う〇こはどこへ消えた?
◆黒髪の賢者チユキ
将軍府の会議室に私達は集まっている。
理由は将軍であるクラススに報告するためだ。
またクラススの他に元老院議員のナキウスとトゥリアにも来てもらった。
重要な事なので2人にも知っておいてもらいたい。
「まさか、魔物が市民に化けて潜んでいるとは……」
クラススが頭を抱えて言う。
無理もない。魔物からこの国の市民を守る将軍ならば、魔物が人に化けているとは考えたくないだろう。
何しろ市民を守るべき将軍が市民を疑わなくてはいけないのだから。
コルネスの屋敷で出会った月光の女神の言葉から生き残ったグールを私達は探した。
するとコルネスと繋がりのある役人達は全てグールに入れ替わっていることがわかった。
「はい、クラスス将軍殿。コルネス議員の関係者は全てグールになっていました。一応全て倒したと思いますが……。まだ生き残りがいるかもしれません」
デキウスの言葉にクラススは悲痛な表情を浮かべる。
「しかし、この事は公表できないぞデキウス。このような事が市民に知られたら大変な事になってしまう」
デキウスの父であるナキウスが諭すように言う。
魔物が人間に化けて潜んでいる。公表されれば市民達はパニックを起こすだろう。
だから、この事は秘密にしなければならない。それはこの場にいる全員が考えている事だ。
「わかっていますよ父上。この事はこの場にいる者達だけの秘密です。ですから父上達には市民にこの事が知られないようにして欲しいのです」
デキウスは父であるナキウスとクラスス、そしてトゥリアに向かって言う。
嘘を吐かず真実を伝えるのが神王オーディスの信徒のはずだ。だけど何事にも例外はある。
アリアディアの重鎮である3人の力ならある程度の隠蔽工作はできるだろう。
だからこそ、この3人には本当の事を伝えたのである。
「デキウス殿。問題はそれだけではないでしょう?地下水路が大変な事になっているようではないですか。早急に対策をしませんと」
いつもにこやかなトゥリアの表情が険しい。
アリアディア共和国は大河であるキシュ河の河口にある国だ。
こういった河口にある街は激しい降雨によって洪水になる事がある。
そのため水害対策が必要になる。
アリアディア共和国の地下には排水のための水路がたくさんある。
この地下水路はドワーフが作った物で、私達の世界の水路に比べてもかなり良い出来のようだ。
そして、今この水路で問題が起こっている。
私達はグール達を捕えて、知っている情報を吐き出させた。
そして、その情報からこの国の地下水路が魔物の巣窟になっているのがわかったのである。
なんで、そんな大事な事に誰も気付かなかったかと言うと、その地下水路を管理していた役人達が全員グールに入れ替わっていたからだ。
おかげでアリアディア共和国の地下水路は魔物達の楽園へと変わってしまった。
足元に魔物がいる事は放置できないので早急に退治する必要がある。
「わかっていますよトゥリア殿。しかし、地下水路に騎士達を送るとなると……。」
クラススは言い難そうだ。
騎士は国家の最大戦力である。だから、この国の危機に動かさない訳にはいかない。
しかし、アリアディア共和国の騎士団はケンタウロスの討伐に失敗して壊滅状態だ。
そして、まだ再建できていない。
乗馬は訓練が必要な特殊技能であり、馬上戦闘の技術を付け加えると養成する事が難しい。
クラススとしては生き残った騎士を地下水路に送り込みたくはないのだろう。
「クラスス将軍。馬に乗って戦うのが騎士の務めです。地下水路へ騎士を投入するのはやめておいた方が良いでしょう」
騎士は街道警備が主な仕事だ。
街道で魔物に襲われている人がいたら駆けつけ警護をする。
だから馬が入れない地下水路に投入するのはもったいない。
「チユキ殿……」
クラススがありがたそうに私を見る。
「ですから、自由戦士達を雇った方が良いでしょうね。信頼できそうな戦士を選びましょう。その手配をお願いします」
私はこの場にいる人達を見ながら言う。
騎士は街道と城壁外の周辺。兵士は城壁と城壁内。そして、自由戦士はそれ以外を守る。
地下水路は一応城壁の内部だ。だから本来なら兵士達を動かすべきだろう。
しかし、アリアディア共和国は魔物の脅威が少ないので兵士達は魔物と戦った経験が少ない。
これでは地下水路の魔物を相手にしても犠牲者を増やすだけだ。
だから、ここは自由戦士を使うべきである。
クラススは自由戦士協会と繋がりが深い。彼が頼めばすぐにでも優秀な自由戦士が集まるはずだ。
「自由戦士をですか? ですが大量に雇うとすればかなりの金銭が必要なはずです。すぐに公金は動かせませんが、雇うための金銭は大丈夫なのでしょうか?」
ナキウスが心配そうに言う。
「その金銭面なのですが、トゥリア殿と……」
そう言って私はトゥリアの横にいるもう1人の人物を見る。
「そう言う事でわたくしを呼んだのですね?」
キョウカが私を見ながら言う。後ろには当然カヤいる。
キョウカは商売をしているので金持ちだ。優秀な自由戦士に払う金ぐらいなら用意できるはずだ。
「ええ、そうよキョウカさん。立て替えてくれた費用は後日にお返しします。だから、今は資金の提供をお願いしたいの」
しかし、キョウカは首を振る。
「別にいりませんわ。資金はただで提供します。それに地下水路の補修費用も出しても良いですわよ」
「お嬢様!!」
カヤが慌てる。
無理も無い。この世界で商売をするのはかなり難しい。
何しろ識字率が5割以下だ。それに計算できる者となるとさらに少ない。
つまり、商売をするための人材が集めにくい。
その人材不足の状況で苦労した集めたお金である。
だからだろう、ただで資金を提供する事に難色を示している。
それに、この世界では商人の社会的地位は低い。
この世界の格言で「剣で身を守れても、金では身を守れない」と言う言葉がある。
これは、魔物が多いこの世界の現実を示すと同時に、戦士と商人の社会的地位を現している。
つまり、商人は軽く見られる傾向にある。その事もまた商売をしにくくしている。
また、この世界では魔物が多いせいか貨幣の流通が進んでいない。そのため、お金よりも人間の繋がりを大事にする。
だから、優秀な人材を引き抜くのが難しいみたいだ。
そのためカヤはお金と時間はかかるが、1から人材を育てているらしい。
しかも、この世界では会計帳簿の概念はあるが、貸借対照表等の計算書類を作る事を知らない。
それも教える事を考えるとさらに時間と資金が必要みたいだ。
「カヤ、お金はこういう時の為に使う物ですわ。これは、アリアディア共和国に対する先行投資のような物です。決して損にはならないと思いますわよ」
キョウカが笑いながら言う。キョウカは時々すごく気前の良い事をする。
実は能力の高いカヤよりもキョウカの方が人望があるようなのだ。
長く付き合っていると驚く事がたまにある。
「わかりました、お嬢様。お金はすぐに用意させましょう」
「ありがとうカヤ」
結局カヤが折れた。
「チユキ殿、わたくしも資金を提供いたしますわ」
トゥリアもまた了承する。
これで自由戦士を手配する目途もついた。
「ところで勇者殿達はどうされるのです?」
ナキウスがレイジの方を見る。
「もちろん私達も地下水路に入ります。そうよねレイジ君?」
「ああ、もちろんだ。美女が呼んでいるからな」
レイジが笑いながら言う。
まったく、美女が待っていると知ると態度を変えて。
その美女はグールを操っていた張本人かもしれないと言うのに。
私は頭を押さえる。
「私もご一緒してよろしいでしょうか、チユキ殿」
デキウスが同行を申し出る。
「デキウス卿もですか?できればデキウス卿には地上に残って欲しいのですが」
デキウスは得難い人材だ。前線に出るよりも後方にいるべきだ。それに地上に残って、いざという時は市民を避難させる誘導をして欲しい。
「いえ、私も彼女が気になるのです」
私も頭が痛くなる。デキウス、貴方もレイジと同じなの?
「はあ、わかりました。ですが無理はしないでくださいね。」
無理をさせないように何とか釘を刺す必要があるだろう。
彼には将来のアリアディアの指導者になってもらわないといけない。
「ところでチユキさん。地下水路って事はもしかして下水っすか?」
突然ナオが不安そうに聞いてくる。
「まあ、生活排水を流す事もあるそうだけど。それが、どうかしたの?」
私がそう言うとリノとサホコとナオはは嫌そうな顔をする。
「え~。なんか行くのやだな。う○こが流れている所に行くなんて」
「私もちょっとそれは……」
リノとサホコが嫌そうな顔をする。
なるほど、そう言う事か。私は合点する。
それからリノ。女の子がう○ことか口にしないように。
「大丈夫よ。地下水路にはう○……。人の排泄物は流れてないわ」
リノのせいで私までう○こと口にしそうになる。
私は説明する。
この世界にもトイレはある。
国によっては無い所もあるみたいだけど。そういう国はおまるに溜めた後でポイ捨てするらしいので、正直その国には近づきたくない。
そして、この世界のトイレだけど、川の近くなら水洗式もあるが、どちらかと言えば壺形汲取式が一般的だ。
コの字型にした煉瓦か石の上に座り用を足す。そして、その下にはう○こを溜める壺がある。
そして、集められたう○この処理は大地と豊穣の女神ゲナに仕える司祭が行う。
つまり、う○こを肥料にするのである。
この世界ではう○こは穢れであると同時に豊穣を意味する。
こういったう○こが豊穣の象徴になる事は元の世界でもあったりする。
この世界のトイレには女神ゲナの聖印が掲げられているのが一般的だ。つまり、彼女はトイレの女神様なのである。
そして、アリアディア共和国だけど、この国は人口が100万近い大都市だ。当然う○この量も大変な物になる。
そのため、この国には公衆用のトイレが各地域に設置されている。
もちろん有力な市民の家なら個人用のトイレもある。
この公衆トイレは地域の市民団体が掃除して管理して清潔に保たれる。
そして、この国のトイレは壺形汲取式が一般的だ。そして、アリアディア政府はこの処理の為に多額の費用を出している。
人々が寝静まる夜中に荷車をロバに引かせたゲナ女神を信仰する回収業者達が壺を交換して回るそうだ。
その後、集められたう○こは普通の土へと変化させる魔法を持つゲナ女神の司祭の元に運ばれた後で捨てられる。
以前はう○こを直接河に流していたらしい。だけど、海の神であるトライデンの神殿からクレームが入って今の形になったそうだ。
そして、トイレ以外の場所でう○こをする事は重罪である。
ただ、それでも守らない人はいるそうだ。もし、その近くに住んでいる人が見つければ半殺しにされるだろう。
また、アリアディア共和国も他の大国と同じように城壁の外は管理が出来ていないみたいなので、城壁の外は大変な事になっているみたいだ。
これを放置しておけばペスト等の疫病が発生してしまうので、対策しなければならない。
だけど、他の国と同じようにうまく対策ができていないようだ。
まあしかし、地下水路に人のう○こを流さないようにしているのは確かだ。私が説明すると3人は安心したような顔をする。
だけど、人のう○こは流れていないだけで、ゴミや魔物のう○こは流れているかもしれない。
だから衛生的な場所で無い。しかし、3人にはそれは伝えないでおこう。
「ところで、チユキさん。私気になっている事があるのだけど……」
今まで黙っていたシロネが口を開く。
だけどシロネが何を気にしているのかわかる。
「月光の女神の事でしょ」
私がそう言うとシロネが頷く。
「だけど、彼女は名乗らなかったし、他のグールやアイノエさんに聞いても誰も知らなかったわ。同じ女性か断言できないわね」
すでにアイノエは拘束して情報は聞き出している。
彼女は悪魔と契約を交わした魔女だった。彼女を魔女にしたレッサーデイモンはバドンの祭壇で何かをしているらしい。
地下水路には彼女も連れて行く予定である。うまくすればレッサーデイモンをおびき出せるだろう。
だけど、アイノエは月光の女神の事は何も知らなかった。
これはリノの魔法を使って聞き出したので間違いない。
「まあ良いわ、行けばわかる事だし。もしかするとクロキがいるかもしれない」
シロネは壮絶な笑みを浮かべて言う。
迷宮から出た後シロネに何も言わないで帰った事が今でも許せないそうだ。少し幼馴染に同情する。
「何だか悪い魔女から王子を取り戻しに行く劇と同じ状況みたいだね。ねえシロネさん、やっぱり劇の主役をやってみない?」
リノが茶化すように言う。
「もうリノちゃん。もう嫌よ主役の代わりなんて。それに私は必要ないはずよ!!」
シロネがそう言うとレイジとナオが「えー」っと残念そうな声を出す。
劇は事件が事件なだけに延期になった。
それにアイノエもいない。代役を探さなければいけないだろう。
また、主演のシェンナが生きている事がわかったので代役をしなくて良くなった。
そのためシロネは喜んでいる。
正直残念だ。せっかく面白そうだったのに。
「もう! やっぱりみんな面白がっていたでしょ!!」
シロネが怒って叫ぶ。
ちっ、バレたか。事実、本当に楽しんでいただけだったわけだし。
「しかし、月光の女神はいったい何を企んでいるのでしょうか?」
デキウスが心配そうに言う。
「彼女はバドンの祭壇に来いと言っていたわ。きっとそこで私達が来るのを待ち構えているに違いないわね。本当に何を企んでいるのかしら?」
バドンの祭壇はバドンを封じた場所で、その上に劇場が建設された。
その祭壇は地下にあり地下水路と繋がっているみたいだ。
劇場から降りる事が出来たら早かったのだが、直接下へは行けない構造になっている。それに強力な結界が張られている。
無理矢理降りれば劇場が崩壊するかもしれない。
だから、ちょっと離れた地下水路の入り口から歩いて行くしかない。
地下水路には魔物が溢れているみたいだけど、それは自由戦士達に任せて私達は月光の女神の相手をする。それが今回の手はずだ。
明日にでも地下水路に乗り込もう。
「その月光の女神と言う女性、気になりますね。何者なのでしょうか?」
トゥリアが考え込む。
「申し訳ございません、トゥリア殿。私達も彼女が何者かわからないのです。ですから詳しい事は言えません。ですが、もしもの時は市民を避難させてください」
月光の女神の事は3人には詳しく伝えていない。私もまた彼女の事がわからないからだ。不確かな情報を伝えるべきかどうか迷い、結局言う事をやめた。
またシェンナの無事をナキウス達に伝えていない。
月光の女神の様子から殺す気はないみたいだけど。下手に期待を持たせるべきではないと判断した。
無事を伝えた後で、やっぱり駄目でしたとは言いたくない。
「まあ、何者かどうかは行けばわかる事だぜ」
レイジが不敵な笑みを浮かべる。
レイジの言う通りだ。行って見ないとわからない。
そのレイジの言葉に全員が頷いた。
◆戦乙女シズフェ
早朝。私達は自由戦士協会からの依頼でアリアディア共和国の練兵場へと来る。
練兵場は第3城壁の近くにある兵士達の練習場だ。
非常に広く。多くの兵士を集める事ができるだろう
その練兵場に多くの自由戦士達が集まっている。
「うわ~。いっぱい集まっているよシズちゃん。こんなに戦士が集まるのって迷宮に入る時以来じゃないかな?」
マディが周りを見ながら言う。
「確かに多いな。自由戦士が2百人って所か。しかも、有名どころばかりだぜ」
ケイナ姉の言う通りだ。
2百人程の自由戦士はテセシアでも有名な戦士達のようだ。良く見ると地の勇者ゴーダンや風の勇者ゼファもいる。
「壮観ね。これだけの戦士が集まっているなんて」
「まったくだな。一体何があるのやら」
レイリアさんとノーラさんもまた戦士達を見て言う
「しっかし、一体本当に何があるんだよシズフェ? こんなに戦士を集めてさ」
一緒について来たノヴィスが文句を言う。
「知らないわよ。それはこれから説明してくれると思うわ」
実は私も詳しい事は聞いていない。ただ魔物退治らしいのだが。
「やあ、シズフェさん。貴方達も来たのですね」
三叉槍を持った1人の男性が近づいて来る
「あなたは、水の勇者のネフィムさん」
「はい、水の勇者ネフィムです。シズフェさん、戦乙女になられたのですね。良く似合っていますよ」
ネフィムが私の左右に翼の飾りが付いた戦乙女の兜を見て言う。
「ええ。ありがとうございます」
誉められたのでお礼を言う。レーナ様から恩恵を貰った事は名誉な事だ。その事はとても嬉しい。
「ところで何の用だ、ネフィム」
ノヴィスが私の前に出る。なぜかいらついている。何でだろう?
「ただの挨拶ですよ、火の勇者ノヴィス。これから一緒に地下水路に入るのですからね」
「地下水路?」
「ええ、そうですよシズフェさん。何でも地下水路に魔物が出たそうです。我々はその退治に駆り出されたのですよ」
私はその言葉に驚く。まさかアリアディアの地下に魔物が潜んでいるなんて。大問題ではないか。
「おい、それは本当かよ? 事実なら大問題だぜ! 誰が管理していたんだよ?! 職務怠慢だぜ!!」
ケイナ姉の言うとおりだ。管理責任者は辞任ではすまないだろう。
「ええ、だからこそ私達が呼ばれたのです。そして、地下水路を管理していた者達は行方不明になっているらしいのです。おそらく逃げたのでしょうね。それに彼らの後ろ盾であったコルネスとかいう元老院議員も姿が見えないそうです」
「そんな事が……」
私はそれを聞いて腹が立つ。
仕事を怠けていたうえに逃げるなんて何て奴らだ。そして、元老院議員でありながら姿を隠したコルネスとかいう議員に憤りを覚える。
「それから地下水路に魔物がいる事は秘密だそうですよ。市民達が不安に思うそうですからね」
ネフィムは口に指をあてて言う。
確かに市民には言い難いだろう。しかし、全てを秘密にするのは難しいはずだ。
市民の中には文句を言う人も出て来るだろう。
「おや、どうやら将軍閣下が来られたようですよ皆さん」
ネフィムが言った先を見るとクラスス将軍と勇者レイジ様、それに賢者チユキ様に法の騎士デキウス様の姿が見える。彼らも地下水路に行くのだろう。
そして、クラスス将軍が壇上に立つと説明を始めるのだった。
◆暗黒騎士クロキ
「なるほど、レイジ達が地下水路にねえ」
屋敷に訪ねて来たトゥリアから話を聞く。
「はい、嵐の神よ。勇者殿達は地下水路に入るようですわ」
トゥリアが頭を下げる。
「しかし、気になるな。月光の女神とかいう女性。まるで、クーナみたいじゃないか」
自分はトゥリアの話に出てきた月光の女神のことを聞いて驚く。
「はい。わたくしもそう思いましたので、こちらに伺いに来たのですわ」
トゥリアは申し訳なさそうに言う。
何でもこの近くに住んでいた元老院議員のコルネスはグールが化けていたらしい。
そして、そのコルネス邸の地下でレイジ達は月光の女神という女性に出会ったそうだ。
この屋敷から近いのでクーナが行こうと思えば簡単に行ける。だから、クーナがレイジ達に会いに行った可能性もある。
クーナがこの辺りを散歩していたのは知っている。だけど、レイジ達と会ったとは聞いていない。
もしそうなら危険すぎる。
だけど、自分はある理由からそれは無いと思う。
「いや、でもそれは有りえないな。その月光の女神は地下水路の奥で待っていると言ったのだよね?」
「はい。勇者殿の話ではそう伺っていますわ。残念ながら詳しい話を聞く事はできませんでしたが……」
「なら、やっぱり違うはずだ。クーナと自分はこれからウルバルド卿を探しにミノン平野を飛んで回る予定だからね。地下水路で待つわけが無い」
昨日ランフェルドとウルバルドを探す事を約束した。
だから、休暇は昨日で終わりにしたのだ。
今日から自分とクーナはウルバルドを探しに行く。
よって、月光の女神はクーナではありえない。クーナは地下水路に行く予定は無い。
だから違う。その一点が違うので別人だと判断する。
そのクーナはシェンナと共に別室にいる。なにやらシェンナから色々と教わっているそうだ。
ウルバルドを探しに行くのにシェンナを連れてはいけない。だから彼女はここに残る事になっている。
自分達はいなくなるので拘束する必要は無い。ここから出るのも自由だ。
そして、ウルバルド卿だけど……どこに行ったのか見当がつかない。
おそらく、ゼアルに逃げられるのを恐れて隠れて探しているのだろう。
だから逆に自分達を見つけさせる。ミノン平野をグロリアスで飛んでいればそのうち向こうから接触してくるかもしれない。
「やはり、そうですか」
「もちろんだよ。そもそも自分もクーナも3年前はこの世界にいなかった。そしてグール達がこの国に来たのも3年前。だから自分達は無関係だよ。それから勇者達は強い。彼らに任せても問題無いと思うよ」
自分がそう言うとトゥリアは安心した顔をする。
「わかりました。嵐の神はこの国を滅ぼす気は無いのですね。安心いたしました」
その言葉からトゥリアの中に自分に対する怖れがある事に気付く。
そういえば魔物に滅ぼされた国も多いが、神の不興を買って滅ぼされた国も多い事を思い出す。
エリオスの神々から見れば人間は眷属だが、逆らう者には容赦がない。
この世に天罰を受けた人間の何と多い事か。
「少なくとも自分はこの国をどうこうするつもりはないよ」
「はい。信じております神よ」
トゥリアはそう言って深々と頭を下げる。強い力を持つ自分は彼女にとって、とても怖ろしい存在なのだろう。
自分はその様子を複雑な思いで見る。
まあ、良いか。今はウルバルドを探す事に専念しよう。
彼は今どこにいるのだろう?
◆デイモン王ウルバルド
アリアディアとかいう人間の国の地下。
そこに邪神バドンが封印された祭壇がある。私は配下を連れてこの場所へと来る。
「ようこそおいで下さいました。偉大なるデイモン王ウルバルド様。私はタラボスと申します。偉大なる眠りの神より、この地を任されています」
1人の人間が頭を下げる。
眠りの神ザンドは小神だ。ゆえにたかが人間を僕にしているのだろう。
正直人間風情に答える気になれないが仕方が無い。
「タラボスとか言ったね。ザンド殿の姿が見えないようだが、どこに行かれたのかな?」
周囲を見るが姿が見えない。
そもそもこんな場所に来たのはザンドに呼ばれたからだ。何でもここで面白い事をするらしい。
「申し訳ございません。私も貴方様が来たら、従うようにとしか聞いていないのです」
タラボスが申し訳なさそうに言う。
「まあ良い。待たせてもらおう」
ザンドが何をするか知らないが待つしかなさそうだ。
用意された席に座ろうとした時だった。物陰にいる者に気付く。ゼアルだ。
「おおい。あそこにいるのはゼアルじゃねえか」
連れて来た配下の1匹がゼアルを指さす。この配下はゼアルと同じ黒山羊の種族だ。
他にも数匹連れてきている。
「や、やあ、みんな久しぶりだね」
ゼアルはかつての仲間達に取り囲まれる。
「ふん! ゼアル! 手前だけこの地に来て良い思いをしやがってよ! そのくせ俺たちを裏切るとはどういう事だ!!」
「そうだぜ。俺たちだって人間の女の子といちゃいちゃしたいんだぞ。それを手前だけが……。羨ましい……」
詰め寄られてゼアルはしどろもどろになる。
「ええと、みんなにはエンプーサのお姉さんがいるじゃないか」
「馬鹿かお前は! 食われちまうだろうが!!!」
一匹がそう言うと他の数匹が「そうだ、そうだ」と同調する。
エンプーサは男を食べる習性がある女性だけの種族だ。幻術を操る事ができるので様々な種族の男から恐れられている。
「ならデイモン族の姫様方やダークエルフの女の子なら……」
「相手にしてくれるわけねーだろがっ!!!!」
黒山羊共が言い合っている。
何を馬鹿な事を言っているのだろう。頭が痛くなる。
「じゃ、じゃあ人間の女の子を紹介してあげるからさ。それで許してくれない?」
「えっマジ? 本当に?俺おっぱいが大きい女の子が良いのだけど」
「じゃあ、俺も良いかなゼアル」
「俺も俺も」
ゼアルが人間の女の子を紹介すると言うと黒山羊達が殺到する。
この馬鹿達は何をやっているのだ。
「お前達! 何をやっている!!」
するとゼアル達は大人しくなる。
「申し訳ございませんウルバルド様!!」
黒山羊共が頭を下げる。
まったく何をやっているのだろう。
「それにしてもウルバルド様、あの者はどこに行かれたのでしょう?正直私はあの神は信用できません」
側近が険しい顔で言う。
確かにその気持ちも理解できる。あの眠りの神は少し遊びがすぎる。
「確かにそうだね。本当にどこに行ったのだろうか?」
少しだけ不安に感じた。
◆白銀の魔女クーナ
「兄が地下水路へ……。あの、女神様。兄は大丈夫なのでしょうか?」
クーナの話しを聞いたシェンナが不安そうに聞く。
「知らないぞ。少なくとも危険な事は確かだろうがな」
クーナがそう言うとシェンナが頭を下げる。
「お願いです女神様! 兄を助けて下さい!!」
シェンナの必死な願い。クーナはそれを冷めた目で見る。
こいつもこいつの兄もどうでも良い。大切なのはクロキの事だけだ。
だが、シェンナにはイシュティアの秘技とやらを教えてもらった。
寝室で愛する男を喜ばせる技である。
有意義な事を教えてくれた礼に少しだけ力をくれてやる事にする。
「クーナはこれからクロキと一緒に空を飛ぶ。よって、助けには行けないな。だから、お前に力を与えてやる。それで兄を助けに行け」
クーナはシェンナに手をかざし魔力を送り込む。これでシェンナは強くなったはずだ。
「ありがとうございます!!」
「礼は良いぞ。それからお前の兄に出会ったら笛を吹くよう言え。そうすればネズミはいなくなる」
「笛ですか?」
「そうだ。それに蝶を一匹貸してやろう。蝶がお前の兄デキナイへと導くだろう」
そう言って蝶を呼び出しシェンナへと飛ばす。
「ありがとうございます女神様。それからデキウスです」
シェンナが訂正するがどうでも良い。
「ああ、そうだったな。では気を付けて行くが良いぞ」
「はい」
そう言ってシェンナは部屋を出る。
「行きましたねクーナ様」
空中に生首が突然現れる。
ザンドだ。この馬鹿な男は今ではクーナの完全な下僕だ。元が神だけに少しは役に立ちそうだ。
そして、クーナ以外の前ではなるべく姿を見せるなと言っておいた。どうやら言いつけを守ったようである。
「ザンドか。首尾はどうなっている?」
「馬鹿なウルバルドをバドンの祭壇へと誘導しましたよクーナ様。そして、結界を張って閉じ込めました。これで簡単には抜け出せないはずですよ。きゃはははははは」
首だけになったザンドが笑う。正直うるさい。
だから思いっきり蹴り飛ばす。
鞠のようにザンドは部屋の中を飛び跳ねる。
「うるさいぞザンド。蹴り飛ばすぞ」
「うう、酷いよクーナ様。蹴ってから言わないで下さいよ」
ザンドが泣き言を言うが知らない。
「お前がうるさくするのが悪い」
「ごめんなさいクーナ様ぁ。ところでクーナ様は地下水路には行かれないのですか?」
「行くわけないだろう。あんなかび臭そうな所。そもそも、クーナが待つなどと一言も言ってないぞ」
勇者共と会った時の事を思い出す。
バドンの祭壇に来いと言ったがクーナが待つとは言っていない。
首を触る。
勇者達と接触したのは失敗だったかもしれない。
あの時勇者が剣を止めていなければ間違いなく斬られていただろう。
クーナの攻撃を防ぐと同時に反撃してくるとは思わなかった。
その事を考えると背筋が寒くなる。
しかし、剣を止めたのは正解だ。
勇者はその事で命拾いをしたのだから。
だが、この事はクロキには言えない。言えば心配をかける。
クロキを悲しませる事は絶対に避けなければならない。
これから単独行動は控えようと思う。
ザンドと言う駒も手に入れた。今度からはこいつを使おう。
「確かにかび臭そうですねえ。だから代わりにウルバルドですかあクーナ様ぁ?」
ザンドが笑いながら寄って来る。首だけになってもうざい奴だ。
「そうだ。馬鹿な事を考えたウルバルドには報いを与えてやらねばならないからな」
クロキにはウルバルドの居場所を教えていない。クロキは優しいから罠に嵌めようとしたウルバルドを許すかもしれない。
だけどクーナは違う。懲らしめてやらねばなるまい。
クーナは少しだけ笑う。
馬鹿なウルバルド。今からそちらに勇者共が行くぞ。
覚悟して待っているのだな。
本当は昨晩アップする予定だったのが遅れてしまいました。
もう少し早く更新できたら良いですが、ちょっと厳しいです。
作っていたトイレの設定もようやく出せました。だからサブタイトルもそれにちなんだ物です。
次はいよいよ地下水路に突入です。