彼女の心配
◆チユキ
「お兄様はまだ目を覚まさないのですか。サホコは何をやっていますの!!」
美堂京華ことキョウカが耳障りな声を上げる。
キョウカはレイジの二つ年下の妹だ。
容姿はレイジに似ているが、性格はあまり似ていない。
レイジが暗黒騎士に敗れて、私達はこの聖レナリア共和国に戻ってきた。
この国にある女神レーナの神殿で私達8人が召喚されたのだ。
その神殿の中の一室に私達はいた。
「キョウカさん。そんな声を上げたってレイジ君は目を覚まさないわよ」
私は何度目かの言葉を放つ。隣の部屋にはレイジが眠っている、静かにすべきだ。
「チユキさん、あなたはお兄様が心配でないのですか?!!もとはといえばあなた達がしっかりしていないからお兄様が怪我をなさるのです!!この責任をどうとるつもりですの?!!」
正直、八つ当たりではあるが言い返すのも面倒なので黙ってしまう。
キョウカは魔王討伐には参加していない。
彼女と高山加弥ことカヤはこの聖レナリア共和国で留守番をしていたのだ。
なぜ留守番なのかというと、表向きは自分達の拠点を守るためだ。
しかし、本当の理由はキョウカが無能だからだ。
彼女は魔法がうまく制御できず味方を攻撃しかねない。
またフェンシングをならっているようだが正直微妙な強さである。レイジの性別を逆転させ、なおかつ劣化させたのがキョウカだ。
はっきり言って、連れて行っても足手まといにしかならない。
また、他の女子とも仲が悪く、一緒に旅をしても雰囲気が悪くなる。
そのため彼女は魔王討伐に参加させられなかった。
それに対して空手等の拳法を使えるカヤはかなり有能だったが、キョウカを一人残すわけにはいかず、一緒に残ってもらう事になった。
サホコとカヤはレイジの家の使用人の娘だ。
キョウカとカヤは私達が通っていた学園とは違い、ちょっと遠いお嬢様学園に通っている。また元の世界ではカヤはキョウカの付き人だったのも一緒に残った理由だ。
今、部屋には私とキョウカの二人のみ。
レイジが敗れてから三日目になる。
肉体は無事だが彼の生命力は大量に消費されており、彼が目覚める気配はなかった。
キョウカがレイジを心配なのはわかるが、どうしようもない。ただ無事を祈るだけだ。
今レイジにはサホコがついている。治癒魔法が使えて、元の世界でもレイジの世話をしていたサホコは、もう三日もレイジに付きっ切りだ。
その時の事を思い出す。傷ついたレイジにサホコはほぼ一日中治癒魔法を唱え続けた。あんな無理をすればサホコ自身の命も危ない。
そのおかげで本来なら致命傷だったにもかかわらず命はなんとか助かったのである。
なぜサホコはレイジにあんなにも尽くすのであろうか?
サホコはレイジの幼馴染と聞いている。家の都合でレイジは美堂の本家とは別の所で育ち、そこには同じ年頃の子供はサホコしかおらず、二人はよく一緒に遊んだそうだ。だからきっと二人の間に色々あるのだろう。
そのサホコはもう三日も寝ずに看病している、いい加減に休ませなければならないだろう。もちろんサホコは承知しないだろうが。
キョウカもサホコと同じように看病しようとしたが、役に立たないからやめさせた。
だが、私もサホコと比べると役に立たない。
いや、レイジに関する事ではサホコには誰もかなわないだろう。
サホコを休ませた後は私とカヤとシロネの3人が交代で看病する手はずになっている。
そのカヤとシロネは、この神殿にある衛兵たちの訓練場で訓練している。
レイジが動けない今、あの二人が何かあったときに前面に立たねばならない。
そのため、シロネが修行をしたいとカヤにお願いして付き合ってもらっているのだ。
ちなみにリノはこの神殿にあてがわれた自室にいて、ナオは外で散歩をしているようだ。
レイジが敗れてから、私達の空気は重たかった。
レイジが瀕死の重傷を負ったこともそうだが、なによりレイジが負けたことがショックであった。
今までレイジを除く私達が命の危険に陥ることはあっても、レイジだけは例外だった。
彼にかかればどんな相手もたやすく感じられた。
それが、あんなに簡単にやられるなんて。
暗黒騎士ディハルト。
レイジを倒した奴の事を考える。
あの時の戦いはあまりの速さに私の目には見えなかった。
気が付くとレイジが胸から血を吹き出し倒れたのだ。
戦いを見ることができたのは、シロネとナオだけだった。
シロネが言うにはディハルトの動きは日本の剣術に似ているそうだ。しかも、相当な使い手らしい。
剣道場の娘であるシロネは剣術にある程度くわしい。
そのシロネが自分よりも技量が上だと語っていた。
そのため剣の修行をせずにはいられないのだろう。
「レイ君!!!」
突然、隣の部屋からサホコの声がする。
私とキョウカがあわてて部屋に入ると、レイジが起き上がっていた。そのレイジにサホコが抱き着いていた。