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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
外伝ハーピークエスト
84/195

ハーピーにさらわれた少年

 ◆シズフェ


 イシュティア様の教団は自由都市テセシアで最大勢力である自由戦士協会に次いで大きな組織である。

 その神殿はとても立派で、これだけの建造物はアリアディア共和国でも中々お目にかかる事はできない。

 教団の構成員は市民権を持たない女性が主だ。

 彼女達は他所の地域から流れて来た難民か、その娘が殆どだったりする。

 愛と美の女神であるイシュティア様を奉じる教団は女性や子供の保護を表明しているので、難民として行き場の無い彼女達を保護して仕事を紹介している。

 ただし、紹介される仕事の多くは娼婦だったりする。

 ここが娼婦を認めない結婚の女神であるフェリア様の教義とは相容れない所である。

 フェリア様の教団も女性の保護を表明しているが、市民の女性の抱える問題を解決するだけで手いっぱいらしく、とても非市民の女性までは保護できないみたいだ。

 だから非市民の女性の多くは自分の身を守るためにイシュティア様の信徒となるのである。

 また、イシュティア様の教義では多くの男性に愛を与える娼婦は神聖な存在であり、むしろ崇められる。

 そして、娼婦を粗略に扱う者は教団の敵と見做される事になる。

 もし、女性に酷い事をすると不能の呪いをかけられるか、暗殺されるともっぱらの噂だ。

 そのためテセシアの男達は情愛と畏敬の念を持って娼婦に接する。

 だからだろうか、進んで娼婦になる女性もいるみたいだ。

 フェリア様の信徒でもある私には理解できない。

 そして私は今イシュティア様の神殿の1室で1人の女性と対面している。理由は仕事の依頼だからだ。

 私はフェリア様の信徒だけど、教団には色々とお世話になっている。

 だから、その信徒の人達からたまにお願い事をされたりもする。


「お願いです戦乙女シズフェ様。息子を……。フィネアスを助けて下さい」


 対面している女性、サルミュラさんが私に頭を下げる。

 サルミュラさんはイシュティア教団に所属する娼婦だ。

 そしてフィネアスというのはサルミュラさんの息子だ。今は無き夫の忘れ形見と聞いている。つまりサルミュラさんは過去に結婚していた事になる。

 イシュティア様の教義には結婚は無い。だから、サルミュラさんは昔イシュティア様の信徒では無かった事になる。

 なぜ、イシュティア様の信徒になったのかはわからない。しかし、それを聞く事は野暮だろう。きっと深い理由があるに違いない。

 フィネアスの年齢は12歳。神殿で育てられた子供は年頃になると神殿から出て自立しなければならない。

 フィネアスは自由戦士になるために、とある戦士団に入団したらしい。

 まあ、妥当な判断だ。非市民の男の子でまともな仕事は自由戦士ぐらいしかない。

 もっとも命の危険は高い。他に安全な職はあるかもしれないが、そういった職に就くにはコネかよほどの才能が無ければいけない。

 だから、神殿で育てられた男の子は自由戦士となる者が多い。

 フィネアスは戦士見習いとなって、各地の魔物退治の手伝いをしていたようだ。

 そして、フィネアスを連れた戦士団が仕事で中央山脈の麓に来た時だった。

 ハーピーに襲われて小柄なフェネアスは連れ去られたらしいのである。

 一緒にいた戦士達は空から急にハーピーが来たため助ける事が出来なかったようだ。

 ハーピーは人間の体に手脚が鷲の翼に鷲の脚の女性だけの種族だ。彼女達は繁殖のために人間の男性を攫う。

 食べるために攫うのでは無いので、攫われた男性はしばらく生きている事が多い。

 過去には救出された男性もいるそうだ。だから、フィネアスも生きている可能性が高い。

 しかし、実際に救出される事は希である。

 ハーピーは危険な魔物だ。1人を助けるために別の誰かが犠牲になるような事はしない。

 だから、よほどの重要人物でない限りはわざわざ助けに行く事はしない。

 それにフィネアスは見習いとはいえ自由戦士である。魔物によって命を落とす事は当たり前だ。

 フィネアスだってその事を覚悟しなければならない。

 フィネアスが所属していた戦士団もそう判断したみたいで、捜索はあまりされなかったようだ。

 これが、自由戦士の普通の考えだ。フィネアスの母に死を伝えただけでも良心的な行動である。

 しかし、その考えを納得できない者もいる。

 実の母親であるサルミュラさんだ。

 サルミュラさんはまだ生きている可能性のあるフィネアスの救出を戦士団にお願いしたのである。

 しかし、戦士団は手間がかかる上に危険な探索を拒否した。

 途方にくれたサルミュラさんは神殿に出入りしている私の噂を聞いた。

 そして戦乙女の称号を持つ私ならばフィネアスを救えるのではないかと、サルミュラさんは必至の思いで救出をお願いしているのである。

 だけど、話を聞く限りこれは大変難しい依頼だ。

 まず、フィネアスが連れさられた場所から探さねばならない。

 そして、ハーピーだから人里離れた所に連れ出されているだろう。そこまで行くのも大変そうだ。

 だからこそ戦士団は救出を拒否したのである。

 また、運よく見つけられてもハーピーと戦闘になる可能性が高い。

 それにまた別の問題もある。


「あの、念のために聞きたいのですが……。報酬はいくらぐらい出せそうですか?」


 私は問題である報酬について聞く。

 こちらも生きるためだ。報酬は絶対に聞いておかねばならない。

 そして、依頼の難しさから考えてもそれなりの報酬を貰わないと割にあわないだろう。それに中央山脈まで行く経費も必要だ。

 だけど、サルミュラさんはあまりお金持ちそうには見えない。

 案の定サルミュラさんは悲しそうな顔をする。


「申し訳ないですがヴィタの銅貨と銀貨を少ししか持っていないのです。これではだめでしょうか?」


 それを聞いて溜息が出そうになる。

 できれば報酬はテュカム貨幣で貰いたい。

 テュカム貨幣はアリアディア共和国政府が発行している貨幣だ。金や銀や銅の重量が均一で枚数を数えるだけで良く、重さを量る必要が無い。

 アリアディア共和国の税金もテュカム貨幣で支払う義務があったりする。違反すれば脱税の嫌疑がかけられる可能性もある。

 ヴィタというのはそのテュカム貨幣よりも粗悪な貨幣の総称である。

 テュカム貨幣の金貨や銀貨や銅貨よりも1回り小さかったり、他の価値の低い金属が混ぜられていたりする。

 そんなヴィタも両替商に持っていけば、その金や銀や銅の含有量を査定して、相応のテュカム貨幣に両替してくれる。

 そのためヴィタはアリアディア共和国以外の国や外街、そしてこの自由都市テセシアではお金として流通しているのである。

 ただ、ヴィタは大きさも金や銀や銅の含有量が1枚ごとに違うので、受け取る時に撰銭をしなければならない。これが結構大変な作業だったりする。

 それに、両替するのは手間だ。また、査定によっては両替不可の可能性もある。

 だからヴィタが報酬の仕事はなるべく受けたく無い。

 しかし、サルミュラさんはそれしか持っていないと言う。

 教団全体の問題に関わる事なら教団がお金を出してくれるかもしれないが、この案件ではさすがに無理だろう。


「お願いです戦乙女様! どうかフィネアスを助けて下さい!!」


 サルミュラさんが再び私に頭を下げる。

 私は天を仰ぐのだった。





 ◆続けてシズフェ


 自由戦士協会本部の近くにある大食堂には食事時から外れているためか人は少ない。

 おかげで私達は簡単に席を取る事ができる。

 この食堂は収入の少ない自由戦士のために自由戦士協会が造った施設の1つだ。

 自由戦士協会の会員になれば誰でも利用が可能である。

 この食堂では他の飲食店よりも安く食事を取る事ができる。

 ただし、食材のほとんどがアリアディア共和国で廃棄処分となるはずだった物だ。

 価格は安いが、腹が膨れれば良いといった食事しか出ない。

 目の前のケイナ姉が食べている、お粥もあり合わせの食材を全て鍋に入れて煮ただけだ。

 しかし、それでも日々の食事にありつけるのは良い事だと私は思う。

 他にも自由戦士協会は会員の為に格安の住居を提供したりもしてくれる。

 だからこそ、自由戦士協会の会員になる自由戦士は多い。

 ただ、魔術師のマディが言うにはこれは自由戦士が犯罪に起こさないようにするためのアリアディア共和国の政策らしい。

 また、協会に登録させることで自由戦士を管理することもできるそうだ。

 中々うまいやり方だと思う。

 犯罪を起こせば自由戦士協会から追い出される。そうなれば安い食事と宿が手に入らなくなるのだから。


「で、結局引き受けたわけか、シズフェ?」


 食堂の端の席、対面に座るケイナ姉が私に呆れた顔をする。


「うん……。ごめんね。ケイナ姉」


 私はケイナ姉に謝る。


「戦乙女様なら、もっと楽で金になる依頼があるだろう。先日のようなさ……。何でまたそんな割に合わない依頼を持ってくるんだ、シズフェ?」


 ケイナ姉の言う通りだ。

 10日前の事である。私達は自由戦士協会の依頼があった。

 何でも依頼主が戦乙女である私を名指しで指名したらしい。

 依頼の内容はただの護衛である。他国へと嫁ぐ貴族の令嬢を守るために同行する簡単な仕事だ。

 道中何事も無く、無事に送り届ける事が出来た。はっきりいって誰にでもできる仕事だ。しかし、相手の貴族にとっては戦乙女に守られながらの嫁入りは縁起が良いらしく、無事に送り届けると感激して報酬を弾んでくれた上に結婚式にも呼んでくれた。

 その時に戦乙女である私にお祝いの言葉をお願いされたのである。

 仕方が無いから差しさわりのない祝辞を言うと、さらに報酬を上乗せしてくれた。

 ケイナ姉は報酬が沢山もらえて喜んでいたけど、私はむしろ申し訳なく思ったぐらいだ。

 そして、他にも簡単な割に報酬の高い依頼が私達に来ている。

 どうも戦乙女の称号はかなりの物のようだ。以前よりも収入が倍になったのだから驚きだ。

 また、戦乙女になった事で私はアリアディア共和国の市民権も貰えたのである。

 これで、市民証を見せればアリアド同盟に加盟している国ならばどこでも入国を保証される。

 以前のように入国料を取られる事は無い。これで、活動がしやすくなった。これからもっと収入が増えるかもしれない。

 しかし、それで良いのだろうか?


「確かにもっと楽な依頼はあるけど。レーナ様が私に加護を下さったのは楽な仕事をさせるためじゃないと思うの」


 私は思っている事を口にする。

 お金を得るためにレーナ様は私に加護下さったわけではないはずだ。

 レーナ様は私に力を下さったのは人々を助けるために違いない。

 それを、お金儲けに使うのはきっと間違っているはずだ。


「それに……」


 私はさらに言葉を続ける。


「それに?」

「サルミュラさんに出来る限りの事をしてあげたいの。もし私が彼女の立場なら自由戦士だからと言って大事な人を諦めるなんてできないよ……」


 そう言うとケイナ姉は溜息を吐く。

 私は死んだお父さんの事を考える。お父さんは自由戦士となり、魔物によって帰らぬ人となった。

 お父さんが死んだ時とても悲しかった。

 もし、お父さんが魔物に攫われて生きているのならなんとしても助けたいと思っただろう。

 だから、サルミュラさんの気持ちが何となくわかるのだ。


「しゃーねーか。シズフェがそう言うのじゃ行かねえわけにはいかねえな」


 ケイナ姉はやれやれと首を振る。


「ありがとうケイナ姉」

「だけど、必ず助けられるとは限らねえぞ。その事は伝えたか?」

「うん。もちろんサルミュラさんにはそう伝えたよ。できる限りの事はするけど助けられるとは限らないって」


 当たり前の話だ。考えたくは無いが死んでいる可能性もある。それに見つからない可能性もある。


「そうか、それから探すあてはあるのかシズフェ?」

「うん。一応あるよ。空を飛ぶ者の事は空を飛ぶ者に聞けば良いと思うの」

「?」


 私がそう言うとケイナ姉が不思議そうな顔をする。

 それもそうだろう。彼女の事をケイナ姉は知らない。彼女とケイナ姉は面識が無い。

 もし、彼女がわからなければ諦めよう。


「だからその点は大丈夫だと思う」

「そうか、まあ、シズフェが言うのなら大丈夫だろう。マディやレイリアやノーラに連絡しないとな。マディは反対するかもしれないが、レイリアやノーラなら来てくれるだろう」


 ケイナ姉の言葉に頷く。

 合理的なマディは割の合わない依頼は嫌がる。しかし、それでも何だかんだと言って来てくれるだろう。

 レイリアさんとノーラさんは来てくれるだろう。この2人は報酬にこだわらない。

 むしろレイリアさんは人命救助を喜んでする。

 3人がいる場所はわかっている。マディはアリアディア共和国の魔術師協会。レイリアさんはレーナ様の神殿。ノーラさんは宿にいるはずだ。連絡しなければいけないだろう。


「うん。他のみんなにもしらせないとね。でもその前に私も何か食べるね、ケイナ姉」


 私はそう言って席を立つ。

 ジャスティがいる店と違って、この食堂には給仕がいない。

 食べ物は注文して取りに行かねばならない。そして、食べ物を受け取ったら空いている席で食事をする。

 だから私は注文をしに料理人の所へと行く。


「よお、姉ちゃん。これから食事か? だったら俺達と一緒に食べないか?」


 突然後ろから声を掛けられる。

 振り向くとそこには頭の悪そうな5人の男が立っている。

 私は心の中で「あちゃー」と舌打ちする。

 この展開は久しぶりだ。私が自由戦士になりたての頃にこういう手合いに何度か絡まれた事がある。

 こういう手合いはしつこくて、下手にあしらうと根に持たれる事がある。

 以前にしつこく言い寄ってくる奴がいて大変だった。

 こういう奴の唯一の対処法はこういう奴に出くわさないようにする事だ。

 最近はジャスティのいるイシュティア様の神殿が経営する店にばかり行っていたから忘れていた。

 値段は高いがそちらに行っていれば良かった。あそこならこんなチンピラは来ないはずだ。

 男達は私を取り囲むように立っている。


「ごめんなさい。連れがいるので貴方達の申し出は受けられません」


 私はやんわりと断る。


「連れってのは、あそこにいる女の事だろ。だったらその女も一緒にってのはどうだ?」


 にやにや笑いながら近づく。

 どうやら、私とケイナ姉が話している時から目を付けられていたみたいだ。


「悪いけど、遠慮します。行きますね」


 私が脇を抜けようとすると行く手を阻まれる。しつこい。

 私はいらだつ。

 どうしようかと思う。

 レーナ様の加護がある今なら、こんな奴らに負ける気がしない。

 しかし、ここで争えば食堂に出入り禁止になる可能性がある。

 こんな奴らのために何故私がそんな目にあわなくてはいけないのだろう?


「そこで何をしているのですかっ?!!」


 誰かが私達を見て声をかける。

 私は声を掛けて来た人を見て安堵する。


「あん? 何だ、お前は?」


 男の1人が声を掛けた者に低い声で脅す。


「待て! そいつは法の騎士だ! ここで手を出すのはヤバイ!!」


 声を掛けた者の姿を見て仲間の男が止める。

 しばらく睨み合いが続く。

 先に動いたのはチンピラ5人。

 彼らは私達から離れて行く。


「ありがとうございます、デキウス様。助かりました」


 私はチンピラを止めてくれたデキウス様にお礼を言う。

 デキウス様は法と秩序を守る神王オーディス様に仕える法の騎士だ。

 礼儀正しい美男子である。

 法を守るために犯罪の捜査等をする。

 以前に捜査の手伝いをして以来の知り合いだ。


「大丈夫、シズフェさん。全くああいう手合いはどうにかならないかしら……」


 デキウス様の後ろからデキウス様の妹のシェンナさんが顔を出す。

 シェンナさんは劇団ロバの耳に所属する舞姫で役者だ。アリアディア共和国でとても人気がある。

 シェンナさんと知り合ったのは2ヶ月前の『黒い嵐』事件の時だ。

 彼女はなんでもあの暗黒騎士に捕らわれていたらしい。

 その時の事を彼女はあまり話したがらない。

 きっと酷い目に会わされたのだろう。改めて暗黒騎士に怒りを覚える。

 だから私もその事を聞かない。

 だけど魔女狩人はその事で彼女にきつい尋問をしようとしたと聞く。

 黒髪の賢者チユキ様が止めなければ危なかったらしい。何事も無くて本当に良かった。


「大丈夫ですシェンナさん。大事にならずに済みました。ところでデキウス様達はどうしてここに?」


 どうしてデキウス様達はここにいるのだろう。何かの捜査だろうか?

 この自由都市テセシアはアリアディア共和国に従属しているから、アリアディア共和国の捜査官である法の騎士にも捜査をする権限がある。

 だけど、実質的な治安の維持や捜査は自由戦士協会が行っている。

 この都市で起こった犯罪の捜査は協会の依頼を受けた自由戦士が行うのが一般的だ。

 しかし、アリアディア共和国の市民に関わる重大な事件なら捜査に来る事もある。


「ちょっとした捜査ですよ、シズフェさん。実は最近アリアディア共和国で出回っている薬物で気になる事があるので調べているのです」


 そう言うとデキウス様は懐から何かの薬を取り出す。


「それは?」

「アリアディア共和国の市民達の間で出回っている薬です。見た事はありませんか?」


 私はデキウス様の掌にある小さな黒い丸い粒を見る。

 何の薬だろう?初めて見る。


「いえ、見た事はありません。何の薬なのですか?」

「ええと……」


 私が聞くとデキウス様は少し言い難そうにする。


「もう、何してんの? 兄さん。話が進まないでしょ。これは精力剤よ、シズフェさん。男の人が女性と一晩過ごす時に使う薬よ」


 シェンナさんが説明してくれる。

 なぜ、デキウス様が言い難そうにしたのかわかった。

 フェリア様とオーディス様の信徒は性的な事を人前で言うのは良くないとされている。


「シェンナ、女性はそう言う事は口にすべきじゃないよ」

「でも、兄さん。捜査する以上は聞かなければ進まないでしょう。まあ、だからこそ私が手伝っているのだけどね」


 シェンナさんがそう言うとデキウス様は「うっ」っと呻く。

 確かに精力剤なら愛と美の女神の信徒であるシェンナさんの方が耳にする機会が多いだろう。

 それにシェンナさんは私よりもイシュティア様の神殿との繋がりが深いから調べ易いはずだ。

 また、物が物だけに敬虔なオーディス様の信徒であるデキウス様には調べ難いに違いない。

 だから2人は一緒に行動しているのだろう。


「確かにそうだね……シェンナ。シズフェさん実は最近この薬がアリアディア共和国の資産家の市民の間で出回っているらしいのです。もし見かけたら知らせてくれませんか?」


 デキウス様は気を取り直して私にお願いする。


「はい、わかりましたデキウス様。ところで気になったのですが、その薬はもしかして危険なのですか?」


 私がそう言うとデキウス様は首を振る。


「わかりません。魔術師協会や医の女神ファナケア様の神殿の司祭殿に調べてもらったのですが、協会の魔術師殿も司祭殿にもわからない成分が含まれているらしいのです。今の所、危険な症状を訴える者はいないようなのですが……。しかし、黒い嵐の事もあります。出所がわからない薬は調べておこうと思いまして」


 私はなるほどと頷く。2ヶ月前の『黒い嵐』事件で『砂』と言う魔薬が出回った事があった。

『砂』は人に楽しい夢を見せるが、やがておぞましい鼠人ラットマンに変えてしまう。

 この精力剤も同じように魔物が流しているかもしれない。

 だからデキウス様は調べているのだろう。


「なるほど、わかりました。もし見かけましたら、お知らせしますね」

「ありがとうございます、シズフェさん。それでは私はこれで」

「じゃあねシズフェさん」


 デキウス様とシズフェさんが去って行く。

 その後ろ姿を見送る。

 精力剤か。見かけたら知らせよう。

 そう思いながら、私は再び食事を取りに向かうのだった。








 ◆魔術師キリウス


 全くなぜ私がこんな事をしなければならないのだろう。

 私は暗い部屋の中で考える。

 ここはアリアディア共和国の片隅にある家だ。

 優秀な魔術師である私がいる場所ではない。

 しかし、他に行き場が無いのだから我慢するしかない。


「キリウス殿。薬は出来ていますかな?」


 地下室へと1人の太った男が降りて来る。


「これはトルマルキス殿。それが……材料が足りていないのです。これ以上の増産は無理です」


 私は太った男に頭を下げる。

 太った男の名はトルマルキス。行き場を無くした私を匿ってくれている男だ。

 私はかつて魔術都市サリアの偉大な魔術師の1人だった。

 しかし、私が仕えていた魔術師協会の副会長であるタラボス師が失脚してしまったせいで、サリアから追われてしまった。

 失脚の理由は邪神と契約して人間に対する敵対行動をしたからである。

 私はタラボス師や他の仲間と共にアリアディア共和国へと逃げて再起を図る事にした。

 だが、私が別の用で行動を別にしている間にタラボス師は他の仲間と共に光の勇者達に殺されてしまった。

 行き場を無くした私は昔からの知り合いであるトルマルキスを頼ったのである。

 昔と違い、今のトルマルキスは光の勇者の従者となっているので私を勇者に売る事も考えられた。

 だが、他に頼れる人間を知らなかった私は結局トルマルキスの所に行く事にした。

 少し不安だったが、予想通りトルマルキスは私を快く受け入れてくれた。勇者達に売るつもりは無いようだ。

 トルマルキスの性格を考えれば勇者に忠誠を誓う事は無いだろうと思っていたが当たりだった。

 むしろトルマルキスは勇者達に対して不満があるみたいである。

 トルマルキスは私にぼやく、以前のように自由に使える金が減ったと。

 今のトルマルキスは大商人の旦那ではなく、勇者の従者のリジェナとか言う娘の下男だ。

 トルマルキスが持っていた財産はほとんど取り上げられ、リジェナ達に預けられたそうだ。

 そのため、トルマルキスが使える金は殆ど無いと言う。

 うまい食事と酒に賭博と女が大好きなトルマルキスだ。遊ぶ金が少なくなった事は耐えられないのだろう。

 一度贅沢な暮らしになれたこの男には我慢が出来ないに違いない。

 私を匿ったのもそういった勇者達に対する反発があるみたいだ。

 そして、トルマルキスは私を匿う見返りに何か金儲けになる方法はないかと相談したのである。

 助けられた私はトルマルキスのお願いを断る事ができず、金儲けの方法を考えた。

 考えたあげく魔法の薬を金持ちに売る事を思い付いたのである。

 しかし、普通の薬ならファナケア神殿が売っている。だから、普通では買えない薬を売る。

 それが魔法の精力剤だ。

 私は魔術都市サリアの学院にいた時は魔物の研究をしていた。

 ゴブリンやオークにハーピー等の特定の魔物のメスの中にはオスを誘うための分泌液を出す種族がいる。

 そのメスの分泌液を利用すれば魔法の精力剤を作る事ができる。

 それをアリアディア共和国の金持ち達に売るのである。

 ただし、薬を堂々と売る事はできない。

 製造法を探られれば私の存在がばれる恐れがある。それに材料の入手方法も他者に知られるのは危険だ。よって秘密にするべきだろう。

 私は元手となる資金を作る為に手持ちの魔法の道具をトルマルキスに売らせた。

 トルマルキスは顔が広く買い手を探す事は簡単だった。

 こうして環境を整えた私は薬の製造に取りかかったのである。

 また、トルマルキスの知り合いの戦士団のおかげで材料となる魔物の体液も手に入れる算段もついた。

 そして、つい1ヶ月前に薬が完成したのである。

 この精力剤はトルマルキスの遊び仲間達に大変好評で高値で売れた。

 自由な金が出来たトルマルキスは気分を良くして薬を増産するように私に言ったのである。


「そうですか、材料が足りませんか。また団長に言ってハーピーの体液を取って来てもらわなければなりませんね」

「ええ、お願いしますよ。材料さえあればいくらでも増産は可能です」

「そうですか期待していますよ。キリウス殿が作られる薬は友人達にとても好評です。これならいくらでも売れるでしょう。ぬふふふ」


 トルマルキスが笑う。

 それは何とも下卑た笑みだった。


実は本編でハーピーを出す予定が無かったので、外伝を作った部分もあります。

クロキ達だったら簡単に倒せる魔物もシズフェ達は苦戦するでしょう。

こういった世界を変えない人間視点の物語も書きたいと思います。

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