地下水路は夢の国
◆黒髪の賢者チユキ
アリアディア共和国の地下には無数の地下水路が張り巡らされている。
そのメンテナンスのために地下水路に降りる事が出来る場所は無数にある。
私達はその1つから地下水路へと降りる。
地下水路は人が入る事を考えて作られているためかとても広い。
これなら身を屈めて進む必要も無さそうだ。
また、水路の端には人が通るための歩道がある。しかし、最近雨が降っていないせいか水深は浅い。
これなら水路の中を歩く事も出来るだろう。
「光よ」
私は魔力を発動させて光を出す。
地下水路には灯りが無いので照明の魔法を使う必要がある。
直径30cm程の光の球は宙に浮かび周囲を照らす。
「さすがチユキ様です。これなら松明も必要ないですね」
一緒にいるシズフェが私を誉める。
シズフェ達は私達突入班のメンバーである。
クラスス将軍は自由戦士達をいくつかの班にわけて、それぞれの入り口から突入させた。
今頃他の自由戦士達は地下水路に入っているだろう。
私達の班は私とレイジにシロネにサホコにリノにナオのいつものメンバー。
それにシズフェ達と火の勇者ノヴィスにデキウス。そして、拘束されているアイノエだ。
「何で私まで入らないといけないのよ!!」
無理やり連れてこられたアイノエが叫ぶ。
「アイノエ殿! デイモンと契約する事は大罪です! 神に対して申し訳ないとは思わないのですか?! そして、貴方と契約を結んだレッサーデイモンがこの地下水路に潜んでいる事はわかっています。大人しく来ていただきましょう」
デキウスが言うとアイノエは悔しそうな顔をする。
「何が神よ! 私が困っている時に助けてくれなかったのに! そんな神よりもデイモンの方がはるかにましよ!!」
「アイノエ殿! 何と言う事を!!天罰を受けますよ」
2人が言い合う。
「デキウス卿、落ち着いて下さい。それからアイノエさん、貴方も黙らないと沈黙の魔法をかけますよ」
私は2人を止める。
だけど、2人は言い足りないみたいだ。
私は溜息を吐く。
「シズフェさん、もしもの時はデキウス卿とアイノエさんを連れて脱出して下さいね」
「わかりました、チユキ様」
シズフェが頭を下げる。
なぜシズフェ達を私達と同じメンバーにしたかと言うとデキウスの行動を抑制するためだ。
彼は責任感が強く真面目だ。
だけど、この地下水路の奥にいる者は彼の手におえる相手では無い。
私達の戦いに巻き込まれて死ぬかもしれない。
しかし、デキウスは死なすには惜しいのでシズフェを御目付役として付ける事にしたのだ。
さすがのデキウスも女性を連れて無理はしないと思う。
「それじゃあ、行くかみんな」
レイジの声で全員が地下水路を進む。
先頭はナオとレイジ。そして私とリノが続き。シロネとサホコ。その後ろにデキウスとシズフェ達が続く。
「何か嫌なにおいがする~」
リノが泣きごとを言う。
「そうだね、すごく嫌なにおい。まるで生ごみのにおいみたい」
横にいるサホコの嫌そうな声。
私達は地下水路の奥へと進む。
すると先頭を行くナオが突然止まる。
「みんな止まるっす!!」
突然ナオが声を出す。
「どうしたナオ?」
「前方に何かいるっす」
ナオが歩道から水上歩行を使い水路の真ん中へと移動する。おそらくその方が動きやすいからだろう。
そして、レイジもナオと同じように水上歩行を使い水路の中心へと移動する。
ナオはブーメランを取り。レイジは剣を抜く。
「おい何がいるんだ? 全然見えねーぞ! もっと明るくしてくれ!!」
一番後ろから付いて来ているノヴィスが言う。
彼は少し遠慮を覚えた方が良いだろう。
「ちょっとノヴィス!!!」
シズフェが慌てた声を出す。
彼女はノヴィスのせいで苦労しているみたいだ。何故か親近感がわく。
「今から明るくします」
「申し訳ありませんチユキ様!!」
シズフェの謝る声を聞きながら、私は水の上に立つと光条の魔法を使う。
光が伸びて水路の奥を照らす。
そして浮かび上がる巨大な物体。
「いやああああああああああああ!!」
「何あれええええええええ!!!」
サホコとリノが大声を上げる。
「ジャイアントスラッグ……」
前方にいたのは高さだけで2メートル、全長だと何メートルになるのかわからない巨大なナメクジだ。
いわゆるジャイアントスラッグと呼ばれる魔物である。そのジャイアントスラッグは1匹では無く数匹いて、その外にも大小のナメクジが地下水路の壁や天井に張り付いている
ジャイアントスラッグはまだこちらに気付いていないのか、ぬめぬめとした体を地下水路の床に這わせて動いている。
すっごく気持ち悪い。
「背筋に鳥肌が立っちゃった……」
あの比較的気持ち悪いのが平気なシロネすらも肩を抱いて身を震わせている。
「どうするチユキ?」
レイジが私達の様子を面白そうに眺めながら言う。全く意地が悪い。
「もう! 笑ってないで! さっさと何とかしてよ!!」
「はは、任せておけチユキ!!光よ!!」
レイジが笑いながら光弾を複数放つ。
光弾がジャイアントスラッグを焼き尽くす。
「うう……。あんな魔物がいるなんて。帰りたい」
サホコが泣きごとを言う。
気持ちはわかる。ジャイアントスラッグはとんでもなく気持ち悪かった。私もできれば帰りたい。
「待って下さいっす! まだ何かいるっす!!」
ナオが奥を指差す。
私はすかさず光条の魔法で奥を照らす。
そして、そこには複数の黒い人影がいるのが見えた。
「侵入者ニ見ツカッタ!!」
「バレタ!!」
「逃ゲロ!!」
黒い影達は光に照らされると一目散に逃げて行く。
「何あれ?ネズミ?」
横から見ていたシロネが嫌そうな声を出す。
「確かに鼠だったな。だが人間と同じぐらい大きかった。それに2本足で立っていたし武器も持っていたぜ」
レイジの言う通り鼠は2本足で立ち、武器を持っていた。
「鼠人って所かしらね」
「鼠人っすか。何だかビビビって言いそうっすね。それとも千葉県の夢の国のマスコットと言った方が良いっすかね?」
ナオが危険な事を言う。それにしても嫌なテーマパークだ。
「あああ……」
「どうしたのリノちゃん」
サホコが突然変な声を出したリノを気遣う。
「今のネズミさん……。あれ、元は人間だよ」
その言葉に私達は全員リノに注目する。
「リノさん、それ本当なの?」
私が聞くとリノは首を縦に振る。
「たぶん。リノの目にはそう見えたの」
リノは自身なさそうに言う。
リノの破幻の力は私達の中で一番強い。
目を凝らせばどんな相手でも真実の姿を見る事ができる。
「だとしたらやりにくいっすね」
ナオが嫌そうに言う。
「サホコ。もし呪いで姿を変えられているのなら、解呪ができるのじゃないか?」
レイジが聞くとサホコは首を振る。
「わからないよレイ君。やってみないと……」
サホコは自信無さそうに言う。
「それなら一匹捕えて試してみましょう」
私がそう言うとサホコが頷く。
「決まりだな、取りあえず先に進むとするか」
レイジの言葉で私達はさらに奥へと進む事にする。
「何をやっているのよクロキ……」
先へと歩いている時だ。シロネの呟きが聞こえた。
◆デイモン王ウルバルド
地下水路の奥にあるバドンの祭壇に私はいる。
目の前でネズミ共が騒いでいる。
それを見て側近達が嫌そうな顔をしている。
ネズミ達は元は人間で、ザンドによって眷属に変えられた者達だ。
元が人間なので人間と子供を作る事ができる上に、人間を鼠人へと変える病原菌を持っている。
そのためネズミ達は条件さえ整えれば、ネズミ算式に増える。
今ここにもネズミ達が多くいて、騒いでいる。
その様子を見ている側近達がうるさそうにしている。
私もネズミ達がうるさいので気分が悪い。
「タラボスよ、先程から騒がしいようだがどうした?」
「申し訳ございません、ウルバルド様。どうやら侵入者がいるようなのです」
タラボスが頭を下げて答える。
「侵入者? たかが人間だろう? さっさと蹴散らしたらどうなのかね」
人間ごときで騒ぐなど馬鹿馬鹿しい。だからそう答える。
「それが、どうやら侵入者の中に光の勇者達がいるようなのです」
その言葉を聞き、一瞬だけ頭が真っ白になる。
そして、意味を理解して立ち上がる。
「どういう事だ!!」
私が怒鳴るとタラボスは平伏する。
「申し訳ございません! 私もなぜ勇者が来ているのかわからないのです!!」
私は舌打ちする。
こんな人間風情に言った所でどうにもならない。
「勇者が来ているのならば、我々は帰らせてもらおう」
私はそう言うと転移の魔法を唱える。
しかし、発動しない。
「ウルバルド様! 転移を阻害する結界が張られています! 我々はここに閉じ込められています!!」
側近が慌てた声を出す。
どういう事だ?
私は考える。
そして、気付く。
「裏切ったな!!ザンド!!」
うかつだった。奴め、何が勇者とディハルト卿をぶつけるだ。
本当は私を滅ぼすための嘘だったのだ。
しかし、追い詰められた事は確かだ。
私では勇者に勝てない。
私も偉大なる魔王陛下の側近であるデイモンロードだ。
力の弱い小神程度なら負ける事は無い。
しかし、光の勇者達の強さは神々でも上位に入るだろう。
勇者達と戦った事を思い出す。
私は黒髪の賢者と呼ばれる女と魔法戦を繰り広げた。
そして、敗れた。それまでの私は魔法戦ならば神族にも負けないと自信があった。
だが、その自信は一瞬で砕かれた。
奴らの強さは常軌を逸している。
あの最強であるランフェルドさえ勇者に敵わなかった。
このままでは殺される。逃げなければならないだろう。
「タラボスよ!!」
私はタラボスを呼ぶ。
「はい! 何でございましょう!!」
「急いでバドンを復活させよ! 今すぐだ!!」
しかし、タラボスは首を振る。
「しかし、それでは予定が……」
「言う事を聞け! これは命令だ!!」
私は魔法を使いタラボスを支配する。
するとタラボスの目は虚ろになる。
支配は成功した。これでバドンは復活するだろう。
「それからゼアルはどこへ行った?」
奴には勇者達の足止めをしてもらわなくてはいけない。
「ウルバルド様。ゼアルなら先程。出て行きました。どうやら奴の女が侵入者の中にいるようなので、それを助けに行ったと思われます」
側近が答える。
「何をやっているのだ。あいつは?」
頭が痛くなる。
しかし、奴を連れ戻す暇は無い。
今からザンドが張ったと思われる結界を打ち破る。
だから時間が惜しい
「舐めるなよザンド! この私は魔王様に仕えるデイモンロードだ! たかが小神の結界など打ち破ってみせる!!」
◆暗黒騎士クロキ
ミノン平野の上空を竜であるグロリアスに乗ってクーナと共に飛ぶ。
ミノン平野は広大でおそらくインド北部と同じぐらい広い。
しかし、グロリアスの翼ならば簡単に移動できる。
上空から地上を眺めると人間の国がいくつか見える。
しかし、ミノン平野の広さに比べてその数は少ないように感じる。
おそらく魔物の影響だろう。
ミノン平野には魔物の数が少ない。しかし、それは他の地域と比べたらの話だ。
ミノン平野にだって魔物はいる。
魔物は基本的に太陽の光りを嫌がる傾向にある。
そのため開けた土地であるミノン平野は昼間の間は魔物があまり出現しない。
だから他の地域に比べて魔物の害が少ないのだ。
だけど夜はもちろん、曇りや雨の日だとゴブリン等の魔物が活動をするのである。
そのため、この地域においても人間は太陽の光が無い時は城壁の内側に引き籠り外に出ない。
ミノン平野を流れる河に沿うように北上する。
やがて、ミノン平野の北に広がるルハク山地まで来る。
このルハク山地から北はアリアド同盟の領域では無い。
そして、この山地から北の地はオーク族が多く生息している。
その北の地は過去にオーク族が人族を支配して帝国を作った事があった。
それが「オークによる北方帝国」である。
その帝国は人間の必死の抵抗により打倒されたが、その残党は生き残り、今もなお人々を苦しめているそうだ。
また、北の地のオーク達は時々山を越えてミノン平野に来る事があるらしいので、アリアド同盟に属する北部の国々は警戒を常にしなけらばならないらしい。
自分達はルハク山地の麓に広がる森の中へと降りる。
ミノン平野は開けた場所が多い土地だが北部のルハク山地の近くには森が広がっている。
ここならグロリアスを降ろしても問題は無いだろう。
平野にグロリアスを降ろせば人間に見つかり大騒ぎになる。そのため、今まで飛び続けていたのである。
降りた所の近くには綺麗な泉がある。少し休むには良いだろう。
「うーん。やっぱりというか見つからないな」
自分は溜息を吐く。
ウルバルドは何処に行ったのだろうか?
アトラナクアはミノン平野全土に支部を作っていたみたいなので、とりあえず上空を飛んでみたが彼らがいる気配を感じない。
ウルバルドや側近のデイモン族は隠れるのがそこまで得意という訳では無い。だから、すぐに見付かると思ったが失敗だったかもしれない。
「別に良いではないかクロキ、ウルバルドなんか放っておいても。クーナはこのままクロキと一緒に空を飛んでいたい」
クーナが嬉しい事を言ってくれる。可愛い女の子にこんな事を言ってもらえた事は今までにない。
何だか涙が出そうになる。
思わずクーナを抱きしめる。
だけど、探すのをやめるわけにも行かない。
「ありがとうクーナ。でも、もうちょっと探そうよ」
自分はクーナを抱きしめながら言う。
「だけどクロキ、あてはあるのか?」
クーナが首を傾げて言う。
確かにクーナの言う通り当ては無い。
もしかしてアリアディア共和国にいるのだろうか?
だけど、気配は感じなかった。だから違う所にいると思う。しかし、見つからない。
これならゼアルを先に探した方が速いかもしれない。
ゼアルの行方を知っているアイノエから話しを聞ければ良かったけど、レイジ達に拘束されてしまった。これでは話を聞けない。
アイノエはレイジ達と一緒に地下水路に入ったらしい。
もしかして、ゼアルは地下水路にいるのかもしれない。しかし、レイジ達が一緒なので近寄りたく無い。
どうしようか迷う。
「無いなあ……。どうしようか?」
自分は声を落して言う。
「ならばここでしばらく休むというのはどうだクロキ?休むと良い考えが浮かぶかもしれないぞ」
クーナがふふふと笑いながら言う。その笑みが艶めかしい。
少しどきどきする。
確かにクーナの言うとおりかもしれない。休むと良い考えが浮かぶ可能性もある。
「そうだね。少し休もうか」
休む事にする。
自分は持って来たシートを広げお茶の準備をする。
グロリアスは大きいのでお茶道具を積んでも大丈夫である。ついでに軽食の入った籠も持って来ている。
籠の中には上白の麦のパンに野菜等を挟んだサンドイッチ。お菓子には干果と蜂蜜を混ぜたクッキー。
飲み物にはこの地方原産の花から作るお茶を持ってきた。
これらは出かける前に自分とクーナとリジェナ、そしてシェンナと一緒に作った物だ。
余った料理はリジェナとシェンナの食事にと残してある。
それにしてもシェンナは今頃どうしているだろうか?
確か兄を助けに地下水路に行くと言っていた。だから彼女には自分の刀を預けたままにしている。
ほんの少しの付き合いだけど、少しは情がある。無事だと良い。
自分達はシートに座り休憩する。泉が陽光を反射してキラキラと輝いている。また森を吹き抜ける風が心地よい。
「なかなか気持ち良いな、クロキ」
クーナはサンドイッチとお菓子を少し食べると自分の膝に頭を乗せて寝る。
そして、すやすやと寝てしまう。
正直これは逆では無いだろうか?普通は女の子の膝枕で男性が寝るのではと思う。
しかし、クーナの無邪気な寝顔を見ているとまあ良いかと思う。
自分はクーナの白銀の髪を撫でる。
こんな可愛い女の子が自分の膝の上で寝ている。それも充分幸せではないか。
「グヘヘヘヘヘ」
クーナの寝顔を見て思わず気持ち悪い笑みが出てしまう。
少し落ち着こう。
自分はお茶を飲む。飲むときに良い香りが漂う。
お茶を飲んでいるとグロリアスが頭を寄せて来る。
「お前も甘えん坊だねグロリアス」
グロリアスの鼻を撫でる。するとグロリアスは嬉しそうにする。
グロリアスもその巨体を自分に寄せて横になる。
「自分も少し休むかな」
そう思いグロリアスの首に体を預ける。
そして、自分は森の奥へと視線を向ける。
お茶をしている時からだった。木の陰からこちらを見ている者がいる。
小さな気配だ。最初はゴブリンかと思ったが、この辺りは陽光で眩しい。
ゴブリンは近寄らないはずである。だから別の何かだ。
おそらくクーナも気づいていたが、気にしなかったようだ。
見ている者からは大した力を感じない。放っておいても問題無いと判断したのだろう。
クーナは無邪気な顔をして自分の膝の上で寝ている。
少し見ている者と話しをしてみようかと思う。
「ねえ、見てないで出てきたら?」
自分は見ている者に言う。敵意は感じない。だから、こちらに来るように言う。
何者だろう?もし、去るなら当然追わない。
だけど、何か用があるなら聞いてみよう。
自分の呼び声に応えて木の陰から小さな女の子と仔馬が姿を見せる。
姿を現した者を見て自分は疑問に思う。
小さな女の子は人間に見える。
この世界の人間は集団で生活するのが普通だ。
そして、この辺りには人間の国は無い。なぜこんな小さな子がこんな所にいるのだろう?
こんな小さな女の子が1人でいたら魔物の餌食になるしかない。
少なくとも保護者が近くにいるはずだ。
それは、姿を見せていない最後の者だろうか?
小さな女の子と仔馬がこちらに近づくと、その後ろから小さな人影が姿を見せる。
ドワーフだ。白い立派な髭から察するに若者とは思えないがどうだろう?
ドワーフは生まれて8年で人間のおじさんのような外見になる。そして、その後はほとんど姿を変えずに長生きする。
そのためドワーフの年齢は分かりにくい。
女の子と仔馬が小走りでこちらに近づく。
女の子の視線の先は巨大な竜であるグロリアスでも無く、綺麗なクーナでも無く、食べていた御菓子に注がれている。
遠くからこの御菓子が見えていたのだとしたら、かなり目が良い。
「これが気になるの?」
女の子は答えず頷く。
自分は御菓子を取ると女の子に差し出す。結構多めに作ったから少しぐらい上げても問題無い。
「どうぞ。あげるよ」
しかし、女の子は受け取らない。
「……妹のもちょうだい」
女の子は仔馬を見て言う。
仔馬を妹と呼ぶ事を疑問に思うが、自分は御菓子をもう1つ渡す。
女の子は御菓子を2つ取ると1つを仔馬の口に入れて急いで食べ始める。
女の子が食べているとドワーフがようやくこちらに来る。
「ありがとうございます、偉大なる竜使いよ。この子達に御菓子を恵んで下さって。エファ、ポナ。このお方にお礼を言いなさい」
ドワーフが頭を下げてお礼を言う。その言葉から怯えを感じる。
当たり前だろう。竜に近づきたがる者など普通はいない。
少女達が出てこなければ、このドワーフは自分に近づかなかった気がする。
「ありがとうおじちゃん」
「ヒヒン!!」
少女エファと仔馬のポナが自分に頭を下げる。
おじちゃんと呼ばれてショックを受けるが気にしない。それよりも馬がお礼をした事に驚く。
「貴方がたは、ここに住んでいるのですか?」
自分はドワーフに聞く。
この少女と馬とドワーフの関係が少し気になる。
「はい、儂の名はウリム。見てのとおりドワーフですじゃ。この森で暮らしております」
ドワーフは人間と違い魔物に襲われにくい。そのため、この魔物の多い森の中でも暮らす事が可能だ。
森に住む7人のドワーフが継母である王妃から逃れたお姫様を匿うお話は有名だ。
おそらく、このウリムは樵や猟をして暮らしているのだろう。見ると背中には大斧。手にはガストラフェテスと呼ばれるクロスボウを持っている。
この世界のクロスボウはナルゴルに住むオーク族が発明した。
ドワーフはオークと同じように体に比べて手足が短く、お腹が出ているので普通の弓は使えない。
そのためにドワーフもまたクロスボウを使う。
クロスボウは普通の弓に比べると連射はできないが、弓と比べて扱いやすく、また力が弱い者でも威力の高い矢を放つ事ができる。
「初めましてウリム殿。この子は貴方の子供ですか?」
自分が尋ねるとウリムは首を横に振る。
「いえ、迷い子です。仔馬のポナと一緒にいる所を拾いました」
ウリムはエファを見ながら言う。その事を思い出しているのだろう。
ウリムはエファとポナと出会った時の事を話してくれる。
出会ったのは2年前の事らしい。ある日、山でキノコ狩りをしていたウリムはやせ細った少女と仔馬に出会った。近くには親らしき者はいない。このままだと魔物に襲われるかもしれない。
仕方がないから、一人暮らしをしている自分の家へと連れて帰った。
それ以来、2人と1匹で暮らしているそうだ。
「親は探したのですか?」
その問いにウリムは再び首を振る。
「見つけた時に血の付いたケンタウロスの弓を持っておりました。おそらく父親はケンタウロスなのでしょう。この辺りにケンタウロスはおりませぬ。それに近くの国で母親らしき者がいないか尋ねたのですが、誰も知りませぬ」
「なるほど……」
ケンタウロスの弓とは合成弓の事だ。
ゆるやかなM字型の弓は木や獣の骨等の複数の材料で作られる。
エルフの弓と呼ばれる長弓よりも小型だが威力は高い。ただし、使いこなすのが難しいので人間で使う者はあまりいない。
だけどケンタウロスはこの合成弓を好んで使う。
その事からウリムはエファがケンタウロスの子と判断したのだろう。
それにケンタウロスの子と考えれば仔馬を妹と言った事も頷ける。ケンタウロスは人間と子供を作るが、また馬とも子供を作れる。
そのため母が人間で女の子なら人間が生まれ、馬が母でメスとして生まれれば馬になる。
その結果、人間と馬の姉妹が誕生する。そして、血の繋がりのためか意思疎通もできるそうだ。
ただ、ケンタウロスは人間の方が好みだと聞く。
川を渡れずに困っている人間の夫婦の奥さんを攫おうとしたケンタウロスの話がある。そのケンタウロスは英雄である夫の毒矢で殺されたそうだ。
エファの親であろうケンタウロスも、もしかすると人間に殺されたのかもしれない。
そう思ったのでウリムはエファを保護したのだろう。
エファとポナは御菓子を楽しそうに食べている。
その様子は何か会話をしているようだ。おそらく意思が通じ合っているに違いない。
「改めてお礼を言います。儂には御菓子を作る事ができませぬので」
ウリムが改めてお礼を言う。
ドワーフは優良な道具を作るが料理は下手だ。
そのためエファ達は今まで御菓子を食べさせてもらえなかったのだろう。
自分たちに近づいたのは御菓子の匂いに引き寄せられたからに違いない。
「別に構いません。ところで自分はとあるデイモンを探しているのですが心当たりはありませんか?」
期待しないで聞く。
「デイモンですか?うーむ……。わかりませぬ。ただ、儂らが住んでいる場所の近くに魔女の婆さんが1人で住んでおります」
「魔女がこの近くに?」
ウリムは頷く。
魔女は魔族、もしくは邪神と契約を結び、魔力を得た女性か、その女性との間に生まれた娘の事だ。
男性で魔族や邪神と契約を結ぶ者もいるが、一般的に女性の方が多い。
理由は契約を結ぶ魔族の多くがレッサーデイモンであるゼアルのような男性だからだろう。
ちなみにこの世界、異種族の間で子供を作ったら、魔力が低い方の種族の子供が生まれる確率が高い。
例えばエルフと人間が子供を作ったら人間が生まれやすい。
魔族のほとんどが人間よりも魔力が高いので、魔女が子供を産んだら人間が生まれる事が多いと聞く。
そして、魔族と契約を結ぶ事は女神フェリアの教義では大罪である。フェリア教団の影響力は強く、各国で魔女は迫害の対象となる。
そのため、魔女は正体を隠して生きるか、人里から離れて暮らす。
その魔女がこの近くにいるらしい。
「はい。その婆さんならデイモンの事を知っておるかもしれませぬ」
「なるほど、聞いてみる価値はありそうですね」
自分はクーナの髪を撫でながら答える。
どうせあては無いのだ。少し寄ってみるのも良いだろう。
◆ドワーフの森番ウリム
正直生きた心地がしなかった。
竜を連れた青年と別れると背筋から汗が吹き出す。
儂達がキノコ狩りをしている時だった。
突然エファとポナがいなくなった。
探すと泉の近くの木に隠れて何かを見ている。
何を見ているのか確かめてみると腰が抜けそうになった。
なんと巨大な竜が寝ているではないか。
儂はエファを連れて何とかその場を離れようとしたが動かない。
見ると竜の側でお茶をしている者がいるではないか。
そして、お茶をしている青年がエファを呼び寄せたのである。
「エファ、お前は怖くなかったのか?儂は怖ろしくてたまらなかったぞ」
横を歩くエファに聞く。
「ううんウリム爺ちゃん、何も怖くなかったよ。だってポナが怖くないって言ってたもの」
エファが仔馬のポナを撫でながら言う。
ポナと儂は会話ができない。しかし、エファにはポナの言っている事がわかる。
「そうか……。ポナがそう言っていたのか」
仔馬のポナはある程度危険を感知する事ができる。エファが儂に出会うまで無事だったのはポナのおかげだろう。
それに実際に危険は無かったようだ。
「すごく良い人だったねポナ」
エファは笑う。
「良い人か……」
儂は青年の事を思い出す。あの青年を人と呼んで良いのだろうか?
人の姿をしていたがおそらく人ではあるまい。
それに、あの青年は何となくだが近くにいた巨大な竜よりも怖ろしいような気がしたのだ。
竜は普段は優しい。しかし、逆鱗に触れれば何よりも怖ろしい存在へと変貌する。
あの青年もそれと同じではないだろうか?
エファは笑っているが儂はなるべくならあの青年に近づきたくないと思うのだった。
小弓はゴブリン、弓は人間、長弓はエルフ又は人間の猟師、合成弓はケンタウロス、クロスボウはドワーフ又はオーク。ちなみに銃器はこの世界にはありません。
魔女の事をいろいろと調べたのですが、これはエロい。何とかして小説のネタにしたいと思いますd(≧▽≦*)
7月中にこの章を終わらせる予定が遅れてしまいました。終わるのは8月になると思います。速く書く才能が欲しいこのごろです。