嵐の始まり
◆戦乙女シズフェ
「ちょっとノヴィス! 何やってるの! 無茶しないで!!」
私は叫ぶが返事が無い。
いつもなら「心配するなシズフェ」ぐらいには言ってくれるのにだ。
「がああああああああああ!!!!」
ノヴィスが雄叫びを上げてレッサーデイモンに挑む。
その剣の振り方は無茶苦茶だ。
おそらく完全に暴走して狂戦士となっているのだろう。
もう私の声は届かないみたいだ。あんな戦い方をしていれば体が壊れてしまう。
「くそ! 人間風情が!!!」
レッサーデイモンが大鉈を振るいノヴィスの攻撃を防ぐ。
過去に一度だけ狂戦士となったノヴィスを見た事がある。
狂戦士となったノヴィスは魔物を全滅させると私達に襲い掛かった。
その時は何とか逃げて、ノヴィスが力つき倒れたおかげで助かった。正直あまり思い出したくない思い出だ。
狂戦士となったノヴィスの力は凄まじい。しかし、それをレッサーデイモンは凌いでいる。
目の前で凄まじい攻防が繰り広げられる。
レッサーデイモンはノヴィスの強烈な攻めに押されている。
しかし、狂戦士となったノヴィスは防御をしない。ただ相手を殺すためだけに動く。これでは相手を殺しても自分も死んでしまうだろう。
戦いの神トールズ様の教えでは戦って死ぬことは名誉な事だ。
だからトールズ様の戦士達はすぐに死んでしまう者が多い。
だけど、それは嫌だ。
もう親しい人に死んでほしく無い。
自由戦士となり、魔物に殺されて帰って来なくなったお父さん。
もし私が戦えて、あの時に側にいればお父さんは死なずに済んだのではないだろうか?
もちろん、そんな事はありえない。私は非力だ。戦士には向いていない。これはケイナ姉からも言われている。
でもどうしても考えてしまう。
どうして、私はお父さんを助けられなかったのだろうか?なぜお父さんの側にいなかったのだろうか?
私はお父さんとお母さんが好きだった。私にとって2人は理想の夫婦だった。
だけど、それはお父さんが死んだ事で壊れてしまった。
お父さんが死に、お母さんは再婚した。
それは仕方の無い事なのはわかっている。お父さんの収入が無ければ、お母さんは誰かに頼るしかない。
義父は良い人だ。私にも優しくしてくれる。そして、義父は私のために結婚相手だって探そうとしてくれた。
本当なら感謝しなければならない。だけど、夫婦が簡単に壊れる姿を見てしまった私は結婚することが怖いのだ。
結婚もできず、お父さんを助けられない事が悔しかった私はケイナ姉に頼んで自由戦士の仲間にしてもらった。
私が戦う事で誰かが助かれば良い。だから私は剣を取り、盾を構える。
そして、私はレーナ様の加護受けて私は戦乙女となった。きっと私の願いがレーナ様に届いたに違いない。
この力を使って人々を守れと言う事なのだろう。
「知恵と勝利の女神レーナ様! ノヴィスに守りを!!」
私は魔法を唱える。
ノヴィスの周りに光り輝く魔法の盾が現れる。その魔法の盾がレッサーデイモンの攻撃を防ぐ。
攻撃が防がれてレッサーデイモンは悔しそうにする。
レッサーデイモンは下位とはいえ魔族だ。私1人なら勝てないだろう。
ノヴィスが攻めて、私が守る。この連携によりレッサーデイモンを相手になんとか戦えている。
だけど、そろそろきつくなっている。私は自分の中の魔力が途切れようとしているのを感じる。
目の前で戦っているノヴィスの攻めが弱くなっている気がする。
ノヴィスも限界が近いみたいだ。
後ろで戦っている皆もラットマンの数が多いので、こちらを救援する事ができそうにない。
「ぐあああああああああああ!!!」
ノヴィスの叫び声。
レッサーデイモンの攻撃が私の作った魔法の盾を打ち破りノヴィスを吹き飛ばしたのだ。
ノヴィスの持っていた剣に当たったので直撃はしていない。
しかし、それでもかなりの衝撃だったのだろう。ノヴィスは横に吹き飛ばされて壁にあたり動かなくなる。
「ノヴィス!!」
私はノヴィスに駆け寄る。生きてはいるみたいだが動かない。
「ふん! 手こずらせやがって!!」
レッサーデイモンが悪態をつく。
見ると仲間達も後退している。
多くのラットマンを倒したみたいだが、数が多い。
倒し切れずみんな疲れた表情をしている。
ラットマンは追撃してこない。どうやら最初の予定通り私達を生け捕りにするつもりだ。
「私の命はどうなっても良い! 彼女達は助けてもらえるのだろうな!!」
デキウス様がレッサーデイモンに対して叫ぶ。
「もちろんそのつもりだ色男。この女達は上玉だからな。俺の仲間に引き渡す事にする。そうすりゃ俺も仲間に対して面目が立つ」
そう言ってレッサーデイモンは笑う。
「悪いけどそうはさせないわよ!!!」
突然レッサーデイモンの後ろから声がする。声の感じから女性だろう。
「何者だ!!」
レッサーデイモンが振り向く。
すると白く光る蝶が飛んできてデキウス様の周りを飛ぶ。
「こっ、この蝶は?!!!」
そして、レッサーデイモンの後ろから横の壁を走って1人女性が現れる。
「シェンナ!!」
「シェンナ!!」
現れた女性を見てデキウス様とアイノエさんが叫ぶ。
「助けに来たわよ兄さん!!」
◆踊り子シェンナ
「シェンナ!!」
「シェンナ!!」
兄とアイノエ姉さんが私の名を呼ぶ。
何とか間に合った。
蝶が導いてくれたがラットマンの数が多くて中々先に進めず、遅れてしまった。
私がたどり着いたのは少し前、戦闘が激しくなっている時だった。
すぐに駆けつけようと思ったが、戦いが激しいので出るに出られず、機会を窺がっていた。
そして、大剣を持った戦士がレッサーデイモンに吹き飛ばされたのを見て慌てて出てきたのである。
「シェンナ、どうしてここに? お前は月光の女神に捕まっているのではなかったのかい?」
兄が不思議そうに聞く。
「話は後よ兄さん。今はそんな事を言っている場合じゃないわ」
そう言って私はレッサーデイモンとアイノエ姉さんを見る。
「まさか生きていたとはねえ、シェンナ。お前はあの御方に嬲り者にされていると思ったんだけどねえ」
アイノエ姉さんが皮肉な笑いを浮かべる。
「おあいにく様。私は生きているわよ」
私もまた笑い返す。
「しかし、なんでお前が来たぐらいで援軍になると思うの?今ここで殺してあげるよ」
アイノエ姉さんが帯剣を振るう。剣身が長く、弾力に富む剣が空を斬る。
「あら、そんな事を言って良いのかしら? 何で私が生きていると思うの?」
そういうと私は暗黒騎士から借りた刀を抜く。
抜くと刀身から黒い炎が噴き出す。
「その黒い炎は!!!!」
黒い炎を見てレッサーデイモンは叫ぶ。
「そういう事よ。ゼアルだっけ。あの御方は貴方に対してお怒りよ。この刀を預かった私はあの御方の使いでもあるわ。もし、貴方がこのまま立ち去るなら、あの御方に取り成してあげても良いけど?」
私はしれっと嘘を吐く。
私は刀を借りただけだ。使いでも何でも無い。
しかし、私の言葉はかなりの衝撃だったみたいでレッサーデイモンが慌てだす。
「あ、あの御方がお怒りだって――――! あわわわわわ! アイノエちゃん! ここは逃げよう!!!」
先ほどまでの態度が嘘みたいだ。
後ろにいる。兄さん達も呆れている様子だ。
「い、嫌だ!!」
突然アイノエ姉さんが叫ぶ。
「ア、アイノエちゃん? あの方が怒っているんだよ。あの方の怖ろしさは知ってるよね?」
レッサーデイモンは慌ててアイノエ姉さんに説得しようとする。
しかし、アイノエ姉さんは、
「嫌だ! お前なんかに背を向けるなんて! シェンナ! あんたのように苦労も知らずにぬくぬくと育った奴に負けるもんか!!」
アイノエ姉さんがすごい形相で私を睨む。
「私が劇団の花形になるのにどれだけの苦労をしたと思っているんだい! 場末の酒場で踊って! 好きでも無い奴に体を触らせて! そんな生活から抜け出すためなら悪魔にだって魂を売るよ!!」
「姉さん……」
「元老院議員の娘! 法の騎士の妹! そんな恵まれた生まれのお嬢様が何で劇団なんかに来るのさ! 何で私の地位を奪おうとする!!」
アイノエ姉さんは早口でまくしたてる。
おそらく、ずっと心に溜めていたのだろう。
「お前の兄といい! 苦労も何も知らない奴が私に説教しやがって! お前達兄妹は目障りなのよ!!」
そう言ってアイノエ姉さんが帯剣を向ける。
アイノエ姉さんの気持ちはわからないでもない。私だって踊り子だ。踊り子がどんな生活をするのか知っている。
だけど、聞き捨てならない言葉があった。
私の中で怒りが湧いてくる。
何も苦労を知らないですって?
私達の事を何も知らないくせに良く言える。
私達は美と愛の女神イシュティア様の信徒である母と法の神であるオーディス様の神官である父との間に生まれた。
イシュティア様の教義では結婚ができず。市民権を持たない母から生まれた私達は市民権を持たない私生児として生まれざるを得なかった。
アリアディア共和国の法律では、例え血が繋がっていても正式な婚姻から生まれなかった子は男性の子としては認められないのである。
だから私はお嬢様のような暮らしは一度もした事がない。それは兄さんも一緒だ。
私は母と兄さんと貧しい外街で暮らしていた。
その暮らしは決して豊かだったとは思えない。
そんなある日、お父さんは兄さんを養子として迎えようとした。後継ぎのいない父さんは兄さんを後継ぎにしようとしたのだ。
しかし、それは難しい事だった。
アリアディア共和国の法律では養子縁組をするには結婚の女神を奉じるフェリア神殿の許可が必要である。
これは、養子縁組を装った市民権の売買を防ぐためらしいが、詳しい事は知らない。
そして、フェリア神殿は兄の養子縁組を認めようとはしなかった。
法の神であるオーディスの神官が結婚によらずに子供を作った事が気に入らなかったらしい。
また、父さんの親族やオーディス様の神官等の周囲の人間も、私生児である兄さんを認めようとしなかった。
だけど、兄さんはそんな周囲に認められるために努力をした。
その努力する様子を私は覚えている。
毎日のように勉強をして、礼儀作法を覚え、周りの人間から良く思われるために頑張っていた。
それでも周りの人間の反応は冷たかったと思う。
だけど、天使様は見てくれていた。ある日、兄さんは大天使スルシャ様の加護を受けたのである。
大天使スルシャ様の加護を受けた兄さんを周囲は認めるしかなくて、兄さんは正式に父さんの子供となった。
私はアイノエ姉さんを見る。
私の事は良い。だけど兄さんが苦労を知らないとは言わせない。
私は過去にアイノエ姉さんが主役の劇を見た事がある。
とても綺麗で眩しくて、私もあのようになれたらと思った。
そして、同じ劇団に入団したのである。そして、演劇を必死になって練習した。
私はアイノエ姉さんに近づきたくて頑張ったのだ。だから、アイノエ姉さんの言葉が悲しくて、だからこそ怒りが湧いてくる。
この人は自分だけが苦労をしていると思っているのだろうか?
「姉さん。貴方がどんな苦労したのか私にはわからない。だけど、私や兄さんが苦労を知らないなんて言わせない。ここで決着を付けましょう」
私は刀を構える。
「良い度胸だねシェンナ! 返り討ちにしてやるよ!!」
姉さんも帯剣を構える。
「ちょ、ちょっと! アイノエちゃん!!」
「ゼアル様! お願いですやらせて下さい!!」
レッサーデイモンが止めるがアイノエ姉さんは止める気は無いようだ。
「シェンナ……」
兄さんが心配そうに私の名を呼ぶ。
「大丈夫よ兄さん。そこで見ていて」
私達は対峙する。
アイノエ姉さんの後ろではレッサーデイモンがおろおろしている。
「風よ舞い踊れ!!」
レッサーデイモンから力を貰ったのだろうアイノエ姉さんが魔法を唱える。それにアイノエ姉さんの動きに合わせて帯剣が奇妙な動きをする。
それは、まるで剣が踊っているようだ。
ならば私も踊ろう。
私の意思に従って暗黒騎士から預かった刀から黒い炎が噴き出す。
向こうが風の舞いならこちらは炎の舞いだ。
風を纏った帯剣が私に向かって来る。
私は体を回転させながらアイノエ姉さんに向かう。
そして、私達は交差する。
「やっぱり、勝てないか……」
アイノエ姉さんが小さく呟く。アイノエ姉さんの手には剣身のない帯剣。
刀の力で帯剣を斬り裂いたのだ。
そして、刀の柄で殴られたアイノエ姉さんは倒れる。その時にアイノエ姉さんの目から涙が零れた気がした。
悪いけどこれも勝負だ。
後援者の力を考えれば私の圧勝は間違いなかった。
その事を卑怯とは思わない。後援者を得る事も才能の1つなのだから。
アイノエ姉さんもそれはわかっていたはずだ。それでも勝負しなければならなかったのだろう。
私は倒れた哀しい女性を見下ろす。
「アイノエちゃん……」
レッサーデイモンが駆け寄る。
「殺してないわ! アイノエ姉さんを連れて消えて!!」
私が言うとレッサーデイモンはアイノエ姉さんを連れて地下水路の奥へと消える。
旦那様という暗黒騎士に出会った私はレッサーデイモンだからと言って悪い存在だとは思えなくなっていた。だからアイノエ姉さんがデイモンと契約した事は悪いとは思えない。
当然、この事は兄さんには言えない。
「シェンナ、お前は一体?それにその剣は?」
兄さん達がこちらに来る。
その後ろでは支配者を失ったラットマンが戸惑っている。
「詳しい話は後よ兄さん。それよりも私が預けた笛を貸して。この笛でラットマンを操る事ができるらしいの」
月光の女神様が言っていた事を思いだす。
カルキノスだけではなくラットマンにもこの笛は有効らしい。もっともこの事を姉さん達は知らなかったようだ。
物の管理が出来てない。どうしてこんな重要な物を簡単に預けたのだろう?
まぁ、今はそんな事はどうでも良い。
私は笛を兄さんから笛を受け取ると口に当てた。
◆水の勇者ネフィム
「おい、水の勇者ネフィム。まだやれるか?」
後ろにいる地の勇者ゴーダンが私に言う。
「当然ですよ。これぐらいではね」
しかし、ゴーダンを除き、仲間はいない。全てラットマンにやられてしまった。
先程の襲撃を何とか凌ぎ逃げて来たが限界が近い。
「松明を無くした。お前の力を頼りにしている」
ゴーダンが笑いながら言う。
水の精霊の力を得ている私は水の有る所なら光が無くてもある程度行動できる。
だからこそ生き延びているのだ。
しかし、水の気配からラットマンが近くにいる事がわかる。
数が多くて逃げ場が無い。
「来ていますね。数が30と言った所でしょうか」
私は水路の先を見て言う。
後戻りをしても先程のラットマンがいるだろう。逃げられない。
「逃げられねえな。適当に位置を教えてくれ、俺が突っ込む。お前は後ろから援護をしてくれ」
「わかりました。それしかないですね」
ゴーダンの言葉に頷く。松明が無ければゴーダンは周囲が見えない。
位置を教えてゴーダンが突っ込んだら後ろから私が援護するしかないだろう。
ラットマンは暗闇でも見えるみたいだ。不利と言わざるを得ない。
ラットマンが私達に気付いたのか近づいて来る。
「あれ?」
「どうした?」
私が変な声を出したのでゴーダンが心配そうな声を出す。
「ラットマンの動きが変です。私達に気付いていたはずなのに、どこかに行ってしまいました」
前方で待ち伏せをしていたラットマンがどこかへ行ってしまった。
まるで何かに呼ばれたように。ラットマン等の獣人は人間よりもはるかに鋭敏な感覚を持っている。
人間には聞き取れない音か何かを聞いて、どこかに行ったのかもしれない。
「しかし、助かったな。今の内に脱出しよう」
「そうですね……」
私達は地下水路を走る。
◆黒髪の賢者チユキ
「どうしたのナオさん?」
私はナオに聞く。
「チユキさん、笛の音が聞こえるっす」
「笛の音?」
だけど私には何も聞こえない。
鋭敏な聴覚を持つナオだからこそ聞こえるのだろう。
「確かに笛の音が聞こえるぜチユキ。何か呼ばれているような感じだ。これはカルキノスが現れた時と同じだな」
同じように鋭敏な聴覚を持つレイジが言う。
「もしかして罠かな?」
「わからないわシロネさん。祭壇の入り口には罠がしかけられているし。この笛の音も罠かもしれないわ。でもそれにしてはおかしいわね」
私達はバドンの祭壇へと続く通路の前に立っている。
本当なら地下水路はバドンの祭壇に繋がっていない。そのため、魔物達は近くの場所から横穴を堀って、祭壇への道を開いたようだ。
いざ入ろうかと思ったが魔法の罠が仕掛けられている事に気付いた。
一定以上の魔力を持つ者を閉じ込めるための結界だ。
設置するのは面倒くさいが私も使う事ができる。
魔力の高い私達が気付かずに入ったら閉じ込められるだろう。危ない所だった。
コルネス邸の地下での事を思い出す。おそらく彼女は何かの罠を仕掛けている。この魔法の罠がそうなのかもしれない。
そして、私はこの魔法の罠を解く作業をしている途中だ。
こういった閉じ込めるための魔法の罠は中からは打ち破るのは難しいが、外からなら比較的簡単だ。
「どうするのレイ君? 笛の音がする方に戻る?」
「いや、サホコ。ここは先に進もう。いちいち戻るのは面倒だ。それに、ここまで来たんだ。この奥に何があるか確かめてから行こう」
レイジは首を振って答える。
「確かにまたここに戻るのは嫌かも。チユキさん。魔法はまだ解けない?」
リノが賛成する。リノは早く地下水路から出たいみたいだ。
「待ってリノさん。結構仕掛けが強力みたいなの。だけど、もう少しで解けるわ」
私は魔力を集中する。
魔法の罠はなかなか強力だ。魔力に自信のある私でも解くのが難しい。しかし、何とかできるだろう。
少し時間がかかったが魔法の罠を解除する事に成功する。
「これで先に行けるな。さて何が待っているのやら」
私達はバドンの祭壇へ入る。
短い通路を抜けると広い場所へと出る。
広場は地下水路と違い明かりがあるため何があるのかすぐにわかる。
そこにいたのは異形の怪物達。そのほとんどがレッサーデイモンと呼ばれる者達である。
そして、その中央にいる者を見る。
見た顔だ。確かウルバルドと言う名のデイモンロードのはずである。
やはりこの事件の背後には魔王が手を引いていたようだ。
「来たか……。勇者共」
ウルバルドは私達を憎々しげに見る。
その表情はどこか疲れている。
「さて、お前達が何をしようとしているのか教えてもらおうか?」
レイジが剣を抜くとウルバルドに突き付ける。
「私が何をしようとしているのかは、私自身が知りたい所だよ」
ウルバルドは首を振って答える。
「何を言っている?」
レイジの言うとおりだ。訳が分からない。
「悪いがその問いには答えられないな。しかし、お前達が結界を解いてくれたおかげで脱出できそうだ。タラボス!!!」
「はい……」
ウルバルドに呼ばれて1人の男が前に出てくる。
「タラボス副会長……」
私は呟く。
前に出てきたのは魔術師協会の副会長だったタラボスだ。行方がわからなくなったらしいが、こんな所にいたなんて。
タラボスの目は虚ろだ。ウルバルドに何かされたのだろうか?
「タラボス!!我々が脱出する時を稼げ!!」
そう言うとウルバルドは天井を打ち破り上空へと逃げる。当然デイモン達も後に続く。
真上には劇場があるはずだ。念のために劇場に居る人達を避難させておいたが大丈夫だろうか?
「俺はウルバルドを追う!!こいつは任せたぞチユキ!!」
「ちょっとレイジ君!!!」
私が止める暇も無く、レイジがウルバルドを追って空を飛ぶ。
「あちゃー。行っちゃったっすね」
「もう勝手なのだから……」
私は眉間を押さえる。
「チユキさん! あの人の様子が!!」
シロネの慌てた声。
見るとタラボスの体が膨らんでいる。
「何あれ? 虫?」
リノが気持ち悪そうに言う。
タラボスの体から虫の足が出てきている。それも複数だ。
虫の体はタラボスの体を食い破るように大きくなっていく。
そして、周囲にいたアンデットらしき者達を吸収する。おそらく食べているのだ。
私は劇場にあったレリーフを思い出す。蟲の邪神バドンはあらゆる物を食べて大きくなる。タラボスの体はバドンの憑代になったのではないだろうか?
「ちょっと! チユキさん! これ危ないんじゃ!!」
サホコが慌てる。
タラボスの体はどんどん大きくなっていく。このままではこの部屋よりも大きくなりそうだ。
「脱出するわよみんな!!」
私達はレイジ達が出て行った上空へと飛ぶ。
◆デイモン王ウルバルド
「ウルバルド様! 勇者が追ってきます!!」
側近が叫ぶ。
そんな事は分かっている。
タラボスは止められなかったようだ。全く使えない。
タラボスとかいう人間はバドンの憑代にしてやった。バドンは一度滅んだ邪神だ。
その力が残滓となって残っているにすぎない。人間ごときの弱い体でも憑代にできるはずだ。
しかし、勇者はタラボスを無視して追って来る。勇者の動きは速い。このままでは追いつかれる。
転移魔法を使おうとするが発動しない。きっと、まだ何か細工がされているのだろう。
後続の黒山羊達が勇者に倒されていく、このままでまずい。
「ウルバルド様! ここは私が押さえます! 逃げて下さい!!」
そう言ったのは最下位の側近であるマンセイドだ。
マンセイドはナルゴル外の状況を調べる調査官だった者だ。調査官だった時にこの地域に来ていたと聞く。
力はデイモン族中では弱い方だが時間稼ぎぐらいはできるだろう。
「頼んだぞマンセイド卿!!」
マンセイドが勇者に向かうのを確認する。
今のうちに遠くに逃げなければ。
「何をしている! ウルバルド卿! 配下を見捨てる気か!!」
突然声を掛けられる。
遥か上空を見る。
雲の中に竜が隠れている事に気付く。その竜にも見覚えがあった。
「ランフェルド卿!!何故ここに!!」
竜はランフェルドの乗騎である雷竜だ。その周りには配下である暗黒騎士の姿が見える。
「勇者が何かをしているらしいから来てみれば……。これはどういう事だウルバルド卿!!」
配下と共に降りて来たランフェルド卿が憤怒の形相でこちらを見る。
「こ、これは……」
私は言い訳をしようとするが言葉が見つからない。
「だが、言い訳を聞いている暇は無さそうだなウルバルド卿よ! 私が勇者を一騎打ちで止める!!その間に配下を下がらせろ!!」
そう言うとランフェルドは剣を抜く。剣を抜くと剣身から雷光が走る。
ランフェルドの剣は雷雲を呼ぶ雷鳴の剣だ。そして乗騎の雷竜は雷雲を作る事ができる。
瞬く間に黒い雷雲が発生する。
「そんな無茶苦茶だ……」
勇者は強い。ナルゴルで暗黒騎士達が束になっても勝てなかった。それを一騎で止めるなど不可能だ。
「アルガド卿、ザイレスド卿……」
ランフェルドが何かを呟いている。良く聞くと、それは勇者によって殺された暗黒騎士達の名前ではないか。
ランフェルドは配下には優しい男だ。自分の采配で犠牲なった配下を今でも悔いているのだろう。
ランフェルドが剣を掲げて勇者に向かう。
「我々が残ります。ウルバルド閣下は配下を連れて撤退して下さい」
ランフェルドの配下の暗黒騎士が側に来る。
「卿達も残るつもりか?」
「我々も撤退するように命令されています。ですがランフェルド様を置いてはいけません。我々も残ります」
その言葉を聞いて頭が痛くなる。
どいつもこいつも馬鹿か?犠牲が増えるだけだぞ。
しかし、位階の低い配下ならともかくランフェルドを見捨てるわけにはいかない。
「どうすれば良い……」
悩むが結論は出ない。
ランフェルドの呼んだ雲が雷光を放つ。
嵐が始まろうとしていた。
休みの間に話しを進めておきたかったのですが、進まない(´_`。)
残り3話で第5章も終わりです。
ゼアルとアイノエはこれで退場。以後出て来るか未定です。タラボスも退場です。脇役なのに話しが長い……。




