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暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第5章 月光の女神
82/195

嵐の後で(第5章エピローグ)

 ◆シズフェ


「黒い嵐と共に悪魔の軍勢来たる


 率いるのは邪悪なる暗黒騎士

 光の勇者が挑むれど

 暗黒騎士に敗れ去る

 されど光の女神来たる

 光の女神の威光の前に暗黒騎士は逃げ去る

 かくて人の都は救われり」

 知恵と勝利の女神レーナ様の神殿の前で吟遊詩人が歌っている。

 それを参拝する人達が聞いている。

 黒い嵐事件の後から3日、レーナ様に感謝しようと連日大勢の人々が参拝に来ている。

 私も事件が終わってから毎日来ている。

 私もつい先ほど祈りを捧げた。

 それにしても待ち時間が長かった。


「シズフェ~」

「ケイナ姉」


 通りの向こうからケイナ姉がやって来る。


「また、来てたのかよ?」


 ケイナ姉が呆れた顔で言う。


「当たり前よケイナ姉。レーナ様には感謝してもしきれないわ」


 ケイナ姉は私と共に1回参拝した後、来るのをやめた。

 もう少しレーナ様に感謝の気持ちを持つべきだと思う。

 私は黒い嵐事件の事を思い出す。

 黒い嵐と共に来た悪魔の軍勢。

 その軍勢を率いていたのは巨大な竜に乗った邪悪な暗黒騎士。

 その暗黒騎士はとんでもない強さだった。

 最強のデイモンロードに勝った光の勇者レイジ様を簡単に倒してしまった。

 その光景は魔法の映像で多くの人々が見ていただろう。

 私は城壁を見る。

 そこには巨大な穴が開いている。

 暗黒騎士はドワーフ製の強固な城壁を簡単に壊してしまった。改めて暗黒騎士の恐ろしさを感じる。

 その暗黒騎士は城壁を突き破る勢いでレイジ様を突き飛ばした。

 今でも神殿前の広場の石畳は大きく壊れている。

 そして、倒れたレイジ様に止めを刺そうと迫った。

 勝ち誇った悪魔達はアリアディア共和国の空を覆う。

 悪魔達の勝ち誇る声にアリアディアの人達は絶望に打ちひしがれた。

 私も、もう駄目だと思い、膝をついて泣きそうになってしまった。

 その時だった。女神レーナ様が天使様達を率いて降臨されたのだ。

 突然現れた光り輝く美しい女神に私達は目を奪われた。

 そして、女神レーナ様が現れるとその威光によって暗黒騎士は前屈みとなって苦しみだしたのである。

 魔法の映像で見ていたが、それはとても感動的な光景だった。

 暗黒騎士は前屈みの状態で苦しみながら退散するしかなく、こうして私達は救われたのである。

 その感動的な光景は私以外の人も同じに思ったらしく、壁画にして後世に残す事が決まったそうだ。

 壁画にはレーナ様の前で前屈みとなった暗黒騎士が描かれ、永遠にアリアディア共和国の人々に語り継がれる事になる。

 また、壁画を見た人々はレーナ様の偉大さを思い知るだろう。


「まあ、確かにそうだな……。だけど、この人だかりを見ていると、さすがに何度もお祈りは無理だ

ぜ……」


 ケイナ姉が人だかりを見てげんなりして言う。

 非常に人が多い。まるでお祭りのようだ。

 レーナ様の神殿は大きいにも関わらず中に入りきれず、その前の広場まで人でごった返している。

 私も参拝するのに時間がかかってしまった。

 レーナ様の司祭であるレイリアさんも参拝する人の対応で忙しいらしい。


「じゃあ、せめてここからでもお礼をしようよケイナ姉」


 本当はケイナ姉も中に入ってレーナ様の像に祈るべきだと思う。しかし、我慢することが苦手なケイナ姉には何時間も並ぶのは苦痛のようだ。


「まあ、それぐらいなら……」


 そう言って、ケイナ姉は祈る。

 私も同じよう祈る。

 レーナ様。私達を救っていただきありがとうございます。











 ◆チユキ


 城壁外に造られた仮設劇場に多くの人が集まっている。

 劇は女神レーナに捧げるために特別に講演している。

 悪魔達がこの国を襲った通称「黒い嵐」を追い払った女神レーナを讃える声は大きい。

 舞台では扮装したシェンナが演じている。

 主演が戻り劇団ロバの耳は講演を行う事にしたらしい。

 舞台は予定通り「アルフェリア」。

 ちなみにこの劇には女神レーナが登場する事になっている。

 この物語の最後の方でアルフェリア姫が魔女に負けそうになった時にレーナが現れて姫を救うのである。

 この「アルフェリア」以外でもレーナが最後に出る劇は多い。

 もちろん、どれも混乱した状況を解決して物語を収束させるデウス・エクス・マキナとしてだ。

 アリアディア共和国を襲った「黒い嵐」事件も最後はレーナによって解決した。

 まさに、この物語のようにだ。


「綺麗っすねチユキさん」


 隣で一緒に見ているナオがシェンナを見ながら私に言う。

 舞台の中央で舞うように演じているシェンナはとても綺麗だった。

 シェンナは行方不明になっている間、シロネの幼馴染の彼と共にリジェナの家にいたそうだ。

 待遇も悪くなかったらしい。むしろ彼女に優しかったそうだ。

 私を助けてくれて、またレイジを殺さなかった所からも、けっして悪い人間ではないはずだ。

 では、なぜ彼は魔王に従っているのだろう?

 それはやはり一緒にいた白銀の魔女クーナが原因だろう。

 何でも彼女はあの魔王の娘らしい。

 あの醜い魔王にあんな綺麗な娘がいたとは驚きだ。

 リジェナの話しでは彼女は暗黒騎士の彼と共にアリアディアを観光しに来たそうだ。

 しかし、それを言葉通りに捕らえる事はできない。

 彼女は間違いなく、グールや地下水路の魔物と関わっている。

 何しろ私達に地下水路に来いと言ったのは彼女だ。

 彼女はほとんどナルゴルにいたみたいだが、自身がいなくても配下を使えば問題無い。

 ただ、白銀の魔女はシェンナが兄であるデキウスを助ける手伝いをしたとも聞いている。

 この2面性がどうにも気になる。

 ただ、地下水路の奥にデイモンロードのウルバルドがいた以上は魔王がこの国に災厄をもたらそうとしていた事は間違い無い。


「本当にそうね。ほらシロネさんも見なさい。とても綺麗よ」

「そうだね……。チユキさん」


 返事とは反対は全く劇を見ていない。心ここにあらずと言う感じだ。

 幼馴染が白銀の魔女をかばった事が許せないらしい。


「もうシロネさん。彼は白銀の魔女に操られているの、だから仕方がないはずよ。そうよねリノさん?」


 私は一緒に演劇を見ているリノに同意を求める。


「うん、多分そうだと思う。レーナの精神魔法を受けて影響を受けたみたいだもの。たぶん強力な魅了の魔法をかけられていたのだと思う」


 リノが言うにはあの時レーナは精神魔法を解く魔法を使ったそうだ。

 ちなみに精神魔法には魅了や忘却等があるが、リノは彼にかけられた魔法が何なのかまではわからないそうだ。

 だけど普通に考えて魅了の魔法をかけられたに違いない。

 魅了の魔法は術者が対象にとって魅力的であればあるほど効果が高くなる。

 白銀の魔女はレーナに匹敵する程の美女だった。

 あんな美女に魅了の魔法を使われたらイチコロだろう。


「そういう事よシロネさん。だけど希望はあるわ。完全に魅了にかかったら解けないらしいのだけど、レーナの魔法が効いたと言う事は完全に魔法にかかっていないって事よ。彼を取り戻すチャンスはあるわ」


 私はそう言ってシロネを勇気づける。


「うん、わかっているよチユキさん」


 シロネは力なく返事をする。


「ところで1つ気になったっすが、本当は魔法にかかっていなくて、白銀の魔女の色香に迷って騙されているだけって事は無いっすか?」


 ナオの言う事にも可能性がある。

 そもそも、これはカヤが言い出した事だ。

 カヤはキョウカと共に聖レナリア共和国に戻っている。

 何でもやり残した仕事があるらしい。


「う~ん。確かにクロキって女の子にもてないから。あんな綺麗な子に言い寄られたら、ころっと騙される可能性は確かにあると思う。もし、クロキが魔法にかかったのでは無くて、ただ色気にやられただけなら鉄拳制裁しないとね」


 シロネが握りこぶしを作って「ふふふ」と笑う。


「まあ……。お手柔らかにね」


 私は小さくシロネを止める。

 ちょっとシロネの顔が怖かった。


「それなんだけど、シロネさん。幼馴染の彼は顔も悪く無いし、性格も優しいみたいだし、なんで女の子からもてないの?」


 リノが不思議そうに言う。

 確かにそれは私も気になった。彼は普通に彼女がいてもおかしくない容姿をしている。


「ああ、クロキって可愛い子を目にするとすごくいやらしい目になるの。多分みんなもそういう目で見られることになる思うよ」

「そうなんだ……」


 リノの顔が少し強張る。


「そういう目で見ない方が良いと言っているんだけど、どうしてもそういう目でしか見れないらしいの。嫌がられている自覚はあるらしいから、見ないようにしているらしいのだけど、どうしてもね……。それから本人も嫌な思いをさせたいとは思わないらしいから、なるべく近づかないようにしているらしいわ」


 シロネは額を押さえながら言う。


「それならシロネさんも見られているんじゃ?」


 リノが少し引きながら聞く。


「うん、私もミニスカートとか履いてクロキの部屋に行った時はすごく視線が気持ち悪くなるわ。でもまあ、襲って来るような度胸は無いだろうし、それに私は昔からの付き合いだから慣れたわ」

「そうなの……」


 何と言って良いやら。


「う~ん、さすがにリノは平気だけど嫌だと思う子はいるかもね」

「確かにそうっすね」


 2人が顔を見合わせる。


「でもそれだと、彼を取り戻しても一緒に行動はできないわね……」


 さすがに四六時中、性的な視線にさらされるのには抵抗がある。

 彼には留守番をしてもらうしかないだろう。

 私達はそれ以後、彼の話題を避けて演劇を見る。

 舞台ではシェンナの演じるお姫様が魔女を倒す場面になっている。

 魔女役の女性は本来ならアイノエが演じるはずだった。

 しかし、アイノエはレッサーデイモンに連れられて逃げたそうだ。

 代わりに仮面をつけた代役が魔女役をしている。代役の割には中々の名演技だ。

 やがて劇が終わり、役者たちは舞台裏へと戻る。


「チユキ殿。ここにいると聞いて来ました」


 舞台が終わり帰ろうとすると声を掛けられる。


「デキウス卿。どうかされたのですか?」


 やって来たのはデキウスだ。彼は「黒い嵐」事件の後始末に追われていたはずだ。どうしたのだろう。


「事件の後始末が1段落つきましたので報告に来た次第です。そういえばレイジ殿とキョウカ殿がいないようですが? 復興資金を出して下さった事に対してお礼を述べたいのですが……」


 デキウスはあたりを見ながら言う。

 請われたアリアディア共和国の復興資金の半分をレイジが負担した。

 まあ実際はキョウカとカヤの資金だ。それをレイジの名で出しているのである。

 ただ、ちょっと気になるのはリジェナもまたキョウカとは別に資金を出した事だ。その資金の出所がちょっと気になる。


「レイジ君はサホコさんと一緒に療養中よ。傷は問題無いけど魔力をほとんど失ったみたいなの。だから今安静にしているわ」


 レイジは療養中である。そしてサホコが一緒についている。

 命に別状は無いが、彼との戦いでほとんどの魔力を消費したらしい。

 膨大な魔力を持つレイジが魔力を使い切っても勝つ事ができなかった。改めて暗黒騎士の彼の強さを思いしらされる。

 そして、魔力が枯渇すると再生能力や耐性が下がるので、怪我が治りにくくなり病気になりやすくなる。

 また、別に体が傷ついているわけじゃないから治癒魔法では回復できない。

 魔力を回復する薬もあるが、レイジの膨大な魔力を回復させるだけの量はこの国には無い。エリオスにはあるみたいだが、レイジを回復させる程の物はエリオスでも希少品みたいだ。

 それに休めば回復するのだから、わざわざ希少品を使う必要は無い。

 そのため、今レイジは魔力を回復するための特殊な眠りについている。まあそのうち目を覚ますだろう。


「そうですか。いないのでは仕方がありません。それでは、報告ですが、逃げ去った悪魔達は迷宮へと向かい、その地を占拠したようです」

「そうですか、迷宮を……」


 迷宮はかつて邪神ラヴュリュスが支配していた場所だ。

 デキウスの報告では今度は魔王が支配する地に代わったようだ。

 だけど、再び攻略する気は起きなかった。


「それから、被害ですが。運が良かったと言うべきかわかりませんが一般の市民で亡くなった者はいないようです。しかし、地下水路に入った自由戦士達の中には戻って来なかった者もいるようです」


 デキウスが沈痛な面持ちで言う。

 地下水路のラットマンの数が多く自由戦士達の多くの被害が出た。

 シェンナが笛を吹かなければもっと多くの自由戦士の被害が出ただろう。

 ラットマンに変わった人はサホコの魔法で人へと戻った。今頃療養中のはずだ。

 ただし、全てのラットマンを元に戻せたのかどうかはわからないらしい。

 耳が悪い者や足が悪い者がいたら地上へは誘い出せ無い。

 また笛だけど、シェンナは刀と共に暗黒騎士の彼に笛を返したらしい。だから今、笛はこの国には無い。


「そして、アイノエ殿ですが、行方は全くわからないそうです。魔女狩人達が悔しがっていました」


 魔女狩人は人間でありながらデイモンや邪神と契約した者を狩る人達の事だ。

 オーディス教団とフェリア教団とレーナ教団に属する有志が魔女の存在を危険視して魔女狩人と言う人達を作った。

 発起人はオーディスの司祭で大学の教授だと聞いている。

 彼らは正式にオーディス教団等から認められたわけでは無いが、堂々と活動している。

 その追求は厳しく、拷問もするらしい。

 また、魔女を狩るためなら無関係な周囲の人を巻き添えにする事も躊躇わないらしいので、大変怖れられている。

 アイノエも見つかったら酷い拷問を受けるだろう。


「はあ、彼女の行方はもう良いわ。重要な事も知らないみたいだったし……。それに見つけても魔女狩人に引き渡す気にはなれないわね」


 私達は彼女を気にしている者はいない。

 また、見つけても魔女狩人に引き渡す気にはなれない。さすがに拷問は駄目だ。


「確かにそうですね。魔女狩人は少しやりすぎです。彼らは妹のシェンナまでも疑っていました」


 デキウスが少し怒った表情で言う。

 妹が魔女と疑われて嫌な思いをしたのだろう。

 シェンナはデイモンと契約を結んではいなかった。尋問でそれは明らかになったが魔女狩人は納得していないみたいだった。

 だから私がシェンナを魔女では無いと保証したのである。

 魔女狩人も勇者の仲間である私が保証したので引き下がった。そうでなければシェンナを拷問していたかもしれない。


「まあ、とにかく、こっちはもっと考えなくてはいけない事があるの。今はアイノエさんの事を考えている暇は無いわ」


 私は首を振って答える。

 さしあたり白銀の魔女の事を調べなくてはいけないだろう。

 私は白銀の髪をした少女の事を考えるのだった。





◆シェンナ


「シェンナ! なんだい今の演技は! 私だったらもっとうまくやれたよ!!」


 舞台裏の天幕に下がり、2人きりになるとエイラが仮面を外して文句を言う。

 全く顔が変わっても性格は変わらないみたいだ。

 エイラの顔は本当の顔では無い。魔法で顔を変えている。

 だから仮面を被る必要は無い。

 しかし、魔力が高い者が見たらそれが魔法で顔を変えている事に気付くだろう。

 彼女の正体に気付かれたら魔女狩人が来てしまう。

 それは避けたい。

 だから、仮面を被って演劇をしてもらっている。

 魔女狩人に尋問を受けた時の事を思い出す。

 あの方から預かった刀を持っていた私はデイモンと契約したのではないかと疑われたのだ。

 もちろん否である。

 だって、あの方達はデイモンでは無く、もっと上位の存在だ。

 だから、デイモンとは契約をしていない。

 だけど、嘘感知を使えない魔女狩人はそれがわからない。

 兄さんや勇者様方がいなければ拷問をされていたかもしれない。

 危ない所だった。

 それから、刀や笛はリジェナさんを通じてあの方に返している。魔女狩人に尋問される前で良かった。

 見つかったら没収されていただろう。


「はいはい、ご指導ありがとうございます。アイノ……エイラ」


 思わず彼女の本当の名で呼びそうになる。

 アイノエという女性はもういない。代わりにエイラという女性が生まれた。

 何故、彼女がここにいるかと言えば、私があの方に頼んだからだ。

 良く考えたら、この劇団に彼女の代わりになる人はいない。

 だから、彼女に戻って来てもらったのだ。

 この事を知っているのはミダス団長と私だけである。

 ミダス団長は演劇が続けられるなら魔女かどうかはあまり問わない。

 彼女ももちろん戻る事を了承した。

 そもそも、彼女が演劇を捨てられるはずがない。

 レッサーデイモンに頼めばもっと楽な方法で栄達できたはずだ。

 しかし、彼女はそうはしなかった。

 アイノエ……、今はエイラだけど彼女なりに演劇を愛していたのだろう。

 だから私の提案に飛びついた。

 こうして、彼女は再び舞台に立っている。

 だけど、もちろん主役を譲るつもりはない。

 また、彼女が私の命を狙う可能性もあるが、ある理由から低いと判断した。


「また、喧嘩をしているのですか?」


 私達の控室に誰かが入って来る。


「リジェナさん!!」

「リジェナ様!!」


 私とエイラは言い争うのをやめる。

 リジェナさんは私達の後援者という事になっている。だから、私達の所に来てもおかしくない。


「喧嘩はやめてくださいね。貴方達の事は旦那様から頼まれているのですから」


 リジェナさんは困った顔をする。


「嫌ですよ教主様。別に喧嘩なんて……」


 エイラは愛想笑いを浮かべる。


「エイラさん。シェンナさんは旦那様が後援をしている方です。もし危害を加えるようならそれ相応の覚悟をして下さいね」


 リジェナさんは笑っているが、目が笑っていない。

 エイラの顔が恐怖に染まる。そりゃ怖いだろう。リジェナさんはアリアディアを恐怖に陥れた暗黒騎士の使徒だ。わずかだけど、同じ力を使う事ができる。その気になれば優秀な人間の戦士数十人を相手にしても勝つことができるだろう。

 そして、リジェナさんにとってあの方の意志は絶対だ。エイラが私に危害を加えようとすれば演劇を続ける所では無くなる。

 だから、私の命を狙うような真似はしないだろう。

 光の勇者とも繋がりのあるリジェナさんの後援のおかげで魔女狩人も私達を捜査できない。

 おかげで助かっている。


「あの、リジェナ様。できればそれくらいで」


 リジェナさんの後ろから突然何者かが出てくる。

 黒い山羊の頭を持つレッサーデイモンのゼアルだ。おそらく姿を隠していたのだろう。


「貴方もですよゼアルさん。貴方は旦那様のおかげでナルゴルに戻る事が許されたのです。旦那様の意思に背くような事はしてはいけませんよ」

「はい、わかっております。閣下には感謝しきれません」


 リジェナさんが言うとゼアルが頭を下げる。

 このゼアルと言うレッサーデイモンは意外と気が弱い。悪魔はもっと恐ろしい者だと思っていたが、そんな事はなかった。

 ゼアルは現在、迷宮勤めになっている。ここに来ているのはアイノエの様子を見るために違いない。

 少し前にゼアルとアイノエのなれ初めを聞いた。

 心ならずも魔王を裏切ってしまったゼアルはナルゴルに帰る事ができず人間に化けて飲んだくれていた。

 そんな時に同じように酒場で鬱屈した気持ちで踊っていたアイノエに出会ったらしい。

 ゼアルはそんなアイノエを見て何か感じる物があったらしく、彼女に助力を申し出たようだ。

 それにしても、今回の事で悪魔に対する見方が変わった。

 この国の人達は暗黒騎士であるあの方の事を怖ろしい存在だと思っている。

 しかし、私が踊りを披露している時のスケベな顔を見ていると、そんなに怖ろしい存在だとは思えない。

 本人は気付かれていないと思っているみたいだけどバレバレである。

 もちろん、この事は兄さんには言えない。ある意味私も魔女と言えるからだ。

 法の神であるオーディス様やフェリア様と違い、愛の神であるイシュティア様の教義は何事にも縛られずに自由に愛せよと言う。

 だから、暗黒騎士であっても愛して良いはずだ。

 暗黒騎士のあの方はナルゴルの魔王の元に戻ったらしい。

 今頃何をしているだろうか?





◆ウルバルド


 魔王城の謁見の間で私はひれ伏す。


「ウルバルド卿。卿を迷宮の管理者とする」


 魔王陛下の命令が下される。

 迷宮は魔王城からかなり離れた所にある邪神が支配していた場所だ。

 栄光ある魔王陛下の側近であった私には左遷と同じ事である。

 しかし、受けざるを得ない。


「はい。謹んでお受けいたします」


 私はさらに顔を伏せる。

 この場にいるミュレナスとジヴリュスが冷たい瞳で見ているのがわかる。

 悔しいが我慢するしかない。

 これでもかなりの温情ある措置だ。何でも閣下が罪を軽くしてくれるように言ったらしい。

 だから、魔王城から遠い迷宮に行くしかない。

 それにしても閣下があれほど強いとは思わなかった。

 私は魔王陛下の隣にいるモーナ様を見る。

 モーナ様は涼しい顔をしている。

 密かに閣下を亡き者にするように命じられていたが、命令を果たす事はもはや無理だろう。

 閣下は強すぎる。敵に回すべきでは無い。

 モーナ様も諦めるべきだろう。

 謹慎中のランフェルドも閣下には敵わないと言っていた。

 閣下は領地をもらいそこでゆっくりするらしい。

 閣下はそれで満足のようだ。

 大人しい竜を怒らせるべきでは無いと改めて思うのだった。





 ◆クロキ


「助かったぞクロキ。卿のおかげでランフェルド卿は助かった」


 謁見の間から戻ったモデスが自分にお礼を言う。

 勝手な事をしたランフェルドは謹慎中である。

 甘い処罰かもしれないがランフェルドに代わる者はいない。

 これ以上の処罰はできないだろう。


「いや、別に構わないよモデス。ランフェルド卿はナルゴルに必要な存在だ。自分も見殺しにはできない。それよりも邪神達の事が気になるのだけど……」


 今、魔王城のこの部屋には自分とモデスしかいない。

 だから、お互いに呼び捨てだったりする。

 下々の者達には見せられない光景だ。


「わかっている。ディアドナ達の事だろう」


 モデスの言葉に頷く。

 蛇の女王ディアドナはモデスやエリオスの神々と敵対する第3勢力だ。

 そして、影で何かしようとしているみたいだ。


「そうなんだ。彼女が何を企んでいるか気になる」


 シェンナから貰った笛を腰から取り出す。

 この笛で特定の魔物を操る事が出来るらしい。

 モデスの話しによるとセアード内海にいるマーマンが同じような笛を持っているそうだ。

 もしかすると関係があるのかもしれない。


「その事については調査中だ。卿にばかり働かせるわけにはいかない。調査は他の者に任せて休んでいてくれ」


 ディアドナはナルゴルとは正反対の西大陸に勢力を築いている。

 モデスはそこに配下を送り込むみたいだ。


「ありがとう。でも何かあったらすぐに呼んでくれ。いつでも動く準備をしておくから」


 そう言って自分は部屋を出ようとする。


「ところでクロキよ」


 モデスから呼び止められる。


「何だいモデス?」

「レーナと何かあったのか?」

「うっ!!」


 レーナの名前を聞いた瞬間前屈みになる。

 何てことしてくれる!!

 ロクス王国での事を思い出しちゃったじゃないか!!

 あの時レーナは時間の魔法を使い。自分達の周囲だけ時間を引き延ばした。

 だいたい2週間は一緒に過ごした事になる。そして最後は互いに気力を失って倒れた事を思いだす。

 本当に何であんなすごい事を忘れていたのだろう?

 今では完全に脳内に焼き付いて消えてくれない。

 何とか記憶の奥に追いやって思い出さないようにしているが。ふとした事でレーナのナイスバディを思い出してしまう。

 そうなると中々収まってくれない。


「どうした、やはり何かあったのか?」

「いや大丈夫。レーナとは特に何でも無いよ」


 本当は何かあったのだが、一応レーナはモデスの敵である。

 この事を言うわけにはいかない。


「本当に大丈夫かクロキ? 何だか辛そうに見えるが」


 自分の様子を見たモデスが心配する。


「いや、何でも無い。問題無いです。それでは、これで……」


 自分は情けない格好で部屋を出るのだった。





◆クーナ


 クーナの城となったお菓子の城の玉座に座る。

 クーナの体に合わせて飴細工の玉座は小さくなっている。

 綿飴が詰められた座布団があるので座り心地は悪く無い。

 今、この城にクロキはいない。魔王の城に呼ばれているからだ。


「新しい体はどうだザンド?」


 目の前の道化に問う。


「ありがとうございますクーナ様ぁ。木偶である僕には木偶人形の体がお似合いですぅ」


 ザンドが踊る。シェンナの踊りに比べると滑稽な踊りだ。

 まあ、こいつにはふさわしい。

 ザンドに木偶人形の体を与えて行動できるようにしてやった。クーナの手駒は少ない。

 こいつには役に立ってもらおう。

 道化の仮面を被せているから気持ち悪い顔も見なくて済む。


「クロキとクーナのためにも役に立ってもらうぞ。クロキの敵を打ち滅ぼすのだ」

「はい、クーナ様ぁ」


 クロキは少し優しすぎる。

 自身の命を狙った者も平気で許す。

 だからこそクーナが残酷になろう。

 クーナの手にある指輪を触る。

 この指輪はクロキとの絆であると同時にクーナを縛る物だ。

 だからこそ、代わりに動く者が必要だ。


「さしあたり勇者共を見張るのだ。気付かれるなよザンド。わかったな」

「はい~」


 そう言ってザンドは消える。結界を気付かれずに出入りできるザンドは諜報にこそ役立つはずだ。

 さて、そろそろクロキが戻る。出迎えねばならないだろう。

 衣裳部屋へと足を運ぶ。


「さて、今日は何を着よう」


 シェンナから色々と教わった。きっとクロキは喜ぶだろう。

 その事を考えると下腹部が熱くなる。

 クロキはクーナの物だ。誰にも渡さない。

 もちろん、あの時に現れた知恵と勝利の女神レーナにもだ。


「それにしてもあの女神は何者だ?なぜクーナと同じなのだ?」






◆レーナ


「レーナ様。あまり無茶はされない方が……」


 ニーアが私を心配する。

 ニーアは私が妊娠している事を知っている。もっともこの子の父親が誰なのかまでは知らない。

 妊娠しているので安静にしなければならない。

 しかし、私が動かざるを得なかった。


「わかっていますニーア。今度こそ安静にします」


 クロキ達を撤退させると私はすぐにエリオスに戻った。今度こそ安静にしよう。


「絶対ですよレーナ様。それでは私はこれで、何かあったら側の者を呼んでください」


 ニーアが部屋から出て行く。


「さて、今度こそ安静にしないといけないわね。それに部屋から出ない口実も作らないといけないわね」


 私はお腹を触る。

 妊娠している事は秘密だ。知っている者は限られた口の堅い者だけ。

 ばれたらトールズあたりが騒ぐだろう。それは避けたい。

 これからさらにお腹が大きくなるので部屋から出る事が不可能になる。

 もし、大きくなったお腹を見られたら妊娠している事がばれてしまう。

 よって、部屋から出ない理由を考える必要がある。

 さしあたり、私のお気に入りと勘違いされているレイジが敗れた事に心を痛めて部屋に閉じこもっている事にしよう。


「まったく、何で私がこんな面倒くさい事をしなければいけないのかしら。この埋め合わせはしてもらうわよクロキ……」


 私はあの時のクロキの様子を思い出して笑うのだった。


第5章もこれで終わりです。

第5章を書くのに半年以上かかりました。他にやる事があって小説に集中できなかったとしても時間がかかりすぎですね( ̄ω ̄;)

速く書ける人すごいと思います。


今後の予定ですが長くなるので活動報告に書きたいと思います。とりあえず次は外伝になります。

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