。
「さっすがクーナ様だあ。城1つを惜しく無いなんてさあ。きゃはははは」
「そうだね♪ そうだね♪ さすがだね♪」
ザンドとティベルが騒ぐ。何故こうもクーナの周りには騒がしいのが集まるのだろう?
「そういうわけだ。ダティエ。お前はここで勇者共の相手をしろ」
「えっ?!!」
玉座の間で控えているダティエに言うと。意外そうな声を出す。
「不満なのか?ダティエ?」
刺すような視線をダティエに向ける。
「いえ、クーナ様。そうでは無く。あの……。わたくしも撤退を」
ダティエはおずおずと言う。
「駄目だぞ。お前はここに残れ。そのためにクーナに化ける事ができるようになったのだろう?」
ダティエの側に行くと鎌を首に当てる。
「ひい!!」
鎌を首に当てるとダティエは怯えたように震えだす。
そもそも、何故こいつがクーナの髪を欲しがったのか疑問だったのだ。
理由はクーナに化けるためだ。
他者にそっくりに化ける事ができる、変身の魔法というものがある。しかし、その魔法を使うにはその相手の髪が有る程度必要になる。
この馬鹿はその魔法を使うためにクーナの髪を欲しがったのだ。
「ホント馬鹿だよね~。クーナ様に化けてクロキ様に近づこうなんてさ。これだからゴブリンは~」
ティベルが馬鹿にするようにダティエの周りを飛ぶ。
ティベルの言う通り、ダティエはクーナに化けてクロキに近づくつもりだったのだ。
色目を使うだけなら、不愉快に感じる事はあっても何もするつもりはなかった。
しかし、クーナに化けてクロキを騙そうとするのは許せない。
だから、こいつには罰を与えた。
「その通りだ。ダティエ。お前はクーナの影武者だ。うまく、勇者を追い返せたら貴様に取り付けた蟲を外してやろう」
そう言うとダティエは泣きそうな顔をする。
「あうあう……」
「それではクーナは行く。ここに残した虫共は使っても良いぞ。ダティエ。せいぜい頑張るのだな」
クーナはダティエに背を向ける。
「ホント。せいぜい頑張んなよ。ゴブリンの女王。じゃあね~」
「そいじゃあ。頑張ってね~。僕は応援してるよ。きゃはははははは」
騒がしい奴らもクーナの後に続く。
さて、ナルゴルのクロキの館に戻るとしよう。
兀十目様へ。レビューありがとうございます<(_ _)>
少し1話ごとの文字数を減らしたら、更新が早くできました。今まで多すぎだったかもしれません。