光りが決して届かない暗黒
◆知恵と勝利の女神レーナ
「レーナ様! 大変です! レイジ達が例の暗黒騎士と対峙しています!!」
女天使のニーアがエリオスの私の部屋に慌てて入って来る。
騒々しい。
ニーアは戦乙女達の隊長なのだ。上に立つ者として少し落ち着くべきだろう。
「わかっているわニーア。でも大丈夫。勝つのがどっちかなんて決まっているわ。だって私が愛した男が負けるわけないもの」
私がそう言うとニーアは「おお」と感嘆の声を出す。
「レーナ様はレイジを信頼しているのですね」
「えっ?」
ニーアの言葉に変な声を出してしまう。
「違うのですか?」
「いえ、あなたの言っている意味がわからないわ。でもまあ、レイジを助けに行った方が良いかもしれないわね。まだまだ、役に立ってもらわないと」
そう言って私はお腹を触る。
お腹の中の新しい勇者が育てばレイジは必要ない。
しかし、それまでは役に立ってもらわなければ。
どうやら、西にいる邪神達が良からぬ事を企んでいるようだ。
その対応をレイジ達にしてもらわなくてはいけない。
「ニーア、戦乙女達を集めなさい。出撃します」
◆戦乙女シズフェ
アリアディア共和国の上空には巨大な竜に乗った暗黒騎士が映し出されている。
この魔法の映像はアリアディア共和国にいる人全員が見る事ができる。
映像の暗黒騎士は右手を掲げている。
先ほどのレイジ様が放った光弾は全てその右手に吸い取られた。
「シズフェ。ありゃ前に会った事のある暗黒騎士じゃないか?」
ケイナ姉が新たな暗黒騎士の映像を見て私に言う。
「うん、そうだね。迷宮で会った奴だわ」
私は頷く。
前にリザードマン退治に出かけた時に迷宮で会った奴だ。あの暗黒騎士が原因で私はレーナ様から加護をもらう事ができた。
もっとも、お礼を言うつもりは無い。
暗黒騎士は人々の敵なのだから。
「すげえなあの暗黒騎士。光の勇者の攻撃を全部吸いとっちまったぞ」
ノヴィスが感心したように言う。
「ちょっと、ノヴィス。暗黒騎士の応援をするの?」
私はノヴィスを睨む。
「い、いや! そうじゃねえよ! あの強え光の勇者の攻撃を防いだから少し感心しただけだ。それに暗黒騎士が一匹現れたぐらいで光の勇者が負けるわけねえだろう?だからそんな目で見ないでくれよ」
ノヴィスが慌てて訂正する。
それを聞いて機嫌をなおす。
ノヴィスの言うとおり、あのレイジ様の攻撃を防いだのだから中々の敵なのだろう。
先程のデイモンロードよりも上位の者に見える。
しかし、レイジ様に敵うはずが無い。簡単に倒してしまうに決まっている。
「なんですかな? あの暗黒騎士は? まあでも光の勇者殿の敵では無いでしょう。そうですねチユキ殿?」
クラスス将軍閣下も同じ考えのようだ。
笑いながら横のチユキ様に話しかける。
しかし、チユキ様の顔はみるみる青ざめていく。額からも汗が流れ落ちていて、先ほどまでの平静さが嘘みたいだ。
「カヤ。これはまずい状況なのでは無くて?」
「そうですねお嬢様。これはすごくまずい状況です」
チユキ様の横にいるキョウカ様達が顔を青ざめている。
その様子は異常だった。
何か嫌な予感がした。
◆暗黒騎士クロキ
グロリアスをランフェルドの近くに寄せる。
間に合った。
レイジはランフェルドを相手に遊んでいたみたいだ。
その遊びが無ければ間に合わなかっただろう。
「気は済みましたか? ランフェルド卿?」
自分は怒りを込めて言う。
「申し訳ございません閣下」
ランフェルドは素直に頭を下げる。
「卿は少し立場を考えるべきだ! これは魔王陛下を守る戦いではない!!」
自分が叱責するとランフェルドは何も言わない。
本人もわかっているのだろう。自分が馬鹿な事をしたと。
ならば、これ以上言う事は無いだろう。
だから、自分は怒りを収める。必要以上に怒る必要は無い。
「では、これより迷宮へと撤退します。ウルバルド卿も良いですね?」
「はい、閣下……」
ウルバルドは素直に頭を下げる。
今回の事はどうやらウルバルドが発端みたいだ。
それにランフェルドが便乗した。これが事件の真相だろう。
後でどういう事か詳細を聞こう。
「待て!!」
声を掛けられてレイジの方を見る。
ランフェルドの方を向いていたが警戒は怠っていない。強い敵意を感じる。
「何かな?自分達は撤退するのだけど!!」
自分は大声で答える。
「逃げられると思っているのか?! お前に勝つために強くなったんだぞ!!」
そう言ってレイジは両手の剣を構える。
二刀流。レイジはそれで戦うつもりだ。
良く見ると片方の剣はランフェルドの剣ではないか。
そんなレイジに背中を見せるのは危険だ。これだけの魔族を撤退させるのは難しい。
すごく気が重い。だけど自分が行くしかないだろう。
「逃げられないか……。クーナ、ちょっと行ってくるね」
自分はグロリアスから降りると空を飛びレイジと対峙する。
最初にこの世界に来てレイジと戦う事が怖かった。
また、みじめな思いをするのではと思った。
それに、負けたら死ぬ。それはとても怖い。
しかし、逃げる事はできない。戦わなければ負けたままなのだから。
負けたままなのはみじめだ。
だから、強くなろうと頑張った。
レイジも自分に勝つために強くなったと言う。二刀流はその結果だろう。
それを見てすごく胃が痛くなる。
レイジはきっとすごく強くなっている。
一応それを想定して鍛錬を積んできた。だけど、その想定が間違っているかもしれない。
そうなれば自分は死ぬだろう。
レイジは悔しいけど天才だ。前に戦った時はまぐれだ。
次はないかもしれない。
「来たか。負けっぱなしってのは性に合わないんでな。真剣勝負を受けてもらうぜ」
レイジの爽やかな笑み。
自分が負けるとはこれっぽっちも思っていないようだ。
やばい何だか胃が痛くなってきた。
逃げたい。
だけど今更逃げるわけにもいかない。
それに、クーナもいる。クーナの前で逃げる事はできない。
本当にどうしよう?
涙が出そうだ。
「行くぜ!!!」
しかし、そんな自分をレイジは待ってくれない。2本の剣を掲げて自分に迫る。
その動きは先ほどのランフェルドに見せた動きよりもはるかに速い。
そして、その動きは想定とはるかに違っていた。
◆黒髪の賢者チユキ
目の前ではレイジとシロネの幼馴染の暗黒騎士が空中で対峙している。
まずい、このままだとレイジが彼を殺してしまうかもしれない。
そんな事になればシロネが悲しむだろう。
以前は負けたがレイジは強くなった。今度は負けないと思う。
だから2人が戦うのを阻止しなければならない。
「チユキさん。このままではお兄様が危険ですわ。何とかなりませんの?」
キョウカが慌てた表情で私に言う。
しかし、その考えは間違いだ。
「危険なのはシロネの幼馴染の彼の方よ、キョウカさん。レイジ君はあれからかなり強くなっているの
よ」
私がそう言うとキョウカが不思議そうな顔をする。
「えっ? それはおかしいですわよ?クロキさんの方が強いはずですわ。何といっても私の先生なのですから。そうでしょうカヤ?」
「はい、お嬢様の言うとおりかと思います」
キョウカは反論するとカヤがそれに追従する。
しかし、その考え方はおかしい。先生だから強いと言う事にはならない。
「チユキさん! まずいっす! 始まっちゃうっすよ!!」
ナオが慌てて私に言う。
見るとレイジが2本の剣を掲げて彼に向かって行く。
もう間に合わない。
レイジの持つ2本の剣が光り輝くのがわかる。
「閃光烈破!!!」
レイジが叫ぶ。
あの技は剣が1本でも私には見切る事ができない技だ。
それを2本の剣で放つ。
これでは彼を斬り裂いてしまうだろう。
光の剣が高速で迫る。
暗黒騎士の彼が光に包まれる。
そして、何かがこちらに飛ばされて来た。
「へっ?」
凄く間抜けな声を出してしまう。
飛んできた何かは私達のいる城壁の上部を壊して、そのまま第2の城壁まで飛ばされる。
轟音が鳴り響く。飛ばされた何かが第2の城壁にぶつかったのだろう。
私は振り向いて第2の城壁を見る。
何が飛んで来たのだろうか?飛んで来た何かが一瞬レイジに見えたのだが。
「ええと……。何が起こったの?」
私は隣のナオに聞く。
私には見切れなくてもナオの目なら何が起こったかわかるだろう。
「シロネさんの彼がレイジ先輩の攻撃を防いだ後、反撃して、ぶっ飛ばしたっす……」
ナオも信じられないのか大きく目を開いている。
「しかも、あの技は私が以前にクロキ様に使った技ですね。盗まれたようです」
カヤが呟く。
その額には汗が見える。
珍しい、カヤが驚いている。
「くそが!!!」
そんな声と共に第2の城壁からレイジが飛び出して来る。
レイジは高速で暗黒騎士の彼へと向かう。
再び光に包まれる。
そして、今度は地面に何かが叩きつけられる。
見るとレイジが仰向けになって地面に埋まっている。
「そんな、レイジ様が!!!」
側にいるシズフェの悲痛な叫び。
クラスス将軍の配下もどよめいている。
「全く歯が立たないみたいですね……」
カヤが地面に埋まったレイジを見て冷静に言う。
「ほら、わたくしが言った通りでしょ」
キョウカは自分の言った通りになったことで得意になっている。
だけどそんな場合では無い。
レイジは地面から飛び出すと再び挑む。
しかし、レイジの光の剣は全く相手に届いていない。
「えーっと。これはレイジ先輩がやばいんじゃ……」
ナオが驚いた表情で呟く。
「そうよナオさん! レイジ君が危ないわ! 急いでシロネさんを呼んで! 彼を止めないと!!」
◆白銀の魔女クーナ
「何だあれは? 光の勇者が全く敵わないではないか」
ウルバルドが驚愕している。
ウルバルドの目の前ではクロキと勇者が戦っている。
もちろんクロキが押している。
それにしても光の勇者も情けない。
クロキの本気を少しでも引き出せるかと思えば、全然駄目じゃないか。
「どうした? ウルバルド。顔色が悪いぞ。何かあったのか?」
「クーナ様……。いえ何でもございません。ただ、閣下の強さ驚いているだけでございます」
ウルバルドの表情には怯えがある。
いかに自分が愚かな事を考えていたのかようやくわかったようだ。
「愚か者め! クロキが勇者よりも強いなんて当たり前だ!!」
本当にこいつは馬鹿だ。生きている価値も無い。
勇者に殺されなかったのが悔やまれる。運の良い奴だ。
そもそもクロキと勇者を潰し合わせるなんて、なんて愚かな考えなのだろう。
全てクロキが潰して終わりに決まっているではないか。
「はい、私が愚かでした……」
ウルバルドは頭を下げる。
「ふん、まあ良い。ランフェルド。傷の具合はどうだ? 戦えそうか?」
クーナはランフェルドを見る。
「癒しの魔法をかけてもらいましたので、まだ戦えます」
ランフェルドの斬り落された腕は癒しの魔法で元に戻っている。
そして、
元通りとはいかないが何とか戦えそうだ。
「そうか、では魔王軍。いつでも戦う準備をしておけ」
そう言うとウルバルドが驚いた顔をする。
「あの……クーナ様。撤退するのでは?」
思いっきり冷たい目で見る。
「馬鹿かお前は! クロキだけを戦わせるつもりか?! 勇者には仲間がいるのだぞ! 奴らを牽制しなければならないだろうが!!」
こいつはクロキだけを戦わせて自分だけ逃げるつもりだったのだろうか?
「クーナ様の言う通りだ。閣下だけを戦わせるわけにはいかない」
ランフェルドの言葉を聞いて笑う。
そして、魔法を発動する。
「そうだ。それに教えてやらねばな。人間どもに……。いや、この世の全てに。光が決して届かない暗黒がある事をな!!」
◆剣の乙女シロネ
「ふう。ちょっと時間がかかったねシロネさん」
リノちゃんが私に笑いかける。
「そうだねようやく終わったねリノちゃん」
私達はアリアド湾の上空にいる。
バドンを運び、この上で消滅させたばかりだ。
リノちゃんが呼び出した炎の王はすでに消えて、あたりには海水が蒸発して出来た湯気が昇っている。
「そろそろ、戻ろうか。向こうがどうなっているか気になるし」
「そんなのレイジさんの圧勝だよ。あんなのに負けるわけないし」
「それもそうだね」
私達は笑う。
その時だった。強い力の流れを感じる。
それはリノちゃんも感じたみたいでアリアディア共和国の方を見る。
「シロネさん……。これは」
リノちゃんの言葉に頷く。
何か嫌な予感がした。
◆闇の女王モーナ
魔王城の玉座の間の上空の映像にはディハルト卿と光の勇者が戦う様子が映し出されている。
「くくくく、何ともこれは。愉快な光景では無いか。そうは思わないかモーナ」
愛しいモデス様が私に話しかける。
その様子はとても楽しげだった。
「はい……。ディハルト卿の強さには恐れ入ります」
そう答えるが私は愉快な気分になれない。
映像には暗黒騎士が光の勇者を叩き潰す映像が流れている。
そこで、以前に感じた不安が持ち上がって来た。
やはり、モデス様を倒す異界の勇者とはディハルト卿の事ではないだろうか?
そう思えばこそウルバルドにディハルト卿を潰すように密かに命じていたというのに。
ウルバルドはザンドとか言う小者を使い光の勇者と暗黒騎士を潰し合わせる計画を立てていた。
しかし、奴は失敗したようだ。全く使えない。
そのためか、全く楽しい気分にならない。
それは側に控えている者達も同じみたいだ。側にいる者達は全員怯えた表情をしている。
もっとも、彼らがモデス様を怖れての事だ。
普段のモデス様はとても優しく笑われる。
だが、今の笑みはとても攻撃的だ。
おそらく、ディハルト卿の戦いを見て血がたぎっているのだろう。
モデス様の攻撃的な気配を感じて側にいる者達は怯えているのだ。
「がははははは。全く光の勇者が手も足も出ないでは無いか。本当にディハルト卿は強い。くくく、もしかするとこのモデスよりも強くなるかもしれないぞ。がははははは」
愛しいモデス様は楽しげに笑う。
私はその様子に不安を感じるのだった。
◆蛇の女王ディアドナ
私の宮殿の玉座の間の映像には暗黒騎士と光の勇者が戦う様子が映し出されている。
「強いね。あの暗黒騎士は。あんたが敵わないはずだよ」
「喧嘩を売っているか蛇の女王ディアドナ!!!」
私がそう言うとラヴュリュスを悔しそうな顔を向ける。
「すまないねラヴュリュス。あんたを怒らせるつもりは無いよ」
ラヴュリュスを宥める。
牛頭の神は面白くなさそうに「ふん!!」と言うとそっぽを向く。
「それにしても、あんな強い暗黒騎士がモデスの配下にいるとはね……」
私は再び映像を見る。
映像だけだと言うのに強大な力を感じる。
最強の神であるモデスに強力な暗黒騎士が配下にいる。
これは危険な事だ。
ザルキシスの息子であるザンドが手に入れた情報を思い出す。
「やはり、あれを復活させなければいけないね……」
◆黒髪の賢者チユキ
アリアディア共和国上空の魔法の映像には光の勇者であるレイジが叩きのめされる姿が映っている。
レイジが負けているので映像を消そうとしたが、消せなくなっている。
おそらく何者かにジャックされたようだ。そのため、この映像はアリアディアの全ての人々が見ているだろう。
アリアディアの市民達の絶望する声が聞こえる。
失敗した。
私がレイジを人類の希望とか言ったばかりに、かえって人々を絶望に落としてしまった。
「ちょっとチユキさん! レイ君が大変だよ! 助けないと!!」
城壁へと駆けつけたサホコが慌てて言う。
「お待ちくださいサホコ様。うかつに助けにはいけません。彼女がこちらを見ています。私達が動けば彼女達も動くでしょう。私だけでは彼女を押さえる自信がありません。シロネ様を待ちましょう」
横にいるカヤがサホコを止める。
カヤの視線の先には月光の女神、いや白銀の魔女がいる。
彼女は私達と同格以上の強さを持つらしい。
それに、その後ろには巨大な竜に魔族の軍勢が控えている。
うかつにレイジを助ければ彼女達も参戦するかもしれない。
「でも、それじゃあレイ君が死んじゃう……」
サホコは心配そうにレイジを見る。
サホコの目の前でレイジはぼこぼこにされている。
「いえ、おそらく命の危険は無いでしょう。クロキ様は手加減してくれています。もし本気ならレイジ様は既に死んでいるでしょう」
そのカヤの言葉に驚く。
「カヤさん、彼は本気で戦ってないの?」
私が聞くとカヤは頷く。
「はい、チユキ様。見てください、彼はまだ剣を取っていません」
「あっ!!」
カヤの言う通りだ。彼は剣を取らず、素手でレイジの相手をしている。
そして、良くみると彼の戦い方はレイジが突っかかってくるから、やむを得ず相手をしている感じだ。
良く考えたら彼は撤退しようとしていた。
本当は戦う気が無く、降りかかる火の粉を払っているだけかもしれない。
殺し合いではないとわかり、私は安心する。
「本当に強いですわねカヤ。何故クロキさんはあんなに強いのかしら?」
キョウカが複雑な表情で言う。
キョウカにとって暗黒騎士の彼は恩人だ。その彼が実の兄をぼこぼこにしている。
どちらを応援すれば良いのかわからないのだろう。
「それは私も疑問に思っていたわ。彼はどうしてあんなに強いの?シロネさんの話ではどうしょうもない人に思えたのだけど」
私もカヤに聞く。
シロネの話しでは彼は優しいだけで、他に取り柄が無い駄目人間にしか聞こえなかった。しかし、実際の彼はとても強い。
「シロネ様がどう思っているのかわかりませんが、私が見る限り彼は武道の天才です。おそらくレイジ様よりも……」
カヤの言葉に全員絶句する。
「でも、シロネさんが言うには前はすごく弱かったらしいけど……」
「最初から才能に目覚めている者もいれば、後から目覚める者もいると思います。シロネ様はレイジ様達と付き合うようになって以来、クロキ様とは疎遠になったそうです。おそらくその間に才能に目覚めたのでしょう」
カヤが2人の戦いぶりを見ながら言う。
2人の力の差は明らかだ。
レイジは諦めずに挑んでいるが、その攻撃は全く届いていない。
「そんな、レイ君はすごく頑張っていたのに……。毎日鍛練してたのに……」
サホコが悲しそうに言う。
「あら、それでしたら。クロキさんも日々の鍛練を怠っていないようでしたけど」
キョウカが首を傾げて言う。
そうだ、その事を考えていなかった。
レイジが強くなるように、相手もまた強くなるのだ。
レイジがその事を考えていたとは思えない。
自分に都合良く相手を考えていたのかもしれない。
それでは勝てるわけがないではないか!!
戦っている様子を見る。
いつも余裕の表情を浮かべているレイジが真剣になっている。
戦い方にも余裕が無い。
「そんな……。レイジ君が負けるなんて」
私は信じられない気持ちで戦いを眺めるのだった。
◆暗黒騎士クロキ
なにか、すっごく弱いのですが……。
レイジが思っていたよりも強くない。
攻撃を繰り出してくるが、その動きは特に前と変わらない。
二刀流になっているが、それだけだ。
予想だと今の自分よりも強くなっているはずなのにどういう事だ?
はっきり言って想定の10分の1も強く無い。
自分はレイジが強くなっているだろうと思い、負けまいと頑張って鍛錬していたのだ。
もちろん、それでも勝つ自信は無かった。
だけど、いざ戦ってみるとレイジの動きは思っていたよりも遅く、動きも読み易い。
これじゃあ簡単に勝っちゃうじゃないか。
レイジが右手の剣を振るう。その動きは大きい。
自分はレイジの持つ右腕を左手で防ぐと同時に捻り上げる。
「ぐっ!!」
レイジの苦しそうな声。
しかし、レイジは構わず左の剣を振るう。
それを右手の手刀で叩き落とす。
レイジが奪ったランフェルドの剣が地面に落ちていく。ランフェルド達の誰かが回収するだろう。
剣を落とされたレイジはすかさず蹴りを放つ。
全くなんて動きだ、と素直に驚く。
自分はレイジの右腕を離すと後ろに下がる。
目標を外れた蹴りが宙を切る。
レイジが体勢を崩した所で右の拳で顔面を殴る。
「ぶぎゃ!!」
変な声を出してレイジは城壁へと素っ飛んで行く。
レイジは第3城壁にめり込んでいる。
軽く殴っただけだ。だけど綺麗に決まった。
普通だったらこんな拳は決まらない。
そもそも、レイジの動きは正当な武道の動きではない。
たぐいまれな身体能力による奇襲である。
そのアクロバティックな動きで瞬時に死角に回るのだ。
しかし、そういう動きをするとわかっていれば対処はできる。
むしろ、動きが大きいだけに攻撃が失敗するとかえって隙だらけになる。
だから、こっちの攻撃が全ての決まってしまうのだ。
これでは剣を取る事ができない。相手があまりにも隙だらけなので思わず斬り殺してしまいそうだ。
そのため、少々危険だけど素手で相手をしている。
「やるじゃないか……」
レイジが再びやってくる。
何でも無いように振る舞っているが、その顔が腫れあがっている。
鼻が曲がっているが大丈夫だろうか?
「まだ、やるの?」
「当たり前だ! 俺は黄金の夜明けをもたらす光の勇者だ! いくら魔王に操られているとはいえお前には負けるわけにはいかない!!」
レイジが光の剣を構える。
黄金の夜明けをもたらす者。
その言葉を聞いて頭が痛くなる。
それは人類の黄金時代を取り戻す者の事だ。
だけど、そもそも過去に人類の黄金時代なんて存在しないのだ。
人類が生まれる前から、魔物は世界中にいたのだから。
では誰が黄金時代と言い出したのだろうか?
自分が調べた所、この嘘はエリオスの神々が作ったのでは無いみたいだ。
多分、長い歴史をかけて人々の間で自然と発生したのだろう。
人は弱い。だから魔物に怯えながら生きるしかない。
その苦しい思いが嘘の歴史を作ったのだろう。
もちろん誰かがそれは嘘だと言ったかもしれない。
しかし、魔物によって苦しめられている人間達はその真実の声を無視したのだと思う。
そして、いつしか、嘘は人々の間で真実となってしまった。
そんな自分達を救うために勝手に作り上げた虚像が、黄金の夜明けをもたらす者だ。
レイジ達はその虚像に捕らわれてしまっている。
レイジ達はそんな人類の希望になってしまった。
モデスを殺した所で魔物は居なくならないし、黄金時代なんて来ることもない。
それでもその嘘は人々が生きるための希望なのだろう。
だけど、そんな虚像に自分までもが捕らわれる必要は無い。
自分は魔王を守る暗黒騎士なのだ。
だから、人類が絶望しようと構わない。
「ああ! もう! わかったよ! 決着をつけよう! 全力で来い! 光の勇者!!」
自分は構える。
「行くぞ! 避けるなよ! 暗黒騎士!!」
レイジの体が光り輝く。
そして、剣を構えて突進してくる。
レイジの体が光の矢となって向かって来る。
自分の中にいる竜の力を全て解放する。
稲妻を含む黒い炎が自分から吹き出す。
レイジと自分がぶつかる。
黒い炎で防御した両腕を回転させてレイジの勢いを殺すと、全力で魔力をぶつける。
轟音が鳴り響く。
後に残ったのは自分1人。
見るとレイジはアリアディアの第3城壁を飛び越えた後、第2城壁の上部を砕き、第1城壁を突き抜けて神殿前の広場まで飛んだみたいだ。
後ろからクーナ達の歓声が聞こえる。
第3城壁の上にいたレイジの仲間の女の子達が慌ててレイジの所へと駆けつける。それを見て我に返る。
やばい……。
思わず本気を出してしまった。もしかして死んだかも?
心配になったので自分も広場へと飛んで行く。
広場はクレーターのようになって砕けていた。
クレーターの端に降り立つ。
運が良い事に広場には人がいなかったようだ。レイジの他に怪我人らしき者は見当たらない。
クレーターの中心でレイジが女の子に支えられて起き上がるのが見える。
どうやら命は無事のようだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
シロネの恋人を殺さずにすんだ。
「もう勝負はついているわよ……」
長い黒髪の女の子が自分を見て言う。確か名前はチユキだったはずだ。
女の子達がレイジと自分の間に立つ。
いや、最初からやる気なんか無いのだけど……。撤退しようと思ってたし。
ただ、心配になって様子を見に来ただけだ。
「こら―――! クロキ! 何やってんのよ―――――!!!」
上空から叫び声が聞こえる。
シロネが来たようだ。そういえば今までどこに行っていたのだろう?
翼を生やして飛んで来たシロネがレイジの所へと行く。
後ろには2人の女の子を引き連れている。
「ちょっとレイジ君大丈夫?! クロキっ! 何レイジ君に酷い事をしてんのよ! 謝りなさい!!」
シロネがこちらを見て睨む。
「待てシロネ!!!」
グロリアスと共にクーナが来たようだ。
巨大なグロリアスは地面に降りるときに建物をいくつか壊す。
クーナはグロリアスから降りると自分の所に来る。
「白銀の魔女クーナ……」
シロネがクーナを睨む。
「全く良い所で邪魔をしてくれるなシロネ! クロキ! クーナ達が勇者の女共を押さえる! その間に勇者に止めを!!」
その言葉に「え~?」と言いそうになる。もうやるつもりは無いんだってば!!
「そうだ! 勇者に死を!!」
「偉大なる魔王様に逆らう者に滅びを!!」
「愚か者共に裁きを!!」
見ると上空にはランフェルド達がいる。
何でいるの?撤退してよ!!と言いたい。
ランフェルド達は口ぐちに「黒き嵐の神」と「光が決して届かない暗黒」を連呼する。
何これ?
勇者を殺さないと駄目なの?
何だかすごく強いられている。
「クロキ! 目を覚ましなさい! その子は危険よ! アリアディアにグールを呼び寄せ! 地下に魔物を放ったりしているのよ! この国の人々に災厄をもたらそうとしているの!!」
シロネがクーナを指さす。
えっ?どういう事?意味がわからなかった。
そもそも、クーナはつい最近、この地に来たのだ。アリアディアに何かする暇があったとは思えない。
意味がわからないけど、いくらシロネでもクーナを悪く言うのは見過ごせない。
「いくら、シロネでもクーナを悪く言わないで欲しい。ようやく出来た自分の可愛い彼女なのに……。それにクーナがこの国に災厄をもたらすわけがない。もし、それでもクーナを敵だと言うのなら。自分は命をかけてクーナを守るよ」
自分がそう言うとシロネが絶望したような顔になる。
「わはははははははは! 聞いたかシロネ! クーナの勝ちだ! クロキはクーナの物だ! ざまあみろ! べー!!!」
クーナが自分の左腕に抱き着くとシロネに向かって舌を出す。
「嘘……。そんな……。もう完全に洗脳されて……」
シロネは首を振り、そのままよろけながら後ろに下がる。
「大丈夫っすか! シロネさん!!」
シロネと一緒に来た女の子が駆け寄る。
「さあ、これで終わりだ勇者共! そうだなクロキ!!」
クーナが自分から離れるとシロネ達に鎌を向ける。
それも待って欲しい。
クーナを命がけで守るつもりなのは確かだが、シロネ達を殺したいとも思わない……。
この状況はちょっと困った。
「待ちなさい!!!」
突然、上空が光り輝く。
その光から誰かが降りて来る。
降りて来たの光り輝く美しい女性。
その女性の周りには武装した女天使達がいる。
美しい女性は自分とシロネ達の間に降り立つ。
「「「「「レーナ?」」」」」
シロネ達が突然現れた女性に驚く。
降りて来たのはレーナだった。
当然自分も驚いた。
その場にいる全員もまた突然現れた女神に驚いている。
「レーナ? なぜここに?」
自分が言うとレーナは「ふふふ」と意味ありげに笑う。
あまりにもタイミングが良い。
おそらくどこかで見てたのだろう。そして、出る機会をうかがっていたみたいだ。
突然現れた天使達にランフェルド達は戸惑っている。
「お願いですクロキ。退いてください。私のお願い、聞いてくれますね?」
レーナが優しげに微笑みながらお願いする。
しかし、これで助かった。この状況ならこっちも撤退しやすくなる。
「待て、急に現れて何だおまえは? いや……クーナはお前を知っているぞ?何者だ?」
クーナが首を傾げる。
「わかりませんか? 私はあなたの本物です」
「何だそれは? 意味がわからないぞ?しかし、いくらお前達が現れようとクロキは無敵だ! 形勢は変わらない!!」
クーナがレーナに鎌を向ける。
その言葉にランフェルド達が威勢を上げる。
いや、ちょっと待て。撤退しようよ……。
「残念だけどクロキは私と戦う事はできないの。思い出しなさいクロキ!!あの時の夜の事を!!」
レーナから魔法の波動を感じる。
そして、自分の脳内に忘れられたロクス王国での記憶が蘇った。
「おおおおおおお!!」
思わず声が出る。何でこんなすごい事を忘れてたんだ―――――!!!
「どうした? クロキ? 急に前かがみになって?」
急に変わった自分の様子にクーナが不安そうな声を出す。
周りからも自分の急激な変化に戸惑う声が聞こえる。
仕方が無いだろう。これは自分の意志ではどうにもならないのだから。
「貴様! クロキに何をした?!!」
クーナがレーナに問い詰める。
「何でもありません。少し思い出させてあげただけです。これでクロキは戦えない。貴方達は今のうちに撤退するしかないわね」
レーナが勝ち誇ったように言う。
自分の様子を見て楽しんでいるみたいだ。
ちくしょう。下半身が言う事を聞かない。
鎮まれー!!鎮まれー!!お前の出番はここには無いぞ。
「ごめんクーナ! これ以上は戦うべきじゃない! 撤退するよ!!」
自分はクーナを引っ張り無理やり下がらせる。
下半身が大変な事になっているから、すごく動きにくい。
「うう、わかったぞクロキ……。大丈夫か?」
自分がお願いするとクーナは了承する。
とても心配しているみたいだ。
ごめんと心の中でクーナに謝る。
「ありがとうクーナ」
そして、上空のランフェルド達を見る。
彼らも撤退させなければならない。
「これ以上戦えば! こちらにも被害が出る! よって魔王軍は迷宮へと撤退する! 命令だ!!」
大声でランフェルド達に命令する。
不満はあるかもしれないが、レイジ達に天使の援軍が来たのだ。
これ以上、戦えば被害が出るのはランフェルド達もわかるはず。だから、命令を聞くだろう。
「待て……。まだ勝負はついていない……」
自分も退こうとした時だった。突然後ろから声をかけられる。
声をかけたのはレイジだ。
まだ戦うつもりのようだ。
治癒魔法をかけてもらったのかもう血は出ていない。
しかし、立つこともやっとに見える。白衣の女の子に支えられてこちらに来る。
明らかに戦える状態に見えない。
その根性はどこから来るのやら。
「レイジ、もう勝負はついています。やめなさい」
レーナがレイジを押しとどめる。
「だけどレーナ。君の前で負ける事は許されない……」
レイジはすでに戦える体では無い。しかし、レーナの前だからだろうか敗北を認めない。
本当にええかっこしいだな……。少し感心してしまう。
「お願いです。めんど……。いえ、あなたの事が心配です。私のためにも退いて下さい」
今、あきらかに「めんどくさい」と言いそうになった事に気付いたが、他は誰も気付いていないみたいだ。
しかし、レーナにそう言われたレイジはさすがに退くしかないだろう。
レイジは悔しそうに項垂れる。
「……わかったよレーナ。レーナに心配をかけるわけにはいかない。だが、最後に1つだけ……。顔を見せろ。前に見た時は覚えていなかった。だけど、今度は忘れない」
その言葉を聞いて、うわあと思う。
もしかして御礼参りですか?
それなら顔を見せたく無い。だって怖いもん。
「嫌だよ。このまま帰らせてもらう」
だから断る。
「見せる価値も無いって事か?」
レイジが悔しそうに言うのが聞こえる。
いや、そうじゃ無いですけど。
説明する気も起きないので何も言わずにいる。
自分は前かがみになりながらクーナと共にグロリアスの所に行く。
我ながらカッコ悪い。
しかし、レーナの顔を見ていると、あの時の事を思い出してしまう。
急いでこの場を離れよう。
自分達を乗せたグロリアスが翼を羽ばたかせ空を飛ぶ。
グロリアスを先頭にランフェルド達が後に続く。
戦乙女達は追って来ない。
嵐と共に自分達はアリアディアを去るのだった。
次で第5章も終わりです。正直長すぎました……。
どこかでレーナの事を思い出させなければならないので、最後が最低な展開だったりします。
また、叩かれそうな予感。でも、あえてやります(笑)
よって、レーナが最後に美味しい所を持っていきました。