表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士物語(なろう版)  作者: 根崎タケル
第5章 月光の女神
75/195

上京グール

◆黒髪の賢者チユキ


 私とレイジとリノとナオとデキウスはコルネス邸の玄関へと来る。

 玄関に近づくと2人の門番が私達を止める。

 おそらくコルネスの私兵だろう。武装している。

 そして、私は私兵達の正体に気付く。


「何者だ?! 何の用がある?!!」


 体の大きい私兵が私達を睨んで言う。


「私は神王オーディス様に仕える者にして、元老院議員のナキウスの息子デキウスです。コルネス殿に取り次いでいただきたい」


 デキウスが頭を下げる。同じ元老院議員の名を出された事でどうすべきか悩んでいるみたいだ。

 門番達は小声で相談する。


「わかった。ちょっと待っていろ」


 門番の1人が奥へと消える。


「どうやら、当たりのようだなチユキ」


 レイジが私を見て言う。

 どうやらレイジも気付いたようだ。


「何て言うのかな、あの動物?昔テレビで見た事があるのだけど?」

「ハイエナっすよ、リノちゃん」

「ああ、そっか。そうだねナオちゃん、ハイエナさんだ」


 リノとナオも気付いている。


「あの、何の話でしょうか?」


 デキウスだけは気付いていない。

 しばらくして門番が戻ってくる。横には侍女らしき女性を連れている。


「ご主人様がお会いになられます。どうぞ中に」


 侍女が頭を下げる。

 私達は玄関を通り中へと入る。

 応接室へと入ると初老の男性が待ち構えている。


「これは、これはデキウス卿。それにあなた方は?一体何の用ですかな?」


 初老の男がデキウスと私達を見る。

 どうやらこの男がコルネスのようだ。やはりコルネスも門番や侍女と同じだ。

 このコルネスは宴会に来ていなかったから私達の事は知らないみたいだ。


「お会いさせていただき、ありがとうございます。こちらは光の勇者レイジ殿とその仲間であるチユキ殿とリノ殿とナオ殿です。コルネス殿、どうしてもお伺いしたい事が有りまして来ました」


 デキウスは丁寧に挨拶する。

 だけど、デキウスを除く私達は何もしない。する気もおきない。

 コルネスは光の勇者と聞かされて驚いたようだ。私達が来るとは思わなかったらしい。

 しかし、気を取り直すと席に座るように促す。

 私達は席に座る。


「して何用でございますかな? 光の勇者殿にデキウス卿?」


 私達の体面にコルネスは座って言う。


「実はある人物を探しているのです」

「ある人物? ほう、誰ですかな?」

「名前はわかりません。わかっているのは白銀の髪の美しい女性だと言う事だけです。我々は彼女を月光の女神と呼んでいます」


 デキウスがそう言うとコルネスの眉がぴくりと動く。この様子は心当たりがあるみたいだ。


「白銀の髪の女? その女性を探していると?」

「はい、コルネス殿。どうやら、先日のカルキノス事件に関わりのある人物のようなのです。心当たりはありませんか?」


 そう言われてコルネスは考え込む。何と答えようか迷っているみたいだ。


「はあ、何の事ですかな?知りませんな」


 コルネスは考えたあげく、とぼけて言う。


「それは嘘」

「コルネス殿。それは嘘ですね」


 リノとデキウスは宣言する。2人は嘘を感知する事ができる。


「嘘? はて、何の事ですかな? そのような者は知りませんし、この屋敷にはおりません。捜査でしたらお断りさせていただきます」


 コルネスはにやりと笑って言う。

 元老院議員だから捜査されないと思っているみたいだ。


「チユキ。もう良いんじゃないか?」


 レイジがこちらを見て言う。いつまでこの茶番をするのかと言っているみたいだ。


「そうね、レイジ君。最後に1つだけ質問させてもらっても良いですか? コルネス議員、あなたはいつからこの国にいるのですか?」


 私がそう言うとデキウスが何を聞いているのだと言う目でこちらを見る。

 コルネスも何故そんな事を聞くのかわからないと言う顔をしている。


「いつからですと? 私はこの国の生まれですよ」


 コルネスがそう言った時だった。驚いたようにデキウスが立ち上がる。

 ようやくデキウスも気付いたようだ。


「コルネス殿?! あなたは?!!」


 デキウスの様子にコルネスはしまったと言う顔をする。

 コルネスの家は代々元老院議員だった。だから、本物のコルネスならばこの国の生まれだろう。

 だけど、目の前のコルネスに化けた者はおそらく違うはずだ。


「いい加減本当の姿を見せたら? 私達から見たら正体なんてバレバレよ」


 私がそう言うとコルネスは立ち上がる。そして、その顔が変わり始める。

 やがてハイエナのような頭になる。


「ぐううううう! 見破られていたのか!!!」


 正体を見破られてコルネスが牙を剝く。


「周りにいる人達も姿を現したらどうっすか? いるのはわかっているっすよ」


 ナオが呑気な口調で周りを見て言うと姿を消して私達を取り囲んでいた者達が姿を見せる。

 その者達はコルネスと同じように頭がハイエナであった。彼らは全員武器を持ち私達を威嚇している。


「こっ?! これは一体?! 何なのですかチユキ殿!!」


 コルネスが魔物へと変貌して、さらに取り囲まれた事でパニックになったデキウスが私に聞く。


「おそらくグールでしょうね。私も見るのは初めてだけど」


 私は取り囲んでいる者達を見て言う。

 グールは砂漠に住み、体色と姿を変えられる魔物だ。ハイエナの頭を持ち、自分達以外の種族の肉ならなんでも食べる。

 また屍肉をも食べる所から食屍鬼とも呼ばれ、また女性の場合はグーラとも呼ぶ。

 そして、彼らの種族の特性として強力な変身能力が上げられる。

 グールはその能力を使って他種族に化けていて、こっそりとその種族を食べるのだ。

 特にグーラは美女に化けて、その性的魅力によって魅了した男を食べると言われている。

 だけど、他種族がグーラの乳を吸うと乳兄弟になってグールと友達になれるらしい。

 そのグールが人間の都とも言えるアリアディア共和国に上京しているとは思わなかった。

 特にデキウスはショックだろう。何しろこの国の政治を行う元老院議員がグールになっていたのだから。


「さて、やるかな」


 レイジが落ち着いた様子で立ち上がり剣を抜く。

 黄金色に輝く剣身が姿を現す。

 当然私やリノやナオも立ち上がる。


「デキウス卿。元老院議員を罰するには、元老院の議決が必要みたいだけど、この場合はどうなるのかしら?」


 私はデキウスを見て言う。


「法は人に対しての物です。魔物には適用されません」


 デキウスはそう言って腰の剣を抜く。

 許可が出た事だし存分に戦わせてもらおう。

 私は両手で賢者の杖をくるくると回す。


「くそう! 呪われよ! 犬になれ!!!」


 コルネスが叫ぶと魔法が放たれる。

 グールは自分を変身させるだけでなく他者を別の姿に変える力を持つ。これはその動物化の呪いだろう。

 だけど、その程度の魔力では私達を倒す事はできない。


「きゃうん!!」


 可愛らしい鳴き声が隣から聞こえる。

 床に落ちたデキウスの服の中から白い犬が顔を見せる。

 前言撤回、デキウスは呪いに耐えられなかったようだ。

 まあ良い。呪いをかけたグールを倒せば元に戻るはずだ。それが駄目なら解呪をしてあげよう。


「馬鹿な、長の魔法に耐えただと!!!」


 周りを取り囲むグールから驚きの声が出る。


「観念してもらうぜ! グール共!!」


 レイジが剣をコルネスだったグールに突きつける。


「くそ! 者共かかれ!!」


 グール達が武器を掲げて私達に挑んで来る。


「この程度で勝てるなんて思わないでよね!!」


 邸宅の中で私の声が鳴り響いた。






◆暗黒騎士クロキ


 迷宮の地表部分へとやって来る。

 ここにランフェルドが来ているからだ。

 自分は空を飛び1人で中央の広場に降りる。

 そこには自分の乗騎である竜のグロリアスがいる。その周りにはリザートマン達が控えている。


「グロリアス。良い子にしていたかい?」


 そう言ってグロリアスの首をなでる。

 首をなでるとグロリアスは甘えた声を出す。


「君達もありがとう」


 自分がお礼を言うとリザートマン達は頭を下げる。


「ディハルト閣下」


 後ろ見ると誰かが近づいて来る。

 ランフェルドだ。彼の後ろには彼の配下である暗黒騎士達とグロリアスよりも小さいが大きな竜がいるのが見える。

 竜はランフェルドの乗騎である雷竜サンダードラゴンだ。レイジとの戦いで傷ついて療養中だと聞いていたが、もう治ったのだろうか?


「久しぶりですランフェルド卿。どうしたのですか? 魔王陛下の側近であるあなたがこんな所まで来るとは」


 自分はランフェルドを見て言う。

 ランフェルドは四天王と呼ばれる4名のデイモンロードの筆頭だ。

 そして、彼の率いる暗黒騎士団は魔王軍の精鋭である。彼らはナルゴルを守るのが仕事である。ナルゴルから離れたこの地に来て良いのだろうか?


「実は閣下。この迷宮を我々が管理する事になりました。その為に私がここに来たのです」


 ランフェルドが説明する。

 本来ならここはヘイボス神の配下であるドワーフ達が管理するはずであった。

 しかし、良く考えてみればラヴュリュスがこの迷宮を奪還しに来る可能性もある。

 ドワーフ達だけでは守るのは不可能だと考えたヘイボス神はエリオスの神々よりもモデスを頼った。

 そして、ドワーフの代わりにモデスの配下がこの迷宮を管理する事になったのである。

 その様子見のためにランフェルドがこの地に来たのである。

 良く見るとドワーフ達の姿も見える。

 おそらく、ヘイボス神の命令で迷宮の調査に来たのだろう。


「そうですか。それではランフェルド卿がこの地の管理者に?」

「いえ、私には陛下を守る使命があります。誰か他の者を派遣する予定ですが……。ただ、成り手がいないのが問題です」


 ランフェルドの言葉に頷く。

 この迷宮を管理できる者となると四天王かその配下のアークデイモンぐらいだろう。しかし、上位グレーターデイモンである彼らにとってこの地への派遣は左遷に等しい。

 誰も来たがらないだろう。

 ゼアルのように人間の女の子が欲しい者はいるかもしれないが、そういった者は管理者として不向きだ。

 しかし、そのままにしておく事はできないのでランフェルドが見に来たようである。

 それを聞いて感心する。

 ランフェルドは本当に真面目な男だ。好感がもてる。

 本当は自分に頭を下げたくなどないだろう。しかし、私情を捨てて頭を下げる。

 前に彼は自分に剣を教えてくれと頼みに来た事がある。

 勇者を止められなかった事を悔しく思っているからだろう。

 強くなるためなら嫌いな自分にも教え請う姿は見習いたいと思う。

 だけど、自分は誰かに教える事ができる程の力量を持たない。

 結局自分がやっている修行に付き合うだけになってしまった。それでもランフェルドはお礼を言っていた。


「そうですか、成り手がいない……それは問題ですね。ところで自分を呼んだ理由は何ですか、ランフェルド卿?」


 自分は本題を斬り出す。何故自分を呼んだのだろう?迷宮に入るだけなら自分を呼ぶ必要は無いはずだ。


「それは、閣下の竜がいるので迷宮に入れないからです」


 ランフェルドの言葉に「あー」と声を上げてしまう。

 グロリアスのいる広場は地下に入る建物の手前にある。

 グロリアスを避けて横からなら行けるが、ランフェルド達はグロリアスに近づくのをためらって入れなかったのである。

 グロリアスは自分や自分が認めた者には大人しいがそれ以外に対しては獰猛みたいなのだ。

 大人しい姿しか見ていないから気付かなかった。


「申し訳ありません、ランフェルド卿」


 謝る。確かにグロリアスがいたのでは入れない。


「いえ。閣下の手を煩わせて申し訳ございません」


 ランフェルドは頭を下げるが悪いのはこちらだ。

 自分はグロリアスを横に動かし、ランフェルド達が通れるようにする。


「ありがとうございます閣下」


 ランフェルドがお礼を言うとランフェルドの部下達が迷宮に入って行く。


「ところで閣下。ウルバルド卿の行方を知りませんか?」


 ランフェルドは部下達が入るのを見届けると自分に聞く。


「ウルバルド卿? いえ、知りません。なぜ自分に聞くのですか?」


 首を傾げる。


「それが。どうやらウルバルド卿はこちらに来ているみたいなのです。我々を手伝わせたいのですが、連絡も取れない状況です。こちらへ先に来ている閣下ならばご存じではと思ったのですが……」

「なるほど。そうですか」


 おそらくレッサーデイモンのゼアルの事が原因だろう。

 もしかしてゼアルを探しているのかもしれない。あの時にゼアルに逃げるように言ったのは失敗だった。

 責任を感じる。


「良かったら自分が探しましょうか?」


 そう言うとランフェルドは奇妙な顔をする。

「閣下がですか? 良いのですか?」

「ええ、見つかるかどうか保証は出来ませんが。それに気になる事もあります」


 自分はザンドの事を説明する。


「そうですか、あの眠りの神がこちらに来ているのですか……。私も周辺を警戒した方が良さそうですね」


 ランフェルドはザンドの事を知っているみたいだ。自分の話を聞いて頷く。


「はい、警戒をした方が良いでしょう。ああそうだ! 警戒と言えば、ランフェルド卿。ここには勇者達もいます。この迷宮に来る事は無いと思いますが気を付けて下さい」


 自分がそう言うとランフェルドがびくっと動く。


「ランフェルド卿?」

「大丈夫です閣下。私もあれから強くなりました。今度は不覚を取りません」


 そう言って腰の剣を触る。

 その剣はレイジに勝つために手に入れた雷鳴の剣。抜くと雷雲を呼ぶ雷属性の魔剣だ。

 剣を触っている手に力が入っているのがわかる。

 ランフェルドの様子を見て何だか嫌な予感がする。

 ランフェルド卿はレイジとの再戦を望んでいるような気がするのだ。

 だけど、彼はナルゴルを守るためにその地から動けない。

 もし再戦するとすれば再びレイジが攻めて来なければならない。

 しかし、今、目と鼻の先にレイジがいる。少し移動するだけでレイジ達と戦う事ができるはずだ。

 良く見ると連れて来ている者達の数が多い。

 レイジの仲間達を部下に任せて、自身はレイジと一騎打ちをするつもりではないだろうか?

 命令も無しにそんな事はしないと思うが、何かきっかけがあれば無茶をするかもしれない。

 自分とランフェルドの間に奇妙な沈黙が流れる。

 そして、先に動いたのは自分だ。

 考えても仕方が無い。

 だから、今は帰ろう。クーナも待っているはずだ。


「そうですか、それでは行きますね。ランフェルド卿、くれぐれも無茶はしないでください」


 一抹の不安を感じながら自分はその場を後にした。





◆黒髪の賢者チユキ


「私だけ醜態を晒してしまいました」


 コルネスに化けたグールが退治されたため、犬から人間に戻る事ができたデキウス卿が私達に言う。

 犬にされた上に、人間に戻る時に私達に全裸を見られたためか、かなり落ち込んでいる。


「落ち込まないでデキウスさん。すごく可愛かったよ」

「そうそう。すごく可愛かったっすよ」


 リノとナオが明るい声で言う。

 励ましているつもりなのかもしれないが、デキウスをますます落ち込ませているだけだ。


「いえ、デキウス卿。あのグールは強力な魔術師でした。デキウス卿が気にやまれる事はありません」


 私もデキウスを励ます事にする。

 実際にコルネスに化けたグールの魔法は強力だったと思う。デキウスは天使の加護を受けているから耐魔力も高いはずだ。そのデキウスが抵抗出来なかったのだから特別なグールに違いない。

 きっと、グールやグーラを越えるグーレストだったのだろう。と馬鹿な事を考える。


「まあ、それはともかく。全て退治したのは失敗だったな」


 レイジがグールの死体を見て言う。


「そうっすね。情報を得るためにも1匹は残して置くべきだったっすね」


 ナオの言う通りだ。

 戦っている最中にグールの食料として連れて来られた子供達を発見した。

 それを見て怒った私達はグールを後先考えずにさくっと全員退治してしまったのである。

 これでは情報を得られない。1匹は生かしておくべきだった。

 そして、私は疑問に思う。

 この邸宅にいる者は全てグールだった。それではレイジが応対した花束を持って来た者は何者だろう?

 レイジの話では花束を持って来た者はグールには見えなかったそうだ。どういう事だろう?

 しかし、わざわざグール達を復活させて情報を得る気も起こらない。


「う~ん。でもまだ生き残りがいるかもしれないよ。ナオちゃん、隠れているグールさんはいないのかな?」


 リノの言葉にナオは首を振る。


「う~ん。それらしい者はもう感じないっす。だけど、地下室があるみたいっすよ。そこだけ感知できないっす」

「地下室?」

「はいっす、チユキさん。ただその地下室っすけど、そこだけ感知できないっす。これは多分結界を張っているっすね」


 つまり、建物と地下。2重に結界を張っていた事になる。


「それじゃあ、そこに行って見ましょうか。何かあるかもしれないわね」


 私がそう言うとリノがいやそうな顔をする。


「地下室かあ。人の骨がいっぱいあったらいやだな」

「その点は大丈夫よリノさん。グールはハイエナと同じように骨も食べる事できるの。人骨が残っている事はないわ」


 ハイエナは他の動物が食べない骨を食べる事ができる。それはグールも同じだ。

 そして、遺体が残らない事もグールを発見しにくい原因の1つだったりする。


「死んでも誰にも気付かれないっすか。それは嫌っすね」


 ナオが暗い顔して言う。

 何か嫌な事を思い出しているみたいな気がする。

 ナオの過去の話は知らない。ナオが話したがらないからだ。

 だから、私も何も聞けずにいる。


「安心しろナオ。ナオがいなくなったら俺が気付く。そして、地の果てまで探してやるよ」


 レイジがナオの頭にポンと手を置いて言う。


「レイジ先輩……」


 頭を撫でられてナオの表情が明るくなる。


「結局、月光の女神らしき女性はいなかったな。奴らは知っているみたいな感じだったんだがな」


 レイジが話題を変えるためか、明るい声で言う。

 邸宅を見て回ったがそれらしき女性はいなかった。レイジとしては残念なのかもしれない。


「残念だったわねレイジ君。多分グーラが化けていたのよ。多分気づかないうちに倒してしまったと考えるべきだわ」


 グーラは美女に化ける。デキウスが見た月光の女神はグーラが化けた者に違いない。コルネスに化けたグールは自分達の仲間を探しに来たと思ったのだろう。

 私はレイジが残念そうな顔をしたのでほくそ笑む。


「おそらくチユキ殿の言うとおりなのでしょうね。しかし、妹は、シェンナは……」


 デキウスが暗い表情をして言う。

 その様子を見て言葉がつまる。

 もしシェンナさんがグールにつかまっているとすれば、もう食べられているだろう。

 かける言葉が無い。


「と! 取りあえず! 地下に行って見るっす! 何かわかるかもしれないっすよ」


 ナオが明るく言う。


「そうね。取りあえず地下に向かいましょう」


 私達は地下へと続く場所へと来る。

 地下室へは書斎の本棚の後ろに隠されていた。どこの世界でもこういう所は一緒のようだ。

 本棚をスライドさせると階段が現れる。

 階段の両側の壁には明かりが有り、照明の魔法を使わなくてもよさそうだ。

 私達はナオを先頭にレイジを最後尾で地下へと降りる。


「えっ?蝶?」


 リノが驚きの声を上げる。

 地下へ降りると白く輝く蝶が沢山飛んでいる。


「何これ? すごい綺麗!!」


 私は蝶を見て思わず呟く。こんな蝶は初めて見る。

 白く輝く蝶に照らされた地下室はまるで別世界だ。


「危ない! レイジ先輩!!」


 ナオが突然振り向いて叫ぶ。

 その瞬間、金属音が鳴り響く。

 音のした方向に振り向いた瞬間だった。私は目を奪われる。

 そこには大きな鎌を持った少女が立っていた。

 その周りには白く輝く蝶が舞い。少女を白く輝かせている。

 その少女はとても美しく、その光景はとても幻想的であった。

 黒と青の衣装に身を包んだ少女の髪は銀色。

 側にいたデキウスが月光の女神と呟くのが聞こえる。

 間違いない。彼女が月光の女神なのだろう。

 その月光の女神は冷たい瞳で私達を見ている。


「完全に不意を突いたはずなのに、防いだか。さすがに蛆虫どもよりは強いな」


 月光の女神の澄んだ声。その声には強い敵意が含まれている。


「中々激しい歓迎だな。出来ればもっと優しくしてほしいな。思わず斬ってしまう所だったよ」


 剣を構えたレイジが明るく言う。奇襲を受けたというのに余裕の笑みを浮かべている。


「歓迎するわけないぞ。むしろ死ね」


 ど直球な敵意だ。わかりやすい。

 そして、月光の女神は後ろに下がり手に持った大鎌を構える。


「それは残念」


 レイジは笑う。死ねと言われたのになぜか嬉しそうだ。


「また、お会いしましたね月光の女神殿」


 レイジと月光の女神が話している間にデキウスが割り込む。


「誰だ? お前?」


 月光の女神の言葉にデキウスが少しこけそうになる。

 レイジが笑っているのがわかる。

 勇者であるレイジの事は知っているのに、デキウスの事は覚えていないみたいだ。

 少しデキウスが可哀そうになる。


「あなたには聞きたい事があります。あなたがカルキノスを操った犯人なのですか?」


 だけどデキウスはめげずに聞く。

 頑張れデキウス。


「それは違うぞ」


 月光の女神は否定する。


「本当のようですね。では妹のシェンナの残したこの笛。これに見覚えはありませんか?」


 デキウスは笛を取り出して聞く。頑張れ。


「その笛は? それにシェンナ?ああ、なるほど、お前が兄のデキスギか? シェンナから聞いているぞ」


 その言葉を聞いて私達は驚く。この女神はシェンナの行方を知っているみたいだ。


「! シェンナは無事なのですか!? それからデキウスです」


 さすがデキウスだ。律儀に名前を訂正する。


「踊りを教えてくれたからな。首を斬らずに生かしているぞ。デキ何とか」


 月光の女神はデキウスの名前を覚える気がないようだ。

 しかし、その言葉からシェンナが無事だとわかる。これは良い情報である。


「良かったわねデキウス卿」

「良かったねデキウスさん」

「良かったっすね~」


 私達の言葉にデキウスが頷く。


「ではシェンナを返していただけますか?」

「別に拘束などしてないぞ。むしろ、さっさと出て行けと思っている」


 その言葉に首を傾げる。

 シェンナは月光の女神と一緒にいるみたいだが、拘束されているわけじゃないらしい。


「しかし、お前は気を付けた方が良いぞ。お前らの足元で大変な事が起こっているのだからな」


 月光の女神はそう言うとデキウスに大鎌を向ける。


「それはどういう事だい?」


 レイジは一歩前に出る。すると、月光の女神は後ろに下がる。


「勇者よ。これ以上、お前とは戦わない。勝てそうにないからな。だが、もし、戦いを望むならバドンの祭壇に来るが良い」


 月光の女神が少し微笑む。

 微笑まれてレイジの口から感嘆の声が漏れる。


「バドンの祭壇? それは何かしら」


 私が聞くと月光の女神は少し私に視線を動かす。


「詳細はアイノエに聞け。もしくは生き残っている薄汚いグール共に聞くのだな。さて、そろそろ帰らなければ心配をかけてしまう。行かせてもらうぞ」


 月光の女神はそう言うと後ろに下がる。


「おっと、逃がさないよ。もっと、君の話を聞かせてくれないかな?」


 レイジが踏み込む。

 しかし、突然光る壁がレイジの前に現れる。


「魔法の盾?! それも複数?!!」


 月光の女神とレイジの前に複数の魔法の盾が現れレイジの行く手を阻む。


「さらばだ勇者よ」


 月光の女神がそう言うと光る蝶達が彼女を覆う。すると突然姿が消えてしまう。

 まるで幻を見ているかのようだ。


「気配が消えたっす。どうやって移動したっすか?」


 ナオが月光の女神が消えた後を見て言う。


「この部屋にはもういないみたいね。魔法の力も感じなかったし。どうやって転移したのかしら?」


 私も疑問に思う。

 その時だった。突然、部屋がゆれる。

 周りを見ると何だか部屋が小さくなっているような気がする。それに何だか息苦しい。

 間違いない。空間が縮小しているのだ。


「これは?! みんな私の側に来て!!」


 私は叫ぶ。

 これは対象を結界に閉じ込めた後でその結界を小さくして最後は潰してしまう魔法だ。このままでは全員潰されるだろう。

 私は全員が集まったのを確認すると結界を周囲に張って縮まって来る結界を押し返す。

 圧力が結構強い。月光の女神は私と同じぐらいの魔力を持っているみたいだ。

 私は魔力を集中する。

 私の結界の外でコルネス邸が崩壊していくのがわかる。おそらく地下の空間が無くなった事で上の建物が持たなくなったのだろう。

 そして数分の後、崩壊が止まる。空間が収縮するのが終わったみたいだ。

 私は結界を真上に広げて頭上にある瓦礫を押しのける。

 地上に戻るとコルネス邸は全壊していた。


「やってくれるじゃない」


 圧縮魔法を使ったのは月光の女神で間違いないだろう。彼女は最後に置き土産を残してくれたようだ。

 地下室は空間ごと潰されて完全になくなってしまった。これでは何があったのかわからない。


「それにしても、すごい美人だったな。月光の女神という呼称も頷ける」


 レイジがうんうんと頷きながら言う。


「しかも、リノと背は変わらないのに胸があんなに大きいなんて」


 リノが四つん這いになって落ち込む。

 確かに大きかった。

 しかも、腰は細いのに胸だけボンと出ていた。羨ましい。


「それにしても何者なんすかね。グールじゃないみたいっすけど?」


 グールでは無いみたいだが、人間だとも思えない。


「おそらく人間じゃないと思うけど。リノさん、彼女は姿を偽っているかどうかわかった?」


 私は落ち込んでいるリノに聞く。


「ううん。瞳の力を最大にして見てみたけど姿は偽ってなかったよ……」


 リノは首を振りながら答える。

 リノの破幻の瞳の力を最大にしても同じ姿ならば、あの美しい姿は本物と見て間違い無いだろう。

 だからこそリノは落ち込んでいるのかもしれない。


「あの、チユキ殿。彼女は気になる事を言っていました。足元で大変な事が起こっていると。そして、他のグールですか」


 デキウスが険しい顔で言う。

 確かにその通りだ。どういう事だろう?


「それにバドンの祭壇に来いか」


 レイジが呟く。

 バドンと言うのは劇場のレリーフに書かれた化け物の事だろう。一度戻って色々と調べた方が良いのかもしれない。


「レイジ君。ここは戻って色々と調べた方が良いわ。その祭壇がどこにあるのか調べないと」

「そうだな。それに折角の美女に招待されたんだ。行かないわけにはいかないな」


 レイジの言葉に全員頷く。

 月光の女神。彼女は何を企んでいるのだろう?




ようやくクーナとレイジ達を出会わせる事ができました。

それからあえてグールをアンデットとして出しませんでした。

いつになったらシティアドベンチャーの醍醐味である地下水路に突入できるのかわかりません。

次々回で突入できると良いのですが

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ