魔王陛下の小さな天使
◆魔界の姫ポレンナ
ぶおおおおおおおおおう!!!!
中々の音だ。
おならの臭いが充満する。
「うっ!! くさい!!」
我ながら臭い。
寝台が臭くなってしまった。これでは寝られない。
私は起き上がると、溜めていたおやつの棚へと行く。
確か大闇ニンニクの薄切り揚げがあったはずだ。
私はうきうきと歩き、戸棚を開ける。
しかし、そこには何も無い。
「あれ? おかしいな。確か台所から持って来たはずなのだけど……」
私は考える。
場所を間違えたのかもしれない。
部屋をあさる。
私の部屋は無駄に広い。おかげでどこに何があるのかわからなくなる。
何しろ私はこのナルゴルを支配する魔王の娘だ。
つまりはお姫様である。
お姫様は大きなお部屋で暮らすものだ。少なくとも絵本ではそう描いてあった。
しかし、私が読んだ絵本のお姫様の部屋は、こんなに汚れていなかったと思う。
私は衣装部屋に近づくと扉を開ける。
この中に御菓子を貯めこんでいたはずだ。
衣裳部屋に入ると、無駄に豪華な服が並んでいる。
どれも私には似合わない美しい服だ。
この衣装棚も今では私の食料庫だ。
私はなるべくこの部屋に引き籠り、部屋の外に出る事はない。
なるべく外に出ないようにするためには、食料を貯めこむ必要がある。
私は衣装を掻き分けて、御菓子を探す。
「あっ……」
思わず声が出る。
衣裳部屋に飾られている大きな鏡に映った私の自身の姿を見てしまったからだ。
醜い。お父様に似て醜い。
モーナお母様はとても綺麗なのに、私はとても醜い。
なぜ?お母様に似なかったのだろう?泣きたくなってくる。
そのため、お父様に似なければ良かった等と暴言を吐いてしまった。
その時のお母様はとても怖かった。
私はその恐怖のあまり、それ以来引き籠っている。
お母様はエリオスの女神から造られた女神だ。
エリオスの神々はとても美しい。
なんで、お父様の仲間の神族はブサイクなのに、敵の神族は美しいのだろう?
不公平だ。
私は鏡から目を反らす。
それよりも御菓子を探そう。
私は衣裳部屋を探す。しかし、御菓子は見つからない。
もしかするとだいぶ前に食べてしまったのかもしれない。
だとすれば、食料を調達にいかねばならないだろう。
「殿下~! ポレン殿下~! どこにいるのさ~?!!」
そんな事を考えていると、衣裳部屋の外から声がする。
この声はぷーちゃんだ。
ちなみにポレンは私の名だ。正確にはポレンナだが、ぷーちゃんは私をポレンと呼ぶ。
ぷーちゃんは私の友達だ。彼女はたまにこの部屋に遊びに来てくれる。
ぷーちゃんは正式には獣魔将軍プチナと言う。先代のエリテナが光の勇者に殺されてしまったせいで、娘である彼女がナルゴルに住む魔獣を支配しなければならなくなった。
エリテナおばさんの事を考えると哀しくなる。
小さい頃は沢山遊んでもらった。
だから、美形だけど、光の勇者は許せない奴だ。
光の勇者はお父様を倒すためにやって来た。
とんでもない強さで、あのランフェルド卿をも倒してしまった。
本当なら、もしもの時はお父様を守らなければならないのに臆病な私は部屋に籠って震えていた。
幸い、お父様が異界から呼び出した異界の者が光の勇者を倒したので、私は戦わなくて良かった。
異界の者に感謝である。
「ぷーちゃん! 私はここだよ!!」
私は衣裳部屋から外に出ると小さな女の子が立っている。
ぷーちゃんだ。普段は小さな女の子の姿をしているが、本当の姿は巨大な熊である。
「殿下。様子を見に来たのさ。そろそろ、食料が無くなっているのじゃないのさ。とりあえず、食べ物を持って来たのさ」
さすがぷーちゃんだ。私の腹具合をわかっている。
「ありがとう~。ぷ~ちゃん」
私はぷーちゃんに抱き着く。
「ぐげえ!!!」
ぷーちゃんが苦しそうにする。
しまった。
力を入れ過ぎた。私にはお父様譲りの怪力がある。
普通に腕を振るだけでオーク数匹を粉砕してしまう。
他よりも強靭な肉体を持つ、ぷーちゃんじゃなければ、挽肉になっていたかもしれない。
それでも、力を押さえなければぷーちゃんの背骨は折れていたかもしれない。
「ごめん。ぷーちゃん。久しぶりだったから力加減を忘れていたよ」
謝るとぷーちゃんは大丈夫と手を振る。
「問題無いのさ。殿下。それよりもうちが持って来た食料だけで足りるのさ?」
私はぷーちゃんの持って来た食料を見る。
これだけじゃ全然足りない。
「足りないよ、ぷーちゃん。もっといるよ」
「やっぱりなのさ。それじゃもっと持って来るのさ」
そう言うとぷーちゃんは背を向ける。
「待ってぷーちゃん。私も行く」
ぷーちゃんだけでは持って来る食料に限りがある。
それに、私自身で選びたい。
「良いのさ? 殿下? 部屋から出ても?」
「うっ!!」
言葉に詰まる。
私は醜い。だから、なるべく見られたくない。
「……なるべく。見られないように急いで移動するよ」
私がそう言うと、ぷーちゃんが溜息を吐く。
「殿下。デイモンの方々やダークエルフ達はともかく、このナルゴルでは醜い奴らの方が多いのさ。気にしすぎなのさ」
確かにナルゴルには醜い者の方が多い。
ぷーちゃんの言う通り、気にし過ぎなのかもしれない。
だけど、このナルゴルの動向はエリオスから注目されているらしい。
あまり、表に出ているとエリオスの神々から注目されるかもしれない。
エリオスの男神達から物笑いの対象になるかもしれないと思うと外に出たくない。
「ごめんね。ぷーちゃん。やっぱり駄目。急いで行こう」
私はぷーちゃんを連れて部屋の外に出る。
魔王城は無駄に広い。
そのため、厨房まで距離がある。
私は素早く柱の影から影へと移動する。
途中でぷーちゃんを置き去りにしてしまったが、厨房で待てば良いので気にしない。
それよりも誰の目にもつかないようにしなければならない。
巡回のオーク兵や掃除婦が掃除をする時間は把握している。
この間ならだれも廊下を通る事はないはずだ。
私は動く。
素早く、素早く厨房に向かって。
「あっ!!!」
思わず声が出る。
誰か曲がり角から出て来たのだ。
このままではぶつかる。
私は急いで減速する。私の力でぶつかれば相手は挽肉だ。
マズイ!!間に合わない!!
ぶつかりそうになったその時だった。
フワリと体が回転する。
一回転した私はお尻から地面に落ちる。
何が起こったのかわからない。
私は確かにぶつかりそうになった。
なのに、ぶつかる事無く、私は廊下の床に座り込んでいる。
「大丈夫?」
私がぶつかりそうになった誰かだろうか?
後ろから声がする。
そして、振り向いた瞬間、世界の時が止まったような気がした。
後ろにいたのは暗黒騎士の姿をした男性。
兜を脇に抱えている。
そのため、顔を見る事ができる。
黒い髪に白い肌。頭に角が生えていないのでデイモンでは無い。
少し地味だが、その顔はエリオスの男神に劣らず美形である。
誰?
誰々誰々誰々誰々誰々誰々誰々誰々?
この殿方は一体誰なの――――――――?!!!!!!!!!
初めて見る殿方だ。
こんな殿方はナルゴルにはいなかったはずだ!!
いれば、私が気付く。
この殿方は間違い無く神族だ。
顔は良いけど弱いデイモンでは無い。デイモンを越える存在だ。
「大丈夫? 立てますか?」
暗黒騎士の姿をした殿方が手を差し伸べる。
手を取った瞬間、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
私は思わず、ぎゅっと力強く手を握ってしまう。
だけど彼は動じない。私に匹敵する力を持っているようだ。
そのまま、引き起こされる。
廊下に立つと殿方は私よりも背が高く見上げる格好になる。
「どうしたの? どこか怪我をしたの?」
私を気遣ってくれているが、うまく言葉が出ない。
口をパクパクさせてしまう。
「殿下~!! 待ってなのさ~!!!」
ぷーちゃんがようやく追いつく。
「おや? これはプチナ将軍」
殿方がぷーちゃんを呼ぶ。どうやら、ぷーちゃんの事を知っているみたいだ。
「これは閣下。お久しぶりなのさ」
ぷーちゃんが殿方に頭を下げる。
ぷーちゃんはナルゴルでもかなり高い位を持っている。
殿方はぷーちゃんよりも偉いみたいだ。
ぷーちゃんは頭を下げるとこちらを見る。
「どうかしたのさ?」
「はいプチナ将軍。実は廊下でぶつかりそうになったのです……。ところでプチナ将軍。この方は誰なのでしょうか?確か殿下と言っていたような?」
殿方は困った表情で言う。
私の様子にどうして良いかわからないみたいだ。
何か言うべきかもしれない。だけど、言葉が上手く出ない。
「こちらはポレン殿下なのさ。魔王陛下の御子なのさ」
ぷーちゃんが私を紹介する。
すると、殿方の表情が驚きに変わる。
私を魔王の姫だとは思わなかったみたいだ。
「そうだったのですか。申し訳ありません殿下。怪我はありませんでしたか?」
彼の困ったような表情。
口を開かなければならない。
「い、いえ、だっ大丈夫ですぅ!!」
危うく舌を噛みそうになる。
しかし、私が大丈夫と言った事で安堵した表情になる。
それは素敵な笑顔だった。
「良かった。自分は用事がありますので行きますね。それでは失礼いたします、ポレン殿下」
そう行って殿方は去ってしまう。
私はその背中を見送る。
そして、彼が去った後もその行く方向から目が離せない。
「ど!どうしたのさ?!!殿下?!!」
ずっと、呆けた様子の私を見てぷーちゃんが心配する。
「誰……?」
「えっ?」
「あの殿方は誰なの? ぷーちゃん?」
私はぷーちゃんの首根っこを掴む。
「苦しいのさ、殿下……」
「お願い!! 教えて!! ぷーちゃん!!」
私はぷーちゃんを激しく譲る。
「あの方はディハルト閣下なのさ……。あの光の勇者を倒した強い御方なのさ……」
そう言うとぷーちゃんは泡を吹いて動かなくなる。
あの殿方が光の勇者を倒した異界の者?
今までお父様の仲間になる神族は全員ブサイクだったから、彼もそうだと思っていた。
それが、まさかあんな素敵な殿方だったなんて!!!
私は暗黒騎士の彼が去って行った方向を眺め続けるのだった。
前回と同じく短いです。
しかし、キリが良いので投稿します。
ちなみにポレンは直立した子ブタのような外見だったりします。