辺境の王国
◆シズフェ
「まずいぞ、シズフェ。もう辺りが暗くなっている。早くアルム王国につかねえとヤバイ」
横で歩くケイナ姉が私を見て言う。
時刻は夕暮れ、既に辺りは暗い。太陽が見えなくなれば歩くのが困難になるだろう。
「ごめんね、シズちゃん。私が歩くのが遅いせいで」
「別にマディは悪くないわよ。日暮れにはアルム王国にたどり着けると思った、私が甘かったのよ。謝るのは私の方よ」
マディは何も悪くない。団長は私である。判断を間違えたのは私だ。
謝るのは私の方である。
4日間の船旅を終えて、私達は大きな河川港を持つウィルドナ王国へとたどり着いた。
本来なら、ここで1泊した後で、アルム王国まで陸路で行く予定であった。
なぜアルム王国に行くのかと言うと、そのアルム王国の近くに、ハーピーがフィネアスを捕えていると思われる場所があるからだ。
しかし、一泊する事なく私達はアルム王国に向かっている。
なぜ、そうなったかと言うと、リジェナさんがリザードマンと小舟を貸してくれる事を申し出てくれたからだ。
大きな河船は入れないが小さな川がアルム王国の近くを流れている。そのリザードマンに引かせた小舟を使えば、街道を歩くよりも早くたどり着ける事は間違いない。
その申し出を聞いて、私は迷う。
リジェナさんの持つ地図を広げてアルム王国の位置を確認する。
測量能力を持つドワーフの地図は正確で狂いが無い。
もし、小舟を借りれば夕暮れには辿りつけそうであった。
私は迷った末に、仲間と相談して、その申し出を受ける。
なぜなら、人命の救助なので、早く行く必要があるからだ。
それに、気になる事があった。
新緑の戦士団が私達と同じくウィルドナ王国で船を降りたのだ。
彼らがどこに行くのかわからない。
しかし、もしかすると同じアルム王国に行くのかもしれない。
だとすれば、道中一緒に行く事になるかもしれない。
別に彼らと争う関係にあるわけではない。
しかし、なぜか一緒に行きたくないと思ったのだ。
それも、リジェナさんの申し出を受けた原因だ。
こうして、私達は小舟でアルム王国へと向かった。
しかし、小舟で降りたところからアルム王国までは当然街道から外れている。そのため、歩きにくく、時間がかかってしまったのである。
「しかし、このままでは確かにマズイですね。野営の道具を何も持っていません」
レイリアさんも不安そうな顔をする。
「少し急いだ方がいいじゃねえか、シズフェ? そうだマディ、俺がおんぶしてやろうか?」
ノヴィスがマディに背を向ける。
「えっ、でも悪いよノヴィ君」
「気にすんなって、マディなら子供をおぶるのと変わらねえよ」
ノヴィスが笑いながら言う。
振り向いた時にあきらかにマディの胸を見た事に気付く。
善意で言っているのだろうが、マディが子供みたいな体型なのを気にしているのを知らないのだろうか?
「む~。いいよ、ノヴィ君。おぶってもらわなくても大丈夫だから」
案の定マディが不機嫌な声で言う。そして、無理をして早足で歩きはじめる。
「おっ、おいどうしたんだよ!」
ノヴィスが慌ててマディを追いかける。
「はあ、何やってるのだか……」
私は溜息を吐くと2人を追いかける。
ほどなくして、私達は街道らしき場所へと出る。
らしき場所と言ったのは、その道が街道と思えないほどに、みすぼらしかったからだ。
だが、これは間違いなく街道だろう。
普段アリアディア共和国周辺の道に慣れているから、そう思ってしまうのだ。
アルム王国はミノン平野の外れにある国だ。
あまり豊かな国では無いと聞く。
通る人がアルム王国の市民しかいなければ、街道の整備はアルム王国がしなければならない。
豊かな国ではないから、立派な街道を作る事ができないのだ。
私達は街道を歩く。たどり着く頃には夜になっているだろうが仕方がない。
「待て! みんな!!」
街道を歩いていると、突然ノーラさんが大きな声を出す。
「どうしたの?ノーラさん?」
「後ろから、何かが走って来る」
そう言ってノーラさんは自分の耳に手をあてる。
エルフは人間よりもはるかに耳が良い。私達人間では聞く事ができない音が聞こえる。
ノーラさんの言葉で全員の雰囲気が変わる。
「魔物がこちらに走って来ているの?」
ノーラさんは首を振る。
「足音からして人間だな。何かに追われているようだ。魔物に襲われているのかもしれない」
その言葉を聞いて全員の顔に緊張が走る。
「助けに行くよ!!みんな!!」
全員が頷く。
私達は武器を取り出すと足音がする方向へと走る。
先行するのはケイナ姉とノーラさん。そして、私とノヴィスが続く。
マディは早く走れないので、レイリアさんと共に遅れてくる。
やがて、前方から1人の男性と1人の女性がこちらへと走って来るのが見える。
その後ろから複数のゴブリン達が追っている。
ゴブリンは日の光を嫌うため、日中はあまり姿を見せない。しかし、日の光が弱くなった夕暮れなら姿を見せる。
ゴブリンの数はかなり多い20匹はいるだろう。
急いで私達は逃げている男女の元へと行く。
男性は騎士のような姿であり、女性を守りながら逃げている。
「大丈夫ですかっ!!今、助けます!!」
私が叫ぶと騎士が驚いた顔でこちらを見る。
「あなた達は?」
「説明は後です! 下がって」
私はケイナ姉を先頭にゴブリンに向かう。
「クソ! 新シイ人間ガ来タ、ゴブッ!!」
私達に気付いたゴブリンの一部が弓矢を構える。
ゴブリン達の使う小さな単弓は飛距離こそ短いが、射程範囲なら脅威だ。
弓から矢が放たれる。
「レーナ様! 私達を守って!!」
私はレーナ様の加護の力により光の盾を出す。その盾により、矢はこちらに届かない。
前衛のゴブリンが石斧と石槍を構えて弓を持つゴブリンを守るように立ちふさがる。
ゴブリンは火を使えないので鉄器を作る事ができないが、石を磨いて鋭利な武器を作る事ぐらいはできる。
鎧が無い場所を攻められたら、致命傷を負う事もある。
「行くぞ! ノヴィス!!」
「おう! ケイナ姉!!」
ケイナ姉とノヴィスがゴブリンに突っ込む。
ケイナ姉は動きが制限される事をいやがるため、軽装の鎧しか身に付けない。
ノヴィスは鎧を着ないトールズの狂戦士なので上半身がむき出しだ。
2人は肌の露出が多いため、ゴブリンの攻撃で致命傷を負う可能性がある。
ゴブリン達が石斧と石槍を掲げて2人を迎え撃つ。
「そんなのろまな攻撃が当たるかっての!!」
ケイナ姉は小さく飛び、ゴブリン達の攻撃を躱すと槍で攻撃する。
ケイナ姉の脚の速さは常人の域を超える。その健脚を使った一撃離脱戦法が持ち味だ。
ケイナ姉の攻撃によりゴブリンの隊列が崩れる。
「おりゃああああ!!」
ゴブリンの崩れた隊列にノヴィスが気勢を上げて突っ込む。
ノヴィスが大剣を振るうと、数匹のゴブリンが吹き飛ぶ。
その戦いぶりを見ていると、2人に鎧は必要無いと改めて思う。
一方は全ての攻撃を躱し、もう一方は力で全てをねじ伏せる。
ゴブリンの弓使いが、2人を狙う。
もちろん、そんな事はさせない。
ノーラさんが速射で2人を狙うゴブリンの弓使いを的確に狙う。エルフ中でもオレイアド氏族は弓に長けている。
その氏族の出身であるノーラさんは弓の名手だ。弓使いはノーラさんに邪魔されて2人を狙えない。
「シズフェ! 前のゴブリンは任せた!!」
ケイナ姉が華麗にゴブリンを避けると、後続のゴブリンに向かう。
ゴブリン達も馬鹿では無い。ケイナ姉を追おうとする。
「させる訳ないでしょ!!」
私はゴブリンと対峙する。
後ろから襲われる事を怖れた4匹のゴブリンが私に向かう。
以前の私なら1匹のゴブリンを相手するだけも大変だった。
ゴブリンはオークのように強靭な肉体を持っていないが、素早く動く。私の魔法の剣も当たらなければ意味は無い。だから、素早く動く相手は苦手だった。
しかし、レーナ様の加護を受けた今の私ならば、これだけのゴブリンにだって負けはしない。
「ガアアアアアア!!」
一番前のゴブリンが石斧で私を襲う。
盾でその攻撃を受け流すと、素早く体を回転させて斬り裂く。そして、そのまま止まらず槍で攻撃して来たゴブリンの槍を斬ると盾で押して、別のゴブリンにぶつける。
そして、後ろから来るゴブリンを感じ取ると、私は剣を逆手に持ちなおし、後ろに付き出す。
後ろから来た奴を倒した、起き上がったゴブリン2匹が敵わないと思ったのか、私から逃げ出す。
周りを見ると他のゴブリン達も逃げ出している。
「どうするシズフェ。追うか?」
ノヴィスの言葉に首を振る。
「深追いは駄目よ。夜になる前にアルム王国に行くべきだわ」
そんな話をしているとマディとレイリアさんが私達に追いつく。その後ろには逃げていた2人もいる。
「すごいね。沢山いたゴブリンを4人だけで追い払っちゃった」
「私達の出番はないようですね」
マディとレイリアさんが笑う。
以前だったら、こうはいかなかっただろう。だけど、今回はノヴィスもいて、私も強くなった。
これだけのゴブリン相手でも勝つことが出来た。
「ありがとうございます。私はアルム王国の騎士ボルモス。そして、こちらは我が妹のエドラです」
「エドラと申します戦士様方。もし、皆様が来て下さらなかったらゴブリンに捕えられていたでしょう」
逃げていた男女が私達にお礼を言う。
この2人が無事だったのは、このエドラさんを生きたまま捕えるために弓を使わなかったからに違いない。
ボルモスは怪我をしているが、エドラには傷1つない。
「もっと、くわしい話をしたいのですが、取りあえず移動しましょう。今宵は我が国にお泊り下さい」
そう言ってボルモスは頭を下げた。
◆再びシズフェ
アルム王国は人口8千人程の王国だ。
耕作地に恵まれておらず、牧畜が主な産業である。
豊かな国が多いアリアド同盟諸国の中では貧しい国に入るだろう。
小高い丘の上に建てられた王国の周囲には、私の身長の3倍ほどの城壁が張り巡らされている。
おそらく、ドワーフ製では無く人間が作った物だろう。はっきり言って、アリアディア共和国のドワーフが作った城壁に比べてみすぼらしい。
だけど、逆に言えばアリアディア共和国の城壁が立派すぎるのだ。
先程のゴブリンの事もあるが、この辺りはアリアディア共和国よりも魔物の出現率が高い。
だから、この国にはアリアディア共和国よりも立派な城壁が必要である。
逆にアリアディア共和国には、あれ程立派な城壁は必要ないだろう。
必要な物が必要とされる所に行かないのは問題なのだそうだ。
ちなみに、これはマディから聞いた話だ。
元々は偉い賢者様の話らしい。
その賢者様の話では、アリアド同盟諸国は1つの国になるべきだそうだ。
そうすることで貧しい国に富を分配する事ができるのだと言う。
正直、あまりにも大きな話なので私にはいまいちわからなかった。
「戦乙女シズフェ様にそのお仲間殿。甥と姪を助けていただき有難うございます」
アルム王国の王様が私に礼をする。
ボルモスはこの国の王様の甥であった。
つまり、王族である。
しかし、この国は王様を民会で決める。
基本的に王様の子がそのまま王様に選ばれる事が多いらしいが、必ずしも王様になれるとは限らない。
そのため、王族といっても一般市民とそこまで変わらない。
私達はボルモス達を助けた事で夕食に招待された。
この夕食は王妃様とその一族の女性が作った物だ。
羊肉の挽肉に香草を混ぜて焼いた肉団子に、豆をすり潰して固めた揚げものが食卓にならぶ。
場所は王城である。この国の公共かつ、最大の建物で王様になった者が住む事を許される。
その夕食の席で私はお礼を言われたのである。
席には私達の仲間に王様と王妃様とその孫娘の姫にボルモスが座っている。
いつもは一族で食事をとるのか食堂は広い。
「おう。存分に感謝し……。うぐっ!!」
ノヴィスを肘で突いて黙らせる。
「いえ、そんな。全てはレーナ様の御導きのおかげです」
私はレーナ様に祈りながら言う。
「おお、そうですか。レーナ様に感謝いたします。これでエドラの結婚もうまく行くでしょう」
王様の話によると、エドラは隣国の王子と結婚が決まっていた。
そして、今朝にエドラはその隣国に王子に会いに行っていた。兄であるボルモスはその付き添いである。
私達と出会ったのはその帰りであった。
むこうの王族と話しが長くなり、帰りが遅くなった結果、夕方になりゴブリンに襲われたのである。
乗っていた馬がまず襲われ、2人は走って逃げるしかなかったのだそうだ。
もし私達がいなければ彼女はゴブリンに捕えられていたであろう。
「危ない所でした、この辺りにはゴブリンは多いのですか?」
「はい、戦乙女様。ここはゴブリンのガルモエ部族の勢力圏に入っております。本拠地はここから遠いみたいですが、たまに部族のゴブリンの戦士が兵を引き連れて出没します」
王様は困った顔で言う。
聞いた話によると、ゴブリンの部族は王を頂点として、司祭階級と戦士階級とその下の一般階級に分かれる。つまり、頭の良い奴と、力が強い奴と、特に能の無い奴である。
司祭階級は王の下で内政を司り、そして戦士階級は一般階級から選別された兵士を引き連れて外征を行うそうだ。
外征とは森で狩猟を行ったり、他のゴブリン部族と戦ったり、人間の国を略奪する事である。
ゴブリンの部族の勢力圏に入っているアルム王国は、いつ侵略されてもおかしくない。王様も頭が痛いだろう。
「あの~戦乙女様。私も戦士になれるかな?」
お姫様が私に話しかける。
王様の孫娘であるサニラ姫様は8歳である。無邪気な笑顔がとても可愛らしい。
「これ、サニラ!!」
王妃様がお姫様を叱る。
「良いじゃない、御婆様。女の子だって戦士になれるのでしょ? 私も戦士になりたい!!」
サニラ姫様が期待する瞳で私を見る。
「もう……。サニラ。あの子達に続いて、あなたまでいなくなったら……」
王妃様が悲しそうな顔をする。
その言葉で私は察する。
なぜ孫娘のお姫様がこの席にいるのに、その両親である子供がいないのかを。
おそらく、何かの理由で死んでしまったのだろう。
「戦士になりたいの!! 戦士になれば、森で迷子になっているお父様やお母様を探しに行けるもの!!」
しかし、サニラ姫は言う事を聞かない。
「サニラ姫様。レーナ様は誰もが剣を取る事を認めています。ですが、それは大切な人を守るためです。姫様は御爺様と御婆様が大切では無いのですか?」
私はサニラ姫の所に行くと手を取り、諭すように言う。
「ううん。御爺様も御婆様も大切だよ」
「ならば、大切な人に心配をかけてはいけませんよ。戦士は大切な人を守る為にいるのですから」
私は笑顔を作って言う。
サニラ姫が国王夫婦を見る。心配そうな顔をしている。
その顔を見てサニラ姫が何かに気付いたのか頷く。
「うん……。御爺様や御婆様が悲しむのはいや」
良かった。わかってくれたようだ。
「でも、だったら心配をかけなければ戦士になっても良いの?」
期待する目で私を見る。そんな目で見られると弱い。
まあ、心配をかけないようにするなら良いだろう。
「そうですね。心配をかけないようにするのなら大丈夫だと思います」
そう言うとサニラ姫は満面の笑顔になる。
「やった! 私ね! 戦士なる! いつも、この国に来る戦士には男の人しかいなかったから、男の人しか戦士になれないと思ってたんだー!!だけど、違うんだね。やったー!!」
どうやら、今までこの国に来た自由戦士に女性はいなかったようだ。サニラ姫は喜ぶ。
だけど、その言葉に気になる事があった。
「あの、この国にいつも来る戦士というのはどういう方なのでしょうか?」
私はおそるおそる尋ねる。
「そうですね、普段この国を訪れる戦士は少ないのですが、最近は新緑の戦士団と名乗る方々がよく来られます」
答えたのはボルモスだ。
そして、予想通りの答えだった。
どうやら、新緑の戦士団はこの国にしょっちゅう来ているらしい。
ボルモスの話では定期的に誰かから依頼を受けてこの国に来たそうだ。
一体どんな依頼なのだろう?
この国の人達も新緑の戦士団が何の依頼で来るのか不思議に思っていたが、彼らの落とす外貨に黙っていたそうだ。
とても嫌な予感がする。
しかし、確信はもてない。
まあ、気にしても仕方が無い。
とにかく明日からは本格的な野外活動だ。今夜は早く寝よう。
これで外伝も半分終わりです。
予定ではあと3話、長くても4話。最後はエピローグだから実質2、3話。だったりします。
クロキ達異世界人ならゴブリンは瞬殺です。多分戦闘シーンもすぐに終わるでしょう。
この世界の人間達の冒険話を書きたいと思ったのが外伝を書く理由だったりします。